120 / 125
120話
しおりを挟む
フェリックス様は記憶がなくなることを恐れていたはずなのに、そのことすら忘れていた。
ううん、サクさんのことを忘れてしまって、どうして私がそばにいるのか、どうして突然治ったのか、本人もよくわからない状態だった。
それでも……現状を受け止めていた。それもサクさんのおかげ?
そして、私との関係について後悔し、もう一度チャンスをくれないかと必死で頼んできた。
あと数時間したらそんな後悔も全て消えて、新しい記憶に書き換えられる。
私と彼の関係は赤の他人になってしまう。
それでいいと思っている。もう消し去った恋心なんだもの。なのに、どうして……涙が出るのだろう。
私が泣いていると彼はそっとそばに来て、優しく抱きしめてきた。
私を包むその手は震えていて、彼もまた今のこの状況をどうしていいのかわからずに、泣いている私に戸惑いながらもなんとかしようとしているのがわかる。
彼の優しい手が頭を撫でてくれた。
あと少しの時間……最後に彼との思い出を作っても……彼は忘れてしまうけど、私はずっと最後の彼の優しさを忘れずに生きていける。
好きだった人。忘れようとしたのに結局忘れられなかった人。
そして………彼から愛されていたことも思い出も忘れ去られてしまう。
それでも……
数時間後、ベッドで目覚めた私は、隣で眠る彼の寝顔をじっと見つめた。
静かにベッドから出ると服を着替えた。
部屋を出る時、最後にもう一度振り返って黙って彼を見つめた。
「さよなら」と心の中で別れを告げ、屋敷を出た。
屋敷を出る時、グローが少し怪訝な顔をしていたが「お疲れ様です?」と本人もよくわからない挨拶を私にした。
彼の中で、こんな朝早くフェリックス様の部屋から出てきて、門を出ようとする者を不審者だと感じているはずなのに、違和感を覚えながらも通してくれた。
これも、フェリックス様が私のことを忘れてしまうことで、周囲の記憶もすり替わってしまったのだろう。
グローも私が誰なのかよくわからないが通してくれたのだ。
私は朝焼けを見ながら、人気のない道をのんびりと歩いた。
宿屋でシズナとセオルドが早くから起きて待っていた。
「お帰りなさい」
シズナは「疲れたでしょう」と温かいお茶を淹れてくれた。
「話し合いに行かれて帰りが遅くなるから泊まると、商会長から連絡があって心配しました。まさかこんな早くに帰ってくるとは……馬車には乗らなかったんですか?」
なるほど。そんな話になっているのね。
「ええ、朝の空と空気がとても気持ちよくて歩きたかったの」
これは本当。
気持ちを切り替えるためにも歩きたかった。
今日から私はフェリックス様の元恋人ではない。
領地に帰って、仕事をする侯爵令嬢のビアンカ・ダッド。ミラー伯爵家からはとうの昔に籍を抜き、母方の侯爵家の養女として過ごしている。
多分オリソン国の領地に帰ってもそのまま今の生活を続けられるだろう。
ここには新しい織物を輸入するために来たことになっている。
「もう用事は済んだし、そろそろ帰りましょう」
「はい」
「わかりました」
シズナ達は何か物足りなさそうに、何か忘れてしまったことがあるかのように、「し忘れたことはございませんか?」と聞いてきた。
「もうここでやり残したことはないわ」
私は二人に微笑んで見せた。
ううん、サクさんのことを忘れてしまって、どうして私がそばにいるのか、どうして突然治ったのか、本人もよくわからない状態だった。
それでも……現状を受け止めていた。それもサクさんのおかげ?
そして、私との関係について後悔し、もう一度チャンスをくれないかと必死で頼んできた。
あと数時間したらそんな後悔も全て消えて、新しい記憶に書き換えられる。
私と彼の関係は赤の他人になってしまう。
それでいいと思っている。もう消し去った恋心なんだもの。なのに、どうして……涙が出るのだろう。
私が泣いていると彼はそっとそばに来て、優しく抱きしめてきた。
私を包むその手は震えていて、彼もまた今のこの状況をどうしていいのかわからずに、泣いている私に戸惑いながらもなんとかしようとしているのがわかる。
彼の優しい手が頭を撫でてくれた。
あと少しの時間……最後に彼との思い出を作っても……彼は忘れてしまうけど、私はずっと最後の彼の優しさを忘れずに生きていける。
好きだった人。忘れようとしたのに結局忘れられなかった人。
そして………彼から愛されていたことも思い出も忘れ去られてしまう。
それでも……
数時間後、ベッドで目覚めた私は、隣で眠る彼の寝顔をじっと見つめた。
静かにベッドから出ると服を着替えた。
部屋を出る時、最後にもう一度振り返って黙って彼を見つめた。
「さよなら」と心の中で別れを告げ、屋敷を出た。
屋敷を出る時、グローが少し怪訝な顔をしていたが「お疲れ様です?」と本人もよくわからない挨拶を私にした。
彼の中で、こんな朝早くフェリックス様の部屋から出てきて、門を出ようとする者を不審者だと感じているはずなのに、違和感を覚えながらも通してくれた。
これも、フェリックス様が私のことを忘れてしまうことで、周囲の記憶もすり替わってしまったのだろう。
グローも私が誰なのかよくわからないが通してくれたのだ。
私は朝焼けを見ながら、人気のない道をのんびりと歩いた。
宿屋でシズナとセオルドが早くから起きて待っていた。
「お帰りなさい」
シズナは「疲れたでしょう」と温かいお茶を淹れてくれた。
「話し合いに行かれて帰りが遅くなるから泊まると、商会長から連絡があって心配しました。まさかこんな早くに帰ってくるとは……馬車には乗らなかったんですか?」
なるほど。そんな話になっているのね。
「ええ、朝の空と空気がとても気持ちよくて歩きたかったの」
これは本当。
気持ちを切り替えるためにも歩きたかった。
今日から私はフェリックス様の元恋人ではない。
領地に帰って、仕事をする侯爵令嬢のビアンカ・ダッド。ミラー伯爵家からはとうの昔に籍を抜き、母方の侯爵家の養女として過ごしている。
多分オリソン国の領地に帰ってもそのまま今の生活を続けられるだろう。
ここには新しい織物を輸入するために来たことになっている。
「もう用事は済んだし、そろそろ帰りましょう」
「はい」
「わかりました」
シズナ達は何か物足りなさそうに、何か忘れてしまったことがあるかのように、「し忘れたことはございませんか?」と聞いてきた。
「もうここでやり残したことはないわ」
私は二人に微笑んで見せた。
1,884
あなたにおすすめの小説
愛なんか消えてしまえと願う私は悪くないと思う
ましろ
恋愛
「赤ちゃんができたの」
母の言葉に目眩がした。
我が家の両親は恋愛結婚。身分差から駆け落ち同然で一緒になった二人は未だにその愛は消えず、燃え上がり続けているのだからある意味凄いわ。
でもね? どうしてそんなにも子どもを作ってしまうの⁉
私を入れて子どもは七人。お父さんの給料ではお手伝いさんなんか雇えるわけもなく、おっとりしたお嬢様気質の抜けないお母さんだけで家事育児などできるはずもなく。
そうなると働き手は長女の私だ。
ずっと小さな頃から弟妹のお世話と家事に明け暮れ、それなのにまだ産むと言うの?
「……ねえ、お母さんにとって子どもって何?」
「うふふ。それはね、愛の結晶よ」
愛。愛って何? 私はあなたの愛のために働き詰めなのですけど?
自分達の手に余るなら、そんなモノなど捨ててしまえっ!
❦R-15は保険です。
連載中のものが止まったままのくせに!とは言わないで(泣)
現在、作業中のものがなかなか終わらなくて息抜きのための不定期連載です。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる
吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」
――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。
最初の三年間は幸せだった。
けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり――
気づけば七年の歳月が流れていた。
二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。
未来を選ぶ年齢。
だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。
結婚式を目前にした夜。
失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。
「……リリアナ。迎えに来た」
七年の沈黙を破って現れた騎士。
赦せるのか、それとも拒むのか。
揺れる心が最後に選ぶのは――
かつての誓いか、それとも新しい愛か。
お知らせ
※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。
直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。
一年だけの夫婦でも私は幸せでした。
クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。
フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。
フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。
更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。
(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・
青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。
「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」
私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・
異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。
王様の恥かきっ娘
青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。
本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。
孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます
物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります
これもショートショートで書く予定です。
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる