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62 マッチョさん、溺れる
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ツイグがものすごく真剣にフェイスさんとの訓練に打ち込んでいる。自分の命がかかっているのだ。少しでも生存率を上げたいところだろう。弓の訓練というものを初めて見たが、なかなかに大変そうだ。マンガのように簡単に当たるものではない。本当にセンスが問われる武器なのだな。
フェイスさんは時間さえあれば周辺の地形を確認したり、族長と戦い方を考えたりしている。鳴子やロープ罠まではなんとか納得してもらえたが、穴を掘るとか地形を変えるような罠は龍族には受け入れられなかったそうだ。龍族は自然に対して敬意と畏怖のようなものがあるらしい。
そして私は龍族が聖なる河と呼ぶ清流をトレーニングに用いてもいいことになった。彼等の聖地なのだから断られるかと思ったのだが、私の宗教上必要だという説明をしたらあっさりと許可が下りた。
さっそく清流に行ってみると、龍族が沐浴をしたり器用にすいすいと泳いでいる。そういえば私はずいぶんと長い間泳いでいないな。龍族に倣って沐浴をしてから泳いでみよう。
久しぶりの水泳だ。うん、なかなかいい調子じゃないか。気持ちがいい。たまには泳ぐというのもいいものだな。浅いところから始めて深いところまで潜ってみる。
ん?
なにかこう、違うな。いや、違うどころの話ではない。
私は自重で水に沈んでいた。
必死に水面に上がろうとするが、漕いでも漕いでも沈んでゆく。
マズイ。息が持たない。ほんの少し吐いて、息を止めて必死に上に上がろうとする。だが私の身体は浮かない。下を覗いてみるとかろうじて沈んでいないというだけだ。水の透明感が高さの恐怖を感じさせる。私はあの岩のあるところまで沈んでゆくのか。
死を意識した時、龍族の小隊長が異変に気付いて私を担ぎ上げて水面まで持って行ってくれた。
咳込みながら少し水を吐き出す。鼻から水が出ている。死ぬかと思った。
「我らの聖地で死なれては困る!泳げるから潜ったのでは無かったのか?」
凄い剣幕で怒られたが、呼吸が落ち着かない。
「そう怒鳴るな、ジェイ。さっきこの人族の動きを見ていたが、泳げそうに見えたぞ。」
「ではなぜ沈むのだ?生き物はじっとしていれば浮くものだろう!」
いや、そうではない。トレーニーには野生の生物とは違う例外があるのだ。
体脂肪率が一桁になった人間は水に浮かなくなることがある。
比重が真水よりも重くなるのだ。
脂肪より比重の高い筋肉というものを身に着けているからこそ起きる珍現象であり、それこそがトレーニーと野生生物との違いだ。
理屈の上では知っていたが、まさか自分が体感して死にかけることになるとは思わなかった。
という事は、いまの私の体脂肪率は一桁なのか?
水面に浮かんだ私の肉体を見つめる。
なんということだ・・・ただのカッコいい筋肉になってしまっているではないか!
必要以上に筋肉がキレている。いや、キレ過ぎている。くっ、栄養摂取が十分では無かったか。
「どうもすみませんでした。できればこちらの清流を使わせていただきたかったのですが、いまの私には危険なようなので諦めます。」
「近づかないでくれると助かる。我らも何度もは助けられぬぞ。ジェイだからこそ、その巨体を引き上げられたのだ。」
「ジェイさん、ありがとうございました。」
「・・・次は無いぞ。」
無骨だが溺れている人間を助ける程度には親切なのだろう。
しかしこれはかなり危機的な状況だ。数日の戦闘の緊張感とトレイルランニングで、まさか大会前の有酸素運動とダイエットのような効果が出るとは考えてもみなかった。持久力に不安を抱えたまま戦闘などできるワケが無い。
値段が高くても全身が見られる鏡は買っておくべきだったな。いや、鏡があったとしてもここまでの脂肪燃焼効果は予想できなかったか。異世界では戦い方によっては体脂肪率を短期間で落とすことができてしまうのか。
私は次の日からできるだけ多くの食料を補給し、軽い有酸素運動とストレッチと体幹トレーニングをするに留めた。体脂肪率12%程度がおそらくベストだろう。17%を超えてしまったら、筋トレした分だけ大きな筋肉がさらについてしまう。以前にいた世界なら迷う事なく筋肉がつく方を選んだが、この異世界ではデカければいいというものではない。筋肉のバランスを少しでも欠いたら死につながるのだ。
私が体脂肪率を上げるためにダラダラと暮らしているあいだに、フェイスさんは作戦を立て終わったようだ。フェイスさんの小隊に参加する私とツイグ、それに龍族の若手二人が部屋に呼ばれた。
「さて。里長と話しあった作戦を説明する。結論から言うと俺たちだけで固有種を落とす。」
部屋に緊張感が走る。
「龍族はきちんとした部隊編成にはしない。敵に油断してもらうためというのもあるが、訓練をしている時間も無い。俺たちが固有種を落とすまで膠着状態にしたまま時間だけ稼いでもらう。この辺の地形を見せてもらったが、敵指揮官が使いそうな場所は二カ所だけだ。そこに最短最速で突っ込んでいく。あとで連れていくから夜道でも走れるように準備をしておけ。」
「質問っす。役割分担とかは無いんすか?」
「特に俺たちが狙われなかった場合は、俺が固有種を倒す。取り巻きに精鋭を配置して守っているかもしれないから、そいつらの相手をお前らがやってくれ。俺たちに的をかけてきた時は挟み撃ちされる格好になる。その時は俺がしんがりを務める。マッチョ、お前がなんとか固有種を仕留めてくれ。」
「分かりました。」私は走れるのだろうか?体調のことはフェイスさんに相談した方がいいな。
「前も言った気がするが、確実にこの固有種はここで仕留める。今回は逃げられても負けだと思ってくれ。統率力のある固有種がトロールの数を増やして集団を機能させだしたら、大隊ひとつを用いて戦争をしなくてはいけなくなるからな。被害が拡大する前に落とすぞ!」
「了解っす!」
「承知した!」
「分かりました。」
フェイスさんは時間さえあれば周辺の地形を確認したり、族長と戦い方を考えたりしている。鳴子やロープ罠まではなんとか納得してもらえたが、穴を掘るとか地形を変えるような罠は龍族には受け入れられなかったそうだ。龍族は自然に対して敬意と畏怖のようなものがあるらしい。
そして私は龍族が聖なる河と呼ぶ清流をトレーニングに用いてもいいことになった。彼等の聖地なのだから断られるかと思ったのだが、私の宗教上必要だという説明をしたらあっさりと許可が下りた。
さっそく清流に行ってみると、龍族が沐浴をしたり器用にすいすいと泳いでいる。そういえば私はずいぶんと長い間泳いでいないな。龍族に倣って沐浴をしてから泳いでみよう。
久しぶりの水泳だ。うん、なかなかいい調子じゃないか。気持ちがいい。たまには泳ぐというのもいいものだな。浅いところから始めて深いところまで潜ってみる。
ん?
なにかこう、違うな。いや、違うどころの話ではない。
私は自重で水に沈んでいた。
必死に水面に上がろうとするが、漕いでも漕いでも沈んでゆく。
マズイ。息が持たない。ほんの少し吐いて、息を止めて必死に上に上がろうとする。だが私の身体は浮かない。下を覗いてみるとかろうじて沈んでいないというだけだ。水の透明感が高さの恐怖を感じさせる。私はあの岩のあるところまで沈んでゆくのか。
死を意識した時、龍族の小隊長が異変に気付いて私を担ぎ上げて水面まで持って行ってくれた。
咳込みながら少し水を吐き出す。鼻から水が出ている。死ぬかと思った。
「我らの聖地で死なれては困る!泳げるから潜ったのでは無かったのか?」
凄い剣幕で怒られたが、呼吸が落ち着かない。
「そう怒鳴るな、ジェイ。さっきこの人族の動きを見ていたが、泳げそうに見えたぞ。」
「ではなぜ沈むのだ?生き物はじっとしていれば浮くものだろう!」
いや、そうではない。トレーニーには野生の生物とは違う例外があるのだ。
体脂肪率が一桁になった人間は水に浮かなくなることがある。
比重が真水よりも重くなるのだ。
脂肪より比重の高い筋肉というものを身に着けているからこそ起きる珍現象であり、それこそがトレーニーと野生生物との違いだ。
理屈の上では知っていたが、まさか自分が体感して死にかけることになるとは思わなかった。
という事は、いまの私の体脂肪率は一桁なのか?
水面に浮かんだ私の肉体を見つめる。
なんということだ・・・ただのカッコいい筋肉になってしまっているではないか!
必要以上に筋肉がキレている。いや、キレ過ぎている。くっ、栄養摂取が十分では無かったか。
「どうもすみませんでした。できればこちらの清流を使わせていただきたかったのですが、いまの私には危険なようなので諦めます。」
「近づかないでくれると助かる。我らも何度もは助けられぬぞ。ジェイだからこそ、その巨体を引き上げられたのだ。」
「ジェイさん、ありがとうございました。」
「・・・次は無いぞ。」
無骨だが溺れている人間を助ける程度には親切なのだろう。
しかしこれはかなり危機的な状況だ。数日の戦闘の緊張感とトレイルランニングで、まさか大会前の有酸素運動とダイエットのような効果が出るとは考えてもみなかった。持久力に不安を抱えたまま戦闘などできるワケが無い。
値段が高くても全身が見られる鏡は買っておくべきだったな。いや、鏡があったとしてもここまでの脂肪燃焼効果は予想できなかったか。異世界では戦い方によっては体脂肪率を短期間で落とすことができてしまうのか。
私は次の日からできるだけ多くの食料を補給し、軽い有酸素運動とストレッチと体幹トレーニングをするに留めた。体脂肪率12%程度がおそらくベストだろう。17%を超えてしまったら、筋トレした分だけ大きな筋肉がさらについてしまう。以前にいた世界なら迷う事なく筋肉がつく方を選んだが、この異世界ではデカければいいというものではない。筋肉のバランスを少しでも欠いたら死につながるのだ。
私が体脂肪率を上げるためにダラダラと暮らしているあいだに、フェイスさんは作戦を立て終わったようだ。フェイスさんの小隊に参加する私とツイグ、それに龍族の若手二人が部屋に呼ばれた。
「さて。里長と話しあった作戦を説明する。結論から言うと俺たちだけで固有種を落とす。」
部屋に緊張感が走る。
「龍族はきちんとした部隊編成にはしない。敵に油断してもらうためというのもあるが、訓練をしている時間も無い。俺たちが固有種を落とすまで膠着状態にしたまま時間だけ稼いでもらう。この辺の地形を見せてもらったが、敵指揮官が使いそうな場所は二カ所だけだ。そこに最短最速で突っ込んでいく。あとで連れていくから夜道でも走れるように準備をしておけ。」
「質問っす。役割分担とかは無いんすか?」
「特に俺たちが狙われなかった場合は、俺が固有種を倒す。取り巻きに精鋭を配置して守っているかもしれないから、そいつらの相手をお前らがやってくれ。俺たちに的をかけてきた時は挟み撃ちされる格好になる。その時は俺がしんがりを務める。マッチョ、お前がなんとか固有種を仕留めてくれ。」
「分かりました。」私は走れるのだろうか?体調のことはフェイスさんに相談した方がいいな。
「前も言った気がするが、確実にこの固有種はここで仕留める。今回は逃げられても負けだと思ってくれ。統率力のある固有種がトロールの数を増やして集団を機能させだしたら、大隊ひとつを用いて戦争をしなくてはいけなくなるからな。被害が拡大する前に落とすぞ!」
「了解っす!」
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