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カレン。②
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カレンの乗った馬車は魔法使いのおかげで早く着くことができた。
その間、キリアンは高熱で衰弱した体を僅かだが和らげる魔力をカレンに流した。
これ以上体調を悪くしないために、馬車の中で死なないために。
まだ子供のキリアンにとってカレンが死にそうになっていることは恐怖でしかなかった。幼い頃アイシャが亡くなった時の記憶は覚えているとはいえ、今、この現実の方がとても辛く胸が苦しくて仕方がない。
大切な妹を自分の力では助けられない。
悔しくて本当は泣きたい。自分のことを罵りたい気持ちだった。
でも今はなんとか少しでも助かることを願うしかなかった。
「カレン……あと少しだから耐えて」
「キリアン、心配するな。王城内には薬草を作っている温室があるんだ。そこは昔から精霊の加護が与えられていて、森と同じ薬草がある。カレンの熱の原因はリサの悪意のある魔力に侵されているからだ。でもあの薬草ならカレンの蝕まれたリサの魔力を必ず治してくれる。我が家にあった乾燥させた薬草より効果はかなり高い」
「わかりました……絶対に王城に着くまではカレンを守ります」
風を操る魔法使いもカレンのことは生まれた時から知っている。精霊の加護を受けた愛し子。
彼女を死なせるわけにはいかない。カレンは明るい元気な子供で、みんなカレンのことが大好きで可愛がっていたし大切な子供だと理解していた。
そしてカレンが元気で幸せでいてくれれば辺境地はとても安定した日々を過ごすことができた。
精霊がカレンのために辺境地も守り大切にしてくれる。なのに、精霊は殺された。
なんとか復活しようとしているがまだ今はとても弱っていて姿形すらない状態だ。
カレンを守ることもできない。
それは辺境地にも関わることだ。豊穣祭の後、破落戸や殺人が一気に増えた。
ここ数年やっと安定してきていた辺境地がこのままだとまた治安が悪くなってしまう。
魔法使いは辺境伯から命令を受けている。カレンを守るようにと。
「着きました」
馬車の御者が扉を開けた。
ゴードンはカレンを大切に抱えて馬車を降りた。
すぐに以前働いていた診療所へとカレンを連れて行った。
キリアンはサラに案内されて温室へと向かった。
どんな薬草かはわかっている。でも温室の中は広い。二人は必死で目当ての薬草を探し回る。
「ここじゃない、どこにあるんだ」
「キリアン、見落とさないように落ち着いて探すのよ」
サラも似たようなたくさんの薬草の中から必死で探し回った。
どれくらい探し回っただろう。
「あ……あったわ!キリアン!ここにあったわ」
サラの声にキリアンは急いでサラのところへ駆けつけた。
「本当だ……あった」
二人は必要な量だけ薬草を摘んで診療所へと向かった。キリアンは場所をよく知らないがサラは昔働いていたので近道を覚えていた。
「あっちから行きましょう」
診療所の建物が見えて、「あそこよ!」とサラが言うと、入り口の前に美しく着飾った女性が数人の侍女を連れて立っていた。
サラは慌てて立ち止まり、キリアンにも「挨拶をするのよ」と言って深々と頭を下げた。
目の前に立っているのは第二妃のバーバラだった。
ゴードンと再婚したとはいえ、サラは公爵夫人として過ごすのは嫌がり、内縁の妻で二人の籍は平民のままだった。
挨拶とはいえ貴族でもない二人が先に声をかけることはできない。
本当はすぐにでもカレンの元へ行きたいのにバーバラが入り口の近くにいるため頭を下げてさっさと中へ入るわけにはいかなかった。
「………関係者でもないのに貴方達、ここで何をしているのかしら?」
バーバラはローゼと違い、評判が良かった。
ローゼのように威張りちらすこともなく穏やかで優しいと言われている。なのに今目の前にいるバーバラは冷気を纏って冷たい視線を二人に向けていた。
サラのことをわかっていて、事情を理解していて、わざと診療所へ入ることを拒んでいるように見えた。
「私達はゴードン様の許可を得ております」
サラは頭を下げたまま返事をした。
バーバラは頭を上げていいと言わない。だから二人は許可なく頭を上げることができない。
ここにゴードンがいてくれれば中に入れるのに。せめて薬草を渡すことができるのに。
悔しくて仕方がない。不敬だとわかっていてもカレンの命には変えられない。キリアンは頭を上げた。
「この薬草を届けなければ妹が死んでしまいます。どうか中に入らせてください」
「妹?そう……では誰かこの二人を調べてちょうだい。不正に許可をとったかもしれないわ。ゴードン様は確か辺境伯領地にいるはずよ?この者達がゴードン様の名を勝手に使ったのかもしれないわ」
バーバラは二人を一瞥して「しっかり時間をかけて調べてちょうだい」と言った。
キリアンとサラは近くにいた騎士に捕えられて、連行しようとした。
「ま、待ってください、この薬草をカレンに飲まさないと、カレンが………」
キリアンの言葉は途中で無理やり止められた。暴れようとしたキリアンの小さな体に騎士は無言のまま殴りつけた。
「ぐあっ」
キリアンは突然殴られ、気絶した。
「キリアン……」
サラがキリアンのところへ行こうしたが腕を掴まれそばにいけない。
ほんの近くにいるのに、サラは何もできない無力さに唇を噛み締めた。
こんなことになるならゴードンの妻として公爵夫人の地位を得ておけばよかった。
そうすればキリアンは殴られることもないし、カレンに薬草をすぐに届けられる。
目の前にある診療所に入ることができず薬草はキリアンの手から地面に落ちて騎士達に踏まれた。
その間、キリアンは高熱で衰弱した体を僅かだが和らげる魔力をカレンに流した。
これ以上体調を悪くしないために、馬車の中で死なないために。
まだ子供のキリアンにとってカレンが死にそうになっていることは恐怖でしかなかった。幼い頃アイシャが亡くなった時の記憶は覚えているとはいえ、今、この現実の方がとても辛く胸が苦しくて仕方がない。
大切な妹を自分の力では助けられない。
悔しくて本当は泣きたい。自分のことを罵りたい気持ちだった。
でも今はなんとか少しでも助かることを願うしかなかった。
「カレン……あと少しだから耐えて」
「キリアン、心配するな。王城内には薬草を作っている温室があるんだ。そこは昔から精霊の加護が与えられていて、森と同じ薬草がある。カレンの熱の原因はリサの悪意のある魔力に侵されているからだ。でもあの薬草ならカレンの蝕まれたリサの魔力を必ず治してくれる。我が家にあった乾燥させた薬草より効果はかなり高い」
「わかりました……絶対に王城に着くまではカレンを守ります」
風を操る魔法使いもカレンのことは生まれた時から知っている。精霊の加護を受けた愛し子。
彼女を死なせるわけにはいかない。カレンは明るい元気な子供で、みんなカレンのことが大好きで可愛がっていたし大切な子供だと理解していた。
そしてカレンが元気で幸せでいてくれれば辺境地はとても安定した日々を過ごすことができた。
精霊がカレンのために辺境地も守り大切にしてくれる。なのに、精霊は殺された。
なんとか復活しようとしているがまだ今はとても弱っていて姿形すらない状態だ。
カレンを守ることもできない。
それは辺境地にも関わることだ。豊穣祭の後、破落戸や殺人が一気に増えた。
ここ数年やっと安定してきていた辺境地がこのままだとまた治安が悪くなってしまう。
魔法使いは辺境伯から命令を受けている。カレンを守るようにと。
「着きました」
馬車の御者が扉を開けた。
ゴードンはカレンを大切に抱えて馬車を降りた。
すぐに以前働いていた診療所へとカレンを連れて行った。
キリアンはサラに案内されて温室へと向かった。
どんな薬草かはわかっている。でも温室の中は広い。二人は必死で目当ての薬草を探し回る。
「ここじゃない、どこにあるんだ」
「キリアン、見落とさないように落ち着いて探すのよ」
サラも似たようなたくさんの薬草の中から必死で探し回った。
どれくらい探し回っただろう。
「あ……あったわ!キリアン!ここにあったわ」
サラの声にキリアンは急いでサラのところへ駆けつけた。
「本当だ……あった」
二人は必要な量だけ薬草を摘んで診療所へと向かった。キリアンは場所をよく知らないがサラは昔働いていたので近道を覚えていた。
「あっちから行きましょう」
診療所の建物が見えて、「あそこよ!」とサラが言うと、入り口の前に美しく着飾った女性が数人の侍女を連れて立っていた。
サラは慌てて立ち止まり、キリアンにも「挨拶をするのよ」と言って深々と頭を下げた。
目の前に立っているのは第二妃のバーバラだった。
ゴードンと再婚したとはいえ、サラは公爵夫人として過ごすのは嫌がり、内縁の妻で二人の籍は平民のままだった。
挨拶とはいえ貴族でもない二人が先に声をかけることはできない。
本当はすぐにでもカレンの元へ行きたいのにバーバラが入り口の近くにいるため頭を下げてさっさと中へ入るわけにはいかなかった。
「………関係者でもないのに貴方達、ここで何をしているのかしら?」
バーバラはローゼと違い、評判が良かった。
ローゼのように威張りちらすこともなく穏やかで優しいと言われている。なのに今目の前にいるバーバラは冷気を纏って冷たい視線を二人に向けていた。
サラのことをわかっていて、事情を理解していて、わざと診療所へ入ることを拒んでいるように見えた。
「私達はゴードン様の許可を得ております」
サラは頭を下げたまま返事をした。
バーバラは頭を上げていいと言わない。だから二人は許可なく頭を上げることができない。
ここにゴードンがいてくれれば中に入れるのに。せめて薬草を渡すことができるのに。
悔しくて仕方がない。不敬だとわかっていてもカレンの命には変えられない。キリアンは頭を上げた。
「この薬草を届けなければ妹が死んでしまいます。どうか中に入らせてください」
「妹?そう……では誰かこの二人を調べてちょうだい。不正に許可をとったかもしれないわ。ゴードン様は確か辺境伯領地にいるはずよ?この者達がゴードン様の名を勝手に使ったのかもしれないわ」
バーバラは二人を一瞥して「しっかり時間をかけて調べてちょうだい」と言った。
キリアンとサラは近くにいた騎士に捕えられて、連行しようとした。
「ま、待ってください、この薬草をカレンに飲まさないと、カレンが………」
キリアンの言葉は途中で無理やり止められた。暴れようとしたキリアンの小さな体に騎士は無言のまま殴りつけた。
「ぐあっ」
キリアンは突然殴られ、気絶した。
「キリアン……」
サラがキリアンのところへ行こうしたが腕を掴まれそばにいけない。
ほんの近くにいるのに、サラは何もできない無力さに唇を噛み締めた。
こんなことになるならゴードンの妻として公爵夫人の地位を得ておけばよかった。
そうすればキリアンは殴られることもないし、カレンに薬草をすぐに届けられる。
目の前にある診療所に入ることができず薬草はキリアンの手から地面に落ちて騎士達に踏まれた。
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