あなたの愛はもう要りません。

たろ

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149話 

「サク!早く起きなさい!」

「もう!わかったよ。ったく、母さんはうるさいんだから!」

 ベッドから起き上がり、大欠伸をしながら頭をポリポリと掻くサクは、そっと母のジェイを見た。

 心配そうな顔で自分を見ている母親に内心ホッとする。

 ジェイは「ほんと最近生意気なんだから!」と、サクの鼻頭を軽くつまみながら笑う。

「元気になってよかったわ」

 実はサク、昨日までベッドで寝込んでいた。昨日やっとお医者様に普通の生活に戻っていいと言われたばかりだった。

 原因不明の高熱が続き、その後熱が下がった後もなかなか起き上がれずに、10日程寝込んでいた。

 今日も『早く起きなさい』と起こしにきたはいいけど、いつもよりも2時間ほどゆっくりと待ってから、ジェイは起こしに来た。

 サクがベッドから出ていく姿を感慨深げに、ジェイは優しく見守っていた。

 それに気づいているサクは少しフラッとしながらもなんとか元気に立ち上がった。

 朝食は昼食も合わせ、軽いサンドイッチを一つと新鮮な搾りたてのオレンジジュースをコップ半分だけ飲んだ。


「俺、ばあちゃんに会いに行ってくる」

 仕事中の母親の執務室に顔を覗かせた。

 ペンを机に置き、ジェイは少し驚いた顔をした。

「母様に?どうしたの?最近は会いに行きたがらなかったくせに」

「……うん、ちょっと話に行ってくる」

「じゃあ、母様の大好きなかすみ草を温室から摘んで行ってあげてちょうだい」

「わかった」

「あなたが顔を見せたら母様も喜んでくれるわ」

「………うん」

 サクは少しだけジェイの顔を見るのが怖くて視線を逸らした。

「行ってきます」

 屋敷の庭の端っこにある温室は、ジェイが子供の頃から大切にしてきた場所。

 母様であるビアンカと二人でこの屋敷に越してきてから温室を建て、手入れをしてきた大切な場所だった。

 そこには、二人が大好きな花をたくさん咲かせていた。

 悪戯っ子のサクは小さな頃は一人では入らせてもらえず、必ず大人がついてこない限り駄目だと言われた憧れの場所だった。

 10歳を過ぎてやっと一人での立ち入りを許可してくれた。

 ここで、今は魔法の訓練をしている。

 だけど、その魔法はもう使えないようだ。

 サクはギュッと手を握りしめて「仕方ないか……」と呟いた。

 母に言われた通りかすみ草を摘んで、近くに置いてあった新聞紙に簡単に包んで温室を出て、おばあちゃん……ビアンカのところへ急いだ。

 屋敷を出てしばらく道を真っ直ぐ歩いた。
 そして、右に曲がると坂を登る。

 そこは、高台の静かな場所だった。

 たくさんの草木が手入れされていて、とても美しい場所だった。

 そこに小さな墓石がある。

 サクは墓石の前に座ると、新聞紙から無造作にかすみ草を取り出して、そっと置いた。

「ばあちゃん……いや、ビアンカ………お前馬鹿だな……」

 そう言うと俯き、悔しそうに唇を噛み締めた。


『私は……このままでいい……それよりもサク。あなたが私にしてくれたこと、とても感謝しているわ。だけど……その顔色……』

 ビアンカはサクの顔に優しく触れた。

『無理を重ねてしまったのね?元の世界に帰れるの?もうその力も残り少ないようね?どうして自分のことも顧みずこんなことをしたの?』

『………あなたに幸せになって欲しかったんだ……そうしないと俺も母さんも幸せになれない……それに、あんたのことが……大好きなんだ……あと一回ならたすけられる…早く決断してくれ』

 ビアンカは悲しそうに頭を横に振る。

『大切な孫を犠牲にして生きて幸せになれると思っているの?私が死んでもジェイは不幸にはならないわ』

『だけど、あんたが死んだら母さんは悲しむ!』

『うん、そう思う。でも……あなたが犠牲になることで未来はどう変わるの?ジェイが産んだあなたは、ジェイの目の前で死んでしまうの?』

『……そ、それは……わからない』

『そんな無謀な賭けなんて要らない。ジェイが、私があの子をとても愛していることを知ってくれているわ。だから……安心して死んでいけるわ。周りにはジェイを守ってくれる人たちも沢山いるし。大丈夫よ』

『嫌だ!死なないで!俺に助けてと言ってくれよ!そうすればあと一回頑張るから!』

『サク、元の世界に帰りなさい。そして……いつか私に会いに来て。その言葉遣い、私は好きだったわ。でも、他人に誤解されやすいから気をつけてね』

 ビアンカは魔法なんて知らないはずなのに、サクの体に触れて壁に向かって押し返すように、強く押した。

『やめろ!俺はあんたを助けたいんだ!』

 サクはなぜか体が動かない。ビアンカに押されても抵抗できずに、壁の中へと消えて行く………

『ジェイに愛していると伝えて。………そして、フェリックス様に……意地っ張りで気が強くて……ごめんなさい……ずっとずっと愛していました……と伝えてほしい……』

『自分で言えよ!』

『だって、フェリックス様にあなたの愛なんて要らないって、最後に会った日に言っちゃったの。最後くらい、私の願いを聞いてくれてもいいでしょう?』

 サクは悔しそうにビアンカを見た。

『俺に生きろと言ってるんだな?』

 無理な願いを押し付けて、ビアンカの最後の願いを叶えろと言っている。

 それは彼女の我儘からではなく、サクに生きてほしいと願っているのがわかった。

『ビアンカ!母さんを幸せにする!絶対いつかじいちゃんに伝える!絶対、報告しに行くから!』

『うん!』

 ビアンカがとても幸せそうに微笑んだ。

 サクは元の世界に戻ると、帰るために魔力を使い果たした魔力切れで、原因不明の高熱を出して寝込んだ。

 その時……見ていた夢は……

 ビアンカが亡くなりみんなが悲しむ姿だった。

 自分は結局無力だった。




 高熱が下がった後も気力がなくなり、ベッドから起き上がることもできなかった。

 だけど……意識が戻るとふと感じたのは、今までと違う世界にいることだった。
 ジェイは生きているし、自分は拾われたお師匠様のところにはいない。

 俺は……母さんとまだ暮らしている。

 母さんは生きていた。

 母さんに『ばあちゃんは?』と聞いたら
「何を言ってるの?あなたが生まれるずっと前に病気で亡くなっているわ」と言われた。

 夢の中で見たビアンカの死はやはり現実だった。

 そして、寝込んでいる間、お見舞いに来てくれたのは、記憶にある人とはかなり違う、歳をとったフェリックスだった。

「サク、久しぶりだな。寝込んでいると聞いた。まだ顔色が悪いな」

「………じいちゃん……」

「うん?」

「あんたは……ビアンカのことをどう思ってる?あんたの妻のマリエルはどうなったんだ?」

 サクはいきなりフェリックスに問いただした。











 
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