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第一章 ロードライトの令嬢
39 オブシディアンの暴走
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――時は少し遡って。
リッカがまだ寝込んでいた日曜の夜のこと。
バタンと音を立てて開いた扉に、書類仕事も終えてのんびり自室でくつろいでいたシリウスは、驚いて振り返った。
「……っ、黒曜!?」
普段はきちんとノックをし、シリウスが扉を開けるまで待つオブシディアンが、肩で息をしながら駆け込んできたのだ。咎めるよりも先に、思わず呆気に取られてしまった。
「どしたん、お前……つーか、おかえり……実家に戻ってたんじゃないっけ……。あ、そうだ、リッカはどうだった? 元気そ……」
「話は後だ、来い!」
「うおっ」
有無も言わさず腕を掴まれ、ぐいっと引っ張られる。慌てて、オブシディアンの後へと続いた。
部屋を出て、そのまま廊下を進む。まだ人も多く賑やかな談話室を突っ切っては、そのまま寄宿舎を出た。
「ちょっ、おいおい、門限まであと十分だぞ!?」
外は既に陽が落ちて真っ暗だ。当然だ。夕食の時間だってとっくの昔に過ぎている。後はもう、明日のために身支度をして眠りにつくだけだったのだ。
あの真面目なオブシディアンが、自ら規則を破ろうとするだなんて。オブシディアンがここまで我を忘れる原因を、シリウスはたったひとつしか知らない。
(リッカ絡みか……?)
最愛の妹が絡んだとき、オブシディアンの行動力は数倍にもなる。
普段は慎重で、何をするにもブレーキペダルから足を離さないオブシディアンが、ことリッカについてだけは、アクセルをベタ踏みして突っ走るのだから。
(でも、いきなりどうして?)
確か土曜の朝に会ったときには、こんな勢いはなかったはずだ。今週は行けないとのシリウスの言葉に「そうか……」と、随分としょんぼりしていたことを憶えている。
(なんか、新しいことでも分かったのか?)
「ちょっと待て、一体どうした?」
シリウスの問いかけに、オブシディアンは口数少なく「後で説明する」と呟いた。
そう言われると、シリウスとしては口を噤むしかない。本当に説明してくれるのかぁ? と、オブシディアンの後頭部を見ながらため息をつくばかりだ。
オブシディアンはシリウスの手を掴んだまま、校舎へと入って行った。
今日は週末で授業はないため、校舎はしんと静まり返っている。それでもただ唯一、職員室だけは灯りが付いていた。
オブシディアンは職員室の扉を勢いよく開ける。
「失礼します」
おっ、そこはちょっとだけ冷静になれたな、なんて、ちょっとオブシディアンのことを褒めたくなったシリウスだった。
もっとも、本来であれば職員室にもノックが必要なため、冷静になれたのはあくまでもちょっとだけ、ではあったようだが。
「おっ、あ、失礼します」
オブシディアンに引きずられながら、シリウスも慌てて挨拶をした。
休日、しかも今は夜だからか、職員室の中にいる人も少ない。オブシディアンはそのまま、ツカツカととあるデスクに向かって歩いて行く。
そのデスクの主を見て、シリウスは思わず目を瞠った。
「……ロードライト。何の用だ、門限の時間は過ぎているが」
アシュレイ・ワイルダー。魔法理論の教師であり、そして「先生たちの中で一番厳しい」と生徒からはもっぱらの評判である人。
不機嫌さを隠そうともせずに、ワイルダーは眉を寄せてオブシディアンを見据えていた。
ワイルダーの眼光に臆することなく、オブシディアンは口を開く。
「お話があります、ワイルダー先生」
「……今から?」
「今からです」
「正気か、貴様は」とワイルダーは舌打ちした。背もたれに預けていた身を起こすと、腕時計の文字盤を叩く。
「ロードライト、言ったよな? 門限の時間はもう過ぎている。私は貴様を門限違反で処罰もできる立場だ。二度は言わん、時間を見て出直せ」
「今がいいんです」
しかし、オブシディアンも引こうとしない。
おいおいおい、俺は巻き添えで処罰は御免だぞ、と、シリウスは思わず頭を押さえた。処罰なんて食らったら『掲示板』での依頼が滞ってしまう。せっかくいい感じに信頼を作れてきているのだ、ここで崩すとちょっとまずい。
ワイルダーは大きくため息をついた。今度はシリウスを見て口を開く。
「ローウェル、この阿呆を連れてとっとと帰れ」
「や、まぁ、ハイ、そうっすよねぇ……」
しかし妹のことが絡むと、オブシディアンは途端に頑固になるのだ。……どう絡んでいるのかは分からないが。
「……おい黒曜。何したいのか、せめて俺だけには説明しろ? ちゃんと聞いてやるから。どうせリッカ絡みだろ?」
オブシディアンの袖を引っ張り、シリウスは小声で尋ねた。う、と、途端にオブシディアンは気弱に瞳を揺らす。――ビンゴ。
「オッケーオッケー、黒曜、あっちで話聞くから、なっ。突撃は明日にして」
「ワイルダー先生! 僕は」
「まーて待て待て待て待て黒曜!」
どうしてこいつは、普段は慎重で真面目な癖に、リッカのことに関してだけは、他人の言葉に耳も貸さずに突っ走るんだろうなぁ!?
「落ち着けってば! まず先に俺に話してみっ、話はそれからで」
「先生っ! 先生の弟、ヨハン・ワイルダーが僕の妹を呪った件について、お話があります!!」
ワイルダーの目が見開かれる。あっちゃー、とシリウスは天を仰いだ。
リッカがまだ寝込んでいた日曜の夜のこと。
バタンと音を立てて開いた扉に、書類仕事も終えてのんびり自室でくつろいでいたシリウスは、驚いて振り返った。
「……っ、黒曜!?」
普段はきちんとノックをし、シリウスが扉を開けるまで待つオブシディアンが、肩で息をしながら駆け込んできたのだ。咎めるよりも先に、思わず呆気に取られてしまった。
「どしたん、お前……つーか、おかえり……実家に戻ってたんじゃないっけ……。あ、そうだ、リッカはどうだった? 元気そ……」
「話は後だ、来い!」
「うおっ」
有無も言わさず腕を掴まれ、ぐいっと引っ張られる。慌てて、オブシディアンの後へと続いた。
部屋を出て、そのまま廊下を進む。まだ人も多く賑やかな談話室を突っ切っては、そのまま寄宿舎を出た。
「ちょっ、おいおい、門限まであと十分だぞ!?」
外は既に陽が落ちて真っ暗だ。当然だ。夕食の時間だってとっくの昔に過ぎている。後はもう、明日のために身支度をして眠りにつくだけだったのだ。
あの真面目なオブシディアンが、自ら規則を破ろうとするだなんて。オブシディアンがここまで我を忘れる原因を、シリウスはたったひとつしか知らない。
(リッカ絡みか……?)
最愛の妹が絡んだとき、オブシディアンの行動力は数倍にもなる。
普段は慎重で、何をするにもブレーキペダルから足を離さないオブシディアンが、ことリッカについてだけは、アクセルをベタ踏みして突っ走るのだから。
(でも、いきなりどうして?)
確か土曜の朝に会ったときには、こんな勢いはなかったはずだ。今週は行けないとのシリウスの言葉に「そうか……」と、随分としょんぼりしていたことを憶えている。
(なんか、新しいことでも分かったのか?)
「ちょっと待て、一体どうした?」
シリウスの問いかけに、オブシディアンは口数少なく「後で説明する」と呟いた。
そう言われると、シリウスとしては口を噤むしかない。本当に説明してくれるのかぁ? と、オブシディアンの後頭部を見ながらため息をつくばかりだ。
オブシディアンはシリウスの手を掴んだまま、校舎へと入って行った。
今日は週末で授業はないため、校舎はしんと静まり返っている。それでもただ唯一、職員室だけは灯りが付いていた。
オブシディアンは職員室の扉を勢いよく開ける。
「失礼します」
おっ、そこはちょっとだけ冷静になれたな、なんて、ちょっとオブシディアンのことを褒めたくなったシリウスだった。
もっとも、本来であれば職員室にもノックが必要なため、冷静になれたのはあくまでもちょっとだけ、ではあったようだが。
「おっ、あ、失礼します」
オブシディアンに引きずられながら、シリウスも慌てて挨拶をした。
休日、しかも今は夜だからか、職員室の中にいる人も少ない。オブシディアンはそのまま、ツカツカととあるデスクに向かって歩いて行く。
そのデスクの主を見て、シリウスは思わず目を瞠った。
「……ロードライト。何の用だ、門限の時間は過ぎているが」
アシュレイ・ワイルダー。魔法理論の教師であり、そして「先生たちの中で一番厳しい」と生徒からはもっぱらの評判である人。
不機嫌さを隠そうともせずに、ワイルダーは眉を寄せてオブシディアンを見据えていた。
ワイルダーの眼光に臆することなく、オブシディアンは口を開く。
「お話があります、ワイルダー先生」
「……今から?」
「今からです」
「正気か、貴様は」とワイルダーは舌打ちした。背もたれに預けていた身を起こすと、腕時計の文字盤を叩く。
「ロードライト、言ったよな? 門限の時間はもう過ぎている。私は貴様を門限違反で処罰もできる立場だ。二度は言わん、時間を見て出直せ」
「今がいいんです」
しかし、オブシディアンも引こうとしない。
おいおいおい、俺は巻き添えで処罰は御免だぞ、と、シリウスは思わず頭を押さえた。処罰なんて食らったら『掲示板』での依頼が滞ってしまう。せっかくいい感じに信頼を作れてきているのだ、ここで崩すとちょっとまずい。
ワイルダーは大きくため息をついた。今度はシリウスを見て口を開く。
「ローウェル、この阿呆を連れてとっとと帰れ」
「や、まぁ、ハイ、そうっすよねぇ……」
しかし妹のことが絡むと、オブシディアンは途端に頑固になるのだ。……どう絡んでいるのかは分からないが。
「……おい黒曜。何したいのか、せめて俺だけには説明しろ? ちゃんと聞いてやるから。どうせリッカ絡みだろ?」
オブシディアンの袖を引っ張り、シリウスは小声で尋ねた。う、と、途端にオブシディアンは気弱に瞳を揺らす。――ビンゴ。
「オッケーオッケー、黒曜、あっちで話聞くから、なっ。突撃は明日にして」
「ワイルダー先生! 僕は」
「まーて待て待て待て待て黒曜!」
どうしてこいつは、普段は慎重で真面目な癖に、リッカのことに関してだけは、他人の言葉に耳も貸さずに突っ走るんだろうなぁ!?
「落ち着けってば! まず先に俺に話してみっ、話はそれからで」
「先生っ! 先生の弟、ヨハン・ワイルダーが僕の妹を呪った件について、お話があります!!」
ワイルダーの目が見開かれる。あっちゃー、とシリウスは天を仰いだ。
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