お兄様、闇堕ちしないって本当ですか!?

由原靜

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第一章 ロードライトの令嬢

24 地下書庫にて

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 ロードライト第五分家パーピュアの直系長女であるナナリー・ロードライトは、嘆願していたロードライト本家の地下書庫の管理を任命された暁には、三日三晩狂喜乱舞した。
 
 幼い頃から本が好きで、片時たりとも本を手放さなかった自分。両親があれこれ勧めてくる可愛らしい服や小物にも一切目移りすることなく、ずっと本に没頭し続けていた幼少期。
 学生時代は、友達と外で遊ぶこともほとんどなく、ずっと学校の図書室に入り浸っていた。
 
 本に囲まれて生活したいと、本気でそんなことを思い続けていた。
 
 そんな中で耳にした『ロードライト本家には莫大なまでの書物が眠っている』との噂。
 
『建国の英雄』ロードライト。家の歴史は、ほぼイコールで国の歴史に通じる。
 国内でも事実上の筆頭格であるこの家には、群を抜いた大量の本が集まっていた。
 
 実家である第五分家にだって、それは立派な書庫があった。であれば、本家となるとどのくらいになるのだろう。
 
 期待に胸を弾ませながら、在学中ずっと、第五分家当主である父に頼み込み続けた。その熱意が通じたか、卒業と同時に、晴れて本家の地下書庫の管理を任されることになったのだ。
 
 震える足で初めて本家の城へ赴き、地下書庫への扉を開けた瞬間――ナナリーは思わず腰を抜かして、その場に座り込んでいた。
 
 重厚な門扉の奥に広がる広大な空間、そこに整然と立ち並んだ分厚い本棚。
 魔法によって湿度と温度を完璧に管理された、本にとって最高の空間。
 
 ――これぞ、私の天職! とまで思ったものだ。

 もちろん、仕事であるから楽しいことばかりではない。本家の城は人間関係も複雑だから、生活しているだけで肩が凝る。来客も多い分、資料を求める者も多く、従って想像していたよりも格段に、司書としての仕事は多かった。
 
 それでも、客が求めているものをすぐさま手渡すと感謝される。たまに他家の当主が息抜きに書庫へと訪れることもある。そのときは口止め料として、ちょっと美味しいお菓子なんかも頂けたりする。
 
 両親からは「あなたはロードライト第五分家の次期当主なんだから、しっかりしなさい」なんて口うるさく言われるが、正直結婚には興味がない。当主業務ときたら尚更だ。
 多少、第五分家の特質を強く受け継いではしまったものの――次期当主なんて継いでしまったら、仕事が忙しくて本を読む暇もなくなってしまうだろう。
 その分双子の妹であるリナリーは、自分と違って社交的だし、責任感だって強い。
 
 妹は「やだよ、お姉がやってよそんなの」とは言うものの、なんだかんだで次期当主に任命されたら、妹はちゃんとやるだろう。そうしたら自分は晴れてお役御免、のんびり本を読みながら、悠々と司書業務を続けますよ、なんて。
 
 ともあれそんな感じで、ナナリー・ロードライトは今日も楽しく普通に、司書業務に励んでいたのだが――
 
「お邪魔しますよ」
 
 扉が開く音に、ナナリーは貸出票を整理する手を休めて顔を上げた。
 脊髄反射で立ち上がったのは、その声の主が本家当主の従者、シギルのものだったからだ。
 
 本家当主の使いとして、シギルはたびたび地下書庫へと訪れる。その際、シギルは誰か――例えば、それこそ本家アージェントのご当主様だったり――を連れていることも多い。
 
 ナナリーは一応、第五分家パーピュアの次期当主だが、そんな肩書きは本家の中では、吹けば飛ぶ程度の軽さだ。
 金融や錬金術に長けた第一分家オーアの者ならばいざ知らず、我が第五分家パーピュアは占いや星見という、いわゆる分野を得意分野としている。
 いざとなれば真っ先に切り捨てられてしまう、末端の分家。変なところで不興を買ってしまわぬためにも、礼儀は大事だ。
 
 右耳に嵌る紫色のピアス、それを見せるように髪をかき上げ、頭を下げる。シギルはクスクスと笑うと「あまり気負わずとも、今日は我が主人はいませんので」と微笑んだ。その言葉に顔を上げる。
 
 シギルの後ろには、見慣れた少年の姿があった。ロードライト本家の次期当主、オブシディアンだ。
 勉強熱心で真面目な彼は、ナナリーが赴任するよりも以前から、この地下書庫に足を運ぶのが日課だったらしい。初めはどこに何があるのか、よくオブシディアンに教えてもらったものだ。
 
 自分より十も歳下だというのに、その容姿にはいつも見惚れてしまう。
 彼が学校に入学してからはめっきり会えなくなってしまったが、久しぶりに会えると何だか嬉しいものだ。

 オブシディアンはナナリーを見ては、その整った顔に笑みを灯した。
 
「こんにちは、ナナリー。少し騒がしくしてしまうかもしれない。もし煩かったら、遠慮なく言ってくれ」
 
「いえっ、オブシディアン様! 今は皆様以外にお客様もいないので、構いませんよ。それより今日は……」
 
 何のご用でしょう、と言いかけた声は、オブシディアンの背に背負われた少女を見て、喉奥に吸い込まれていった。
 
 銀色の艶やかな髪は、書庫の淡い照明に照らされ、キラキラと輝いているようにも見える。
 がきょとんと首を傾げたことで、ふわりとその銀髪が揺れた。
 
 白雪のような肌。濡れた血のように赤い瞳は、小さな顔の中に見事に調和している。その瞳を縁取る、長い銀の睫毛。どこをとっても、丁寧に作られた人形のよう。
 
 オブシディアンの首に回っている腕は、細く華奢だ。腕だけでない、頬も、首も、肩も、足だって、どこをとっても今にも折れてしまいそうなくらいに細い。
 
 ――とても、美しい少女だった。
 
 やがて、彼女はにっこりと笑った。
 途端、人形のような美しい顔に、愛らしい生気が宿る。
 
「はじめまして、ナナリー。わたしはリッカ・ロードライト。おにいさ……オブシディアンの妹です」
 
 高くて甘い、澄んだ声。
『リッカ』という名前を聞いて、ハッと思い出した。
 
 本家当主の娘、リッカ・ロードライト。
 生まれたばかりの頃に『呪い』を受けてからというもの、部屋の外にも中々出られないのだと、そんな噂を確か、誰かが話していたはずだ。
 
 ――リッカ様が、今、私の目の前にいる。
 
 かあっと頬が赤くなるのが分かった。慌てて頭を下げると礼を執る。
 
 オブシディアンの背から下りたリッカは、ナナリーの様子に困ったように首を傾げた。
 
「……そんなに、かしこまらないで? ちょっとお邪魔しに来ただけなの。だから、ほら、顔を上げて?」
 
 小さな手が、俯いた視界の中に入ってくる。その手はナナリーの頬に軽く触れると、そのままくいっと上を向かせた。
 ひんやりとした手に触れられて、熱を持った頬が冷えてゆく。
 
 ナナリーの目を見つめ、リッカは蕩けるような笑みを浮かべた。
 
「やっと、目が合ったね」
 
「……は、じめまして……リッカ様……」
 
 赤い瞳に、自分の顔が映っている。
 分厚く野暮ったい眼鏡を掛けた自分が、この時だけは一際可愛く見えたのだ。
 
 
 ◇◆◇
 
 
 地下書庫を初めて見たらしいリッカは、その赤い瞳を大きく見開いていた。
 無理もない、と、ようやくショックから立ち直ったナナリーは思う。自分の半分ほどの背丈しかない少女にとっては、さぞや圧巻だろう。
 
 少女の唇が、やがて吐息と共に言葉をかたち作る。
 
「……ゲームで見たなぁ、ここのスチル……」
 
(ゲーム? スチル?)
 
 謎の言葉に、ナナリーは思わず首を傾げた。何かの聞き間違いだろうか?
 
「ナナリー様、リッカ様の『お披露目の儀』の時の名簿が欲しいんですが、どちらでしょう?」
 
 礼儀正しくシギルが尋ねる。
「案内しますよ」とナナリーは頷いて立ち上がった。三人の前を先導する。
 
 リッカの手を繋いだオブシディアンは、リッカのペースに合わせてゆっくりと歩いていた。そんな彼らを先導しながら歩くため、自然と全体の速度も緩やかなものになる。
 あまり歩き慣れていない様子のリッカに、ついつい意識がそちらへ向かう。ハラハラしながらリッカの様子を見守り続け、やっと書棚へ辿り着いたときは、思わず胸を撫で下ろしたものだ。
 
 名簿が入った書棚には、第三分家アジュール特製の鍵が取り付けられている。鍵開けの魔法陣では解錠できない逸品で、この鍵を任されているのは、現状ナナリー・ロードライトただ一人。

 懐から鍵を取り出すと、鍵穴に差し込み回す。奥でカチャリと音がしたのを確認して、錠を外した。
 
「リッカ様の『お披露目の儀』はと……あぁ、これですね」
 
 名簿を探して抜き出した。
 その名簿を誰に渡すかしばし悩むも、ここはやはり本人が良いだろう。
 
 身を屈め、リッカと目線を合わせると、名簿を手渡す。
 リッカは嬉しそうに微笑むと、名簿をぎゅっと胸に抱えた。
 
「ありがとう、ナナリー!」
 
 無邪気な笑顔を真っ正面から受けて、その眩しさに、思わず目が回りそうになる。
 
 くらくらする視界の中、それでも銀色の少女の姿は鮮明だった。
 
 
 ◇◆◇
 
 
 リッカの体力を慮ってか、帰りはオブシディアンがリッカを背負う形となった。
 オブシディアンも十歳の少年だ、いくらリッカが軽いと言えど、ずっと背負っていると疲れるだろう。
 
 そもそも本家のご令息が、ご令嬢を背負って運ぶなど。
 そう思って口を挟んだものの、オブシディアンの意志は固かった。
 
 特に「シギルには絶対に、何があっても、リッカには指一本触らせない」と言い放った時のオブシディアンには、何だか凄みのようなものが漂っていて、ナナリーとしてはよく分からないながらも「これが本家の次期当主が持つカリスマか……」などと感心するばかりだった。
 同じ次期当主でも、自分とはえらい違いだ。

「あの、そのっ!」
 
 去りゆく三人の背中に、思わず声を掛けていた。
 三人は揃って振り返る。
 
「リッカ様……また、来てくださいね」
 
 口籠もりながらもそう告げる。
 
 兄の肩越しに顔を覗かせたリッカは、輝かんばかりの笑顔を浮かべてみせた。
 
「えぇ、もちろん! また会いましょうね、ナナリー!」
 
 
 
 本日の業務を終えたナナリー・ロードライトが、帰宅して早々に双子の妹、リナリー・ロードライトに対して「どれだけリッカ様が可愛かったか」について熱弁を奮ったかについては、言うまでもない話であった。
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