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お父様、兄様。
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二日かけて辿り着いた。
馬車を降りて着いたところはシャイナー伯爵家の墓地だった。
記憶の中にある何もなかった場所には新しい墓が建てられていた。
墓石に刻まれた名はやはり父と兄の名前。
もう否定することもできない。納得するしかできない。
現実を噛み締めて声を殺して泣いた。ここにノエル君がいなければ泣き叫んでグレイ様に八つ当たりしていたかもしれない。
だって、もっと早くに教えて欲しかった。早く会いにきてあげたかった。
だけど記憶を取り戻せずにいるわたしに、最初に全ての話を聞いてもたくさんの情報は受け入れることはできなかった。それもこんな残酷な話は。
今だからこそ、二人の死を受け入れられる。
タバサが何度も辛そうな顔をしたこと。わたしが記憶をなくしてからも誰からも連絡がないこと。
わたしはこの5年間誰とも交流せずにただグレイ様を嫌い、自分の殻に閉じこもっていたのだろう。
ーーあぁ………お父様、兄様、遅くなってごめんなさい。以前のわたしはお二人に対してどんな態度だったのでしょう?
わたしは……ほんの少し前まで一緒に笑い過ごしてきた記憶しかありません。とつぜん亡くなったと聞いても実感はなく今も信じられません。
でも……やっと会いに来れた……親不孝でごめんなさい。兄様もごめんなさい。
お二人にはいつか謝りに行きます。それまで待っててください。わたしは……ノエル君が幸せになるのを見届けてそちらに行きます。
もう少し待っていてください。
ノエル君は座り込み泣き続けるわたしを抱きしめてくれた。小さな手がわたしの体を必死で抱きしめる。
「ノエル君はお祖父様に会ったことはある?」
「うん」
「あ、あるの?」
「うん、とってもやさしい。いつもおかしを、くれた」
「そう……」
グレン様も知らなかったようで驚いた顔をしていた。
「タバサが、いっしょ」
「……タバサが……そう……よかった……二人は会っていたのね」
ーー以前のわたしには子供への愛情がなかったのだろう。会わせようとすら考えてなかったのかも……
記憶をなくす前の自分がどれだけ壊れていたのか今だからわかる。
「ノエル君、また……ここに会いにこようね」
「うん!おじいさま、ここで、ねむってるの?」
「ええ、ままの兄様もよ……そしてわたしのお母……ううん、ママも」
ーーお母様、はしばらく禁句だった
「ままのまま?」
「そう、ママのママ」
「そっかぁ」
わたしが墓から離れないのでノエル君は飽きたのか近くに咲いている花を眺めて遊び始めた。
このお墓の周りにはお母様の大好きだった花をたくさん植えてある。
今もここは手入れされて色とりどりの花が咲いて眠る人たちを見守ってくれている。
「グレイ様……伯爵家は今はどうなっているの?」
ーー実家がどうなっているのか完全に忘れていたわ。
「君の従兄が継ぐことになっているよ」
「従兄……クリフォード?」
「ああ、そうだ」
「そっかぁ、クリフォードなら立派な伯爵になれると思うわ。お父様が彼を指名したの?」
「……亡くなる前にね、君は……了承したよ」
「うん、わたしの自慢の幼馴染なの」
ーーそして初恋の人。
「今度の舞踏会で会えると思うよ。君の友人でもあるマルセーヌ公爵夫人も里帰りされて参加されるらしい」
「セリナ様が?会えるのね?ヴィヴィアンにも会えるのかしら?」
「ヴィヴィアン?ああ、彼女ももう結婚して今は子爵夫人になっているよ」
「婚約者だったトーマスと結婚したのね?」
「そうだと思う」
ーー屋敷の中だけで過ごしてきたから外のことを何も知らなかった……
わたし今がいっぱいいっぱいで……いつの間にかみんな新しい生活を送っていたのね……
(また会いにきます)
二人に頭を下げて、疲れて眠ってしまったノエル君をグレイ様が抱っこして馬車に乗り込んだ。
ずっと見慣れたこの景色。5年も経っているのが今ならわかる。
新しい建物や新しくできた道。
変わってしまったところがたくさんある。変わらない景色ももちろん。
学園に通った2年間は王都で過ごした。寮に入りみんなで笑い合った。卒業して領地に戻り兄様やお父様の仕事を手伝いながら、そろそろ婚約者探しもしないといけないと話していた。
デビュタントが終わったら本格的に婚約者を決めるとお父様に言われていたのを思い出す。
わたしの記憶はそこまで。それからの5年間が消えてしまった。
そこから不幸が始まった。グレイ様と結婚したのは不幸なことではなかったはずなのにわたしはお父様に売られたと思ってしまった。
「グレイ様………以前のわたしは……あまりにも酷い態度をとっていたのだと思います。今ならあなたがどれだけわたしを大切にしてくれたのかわかります。でも、あの頃のわたしにはあなたを受け入れられなかった……ごめんなさい」
「俺の態度が悪かったんだ……嫌われてどう言い訳したらいいのかも分からず結局君の前に姿を見せないのが一番いいと思い込んでしまったんだ……今更だけど……俺はティアとノエルと家族になりたい……そう認めてもらえるように努力する」
「わたしもノエル君の母親として頑張るつもり。まだグレイ様と夫婦だという実感はないけど……いつか……あなたを夫として受け入れられる時が来ると思うの……それまでもう少し時間をください」
馬車を降りて着いたところはシャイナー伯爵家の墓地だった。
記憶の中にある何もなかった場所には新しい墓が建てられていた。
墓石に刻まれた名はやはり父と兄の名前。
もう否定することもできない。納得するしかできない。
現実を噛み締めて声を殺して泣いた。ここにノエル君がいなければ泣き叫んでグレイ様に八つ当たりしていたかもしれない。
だって、もっと早くに教えて欲しかった。早く会いにきてあげたかった。
だけど記憶を取り戻せずにいるわたしに、最初に全ての話を聞いてもたくさんの情報は受け入れることはできなかった。それもこんな残酷な話は。
今だからこそ、二人の死を受け入れられる。
タバサが何度も辛そうな顔をしたこと。わたしが記憶をなくしてからも誰からも連絡がないこと。
わたしはこの5年間誰とも交流せずにただグレイ様を嫌い、自分の殻に閉じこもっていたのだろう。
ーーあぁ………お父様、兄様、遅くなってごめんなさい。以前のわたしはお二人に対してどんな態度だったのでしょう?
わたしは……ほんの少し前まで一緒に笑い過ごしてきた記憶しかありません。とつぜん亡くなったと聞いても実感はなく今も信じられません。
でも……やっと会いに来れた……親不孝でごめんなさい。兄様もごめんなさい。
お二人にはいつか謝りに行きます。それまで待っててください。わたしは……ノエル君が幸せになるのを見届けてそちらに行きます。
もう少し待っていてください。
ノエル君は座り込み泣き続けるわたしを抱きしめてくれた。小さな手がわたしの体を必死で抱きしめる。
「ノエル君はお祖父様に会ったことはある?」
「うん」
「あ、あるの?」
「うん、とってもやさしい。いつもおかしを、くれた」
「そう……」
グレン様も知らなかったようで驚いた顔をしていた。
「タバサが、いっしょ」
「……タバサが……そう……よかった……二人は会っていたのね」
ーー以前のわたしには子供への愛情がなかったのだろう。会わせようとすら考えてなかったのかも……
記憶をなくす前の自分がどれだけ壊れていたのか今だからわかる。
「ノエル君、また……ここに会いにこようね」
「うん!おじいさま、ここで、ねむってるの?」
「ええ、ままの兄様もよ……そしてわたしのお母……ううん、ママも」
ーーお母様、はしばらく禁句だった
「ままのまま?」
「そう、ママのママ」
「そっかぁ」
わたしが墓から離れないのでノエル君は飽きたのか近くに咲いている花を眺めて遊び始めた。
このお墓の周りにはお母様の大好きだった花をたくさん植えてある。
今もここは手入れされて色とりどりの花が咲いて眠る人たちを見守ってくれている。
「グレイ様……伯爵家は今はどうなっているの?」
ーー実家がどうなっているのか完全に忘れていたわ。
「君の従兄が継ぐことになっているよ」
「従兄……クリフォード?」
「ああ、そうだ」
「そっかぁ、クリフォードなら立派な伯爵になれると思うわ。お父様が彼を指名したの?」
「……亡くなる前にね、君は……了承したよ」
「うん、わたしの自慢の幼馴染なの」
ーーそして初恋の人。
「今度の舞踏会で会えると思うよ。君の友人でもあるマルセーヌ公爵夫人も里帰りされて参加されるらしい」
「セリナ様が?会えるのね?ヴィヴィアンにも会えるのかしら?」
「ヴィヴィアン?ああ、彼女ももう結婚して今は子爵夫人になっているよ」
「婚約者だったトーマスと結婚したのね?」
「そうだと思う」
ーー屋敷の中だけで過ごしてきたから外のことを何も知らなかった……
わたし今がいっぱいいっぱいで……いつの間にかみんな新しい生活を送っていたのね……
(また会いにきます)
二人に頭を下げて、疲れて眠ってしまったノエル君をグレイ様が抱っこして馬車に乗り込んだ。
ずっと見慣れたこの景色。5年も経っているのが今ならわかる。
新しい建物や新しくできた道。
変わってしまったところがたくさんある。変わらない景色ももちろん。
学園に通った2年間は王都で過ごした。寮に入りみんなで笑い合った。卒業して領地に戻り兄様やお父様の仕事を手伝いながら、そろそろ婚約者探しもしないといけないと話していた。
デビュタントが終わったら本格的に婚約者を決めるとお父様に言われていたのを思い出す。
わたしの記憶はそこまで。それからの5年間が消えてしまった。
そこから不幸が始まった。グレイ様と結婚したのは不幸なことではなかったはずなのにわたしはお父様に売られたと思ってしまった。
「グレイ様………以前のわたしは……あまりにも酷い態度をとっていたのだと思います。今ならあなたがどれだけわたしを大切にしてくれたのかわかります。でも、あの頃のわたしにはあなたを受け入れられなかった……ごめんなさい」
「俺の態度が悪かったんだ……嫌われてどう言い訳したらいいのかも分からず結局君の前に姿を見せないのが一番いいと思い込んでしまったんだ……今更だけど……俺はティアとノエルと家族になりたい……そう認めてもらえるように努力する」
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