「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜

まへまへ

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第30話 もう一度あの姿に…

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ミキはまだ胸のざわつきを抑えきれず、白い息をそっと吐いた。

けれど、そのまま立ち止まってしまうのが怖くて、無理に笑顔を作る。

「ねぇ、一朗さん。」

ミキは、わざと明るい声を出して雪の上を軽く蹴った。

「昨日ね、真白ちゃんと二人で部屋で“新しい形”になったの。」

一朗は、驚いたように目を瞬かせる。

「新しい形?」

「うん。」ミキは頷いた。

「私ね、変身願望があるの。自分じゃない全然別の姿になってみたいって、ずっと思ってたの。だから真白ちゃんと話してて、『じゃあ一緒にやってみよう』ってなって……」

一朗は半信半疑の表情で笑った。

「そんなこと、できるんだな。真白……あいつ。」

ミキは口元を押さえて、くすっと笑った。

「でしょ?でもね、真白ちゃんの変身って本当に不思議なの。怖くないし、包み込まれるような安心感があるの。まるで――」

少し間を置いて、ミキは小さく目を伏せた。

「……まるで優しい夢の中にいるみたいだった。」

一朗は、ミキの言葉を聞きながら少し首をかしげた。

彼女の頬に浮かんだ淡い赤みと、どこか遠くを見ているような瞳に、興味と少しの不安が混ざる。

「……どんな姿だったの?」

一朗は静かに尋ねた。

「ミキさんを、真白が服を着るみたいに包み込んでたってこと?」

ミキはその問いに、少しだけ微笑んだ。

「うん……そう。包まれてた、っていうのが一番近いかな。」

彼女は雪の上に視線を落とし、指先でふわりと自分の腕を撫でた。

「冷たくもなくて、むしろあたたかくて……生きてるみたいな感触。真白ちゃんの意識がすぐそばにあって、息づかいみたいに感じられたの。」

一朗は息をのむ。

「なんか……想像が追いつかないな。」

「ふふ、無理もないよ。」

ミキは少しからかうように笑って顔を上げた。

「でもね、一朗さん。あのときの私たち、きっと“二人”でひとつになってたの。真白ちゃんが私の中にいて、私が真白ちゃんの形を借りてた。変な話だけど……すっごい興奮しちゃったの。」

一朗はその言葉に、ただ静かに頷いた。

ミキの瞳には、どこか現実とは違う温度――夢と現の境界を行き来した者だけが知る、穏やかな光が宿っていた。

ミキは一朗の横顔を見ながら、少し唇を噛んだ。

「……見てみたい?」

「え?」

一朗は不意を突かれたように顔を上げた。

「真白ちゃんとの“あの姿”。」

ミキは少し悪戯っぽく笑う。

「本当は、あの姿を写真に残したいの。今夜、部屋でもう一度再現できるか試してみようと思ってるの。」

一朗は目を瞬かせた。

「撮影……ってこと?」

「そう。」

ミキは軽く肩をすくめる。

「スタッフに見せるわけじゃないけど、自分の記録として残しておきたいの。一朗さんにも、ちょっと見てほしいなって思って。」

一朗の胸が、どくんと鳴った。

誘いの意味を深く考える前に、ただどんな姿なのかを見てみたい――その想いが勝っていた。

「……わかりました。写真撮ります!」

その答えに、ミキは静かに微笑んだ。

「ありがとう。一朗さんなら、そう言ってくれると思ってた。」

ーーーーー

ロッジの扉を開けると、ふわりと温かな湯気の香りが迎えてくれた。

薪ストーブの火が赤く揺れ、外の雪明かりとは違う、柔らかい光が部屋を包んでいる。

「おかえりー!」

真白がぱっと立ち上がった。

手には湯呑みがいくつも並んでいて、湯気が立ちのぼっている。

「寒かったでしょ? 熱いお茶、入れたんだ!」

「ありがと、真白ちゃん。」

ミキは両手で湯呑みを受け取り、一口すすると、ふっと頬が緩んだ。

優しい香りと温もりが、胸の奥まで沁みていく。

一朗も隣で「うまいな、これ」と笑い、場が少し和んだ。

しばらく談笑が続いたあと、スタッフたちが順番に席を立ち、機材の整理に向かった。

部屋が静かになったそのとき――ミキは真白の方に少し身を寄せて、小声で囁いた。

「ねえ、真白ちゃん。今夜、もう一度……あの“変身”、できるかな?」

真白は湯呑みを持つ手を止めて、ゆっくりとミキを見つめた。

「え? 昨日の……?」

ミキは小さく頷く。

「うん。もう一度、確かめてみたいの。昨日みたいに、あの姿になれたら――今度はちゃんと写真に残したいの。形として。」

真白はすぐに微笑んだ。

「うん、いいよ。ミキさんがそうしたいなら、私も協力する。」

真白が微笑むと、ミキも嬉しそうに息を弾ませた。

しかし次の瞬間、少し言いづらそうに唇を噛み、それから小さく打ち明けるように声を落とした。

「実はね……さっき、一朗さんに昨日の“変身”のこと、ちょっと話しちゃったの。」

「えっ……!」

真白の肩がびくっと揺れた。頬がみるみる赤く染まる。

「そ、そんな……あの姿、ほとんど裸みたいなものだよ……」

ミキは慌てて手を振る。

「違うの、そういう意味じゃなくて! ほら、ちゃんと“作品づくりの一環”っていう形で話したの。誤解されないように。」

真白は胸に手を当てて、少し安堵の息をつく。

「……もう、びっくりしたよ……」

ミキはそこで、少し照れくさそうに笑った。

「それでね、撮影を一朗さんにお願いしようと思ってるの。昨日のあの姿に、ちょっとアレンジして……ラバーのスーツを合わせようかなって。」

真白は目を瞬かせて、驚きと戸惑いが入り混じった表情を見せた。

「ラバー……を? あの姿に?」

ミキは頷きながら、少し遠くを見るように言葉を続けた。

「うん。あの“変身”の形を、ちゃんと衣装も着て再現したいの。本当の“私たち”を、ちゃんと残したいって思って。」

真白はその真剣な瞳を見つめ、やがてふっと微笑んだ。

「……そっか。ミキさん、やっぱりすごいな。」

少し間を置いて、真白は明るく笑った。

「よし、やろう! ラバーでも何でも!ミキさんと一緒なら、恥ずかしくないよ。」

ミキの目が柔らかく細められた。

「ありがとう、真白ちゃん。やっぱり、あなたって素敵ね。」

二人は湯呑みをそっと合わせるようにして笑い合った。

外の雪は止み、窓の外には月明かりが淡く広がっていた。


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