お兄様、闇堕ちしないって本当ですか!?

由原靜

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第一章 ロードライトの令嬢

41 掴んだ光明

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「他に、何か聞きたいことはございませんか?」
 
 穏やかな口調でシギルが尋ねる。あ、と、わたしは慌てて兄からの手紙を捲った。
 
「……うん。あ、本当はもうちょっとあるんだけど……先に、シギルの話も聞きたくなっちゃった。先に話してもらえる?」
 
 シギルはシギルで、色々と調べてくれていたはずだ。手紙に気になる記述はあるものの、もしかすると内容が被っているかもしれない。
 
「話す……とは言え、此方の進捗としては微妙なのですが、それでもよろしければ」
 
「うん、大丈夫」
 
 ……微妙なのかぁー。
 割と期待していただけに、うん、ちょびっとがっかり。
 
「……リッカ様。今がっかりされましたね」
 
「うっ……顔に出てた?」
 
「露骨に出てました」
 
 なんたる。
「ロードライトの直系に生まれたのですから、ポーカーフェイスや腹芸のひとつは学んでいただきませんと」なんて言いながら、シギルは楽しそうに笑っている。

 うぅ、と両手で頬をむぎゅむぎゅとした。
 前世でも「六花ってすぐに顔に出るから何考えてんのか分かりやすくて面白ーい」ともっぱら評判だったものだ。もしかしてあれ、貶されてたのかな?
 
「それでは、リッカ様。……良い知らせと悪い知らせがあるのですが、どちらを先に聞きたいですか?」
 
 シギルはニコニコしながら、そんな言葉を口にした。
 ……あー。
 そういうー?
 そういうこと言っちゃうタイプなのー?
 
「……………………、じゃあ、良い知らせから」
 
「思ったことが顔に出がち」と言われた直後ではあるものの、思わずむぅっとしてしまう。そんなわたしを見ながら、シギルはくすくす笑っていた。笑うんじゃないっ。
 
「はい。がっかりさせた直後で申し訳ないのですが……ロードライト第四分家ヴァートにて、リッカ様の呪いを解析する準備が整いました」
 
「ほんとっ!?」

 思わずガバッと身を乗り出す。途端にシギルは青ざめて「リッカ様っ、お身体に障ります!」と言いながら、周囲の毛布をかき集めてきた。容赦なく毛布でもこもこにされるので、わたしは慌てて息ができるように毛布の間から「ぷはっ」と頭を出す。
 ……部屋の中はあったかいから、そんなに毛布で包まなくてもいいんだけどな。わたしは死にかけの子猫かよ。
 
「第四分家……って言ったら、元はお父様が所属していたところだよね」
 
 確か父は、ロードライト先代当主である母の元に、入り婿として来ていたのだった。第四分家は治癒の魔法に優れていると聞いたし、セラもここの分家の出だ。都合は一番つけやすそう。
 
「はい。先日、リッカ様から少し血を頂いたでしょう? それを使って、新たに設立しました研究施設で、第四分家当主のロゼッタ様を中心に、これから解析を進めていくようです」
 
「あぁ……」
 
 そう言えば寝込んでいるとき、なんかそんなことあったっけ。
 意識は朦朧としていたものの、手首を取られたと思ったらそのままナイフで切りつけられて、一体何事!? と思ったものよ。
 この世界に注射器というものはないらしく、傷口に直接試験管のようなものを押し当てられて血を取られた。抵抗する気力もなかったから、されるがままだったけど。
 
 ちなみに、今の手首に傷はない。真っ白でまっさら、前と同じく綺麗なものだ。治癒魔法で一瞬だった。少しの間は何だかズキズキしていたものの、一日寝たらそんなもの、すっかり忘れてしまっていたよね……。
 
「ただ、こちらは長期的な計画になりますので、すぐに結果が出るかと言われますと……」
 
「分かってるよ。こういうのは、起案して承認されるまでが大変なんだよね」
 
 新しいことを始めるためには、その前の根気強い根回しが必要不可欠なのだ。組織が大きくなれば、尚更のこと。
 そんなことを、六花の高校の頃の同級生が言っていたっけ。彼女は確か、学校に無かった華道部を新設したかったとのことで、部員集めや顧問の先生の選定だけじゃなく、お花の先生に来てもらえるよう頭を下げたり、必要なお花をどこから買うかの経路を整えたりと、とにかく奔走していたものだ。
 
「そうですね」とシギルも頷く。
 
「幸いにして、我が主人が率先して行動されましたため、半月も経たずに設立することができましたが……それでも、苦労はなさったようです」
 
「良かったぁ。やっぱり持つべき者は権力のある身内だね」
 
 万感の思いでそう呟く。しかし、わたしの言葉を聞いたシギルはすこぶる微妙そうな顔をした。……あれ?
 
「……ありがたいって、思ってるんだよ? 『お父様ありがとう』って、そう伝えておいてくれる?」
 
 そう言い添えると、シギルはやっと「承知いたしました」と頷いた。それでもやっぱり微妙そうな顔……。
 
「で……悪い知らせってのは?」
 
 まぁ、大体予想は付いているけれど。
 
「やはり、と言いますか。未だにヨハン・ワイルダーの行方は掴めておりません」
 
 と、やっぱり予想通りのシギルの言葉。
 
「確か、行方不明だったんだよね?」
 
「はい。国内中を探したのですが、何とも……後は湖か海の底か、南の火山のマグマ溜まりの中か、と言ったところで」
 
「それ、どちらにせよ死んでるよね?」

「死体すら上がっていないということですよ。失踪届が出されたのは、リッカ様の『お披露目の儀』からおよそ一ヶ月後のことでした。失踪届はアシュレイ・ワイルダーの手によるものでしたが……次期当主様からのお手紙に、その旨は?」
 
「あぁ、うん。書いてあったよ。わたしの『お披露目の儀』に行ってから、一ヶ月経っても戻らないから……って。アシュレイは、ヨハンがわたしを呪いにロードライトの『お披露目の儀』に乗り込んだなんて、知らなかったみたい」
 
 わたしの強調に、シギルは軽く眉を寄せた。
 
「……『当時は』?」
 
「失踪届を出した後、ヨハンの部屋を片付けていたら、どうやら手紙が出てきたらしいの。そこに、ほら、犯行予告的な? 『兄さんすまない、不出来な弟を許して』みたいな文章がね、あったんだってさ」
 
 つまりわたしを呪ったのは、思いつきの行き当たりばったりじゃなくって、それなりの計画性を伴ったものだったらしい。少なくとも、兄にそんな文章を残せるくらいには。
 
「……………………」
 
「あの、シギル……」
 
 口元を手のひらで覆い、何やら考え込んでいる様子のシギルに声を掛けた。はっと我に返ったように、シギルは顔を上げる。
 
「申し訳ありません。何か仰いましたか?」
 
「あ、うん。あの……さっき『国内中を探したけど』って言ったよね。ということは、国外は探してないの? もしかしたら、国外に逃げたとかいう可能性は?」
 
 真面目な顔で問いかけた。
 シギルはしげしげとわたしの顔を眺めた後「それはないでしょう」と断言する。
 
「……どうして?」
 
「この国は四方を海に囲まれた島国ですよ。いくらなんでも、泳いで逃げるのは非現実的でしょう? 加えて結界だって張ってあるのです。いくら沖へと泳いだとしても、途中で結界に弾かれてしまいますよ」
 
「でも……」
 
「この国は食糧も自給自足していますからね、基本的に外部との交流は遮断していても問題ないのです。魔法使いでない者と関わる必要は、普通の暮らしをしている限りありません」
 
「……転移魔法はあるじゃない。以前第五分家へ移動するときに使ったものや、それにわたしが『雪の女王』からもらったネックレスも。それで、国外へ移動したとは考えられない?」
 
「あり得ません。結界があると言ったでしょう? 転移魔法も国内だけに制限されていますし、また国内だからと言って、何処へなりとも転移できるわけではありませんよ。例えば、基本的に建物内への転移は制限されていますしね。ほら、ご婦人の湯浴みや着替えを狙って転移する変態が出ると困るでしょう?」
 
 ……なるほど、納得できる答えだ。
 
「じゃあ……魔法使いなんだから、鳥に姿を変えて飛んでったとか」
 
「変化の魔法は非常に難易度も高いですし、実行するためには政府から魔法石を借り受けなければならないため、厳しいと言わざるを得ません」
 
 シギルの言葉は澱みない。わたしが繰り出す質問は、全てシギルに論破される。
 
 ――でも、これも全て予想のうちだつた。
 
「……じゃあシギルは、ヨハンが国外に逃げた可能性はないと言うのね?」
 
 試すように口にする。
 シギルは、そんなわたしを訝しむように片眉を上げた。
 
「……私だけでなく、«魔法使いだけの国»ラグナルの国民であれば、皆様同意していただけるかとは思いますが……それではリッカ様は、何か他に考えがおありなのですか?」
 
「わたしの考え、というわけじゃないんだけどね」

 この発想は、きっと恐らく、シリウス様に違いない。
 この国にずっと住んでいる、それこそロードライトのような旧家こそ、思いも付かない。

「この国が―― «魔法使いだけの国»ラグナルが、誰も外に出さず、また誰も入れない孤島であると、そう言うのなら……」

 手紙を掴む指先に、力が籠る。
 シギルを真っ直ぐに見つめて、わたしは尋ねた。


「だったら一体、シリウス様はどうやってこの国へ来たというの?」


 ◇ ◆ ◇


「この国からは出られない? 何、寝ぼけたこと言ってんだ。なら俺は、どうやってこの国に来たっていうんだよ」

 呆れ顔で胸を張った。オブシディアンもワイルダーも、ぽかんとシリウスを見返している。

 この国では、国外者など極々少数の異端でしかないのだ。大多数は、この国で生まれ育った両親の元で生まれ、そして国外のことを一切知ることもなく育つ。
 この外に世界があるなんて、考えもしないまま。
 そのことに少し苦いものを感じながら、シリウスは二人を見遣る。

「教えてやる。国外者《よそもの》は年に一度、本土から出る船でこの国に連れて来られるんだ。豪華客船という程大きくはないが、小型ボートと言うほど小さくもない船でな。補給をしてる様子が無かったから、もしかすると魔法で動いてるかもしれない。だったら、あの船はこの国で製造されたものだ。人一人が紛れ込む余裕は、十分にある。……先生」

 ワイルダーは、青ざめた顔でシリウスを見つめていた。その顔に畳み掛ける。

「リッカの『お披露目の儀』は、リッカの誕生日でもある一月二十三日。俺がこの国に来たのも、去年の一月末でした。船が出港する時期は一致している。……先生の弟は、国外に逃げ延びてる可能性があります」

 ワイルダーの口元が「まさか」と言葉を形作るも、その声が音になることはなかった。ただワイルダーは、その可能性を吟味するように下を向く。

「そうか、国外か……考えたこともなかったな……」

 そっとワイルダーは目を閉じた。

「あいつは昔っから、魔法の才能なんてものはからきしだったが……確かに、国外の方が、あいつにとっては生きやすかったのかもしれん……」

 そのままワイルダーは、組み合わせた両手を額に押し当て息を吐く。

「黒曜!」

 オブシディアンの肩をがしっと掴んだ。蒼の瞳と目を合わせる。

「今のは、俺の思いつきの仮説でしかない。でも、国外者の存在がここまで盲点であるのなら、ロードライトも気付いてない可能性がある」

「……リッカを……」

「リッカを救う手立ては、ある」

 蒼の瞳が揺らいだ。縋る眼差しでシリウスを見るオブシディアンに、強く頷く。

「リッカに手紙を書こう、黒曜。この仮説が正しいかどうか、ちゃんと判断してもらうんだ」
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