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殿下には出会いたくなかった。

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お父様が仕事に行き出した。

二日経っても、1週間経っても、ちゃんと仕事に行っている。

(今は夏なのに大雪でも降らなければいいけど)

お母様の形見の絵も一枚売った。

そのお金でアイシンの医療費はもちろん今まで屋敷の手入れをする余裕もなかったので至る所ボロボロで壊れていた壁や穴の開きそうな床の修理をした。
そして借金もかなり返すことが出来た。

お父様が働いてくれれば、借金返済も目処が立つので少しホッとした。

最近はアイシンとグレイが屋敷の使用人として仕事をするようになった。

もちろん二人は料理はまだ苦手で出来ないので、朝わたしが朝食と四人分のお昼のお弁当を作り、帰ってから夕飯を作っている。

それでも二人が掃除と洗濯、留守番をしてくれるので助かっている。
さらに以前雇っていた使用人も二人戻ってきてくれることになった。
これでわたしの仕事も少し減るかしら?

昼間子供二人を置いていかなくて済むので安心。

「お父様、今日もお仕事に行かれるのですか?」

「何を言ってるんだセスティ。当たり前だろ」

「いやいや、今まであんなに働いてと言っても働かなかったお父様がそんなに真面目に働くなんておかしいですよ!」

「それは…迷惑かけてすまなかった。セリアが亡くなってからの僕は目の前が灰色になってどう頑張っても生きる気力が湧かなかったんだ、子供達だって母親を亡くしてショックなのにわたしは自分の悲しみとしか向き合ってこなかった。
ほんと碌でもない父親だったね」

お父様がしょげでいるのを見てわたしは怒っていいのか喜んでいいのかわからなくなった。

「お父様、苦労したのはカムリも同じです。今度の長期休暇で帰って来たら、お父様の立派な姿を見せてあげてくださいね」

「ああ、カムリにも謝らなければいけないね」

「もちろん当たり前です」
わたしはそこは冷たく言い切ってやった。




◇ ◇ ◇

最近のわたしはイリーンさんと仲良くなった。

「セスティ・アイバーン、今日はもう少し効率よく仕事をしなさい、気が緩んでいるわよ」

「はい、すみません、頑張ります」

イリーンさんの叱咤激励は嫌味や意地悪ではなく、わたしへの優しさだと最近気がついた。

見た目でわたしは軽い女の子だと思われやすい。
男の人ウケしやすいのだ。
男爵の娘だから底教育しか受けていないし、簡単に遊んで捨てやすい女だと思われている。

(ぶざけんな!わたしはお母様からしっかり高度な教育を受けて育ったのよ!)

まあ、その軽そうな見た目で痛い目にあって(殿下達の所為で)、職場では逆にあざとい女の子として振る舞うことで自己防衛してきたつもりだった。

でもやめた。

だって、あざとく生きても自分を偽るだけで疲れるんだもん。

イリーンさんはわたしの見た目で人から軽く見られないように、しっかり仕事を叩き込んでくれている。

わたしはその期待に応えたい。





◇ ◇ ◇

「セスティ・アイバーン、これは騎士団の執務室に届けて、こちらは王太子殿下付きの執務室に届けてきてちょうだい」

「はい、イリーンさん了解しました」

わたしはまだこの職場で働き出して半年。

まだまだ、使いっ走りも多い。

でもこうして外回りをすれば、わたしの財務管理課の職員として顔を売ることができる。

どの部署にどれくらいお金を分配するか、無駄はないか、必要なところにお金が回っているか、把握するにはまずいろんな部署に顔を出して自分の目で見ることが大切なのだ。

イリーンさんは、わたしに自分で身につけるようにと外回りを振ってくれる。

イリーンさんは財務管理課の部署を統括するトップ。25歳ながらかなり優秀なので、上司ですら頭が上がらない。
そんなイリーンさんにわたしは目をつけられ職場の人たちからは同情されている。
わたしももちろん最初は悪い意味で取っていたが、今ならわかる。
彼女の不器用な優しさが。


騎士団にお届けが終わり、次は王太子殿下付きの執務室。

本当はこの辺には近づきたくはない。

もちろん執務室に来ても今まで会ったこともすれ違ったこともないのだけど、王太子殿下のテリトリーに入らないに越したことはない。

やはり学園でのトラウマが心に影を落としている。

またいつみんなから好奇な目で見られるんだろう。

呼び出しをされて怒鳴られて、泣いたら「ほら女の武器を使って泣いたふりをする」と、罵られる。

仲が良かった友人達もわたしから離れて行く。

わたしは一人で違うと反論することも戦うことも出来なかった。

事実ではない嘘だけが、噂として学園の中で飛び交う。

居場所のないわたし。

授業以外は教室を出て裏庭の片隅で過ごした。

殿下の婚約解消後、わたしが何もしていない、無実だとわかってもみんな今更わたしと仲良くなろうとはしなかった。

逆に遠目で同情されてまた噂をされる。

「あの見た目では仕方ないわよ」

「男爵令嬢でしょう?しかも父親は働いてないらしいし貧乏なのでしょう?まあ、誤解されるような状況なのだから本人が悪いのよ」

わたしが悪い?

この見た目が悪い?

男爵令嬢だから?

お父様が働いてないから?
(これに関してはお父様に腹が立った!)

貧乏だから?
(これもお父様のせいよ!働かないのだから!)

わたしは気が重くなりながら王太子殿下付きの執務室に入った。

「失礼します、財務管理課の職員のアイバーンです。書類をお届けに参りました」

わたしが挨拶をすると

「セスティ嬢、仕事かい?」
笑顔でわたしに向ける殿下がそこに居た。

「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
わたしは慌てて頭を下げて挨拶をした。

(まさかこの部屋にいるなんて思わなかったわ、油断した)

廊下ですれ違うことがなかったので少し気を抜いていた。
突然の殿下の声にわたしは恐怖しかなかった。













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