お兄様、闇堕ちしないって本当ですか!?

由原靜

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第一章 ロードライトの令嬢

23 作戦会議

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 わたしの体調が心配だということで、次は『当主の間』からわたしの部屋へと場所を移し、改めて作戦会議を行うということになった。
 
 父は、仲間に加わりたそうな顔でこちらをじっと見ていたものの、「我が主人はお忙しい身でありますので」とにっこりしたシギルに肩を掴まれ、悲しそうな呻き声を上げていた。
 
 ちょっと可哀想だったので、バイバイと手を振ってあげる。
 そんなわたしを見た父は、ハッと目を見開くと、いや……この私が、果たして手を振り返してもいいものか……!? と悩む顔のまま固まっていた。微妙に上がった手の指が、物言いたげにぴくぴくと動いている。
 
 しばらくロクに『お父さん』して来なかった男の人にとっては、ちょっと刺激が強かったようだ。
 まぁ、おいおい慣れていってもらうとしよう。
 
「まぁ、和解と言っていーんじゃねぇの」
 
 わたしの部屋に戻ってきたシリウス様は、勝手知ったるとばかりに椅子を出すと、背もたれに身を預けてくつろいでいる。
 
「和解、か……」
 
 わたしをベッドに座らせながら、兄は物言いたげに唇を噛んでいた。シリウス様は片眉を上げる。
 
「何だよ。和解、ではあるだろ。そりゃあ、言いたいことはあるだろうけどさ」
 
「まぁな……」
 
 兄は軽く首を振ると、わたしの前にそっと跪いた。
「リッカ、大丈夫か? 少し疲れただろう?」と言いながら、わたしの両頬に手を当てる。
 
「わたしは大丈夫ですよ、お兄様」
 
 兄を安心させるよう、わたしはにっこりと笑ってみせた。兄はホッとした顔で微笑むと、シリウス様と同じように、いつもの椅子に腰を下ろす。
 
 ……なんだか、こうしてわたしの部屋に兄とシリウス様がいる光景も、だんだんと見慣れてきたなぁ……。
 
「リッカの想いが父に通じた。きっと、そういうことなんだろうな」
 
「えぇ、そういうことにしておきましょう。お父様には、きちんと謝ってもらえましたし。わたしとしては、もうそれでいいかなって思います。お父様、わたしが想像していた以上に優しい人でした」
 
 ん、と兄は頷くと、わたしの頭を優しく撫でた。
 
「……本音を言うと、許せはしないのだが……リッカを冷遇していた事実は変わらないんだからな。でも、リッカが許すなら、僕も父を許すことにするよ」
 
 そう言って兄ははにかむ。
 うんうんと頷きながら――思わずわたしは、背中に冷たいものを感じずにはいられなかった。
 
『リッカが許すなら』、自分も父を許した――裏を返せば、わたしが父を許さなかったのならば、兄も父を許すことはなかったということだ。
 
 わたしが前世でプレイしていたゲーム『ゼロイズム・ナイン』にて、リッカ・ロードライトは既に故人だった。恐らくは普通に、呪いに蝕まれた挙句の死に違いない。
 
 であればきっと、あの世界でのリッカは、父親と和解することなく死んだのだ。
 
(そうか……『ゼロナイ』でのオブシディアンの私兵連中は何処からかと思っていたけど、彼らはロードライト一族の者だったってことだよね……)
 
 あの籠城戦、普通に一人一人がメチャ強で、だいぶ苦戦したことを憶えている。
 そして、その彼らを操り指揮していた『ゼロナイ』のラスボス、オブシディアン。きっとその頃には既に、この家の実権を握っていたに違いない。
 
 ――愛する妹を見殺しにした、憎き父親。
 
(殺すのに、躊躇は無かっただろうな)
 
 ……はー。なるほど。
 ということは、つまり?
 
 オブシディアンが父親を殺すルートを、ギリッギリで切り抜けられたってことで、オッケー?
 
「危ない危ない……」
 
 いや、まだまだ気を抜けはしないのだけれど。
 だってまだ、わたしが死ぬルートは回避できてないわけだし。
 
「何が危ないんだ?」
 
 と、わたしの呟きを耳ざとく聞きつけたか、兄はわたしの顔を覗き込んだ。はうっと思わず背筋が伸びる。
 
 言えない……。
 兄が父を殺す世界線じゃなくなって良かったとか、絶対言えない……。
 
「とっ、とにかく! 作戦会議……って、お兄様はさっき仰ってましたよね!」
 
 とりあえず、手を叩いて話を逸らした。
 わたしの言葉に兄は頷く。
 
「まずは、シギルが言っていた通りだ。リッカに呪いを掛けた男の所在を突き止めること、これが一番早い道筋だろうな」
 
「でも、もう六年も前の話だろ? そんなの簡単に分かるのかよ」
 
「最終的には虱潰しに探していくことになるだろうな。だが、ひとまず手立てはある。――『お披露目の儀』についてだ」
 
 兄は椅子の上で足を組むと、緩く指を振ってみせた。
 
「シリウスと、そしてリッカも詳しくは知らないだろうから、僕から簡単に説明するぞ。
『お披露目の儀』は、この国に生まれた子供であれば、誰もが通る儀式となる。大体は一歳になるかならないかくらいで行うものだな。«清めの泉»、そこで精霊に認めてもらうことで、初めての国民としての戸籍が与えられる」
 
「«清めの泉»?」
 
「この国の中央区にある泉だよ。シリウスも、最初にこの国に来た時はまず«清めの泉»へ連れて行かれたんじゃないか?」
 
「あぁ、あそこか!」
 
 シリウス様が思い出したとばかりに膝を打つ。
 わたしとしては、そんな昔のことなんて憶えちゃいないので、ただただふぅんと頷くばかりだ。そんな場所があるんだなー、って感じ。
 
「『お披露目の儀』の後は、どの家だろうとパーティーを開いて客を招き、子供が家族の仲間入りをしたことを盛大に祝うんだ。招く客は親類縁者や近所の人、お世話になった人と様々だが、ロードライトの『お披露目の儀』となると、来たがる人も多くてな。
 全員を招くわけにもいかないから、ロードライトだけは例外的に、招くんじゃなくて『来てもらう』形を取っているんだ。招待状を送るとなると、誰に送る送らないだのが面倒だからな」
 
 なるほど。名門貴族様となると、赤ちゃんのお披露目パーティーでさえ一揉め、二揉めするわけね……。
 
 名門貴族、めんどくせっ。
 
「ロードライト主催のパーティー会場入口では、名簿への記名を求めるのが通例なんだ。名簿は魔法工学を得意とする第三分家アジュールが作った魔道具で、簡単に言えば、あの名簿に虚偽を書くことは出来ない」
 
「なーる。つまりはその名簿を見れば、リッカの『お披露目の儀』に乗じてやってきた野郎が載ってるってことだな?」
 
 シリウス様が指を鳴らす。
 兄は「その通り」と頷いた。
 
「じゃあ、まずはその名簿を入手するところから、ですかね?」
 
 父も、わたしたちに協力的だ。頼み込めば、きっと見せてくれるだろう。
 
「そこからになるだろうな。……おい、いるんだろ、シギル!」
 
 突然兄が大声を出したので、わたしはびくりと肩を震わせた。
 いきなり何、と辺りを見回した瞬間。
 
「お呼びでしょうか、次期当主様」
 
「ひぃっ!?」
 
 シギルがひょっこりと窓から顔を見せたのに、思わず驚いて兄にしがみ付いた。
 ……ここ、二階なんですけど!
 
「なんと、私めのことをそんな心配してくださるなんて、リッカ様はお優しい方ですね」
 
「いや、変態が覗いてたのが怖かったんだろ」
 
 シリウス様が冷静に突っ込んだ。どっちもかなぁ!
 
 シギルが指先で、窓ガラスに何やら陣を描く。すると掛かっていたはずの錠が外れた。
 そのままシギルは普通に窓を開けると、わたしの部屋に堂々と不法侵入する。
 
 ……魔法って……魔法って……。
 
「シギル、話は聞いていたんだろ。リッカの『お披露目の儀』の時の名簿が欲しい」
 
 よしよしとわたしの背中を撫でながら、兄はシギルに目を向けた。
 ふむ、とシギルは軽く頷く。
 
「これまでの名簿でしたら、地下書庫に保管されているはずですよ。もっともあの場所は、ロードライトの中核ですので。申し訳ないのですが、シリウス様には立ち入りを御遠慮いただく形となりますが……」
 
「あぁ、そんならいいや。お前らだけで行ってこいよ」
 
 シリウス様はひらひらと手を振る。
 なら、と兄は自分だけ立ち上がって行こうとするので、わたしは慌てて兄の袖をぎゅっと掴んだ。
 
「お兄様、わたしも地下書庫に行ってみたいです……」
 
 地下書庫がこの城のどこにあるかは分からないが、少なくともわたしの行動範囲外の場所だろう。となると、一人で歩いて行くのは絶望的だ。
 
 背負って行ってくれないかなぁ? なんて期待も込めて兄を見上げると、兄は仕方ないなぁなんて顔をしながら「疲れたらすぐ言うんだぞ」と、わたしをおんぶしてくれた。わぁい、と素直に兄に抱き着く。
 
「それじゃあシリウス、留守を頼んだ」
 
「任された」
 
 兄が立ち上がると、目線が一気に高くなる。
 シリウス様にひらひらと手を振ると、満面の笑みで手を振り返された。
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