【完結】母になります。

たろ

文字の大きさ
6 / 35

お散歩。

しおりを挟む
「ねえ、お散歩の許可をお医者様にいただいたの。今からあそこの庭園を散歩したいわ」

 窓際に立ちそっと庭園を眺めていたわたしはタバサにお願いをした。

「………ティア様は以前はあちらに行かれるのを嫌っておりました」

 タバサは珍しく眉を寄せ顰めてみせた。

 ーーどうしたのかしら?いつもならこんな顔をすることはないのに。
 わたしが記憶を失くして数日、少しずついろんな話をしてくれた。辛い話もあるけど、優しくわたしの気持ちを考えながらゆっくりと寄り添ってくれたわ。

「以前のわたしは……庭園が嫌いだったのかしら?でもタバサは知っているでしょう?わたしがお花が大好きなこと」

「………承知いたしました。すぐに用意をいたします」




 部屋から出るのは初めてだった。

 カルロとお医者様、そしてグレイ様にしかこの屋敷では会ったことがなかった。

 廊下を出るとたくさんの使用人とすれ違った。

 みんながわたしに頭を下げる。

 だけど少し違和感を感じる。

 実家にいた頃は使用人達はいつもみんな笑顔を向けてくれた。

『ティア様!』『お嬢様!』
 そう言って優しい笑顔で声をかけてくれた。

 ここにいる人たちは声をかけようとすると腫れ物を触るようにビクッとしてすぐに離れて行ってしまう。

「ねえタバサ?わたしはこの屋敷に嫁いできたけど嫌われていたのかしら?」

「……そんなことはございません。ただ……ティア様が……いろいろ辛いことがあって……心を開くことが難しかったのです」

 タバサは答えに詰まっているようだった。

「え?わたし?心を閉ざしていたの?……あっ、お父様達に無理やり嫁がされたから?でもそんなにずっと……」

 ーーわからないわ、覚えていないから違和感だらけ。でも今のわたしにはそこまで心を閉ざしたのはなぜなのか……ハア、わからない。





 屋敷を出て庭園をゆっくりと歩いた。

 春の花々はとても綺麗で歩いているだけで心癒された。

 ーーやっぱり外の空気はとても気持ちがいいわ。部屋に閉じこもってばかりいたらストレスでおかしくなっちゃうわ。

「ティア様はお疲れではないですか?」

「もうタバサったら、まだほんの少ししか歩いていないのよ?あっ……ねえあそこに可愛らしいお家があるわ。あそこはこの屋敷の離れかしら?」

 庭園の奥に白い壁と赤い屋根が特徴的な可愛らしいお家があった。

 侯爵家自体はかなり大きな屋敷で外から見ると「うわぁ、我が家に比べると大きさが全然違うのね」と思わず声が漏れたほどだった。

 そんな屋敷には似つかない可愛らしいお家に興味が湧いた。

「ねえ、あそこのお家を見に行ってもいいかしら?誰が住んでいるの?近くまでなら驚かれないかしら?」

「おやめください……あそこには踏み入れてはダメだとここの旦那様に言われております」

「グレイ様が?そう……だったらやめておくわ」

 グレイ様は目覚めた時一度会ったきりだった。あれから部屋に訪れることもなくわたしはお医者様に毎日診察してもらいながら部屋で過ごした。

 やっと今日外に出ることができたけど……この知らない場所でこれからどう暮らしていけばいいのかよくわからなかった。

 お父様やお兄様には連絡を出来ないでいる。

 仲直りしたいと言ったら会ってくださらないのかしら?

 会いたい。今はとにかくお二人に会いたい。

 庭園のお手入れされた花達に癒されながらもなぜかあの可愛らしいお家が気になった。

 何度となく見てしまう。タバサは言い出したら聞かない。絶対にあっちの方へは行こうとしない。

 ダメだと言われたらさらに気になる。

 グレイ様がダメだと言ったということはあそこにはグレイ様の愛人が住んでいるとか?

 今のわたしにとってグレイ様は旦那様と言うよりもただのおじさんでしかない。

 だって威圧的で怖かったし、26歳の男の人なんて16歳(のつもりだった)からするとおじさんでしかないもの。

 別にグレイ様に愛人がいてもショックなんて受けないのに。

「はあ、タバサ、久しぶりに歩いたから疲れちゃった。喉も乾いたし、あそこのベンチに座って一休みしてもいいかしら?」

 四阿にあるベンチを指さした。

「そうですね、あちらに座っていてください。誰かに飲み物を持ってきてもらえるように頼んできます」

 タバサは急いで屋敷へと向かった。

 ーーやった!

 ちょっとだけ。

 小走りであの可愛らしいお家へ向かった。

 庭園とはまた違った可愛らしい花壇があってパンジーやビオラが咲いていた。

 ーーあんまり近づいたらわたしの顔を見て嫌かもしれないわよね?

 一応グレイ様の妻だもの。向こうは顔くらいは知っているかもしれないわよね?

 勝手に愛人が住んでいると思い込んでいたわたしは少し離れた場所から見ていた。

 白い壁の真ん中に木の扉がある。窓枠は屋根と同じ赤くて外から見えるカーテンはフリルがたくさん施されていてとても可愛い。

 愛人ってわたしより若いのかしら?
 

 ーーあっ……いけない、隠れなきゃ!

 扉が突然開いた。
 誰かが出てきた。

 慌てて木の陰に隠れて、そっと覗いた。


 綺麗な女性が出てきた。

 あっ、うん、予想通りだわ。

「早く!ほんと鈍臭いわね」

 女性は外から中を振り返り、誰かに文句を言っていた。

「もう!いい加減にしてちょうだい!手を煩わせないで!」

 中に入ったと思ったらまた出てきた。

 今度は女の子の腕を掴んで引きずって。

 女の子は怖いのか震えてる。

 ーー何?この光景は?

 グレイ様の愛人と子供?

 なんであんな目に遭ってるの?

 女の子は泣きながら「ごめんなさい、たたかないで」と言っている。








しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目の人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

ヒスババアと呼ばれた私が異世界に行きました

陽花紫
恋愛
夫にヒスババアと呼ばれた瞬間に異世界に召喚されたリカが、乳母のメアリー、従者のウィルとともに幼い王子を立派に育て上げる話。 小説家になろうにも掲載中です。

【完結】この地獄のような楽園に祝福を

おもち。
恋愛
いらないわたしは、決して物語に出てくるようなお姫様にはなれない。 だって知っているから。わたしは生まれるべき存在ではなかったのだと…… 「必ず迎えに来るよ」 そんなわたしに、唯一親切にしてくれた彼が紡いだ……たった一つの幸せな嘘。 でもその幸せな夢さえあれば、どんな辛い事にも耐えられると思ってた。 ねぇ、フィル……わたし貴方に会いたい。 フィル、貴方と共に生きたいの。 ※子どもに手を上げる大人が出てきます。読まれる際はご注意下さい、無理な方はブラウザバックでお願いします。 ※この作品は作者独自の設定が出てきますので何卒ご了承ください。 ※本編+おまけ数話。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...