夏蝉鳴く頃、空が笑う

EUREKA NOVELS

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#4 「不確かに、されど鮮明に」

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 最初は見間違いだと思った。
 だって君はあの日僕を置き去りにしたじゃないか。
 そんな君を追いかけて僕はこの街を捨てて、君がいるかもわからない遠い街まで逃げ出したというのに。
 さまざまな感情が自分の中で揺れ動いては外に出ようとするが、まるで喉の先に蓋でもしてあるかのように言葉が出てこない。

「大丈夫?」

 びっくりしてしまった。
 何年も経っているはずなのに全く変わらない声音で、声質で、もう消えかかった記憶全てに音声がついて再生される。

「本当に?」

 震える声で語りかけながら僕は思い出の中の人物と目の前の人物を必死に照らし合わせるが、そんなことなど露知らずといったふうな彼女は。

「変わらないね、君は」

 いつの間にか僕の目の前にまで来ていた彼女を見て、少しの苦笑と溜息をついた。

「いつからここに?」

語り掛けには応じずに、質問をして冷静を装う。

「一月ぐらい前かな」

 なんで、どうして、今更どんな顔をして会いに来た、そもそも僕がくることがわかっていたかのような…

「夢を見たんだ」

 君はそっと呟くような声で語りかけてくる。

「一人の女性を追いかけて、生まれ育った街を捨てて、新しい街で物書きになった青年が、この街に戻ってくる夢」
「本当に、変わらないね君は」
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