異世界マッチョ

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36 マッチョさん、やらかす

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 「で、本題は何だったっけ?」
 この人、鍛治仕事以外はポンコツっぽいな。
 「まずは武器の供給です。魔物の増大が報告されているので、ドワーフの方々にも人間用の武器を作ってほしいという人間王の要請です。」
 「うーん、今は難しいなぁ。あんまり材料が無いんだ。鉱山がちょうど枯れ始めていてなぁ。新しい鉱山を探しているんだが、こればかりはなかなか時間がかかってなぁ。」
 「そういうことなら材料は我々が提供しよう。鍛冶職人の方が足りんのでな。人間王の領地の山にドワーフたちが入れるかどうかも、持ち帰って検討させてもらおう。」
 「おおっ!そういうことなら助かる。」
 この交渉、私はべつに必要ないのではないだろうか。ドロスさんがいれば話が進むじゃないか。
 しかし、国同士の話を食堂でやってしまっていいのかなぁ。まぁドワーフの里長が話しているのだ。別に構わないだろう。
 ん?食堂の壁の上の方に、なにか文字が書かれている。例の英語だ。
 「ドワーフたちの恒久的な繁栄を願い、我が国との友情に深い感謝を示してここに記す。初代人間王アラヒト。」
 「あんたアレが読めるのか?」
 ドワーフの里長が前のめりになった。しまった。翻訳のときのクセで、声に出して読んでしまった。私が異世界人だとバレてしまうとすごくマズい気がする。
 「私は、初代人間王の生まれ故郷に近い場所から来たのです。」今はこう言うしかない。
 「そういえばマッチョ君、初代人間王の暗号文を解読しているらしいの。」
 「そうか。読めるのか・・・」
 なにやら考え事をしている。
 「初代人間王がいた時代に、我々の里は敵国の襲来で壊滅するところだったんだ。初代人間王からもらった知恵でなんとか生き延び、今の俺たちの鍛治技術がある。手仕事を伝授するかたちでその技術は伝えられてきたんだが、伝える前におっ死んでしまった先人もいてなぁ。人間王が書いたメモが残されているんだが、これが読めなくてな。結局は失われてしまった技術になっているんだ。」
 「ふーむ。失礼ですが、ドワーフの技術が初代人間王の時代に比べて落ちている、という言い方をしてもいいのでしょうかな?」どストレートだな、ドロスさん。
 「いや、面目ないがまったくその通り。受け継がれてきた技術は今でも俺たちの誇りだが、途中でこぼれ落ちた技術というものもあってな。」
 「具体的にどういった技術だったのでしょうか?」
 「大型の高炉、それも今より高温の高炉の作り方がともかく欲しい。出来上がるものの強度がまるで違うからなぁ。人間王の城にある道具のいくつかは、その高炉を使って作ったものらしいんだ。今の俺たちの技術でアレは作れねぇ。」
 時間の経過とともに失われていったものもあるのか。なんとなく時間とともに技術は進んでいくものだという思い込みがあったので、そういうかたちで消える技術があるものだとは思わなかった。偉大な先人の技術を見るという意味もあるからこそ、人間王のトレーニング機材をメンテナンスしに来てくれているのか。
 「人間王はドワーフの技術を求めています。私が読めるのであれば解読してみましょう。」
 「できるのか?数百年前の文字だ。しかも紙が風化して消えかかったものもあるぞ。」
 「ドワーフの皆さんの誇りそのものの話です。やれるだけやってみましょう。人間国からメモを書き写すスペシャリストを提供します。人間国にも技術が渡ることになってしまいますが、そちらの方は問題ないでしょうか?」
 「俺たちにとって大事なのは技術だ。人間国に渡ったところで扱える技術者がどれほどいるかも分からんし、俺たちが使える技術になることの方が大切だ。人間王とも長いこと交流して信頼しているしな。共有しても大丈夫だ。」初代人間王の時代の高炉が作れるとすれば、私専用のトレーニングマシンを持つこともワンチャンス作れる。
 「人間王は魔王復活の兆しがあると考えています。表向きは魔物対策として初代人間王のメモを解読していることになっていますが、実際には魔王に関しての記述が無いか調べているところです。魔王についての記述があれば、是非提供して欲しいです。」
 「書いている内容自体が分からないからな。その辺も適当にやってくれ。しかし魔王か・・・そういやオークキングを倒した人間がいるんだろ?アンタがそうなのか?」
 「私とソロウのギルドマスターで倒しました。」
 「はぁ、たいしたもんだな。しかし大型固有種の出現に魔物の増え方を考えたらできるだけ早目に手を打っておきたいってのはまぁ分かるが、魔王ってのは大げさな気もするけれどな。」
 やはりいきなり魔王が襲ってくるというのはこの世界に生きる人たちにとって、飛躍しすぎた考え方に思えるようだ。なにせ数百年前の話なのだ。

 「話がそれたの。ふたつめの用件は牛だ。肉や魚は王都でも魔物のせいで少なくなってきている。この里では野生の牛の畜産に成功したと聞いているので、種牛と技術者を提供していただけないでしょうかの?」
 「メモの解読を約束してくれるんなら、そちらも約束しよう。ただ、畜産のノウハウを持ったドワーフはいまのところ一人だけでなぁ。こちらも手探りに近い状況なのだ。技術者の育成に時間がかかることを了解してもらえないだろうか?」
 「了解しました。人間王にはそのように伝えておきます。」
 「しかし、いちおう国と国の会談じゃろう。こういう人目のある食堂でやってしまって良かったんじゃろうか?」
 「別に構やしない。俺たちはあんまり仲間に隠し事をしないし、初代人間王との会談なんかもここで行われていたらしいんだ。なんでも多くのドワーフたちと酒を飲み交わしては、新しい時代や新しいドワーフの里のあり方について議論していたらしい。アンタが読んだ碑文も、酔っ払ったイキオイで初代人間王と当時のドワーフの族長が彫り付けさせたって聞いている。」
 よっぽど豪気というか、くだけた人だったのか。あるいはドワーフに対して相当の好意を持っていたのか。初代人間王の繊細さも手記の翻訳で知っているために、どうにも一人の人間として一致しづらいな。
 「さてと。我々の仕事はこれで終わった。ワシはドワーフの方々が作られる武器に興味があっての。できれば工房を見学させてもらえないだろうか?」
 「おう。是非見ていってくれ。・・・あれ。もしかしてドロスって、アンタ剣聖ドロスかい?」
 「いかにも。」
 「工房を見終わったら、若いやつらに稽古をつけてくれないか?剣聖に稽古をつけてもらったなんて、酒場で一生モンの自慢話になるぜ。」
 「工房見学をさせてもらえるなら、喜んで稽古をつけよう。これもまた文化交流のひとつだろうしの。」
 元気いっぱいにドワーフの里長はガッツポーズをとった。
 剣聖ドロスの名前は、ほかの種族にまで伝わっているのだな。

 「大親方、お話は終わりましたか?」
 子どものドワーフだ。
 「終わったぞ。どうした?」
 「そちらの大きい人のカラダに触ってみたいです。いいでしょうか?」
 「立派な肉体を持った人間に興味があるようなんだ。頼めるか?」
 「もちろんいいです。」
 我も我もと子どもも大人も集まって来た。やはり筋肉には人を和ませる力があるのだろう。大いに触れてもらい、持ち上げ、バルクアップもやってあげた。
 人間王の差配、お見事です。
 筋肉は異世界でもウケるし、種族の壁を超えてまでウケるのだな。
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