お兄様、闇堕ちしないって本当ですか!?

由原靜

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第一章 ロードライトの令嬢

26 美味しい魔法薬の作り方

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 週が明けた。兄とシリウス様は学校へと戻っていき、わたしはまたこのお城で、寝込んだり、ちょっと調べものをしたり、また寝込んだりといった、いつも通りの日常を送っていた。
 
 そんな時。

「リッカお嬢様。ご相談があるのですが」

 一番わたしの面倒を見てくれているメイドさんのセラは(正確に言えば『メイドさん』じゃなくて『侍女』と言うらしい。わたしにはいまいち違いが分からない)、いつになく真面目な調子でわたしを呼んだ。

 ……え、何、どうしたの。

 とりあえず、ベッドの上でいそいそと正座する。
 背筋を伸ばして、ふぅっと深呼吸。

「どうしたの? セラ」

 もしかして、もうわたしのお世話をする生活は御免です実家に帰らせていただきたいのですがってご相談? 
 えっ、何それつらいんだけど。考えただけで悲しくなっちゃうんだけど。

 でも、わたしにセラを引き止める権利なんてあるわけない。うるうるしながら「今までありがとう」と告げるだけ。それ以外の選択肢はないのだ。

 ……セラは、わたしのお葬式には、来てくれるかなぁ……?

「お嬢様の体調改善のため、魔法薬を試してみても良いですか?」

 わたしがそんな悲しい妄想をしているとは思いもしていないだろうセラは、心底真面目な表情で、そんな言葉を口にした。

「……魔法薬?」

 思わずぱちぱちと目を瞬かせる。

「えぇ」と頷いたセラは、満面の笑みで身を乗り出してきた。

「そうです、魔法薬です。これまで対応してきた癒しの陣に魔法薬を加えることで、お嬢様の体調を更に改善できる見込みがあるのではないかと思っています!」

 わぁ、セラの笑顔がキラキラしてる。きらっきら。
 好きなものについて語る人を見ている気分だ。

「セラは、魔法薬学が得意なの?」

 そう尋ねると、セラはハッと息を呑んで口元を覆った。わたわたと視線を彷徨わせている。

「そのっ、そんなっ、得意だなんて、私なんかが烏滸がましいです……ただちょっと、学校では首席だったり、魔法薬学学会に最年少で論文が載ったりしただけで……」

 すげぇ人じゃねぇかよ。

 ……まぁ、そうだよね。ロードライト本家のお付きになる人って、やっぱりすごい人なんだよね。

「……なら、セラに任せる。わたしのために魔法薬を作ろうとしてくれて、ありがとうね」

 魔法薬なんて、一朝一夕でできるようなものでもないだろう。
 それをセラは、ただわたしのためを思ってやってくれているのだ。感謝の念は尽きない。

 ……でも、薬……薬かぁ……。
 六花の頃から、薬は嫌いなんだよね……。

 セラは僅かに頬を染める。
「実はですね」といそいそと鞄から薬の小瓶を取り出すと、わたしに満面のにっこりを向けた。

「もう、作ってきているんです!」

 ――Oh……。
 おしごと、おはやいんですね……。

「でも、お嬢様がすぐさま許してくださって良かったです。お嬢様、お薬の類はあまり好まれないので……」

 グラスに薬を移しながら、しみじみとセラは言う。
 まぁ、子供の味覚には合わないよねー……。

「でも、どうして今になって、魔法薬を作ろうなんて思ったの?」

 学生時代から優秀だったセラであれば、もっと前から作っていてもよさそうなものだけど。
 しかし、そんな素朴な疑問をぶつけた途端、セラの笑顔は引きつった。

「……実は……ご当主様に言われておりまして……そのー……お嬢様に余計な気遣いをする必要はない、みたいなことを……」

 セラが慮った物言いでもごもご言うので、状況はなんとなく把握した。

 つまりは、わたしに早く死んでほしかった父が、わたしの周囲にいる人たちに釘を刺していたってことね。

 ……言葉にするととんでもないな。わたし、父に対してもっと怒って良かったのでは?

「で、でもっ! 今のご当主様は、お嬢様のためにならなんだってしてくれる覚悟をお持ちです。それは、確かにお嬢様の想いが、ご当主様に伝わったからで……だから私も、お嬢様のために、できることをしたいと思っているんです」

「……セラ……」

 どうしてだろう。思わずうるっと来てしまった。

 セラは慈愛に満ちた笑みで、わたしに薬がたっぷり入ったグラスを手渡す。
 水面は、底の見えない緑色。……うーん、抹茶と思えば、あるいは……?

 効果のほどはちょっと怖いけど、セラの魔法薬で死ぬなら、いっそ本望。

 意を決して、わたしはグラスに口をつけると、一気に魔法薬を飲み込んだ。

 
「…………まっっっずぅぅ」
 
 
 ◇◆◇
 
 
「ふははっ、リッカってば、便箋二枚に渡って『どれだけ魔法薬が不味かったか』について熱弁するなんて、ホントどんだけ不味かったんだよ!」

 リッカから届いた手紙を読んで、シリウスは思わず吹き出した。

 夕方過ぎの寄宿舎の談話室は、相変わらず人が多くて騒がしい。それでもオブシディアンの周りだけは、他より少しだけ静かだった。

 その理由は、何てことはない。
 人だかりを鬱陶しがるオブシディアンの機嫌を、周囲も遅ればせながらやっと認識しただけだ。

 ロードライト家の次期当主に取り入ろうとする者は山ほどいたが、オブシディアンはそんな下心に敏感だ。
 あの精悍な顔貌で睨まれると、さすがに恐れをなしてしまうというか。絶対零度の眼差しを向けられると、誰であろうとついつい怯んでしまうのだ。

 懐に入り込むよりも、彼らは不興を買ってしまわぬことを恐れたらしい。
 おかげさまでシリウスも、オブシディアンの側にいると平穏に過ごせている。

 そんなシリウスは、最近周囲から「どうしてオブシディアン様の隣にいられるのか」とよく聞かれるのだが――シリウスは何もしていない。
 本当に、何もしていない。

 ただ、オブシディアンをオブシディアンとして認め、彼の友人として側にいるだけなのだ。

(――お前らだって、自分の肩書き目当てで近寄ってくる奴らなんて、信用できないだろ)

 そう、シリウスは思っている。

 オブシディアンは分厚い本から顔を上げると、眉根を寄せてシリウスを見た。

「……僕への手紙には『魔法薬が不味かった』なんて、一言も書いてなかったんだが」

 声音が、どうも拗ねている。どうやら自分への手紙には書かれていなくて、シリウスへの手紙には書かれていたのが不満らしい。
 相変わらずのシスコンっぷりを存分に発揮しているようだった。

「拗ねんなよー」と言いながら、オブシディアンに手紙を渡してやる。「拗ねてない」とオブシディアンは言うも、まだまだ彼の眉間には、シワが深く刻み込まれたままだ。

 リッカから来る手紙の枚数で言うと、シリウス宛にに書かれたものよりオブシディアンに向けて書かれたものの方が圧倒的に多いのだが。
 それでも「自分宛には書かれていないことがシリウス宛には書いてある」なんて他愛もないことが、オブシディアンにとっては気になってしまうらしい。

 この兄妹はなんというか、微笑ましいほどお互いのことを想い合っているというか。
 リッカとしては、大好きな兄に『薬が不味かった』なんて泣き言、恥ずかしくて伝えたくなかっただけなのだろう。
 
 シリウスへ向けられた手紙に目を通し終わったオブシディアンは、幾分ホッとしたような顔をしながら「すまない」とシリウスに手紙を返した。
 いえいえ、と肩を竦める。

「リッカって、たまに大人びたところがあるなぁって思ってたけど、苦いものが嫌とか、そういうトコは年相応だな」

「リッカは甘党だからな。魔法薬はどうも薬草の味が先立つし、リッカの口には合わないだろう」

 そう言いながら、オブシディアンは本をパタンと閉じると立ち上がった。
 そのままシリウスに向かって「行くぞ」と言うので、シリウスとしては首を傾げる他ない。

「何処にだよ」

「決まってるだろ? 魔法薬学の教室だ」

 美味しい魔法薬の作り方を聞きに行く、そんなことを当たり前の顔をして言うオブシディアンに、シリウスは「さすがだなぁ」とただただ肩を竦めた。

「……錠剤やカプセル……シロップとかにしたら、少しは飲みやすくなるんじゃねぇかな……」

 ふと、頭に浮かんだことを呟く。
 「どうした?」とオブシディアンが怪訝そうな目を向けて来るので、「なんでもない」とシリウスは慌てて立ち上がった。
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