【完結】母になります。

たろ

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舞踏会③

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「ティア、お肉は逃げないわ!ゆっくり食べなさい」

「う、うん、なんだかセリナ様に会ったからなのかホッとしちゃったの。あの場所にいるとコソコソ意地悪なことばかり言うんだもの」
 ーー思い出すと嫌な気分になってしまう。

「………社交界なんてどこの国にいても同じよ。いかに自分の味方を増やすか、話術が得意になるか………強靭な心を持って相手を負かしてしまうかよ」

「セリナ様も苦労したの?」

「わたし?わたしは強い味方をつけたから大丈夫だったわ。それに夫はわたしのことが大好きだからわたしに対して酷い態度を取る人たちには徹底して……お仕置き?をするのよ、ふふふっ」

 セリナ様の笑顔が怖い。想像するのはやめておこう。元王女殿下のセリナ様、公爵夫人になっても十分な力を向こうの国でも発揮しているのだろう。

 敵に回さなくて良かった。

 久しぶりに二人っきりで話をしていると侍女が「フランソア夫人がお探しになっております。こちらにお連れしてもよろしいでしょうか?」と声をかけてきた。

「ええ、お願い」

 ーーあっ……ハンクスがそういえば言ってたわ。

「セリナ様……アリスティア様をご存知ですか?フランソア夫人のお付きでご一緒に来られていると思うのですが」

「もちろんよ、向こうの国でよくしてもらっているのよ?同じ国の出身だから話も合うし、おかげで寂しく過ごさなくて済むのよ?」

「わたし、アリスティア様にお会いしたいのです。実は………」



 ハンクスに頼まれた話をセリナ様にすると……




「うーん、アリスティアが辛い思いをしてきたことは知っているわ。アリス商団を一緒に立ち上げたハンクスに全て譲ったことも知ってるの………だけど二人が好き合っていたのに結ばれることがなかったなんて……とってもロマンティックね……多分フランソア夫人と一緒に今からこちらに来るわ思うわ。紹介してあげるからそのハンクスとなんとか一度顔合わせしましょう」

 セリナ様の笑顔が………上手くいってくれるといいのだけど。



「どうぞ、お入りください」
 セリナ様がお二人を招き入れた。

 フランソア夫人は40才過ぎにはとても見えない若々しい人だった。アリスティア様は元侯爵令嬢、所作がとても綺麗で知的な人だった、侍女として働くにはもったいない。

 平民として過ごしていると聞いたけどどこに出ても恥ずかしくない。どうしてハンクスと結ばれなかったのかしら?もう彼のことは忘れたいのかな?

 頭の中で色々考えてしまう。だけど口には出さずにいた。わたしが出来ることは二人を会わせてあげることだけだから。

 セリナ様の護衛に頼んでハンクスを探してここにきてもらうことにした。ハンクスはフランソア夫人とは今も仕事で会うことがよくあるらしい。ただその場にアリスティア様はいない。

 フランソア夫人は敢えて二人が会う機会を作ることはないと言っていた。それはアリスティア様の意思なんだろう。それなのに会わせていいのかしら?

 でも、ハンクスに一度だけ機会を与えてあげたい。セリナ様も同意してくれたし、アリスティア様が嫌がるようならハンクスはすぐに追い出そう。

 ハンクスが来るまでわたしは四人でゆっくりとおしゃべりを楽しんだ。

 お二人とも美術品に詳しくウィルジア国の画家の方の話や地方で作られている織物の話など聞かせてくださった。


 そして一息ついた頃……

「ティア様は、この5年間の記憶を失くされたと聞きました」

「そうなんです……でも、それで良かったのだと思います。今はその頃のわたしを第三者として見ることができます。
 わたしは一人で悲劇のヒロインにでもなっていたのか、周りに迷惑や心配をかけて過ごしていたようです……一番大切にしないといけない我が子を蔑ろにして息子が辛い思いをしているのに自分だけが不幸にでもなったつもりでいたようです………そのせいでお父様の死に目にも会えなかった………今更悔やんでも仕方がないのに……お墓に会いに行くよりもっと早くに、生きているうちに会いに行けばよかった……」

 わたしはアリスティア様の方へと視線を向けた。

「アリスティア様……わたしは今アリス商団でドレスを買わせていただいております。他にも子供達の遊具などもお願いしたりとよくしていただいているんです……
 わたし……うまく立ち回るのが苦手なので……今からハンクスがここに来ます。
 会うのがお嫌なら部屋に入るのはやめてもらいます……でもほんの少しでも会いたいというお気持ちがあるのでしたら会っていただけないでしょうか?」

「ハンクスが……」
 アリスティア様は動揺していた。
 ーーそうだよね、もう会うことはないと思っているはずだもの。

「はい、アリスティア様に会うチャンスを作って欲しいと頼まれました。あなたに会って話したいと頼まれて……後悔しないで欲しいのです。わたしのように会っていたらと、悔やんでほしくありません。もちろんもう完全に割り切ってしまっていて会いたくないのなら仕方がないです。ハンクスは追い返します」

 アリスティア様の瞳が揺れていた。悩まれている……ハンクスはまだアリスティア様のことを想っている。だけど……彼女は………

「わたしは彼にとって、憎い男の娘なの……彼らを不幸に陥れたあの男の娘……彼のそばにいることはできないの」

「わたし……ご存知のとおり記憶喪失なのでアリスティア様のご実家の話は知りませんでした。
 だからこそ言えるのかもしれませんが………アリスティア様のご実家の親と妹は最低だし、しっかり罪は償ってもらわないといけないと思います。でもアリスティア様は何をしたと言うんですか?
 ハンクスと同じ被害者ではないですか?
 そんな人たちのためにやっと自由になった人生をまた犠牲にするなんてあり得ません!
 ハンクスだってずっとアリスティア様を愛しているんです。憎い男の娘ではなく、アリスティア様自身を愛しているんです!」


「失礼します。ティア様……みんなの前で俺の気持ちを勝手に叫ばないでください」

 そう言いながら入ってきたハンクス。

「ハンクス!勝手に入ってこないで!」
 わたしが叫ぶと「ノックしました。フランソア夫人とセリナ様が『どうぞ』と言ってくださいました」とハンクスがわたしの顔を見て呆れながら言った。

「聞こえていなかったわ」

「でしょうね?」
 ハンクスはわたしに呆れてにこりと笑った。

「ティア様ありがとうございます。そして……アリスティア……みんなの前で言わせてもらう」

 わたし達は二人を黙って見守ることにした。
 ーーこれ以上口出したらダメ!しっかり口を押さえて見守った。

「アリスティア……俺は君を愛しています。君の横に堂々と立ちたいとアリス商団をここまで守ってきた……俺は……君に振られても、もう諦めるつもりはない。何度でも君に愛しているというよ」

「ハンクス………」


「わたし達はここまでね?さぁ、会場に戻らないと夫が待っているわ」

 セリナ様がわたしとフランソア夫人に微笑んだ。
 わたし達もにこりと微笑み返して部屋を出て行った。

 ーーあとはハンクス!頑張って押しまくるのよ!

 わたしはハンクスに向かってガッツポーズをしてから部屋を出た。

 会場に向かうのもさっきと違いセリナ様や夫人がいてくれるので重たい憂鬱な気持ちで向かわなくて済むのでありがたい。


 会場に戻るとグレイ様がわたしの姿を見つけると急いでやってきた。

「ティア!」

「遅くなってごめんなさい。セリナ様とお話ししていたの」

「わかってる、だけど姿が見えないのはやはり心配だったんだ」

「ふうん、フォード侯爵。以前ならそんなふうに気持ちを伝えたりしなかったのに変わったわね?」

 セリナ様が横で驚いていた。

「言葉にしないとティアに俺の気持ちが伝わりませんから。もう後悔はしたくありません」

「ティア、愛されてるのね?」

 ーーなんだかすっごく恥ずかしいんだけど……ハンクスのことは平気だったのに、自分のことになると…………無理だわ、恥ずかしすぎる。






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