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赤ちゃん。
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無理矢理渡された赤ん坊をどうしていいのか分からず廊下に呆然と立っていた。
「奥様?」
侍女のヘレンがわたしの姿をみて慌ててやってきた。
「旦那様に赤ん坊の面倒はみるなと命令されております。なのでわたし達は何もしてあげることができません。でも……近くで助言はできます。まず赤ちゃんをベビーベッドに寝かせてあげましょう」
そう言うとヘレンはベビーベッドをわたしの部屋に用意してくれた。
ーーこの屋敷にはベビーベッドが用意されていたのね。わたしが領地に帰っている間に赤ちゃんを受け入れる準備は出来ていたのね。
ロレンスはわたしが領地から帰ってきたから、赤ん坊を連れてきたのだろう。
産めないわたしへの当てつけ?無理矢理わたしに子どもの面倒を押し付けるのは?
わたしを領地へやったのは、愛人が赤ん坊を産むためだったのね。
わたしは慣れない手つきで子供を抱いた。
赤ちゃんのなんとも言えない匂い。初めて嗅ぐこの甘い匂いはいったいなんだろう?
小さな寝息、体に伝わるほんのり温かな体温がわたしの心を和ませようとする。
でもこの子は夫が愛した人の子。
そう思うと可愛いと思う気持ちが消えてしまう。
わたしは溜息を吐きながら子供をベッドに寝かせた。
夫とあんなに大きな声で騒いでも泣かないこの子はなかなかの大物かもしれない。
それからのわたしの生活は一変した。
朝起きてオムツを替えてミルクを飲ませる。泣く赤ちゃんをあやして寝かせる。またオムツを替える。そしてあやす。
一番大変だったのは赤ちゃんをお風呂に入れること。
自身も一人で入浴したことがないのに、赤ん坊をどうやって洗うのか……誰も助けてはくれなかった。
横に立って侍女達がいろいろアドバイスしてはくれても、わたし自身は不器用でオロオロして何度溺れさせそうになったことか。
最近はベビーベッドに入れているとわたしのことを目で追うようになった。
お座りも上手にできて一人で遊んでいる。
でもわたしが部屋から出ようとすると大泣きが始まる。
一人になるのが不安なのか、寂しいのか。
仕方なくどこに行くのも赤ちゃんを連れて歩き回るしかない。
おかげで屋敷から外に出るのは、庭園だけ。
お天気のいい日は二人で散歩をする。もちろんわたしが抱っこして。
そして、夫とは会話すらなくなった。
なのに赤ん坊を寝かせると、必ずわたしの部屋へ来て無理矢理わたしを抱く。
腕を押さえ込んで抵抗してもやめてくれることはない。それなのに……優しいキスをしてくる。
わたしのことを愛していないのならそんな顔をして抱かないでほしい。
まるでわたしを愛している時のような顔をして……
彼はわたしが疲れて眠りにつくと、そっとベッドから出て自分の部屋へ戻る。
必ず眠っている赤ん坊に「愛してるよ」と声をかけてから部屋を出て行く彼の声にわたしは耳を塞ぐ。
ーーーーー
「奥様、ぼっちゃまが最近よく笑いますね」
「ふふ、ほんと」
ーーとっても可愛い。
だけどわたしは赤ん坊の名前を知らない。
この屋敷では誰も名前を呼ばない、もちろんわたしも知ろうとはしない。
侍女達は「坊ちゃま」
わたしは「赤ちゃん」
と呼ぶ。
ロレンスは……知らない。
食事もお茶も彼とすることはない。
わたしから彼の部屋へ行くことも、話しかけることもない。
赤ちゃんに会いにくるのはわたしを抱く時だけ。
鍵を閉めていても合鍵を持つ彼には抵抗できない。当主である彼に逆らうことはできない。
離縁を何度も求めても聞いてもらえない。
「ロレンスお願いわたしの話を聞いて。わたしはもう耐えられないの。貴方と別れたい。どうしてなの?わたしはもう嫌なの、愛がないのにあなたに抱かれるなんて嫌なの」
「俺は君を愛している」
わたしはもう愛していないわ。
裏切ったのは貴方なのよ?
ーーーーー
赤ちゃんの面倒をみることになって二月。
なんとか子育てに慣れてきた頃、突然ぐずり出した。
どんなにあやしても泣き続けてどうしようもなくなって、子育てをしたことがある侍女達にどうしたらいいのか尋ねた。
「もしかして突発性の熱ではないでしょうか?
熱は38~39度くらいで、急に上がって高い熱が3日間ぐらい続き、4日目ぐらいに熱が下がってから、お腹から発疹が出てきますがかゆみはなく、痕を残さないで消えます。
発疹が出たころから便がゆるくなることがありますがすぐによくなります」
とのことだった。
心配なので医者を呼び診てもらう。
やはり侍女達の言う通りだった。
高い熱が続いた。ぐずりはしたけど前もって聞いていたのでなんとか初めての病気に対処できた。
ロレンスも普段はわたしに任せっきりなのに流石に心配して何度も赤ちゃんに会いにきていた。
そしてわたし自身も体調を崩してしまった。
「奥様、顔色が悪いですよ?」
「少し体が怠いの。でも赤ちゃんに食事をさせてあげないと……」
離乳食が始まり、少しの量しか食べないので食べ終わるのにも時間がかかる。
少しふらつきながらも、わたししか面倒をみることができない。
もしわたしが育児を拒否すればこの子の面倒は誰もみれない。
そしたら……この子はどうなるのだろう?
いくらあんな酷いことを言っても、実際にはロレンスが誰かに面倒をみるように言うのではないか。そう思ってはいるが、もしも……を考えると体調が悪くても放っておくことはできなかった。
眠たくなってきてぐずる赤ちゃんを抱っこしてあやしていると……ふらっとして倒れそうになった。
「奥様、横になってください」
「だめよ、赤ちゃんをどうするの?」
「わたしが面倒をみます」
「もしロレンスに見つかったらあなたも赤ちゃんもどうなるの?わたしは大丈夫だから」
なんとか笑顔を作り微笑むと、侍女達が辛そうにわたしをみた。
わたしはロレンスの何なのだろう?
性の奴隷?
子育てをするための仮の妻?
早くこの屋敷から逃げ出さなければ。
そう思いながらも重たい体をなんとか誤魔化しながら子育てを続けた。
ーーーーー
赤ちゃんが眠りについてホッとしてわたしもいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
微かに聞こえてくる話し声。
「…………ライ…すまない……抱っこもしてあげられず…もう少し我慢してくれ」
ロレンス?話しかけているのは赤ちゃん?
ライ?赤ちゃんの名前はライ?
どうして赤ちゃんに謝るの?
わたしには謝る必要がないと言うことなの?
わたしが面倒を見なければこの子は死ぬとわたしを脅しておいて……
わたしは悲しくて彼に背を向けて震える体を彼に気づかれないようにして泣いた。
彼は赤ちゃんのほうをずっと見ているようだ。
微かに感じる彼の気配。
ーー早くこの部屋から出て行って!
わたしは寝ているふりをしてじっと耐えた。
「奥様?」
侍女のヘレンがわたしの姿をみて慌ててやってきた。
「旦那様に赤ん坊の面倒はみるなと命令されております。なのでわたし達は何もしてあげることができません。でも……近くで助言はできます。まず赤ちゃんをベビーベッドに寝かせてあげましょう」
そう言うとヘレンはベビーベッドをわたしの部屋に用意してくれた。
ーーこの屋敷にはベビーベッドが用意されていたのね。わたしが領地に帰っている間に赤ちゃんを受け入れる準備は出来ていたのね。
ロレンスはわたしが領地から帰ってきたから、赤ん坊を連れてきたのだろう。
産めないわたしへの当てつけ?無理矢理わたしに子どもの面倒を押し付けるのは?
わたしを領地へやったのは、愛人が赤ん坊を産むためだったのね。
わたしは慣れない手つきで子供を抱いた。
赤ちゃんのなんとも言えない匂い。初めて嗅ぐこの甘い匂いはいったいなんだろう?
小さな寝息、体に伝わるほんのり温かな体温がわたしの心を和ませようとする。
でもこの子は夫が愛した人の子。
そう思うと可愛いと思う気持ちが消えてしまう。
わたしは溜息を吐きながら子供をベッドに寝かせた。
夫とあんなに大きな声で騒いでも泣かないこの子はなかなかの大物かもしれない。
それからのわたしの生活は一変した。
朝起きてオムツを替えてミルクを飲ませる。泣く赤ちゃんをあやして寝かせる。またオムツを替える。そしてあやす。
一番大変だったのは赤ちゃんをお風呂に入れること。
自身も一人で入浴したことがないのに、赤ん坊をどうやって洗うのか……誰も助けてはくれなかった。
横に立って侍女達がいろいろアドバイスしてはくれても、わたし自身は不器用でオロオロして何度溺れさせそうになったことか。
最近はベビーベッドに入れているとわたしのことを目で追うようになった。
お座りも上手にできて一人で遊んでいる。
でもわたしが部屋から出ようとすると大泣きが始まる。
一人になるのが不安なのか、寂しいのか。
仕方なくどこに行くのも赤ちゃんを連れて歩き回るしかない。
おかげで屋敷から外に出るのは、庭園だけ。
お天気のいい日は二人で散歩をする。もちろんわたしが抱っこして。
そして、夫とは会話すらなくなった。
なのに赤ん坊を寝かせると、必ずわたしの部屋へ来て無理矢理わたしを抱く。
腕を押さえ込んで抵抗してもやめてくれることはない。それなのに……優しいキスをしてくる。
わたしのことを愛していないのならそんな顔をして抱かないでほしい。
まるでわたしを愛している時のような顔をして……
彼はわたしが疲れて眠りにつくと、そっとベッドから出て自分の部屋へ戻る。
必ず眠っている赤ん坊に「愛してるよ」と声をかけてから部屋を出て行く彼の声にわたしは耳を塞ぐ。
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「奥様、ぼっちゃまが最近よく笑いますね」
「ふふ、ほんと」
ーーとっても可愛い。
だけどわたしは赤ん坊の名前を知らない。
この屋敷では誰も名前を呼ばない、もちろんわたしも知ろうとはしない。
侍女達は「坊ちゃま」
わたしは「赤ちゃん」
と呼ぶ。
ロレンスは……知らない。
食事もお茶も彼とすることはない。
わたしから彼の部屋へ行くことも、話しかけることもない。
赤ちゃんに会いにくるのはわたしを抱く時だけ。
鍵を閉めていても合鍵を持つ彼には抵抗できない。当主である彼に逆らうことはできない。
離縁を何度も求めても聞いてもらえない。
「ロレンスお願いわたしの話を聞いて。わたしはもう耐えられないの。貴方と別れたい。どうしてなの?わたしはもう嫌なの、愛がないのにあなたに抱かれるなんて嫌なの」
「俺は君を愛している」
わたしはもう愛していないわ。
裏切ったのは貴方なのよ?
ーーーーー
赤ちゃんの面倒をみることになって二月。
なんとか子育てに慣れてきた頃、突然ぐずり出した。
どんなにあやしても泣き続けてどうしようもなくなって、子育てをしたことがある侍女達にどうしたらいいのか尋ねた。
「もしかして突発性の熱ではないでしょうか?
熱は38~39度くらいで、急に上がって高い熱が3日間ぐらい続き、4日目ぐらいに熱が下がってから、お腹から発疹が出てきますがかゆみはなく、痕を残さないで消えます。
発疹が出たころから便がゆるくなることがありますがすぐによくなります」
とのことだった。
心配なので医者を呼び診てもらう。
やはり侍女達の言う通りだった。
高い熱が続いた。ぐずりはしたけど前もって聞いていたのでなんとか初めての病気に対処できた。
ロレンスも普段はわたしに任せっきりなのに流石に心配して何度も赤ちゃんに会いにきていた。
そしてわたし自身も体調を崩してしまった。
「奥様、顔色が悪いですよ?」
「少し体が怠いの。でも赤ちゃんに食事をさせてあげないと……」
離乳食が始まり、少しの量しか食べないので食べ終わるのにも時間がかかる。
少しふらつきながらも、わたししか面倒をみることができない。
もしわたしが育児を拒否すればこの子の面倒は誰もみれない。
そしたら……この子はどうなるのだろう?
いくらあんな酷いことを言っても、実際にはロレンスが誰かに面倒をみるように言うのではないか。そう思ってはいるが、もしも……を考えると体調が悪くても放っておくことはできなかった。
眠たくなってきてぐずる赤ちゃんを抱っこしてあやしていると……ふらっとして倒れそうになった。
「奥様、横になってください」
「だめよ、赤ちゃんをどうするの?」
「わたしが面倒をみます」
「もしロレンスに見つかったらあなたも赤ちゃんもどうなるの?わたしは大丈夫だから」
なんとか笑顔を作り微笑むと、侍女達が辛そうにわたしをみた。
わたしはロレンスの何なのだろう?
性の奴隷?
子育てをするための仮の妻?
早くこの屋敷から逃げ出さなければ。
そう思いながらも重たい体をなんとか誤魔化しながら子育てを続けた。
ーーーーー
赤ちゃんが眠りについてホッとしてわたしもいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
微かに聞こえてくる話し声。
「…………ライ…すまない……抱っこもしてあげられず…もう少し我慢してくれ」
ロレンス?話しかけているのは赤ちゃん?
ライ?赤ちゃんの名前はライ?
どうして赤ちゃんに謝るの?
わたしには謝る必要がないと言うことなの?
わたしが面倒を見なければこの子は死ぬとわたしを脅しておいて……
わたしは悲しくて彼に背を向けて震える体を彼に気づかれないようにして泣いた。
彼は赤ちゃんのほうをずっと見ているようだ。
微かに感じる彼の気配。
ーー早くこの部屋から出て行って!
わたしは寝ているふりをしてじっと耐えた。
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