「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜

まへまへ

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第34話 ファンレター

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まだ外はうっすらと薄明るく、雪の白さが朝の光をやわらかく反射していた。

ロッジのリビングでは、一朗が薪ストーブの火を整えながら、湯気の立つコーヒーポットをテーブルに置く。

そのとき、廊下の方から小さな足音が聞こえた。

「……おはよう、一朗。」

振り向くと、寝癖を少しだけ残した真白が、厚手のニットを抱きしめるようにして立っていた。

頬がほんのり赤く、目元はまだ少し眠たげ。

一朗は思わず笑顔になる。

「おはよう、真白。早いね。ちゃんと寝れた?」

真白は一瞬ためらい、そして少し恥ずかしそうにうつむいた。

「うん……ちょっと、ね。夢、見ちゃって……」

「夢?」

「うん。なんか、あったかい夢。」

その言葉に、一朗は優しく目を細める。

「そっか。いい夢だったみたいだな。」

「うん……」

真白はそのまま、しばらく一朗の顔を見つめていた。

けれど、何かを言いかけてはやめるように唇を結び――少し照れたように笑う。

「……なんでもない。」

そのとき、奥のキッチンから美佐子の声が響いた。

「真白ちゃん、ちょっと来てくれる? 朝の準備、お願い~!」

「あっ、はいっ!」

真白は小さく返事をして、慌てて立ち上がる。

行き際にもう一度だけ振り向き、頬を染めたまま、少しだけ笑って言った。

「……一朗、あとでね。」

そして台所の方へ小走りで向かっていく。

一朗はその後ろ姿を見送りながら、湯気の立つマグカップを手に取って、

静かに微笑んだ。

「……あいつ、やっぱり朝が似合うな。」


ーーーーーーー


ロッジの前には、朝の冷たい空気が漂っていた。

木々の枝にはまだ白い雪が残り、空気の中には昨夜の名残のような静けさがあった。

車のエンジン音が軽く響く中、スタッフたちは荷物を積み終え、ミキを待っている。

ミキは玄関の前で最後の確認を終えると、真白の方に向き直った。

「ねえ、真白ちゃん。スマホ、持ってないんだよね?」

「うん。タブレットしかないの。」

「じゃあ、これ。」

ミキは真白のタブレットを受け取り、手早く操作を始めた。

画面に指を滑らせながら、軽く笑う。

「SNSのアカウントを作っておいたわ。私のアドレスも登録したから、いつでも連絡できるよ。写真のデータとか、やり取りもしやすいしね。」

「えっ、ほんと?ありがとう!ミキさん!」

真白はぱっと笑顔になり、両手でタブレットを抱きしめた。

「うん。これでいつでも連絡できるでしょ。」

ミキは優しくウインクする。

そのやり取りを横で見ていた一朗が、少し名残惜しそうに口を開いた。

「……いろいろお世話になりました。本当に、いい撮影になって良かったです。」

ミキはふっと笑って、少し肩の力を抜いたように言った。

「こちらこそ。一朗さんがいてくれたからよ。寒い中、いろいろ助けてもらって――ありがとね。」

一朗は頬をかきながら、照れくさそうに笑う。

「またいつでも来てください。写真集、絶対買いますから!」

ミキは目を細め、嬉しそうに笑った。

「ふふっ。ありがとう。これからも――ファンでいてね?」

「もちろんです!」

ミキは少し頬を赤らめながら頷き、車に乗り込もうとしたその時――

「ミキさん、ちょっと!」

一朗が声をかけ、上着のポケットから小さな封筒を取り出した。

「これ……その、ファンレターです。」

「ファンレター?」

ミキは驚いたように受け取り、封筒の表に書かれた自分の名前を見つめた。

「……ありがとう。一朗さんから、もらえるなんて嬉しい。」

目を上げると、彼女の視線がほんの一瞬、柔らかく揺れた。

まるで何かを言いかけるように――けれど、言葉にはせず、静かに微笑んだ。

「じゃあ、またね。」

ミキは軽く手を振り、車のドアを閉める。

エンジン音がゆっくりと高まり、車は雪の道を走り出した。

その後ろ姿を、一朗と真白は並んで見送った。

真白がぽつりとつぶやく。

「……ミキさん、また来てくれるかな。」

一朗は小さく頷きながら、手の中の温もりが残るような気持ちで空を見上げた。

「きっと、来るさ。」



――車内に流れるエアコンの温もりが、ほんの少し心をほぐしてくれる。

けれどミキ――いや、陽子の胸の奥は、鼓動が速くなるばかりだった。

彼女はそっと封筒を開け、折り畳まれた便箋を広げる。





そこに書かれた最初の文字――

【陽子へ】






そのたった三文字が、胸の奥をまっすぐ貫いた。

手が震え、息を呑む。

そして、静かに続きを読みはじめた。



~~手紙の内容~~

『陽子へ。』

俺はモデルのミキの大ファンで、ずっと前からいつも見ていました。
雑誌でもネットでも、テレビでも――見かけるたびに「ああ、やっぱりすごい人だな」って思ってた。
そんなミキが、まさか自分の目の前に現れるなんて思わなかった。最初は夢でも見てるのかと思ったよ。
でも話してるうちに、笑い方とか、目の奥の優しさとか、ふとした仕草のひとつひとつが、どうしても“陽子”に重なっていった。

そして昨日、確信した。ミキは陽子だって。

中学を卒業してから、お前が何をしてるのかずっと気になってた。
でも、まさかこんな形で再会するなんてな。
俺は“ミキのファン”として、ずっと陽子を見てたんだ。
それに気づいた瞬間、なんだか嬉しかった。
最後まで気づかないフリをしたこと、ごめんな。
でも、それには理由があったんだ。
たぶん、陽子にも“正体を言えない理由”があるんじゃないかって思ったから。

お前との約束はちゃんと覚えてる。
 “また雪が降ったら、一緒に雪だるま作ろう”って。
次に会うときは、ミキじゃなくて“陽子”として来てくれ。

その時は、約束どおり――

一緒に、【雪だるまを作ろう】。

――一朗より


P.S.
もしよかったら、直接話したい。
 SNSのメッセージでも、電話でもいい。
連絡先、ここに書いておくね。
・SNSアドレス:@ichiro_photo
・携帯番号:090-xxxx-xxxx

返事、もらえたら嬉しい。
 でも無理なら、それでもいい。
 いつかまた会えると信じてる。

~~~~

手紙の終わりを読み終えた瞬間、陽子の視界が滲んだ。

一朗の丁寧な筆跡が、涙でにじみ、やがてやさしい影に変わる。

「……ずるいよ、一朗。」

小さく笑って、唇を噛む。

便箋を胸に抱きしめ、目を閉じる。

その瞬間、胸の奥で、懐かしい声がそっと囁いた気がした。

――“陽子、雪だるま作ろう”。

陽子は微笑んだ。

外の雪が、また静かに降りはじめていた。

陽子――いや、ミキは、しばらく手紙を胸に抱いたまま動けなかった。

涙は止まったけれど、代わりに心の奥からこみあげてくる“なにかあたたかいもの”がどうしても抑えきれなかった。

後部座席の窓の外では、雪が静かに流れるように舞っている。

彼女は深く息をつき、ゆっくりとバッグの中からスマートフォンを取り出した。

画面の中の小さな文字を見つめ、陽子は、唇をきゅっと結んだ。

――何て送ろう。

胸の奥に、たくさんの言葉が渦巻く。

「ありがとう」も「会いたい」も、どれもいまの気持ちにぴったり来なかった。

それでも、指が自然に動きはじめる。

ぽつり、ぽつりと、言葉を打ち込む。


~~SNS送信内容~~

バカバカバカ。
こんな手紙、ずるいよ。
泣いちゃったじゃない。
……でも、ありがとう。

陽子より♡

~~~~~

送信ボタンを押す。

ピッ――小さな音が車内に響いた。

同時に、陽子の肩がふっと軽くなる。

画面に「メッセージを送信しました」と表示されるのを見て、彼女はようやく小さく笑った。

「バカ……でも、ほんとにバカだな、一朗。」

雪の向こう、見えない空のどこかで、彼の笑顔を想像しながら――

陽子はスマホを胸に抱きしめ、そっと目を閉じた。
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