お兄様、闇堕ちしないって本当ですか!?

由原靜

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第一章 ロードライトの令嬢

32 お披露目の儀

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「――今から見たこと、聞いたことは、決して誰にも口にしないって……そう、約束してくれる?」


 そんなわたしの言葉を聞いたナナリーは、少し緊張するような、戸惑ったような顔を浮かべていた。
 それでも、やがて顔を上げると「わかりました」と、わたしの目をしっかり見て告げる。

「約束します、リッカ様。今日ここで見聞きしたことは、たとえ父であれ、本家のご当主様であれ、決して誰にも漏らしません。……リッカ様の秘密は、この私、ナナリー・ロードライトが、必ずや墓場までお運びいたします」

 ――良かった。

 ホッとして、わたしは服のポケット越しに握っていた魔道具から手を離した。

 ロードライト第三分家アジュールは、魔法工学を得意としているのだという。
 決して改竄のできない名簿、魔法で開けることのできない錠。そして――わたしのポケットの中には、決して破ることのできない約束を刻ませるペンが入っている。

 もちろん、ナナリーならきっと、わたしとの約束を守ってくれると信じていた。

 ……でも、信頼とこれは、また別の話だ。

 わたしはナナリーのことが好きだし、彼女のことを信頼しているけれど、まだ出会って間もない彼女のことを、心の底から信用することは出来ない。

(母の過ちにより、ロードライトに入ってしまったウソ……かぁ)

 ……そこまで言うほど、血筋って大事なのかな?
 
 そう思ってしまうのは、この世界に生まれてこの方、父の顔も母の顔も知らずに生きてきたからか。
 
(しかも、前世の記憶のおかげか、そこまでテンパらずに物事を受け止められてるしね)

 きっと、これまでのリッカであれば、『まぁ自分の父親が誰であろうと、ひとまずわたしの呪いが解けるまでは脇に置いておこう』なんて割り切りは、出来ていなかったに違いない。ベッドの上で何日も、うじうじ悩んでいたこと請け負いだ。
 
 ナナリーはくすりと微笑んだ。
 
「リッカ様って、不思議なお方ですね」
 
「えっ?」
 
「リッカ様って、確か七歳でしたっけ。何だか、自分と同年代の子と喋っているみたい。話してくださる内容も、七歳とは思えないくらいしっかりしていらっしゃいますし」
 
 思わずぎくりと肩を震わせた。しかしナナリーは「リッカ様はさすがです」とのほほんと笑っている。
 その笑顔に、わたしはゆっくりと肩の力を抜いた。
 
 ふとナナリーは真面目な顔をする。
 
「はじめましょう、リッカ様」
 
 わたしに目くばせをして、ナナリーは静かに口を開いた。
 
「それでは――リッカ・ロードライト様。これより、貴女の記憶を紐解いて参ります」
 
 厳かな声に、自然と背筋が伸びる。
 
「リッカ様、水晶に手をお触れください」
「は、はい」
 
 言われた通り、わたしは水晶に手を伸ばした。ひんやりとしているかと思ったが、想像していたより冷たくはない。
 触れると、水晶は青白い輝きを灯した。何だか手のひらが吸い付くような、そんな不思議な感覚を覚える。
 
「では……いつの記憶を、ご覧になりますか……?」
 
 父と事前に打ち合わせをしたから、知っている。
 
 リッカ・ロードライトの『お披露目の儀』の日。
 
「そして、わたしの一歳の誕生日でもあった日――建国歴四八八年の、一月二十三日へ」

 ナナリーはゆっくりと頷くと、静かに目を瞑った。
 水晶に触れているわたしの手を、上からナナリーの手が包み込む。
 
 ――瞬間、意識が暗転した。
 
 
 ◇ ◆ ◇
 
 
 世界がまばゆい。
 
 眩しさに思わず目を細めると、ふと視界に影が落ちた。
 明確になった視界の中、目の前のは、わたしを見つめては柔らかに微笑む。
 
「リッカ、太陽を直接見ちゃあ危ないわ」
 
 優しく澄んだ、甘い声。
 
 抱え上げられ、世界が回った。の艶やかな銀髪と、長い髪を押さえているバレッタに飾られた白椿、そして右の耳に飾られた銀のピアスが視界に入ってくる。
 
 わたしと同じ髪の色、そしてわたしによく似た顔立ち。ただ目だけが、深い深い、吸い込まれそうな海の色だった。
 
(――お母、様)
 
 そうだ、とハッと思い出す。
 ここは、わたしの記憶の中の世界だ。
 
「……メイナードを連れてこなくて、良かった……」
 
 母は、ぽつりとそう呟いた。
 きょとんと母の顔を見上げると、母はわたしをあやすように笑ってみせる。
 
「大丈夫よ、リッカ。大丈夫だからね」
 
 その声はしかし、何かを恐れるように震えていた。
 
「……少し寒いから、早く、終わらせましょう……」
 
(何が? 何が大丈夫なの、お母様?)
 
 母の不安の原因が分からない。
 
 母はわたしを抱いたまま、一人、石畳を歩いて行く。
 
 その先に視線を向けると、泉があった。石の壁に囲まれるように、小さな泉が据えられている。
 
「《清めの泉》。この泉に触れて、精霊の祝福を受けることで、この子は晴れてこの国の国民となる……」
 
 泉の前で、母は身を屈めた。
 
「……精霊様、そしてお父様、お母様……」
 
 まるで懺悔でもするかのように、母はわたしを抱えてその場に跪く。
 
「私の罪は、決して赦されるものではないのでしょう……彼と交わってしまったことは、決して拭えない過ちなのでしょう……でも、どうか、この子だけは……」
 
 この子だけはと、母は言う。
 
「どうか、赦してください……生まれてきたこの子に罪はない。罪は全て、私一人が贖います……だから、どうか……」
 
 この子が幸せになれますように。
 
 顔にぽたぽたと雫が落ちてきて、わたしはきょとんと母を見上げた。
 母は大粒の涙を零しながら、それでも笑顔で涙を拭ってくれる。
 
「大丈夫よ、リッカ。あなたのことは、きっと私が守るから……」
 
 わたしに頬擦りした母は、そのまま「リッカ、手を出して」とわたしに言う。
 
 出してと言われても、当時のわたしは、母が何を言ったのかまでは理解出来ていない。
 母はわたしの右手をそっと握ると、そのまま泉へと導いた。泉の中に、指先を浸す。
 
「!」
 
 瞬間、泉が光り輝いた。幾つもの明るい光が、わたしと母を包むように取り囲む。
 
「おめでとう、リッカ・ロードライト。私の……私たちの娘」
 
 その光は幻想的で、見ているだけで何だか暖かくなって……思わずぼうっと見惚れてしまった。
 
『お披露目の儀』は、確か、精霊に認めてもらうことだと言っていたっけ。なら、この光の一つ一つが精霊と呼ばれるものなのだろうか。
 
「あなたの未来に、光あれ」
 
 母の言葉は、わたしを祝福しているはずなのに――何故だか、悲哀に満ちていた。
 

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