異世界マッチョ

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112 マッチョさん、見学に行く

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 ミャオさんがリハビリ中にお見舞いに来た。というよりもドロスさんの訓練から逃げて来た。ミャオさんは勇者としてロキさんやジェイさんとともに、ドロスさんに鍛え直されることになったそうだ。
 前回お見舞いに来たときは延々とお詫びを入れられたが、あの状況下では仕方が無いだろう。誰も死ななかっただけでも運がいいと言える。
 「・・・マッチョも頑張っているんだから、少しだけやる気になったニャ。でも・・・魔王は思い出すだけでもおっかないし、ドロスは鬼だし、マッチョが考えた鍛え方は疲れるし、勇者っていいこと無いニャ。国に戻ってみんなと遊びたいニャー・・・」
 うーむ、勇者の利点か。のちのち語り継がれるとか、英雄として扱われるとか、肉体が変化するとか、そういうものにニャンコ族は興味が無さそうだ。
 「魔王を倒す過程自体を遊びだと思うことはできないでしょうか?」
 「うーん、あんなおっかないものと遊べる自信はニャンコ族でも無いニャ。サバ缶があるから頑張ろうという気持ちにはニャるけれど・・・やっぱり遊びたいニャ。」
 「へぇ・・・ロキさんやジェイさんと模擬戦はやっていますか?」
 「ボッコボコにされるニャ。勇者って強いんだニャー・・・」
 ミャオさんも勇者ですけれどもね。しかしミャオさんが言うほどの差を肉体的には感じない。むしろ敏捷性ではミャオさんの方がぶっちぎりで上だろう。
 「ドロスさんも心配しているでしょう。見学がてら一緒に行きますよ。」
 「ふんミャぁ・・・勇者を続ける自信が無いニャぁ・・・」
 ドロスさんの指導の仕方とか、ロキさんやジェイさんの強さ云々の話では無さそうだ。
 勇者としての自信を失いかけているように見える。
 自信をつけることなど、そんなに難しいことでは無い。ハードな筋トレを三ヵ月もこなせば、肉体の変化が勝手に自信になってくるだろう。

 「マッチョ君。久しぶりじゃのう。怪我の具合はどうかね?」
 ドロスさんは勇者二人と訓練中だった。この人は戦闘に飽きることが無いのかもしれない。
 「適当にこなしています。日常生活には戻れると思いますよ。」
 とは言いつつも、私が目指しているのはその先である。
 「そうかね。まぁゆっくりやりたまえ。急がなくてはいかん理由も無いじゃろう。」
 とは言われたが、けっこう急いでいる。最短最速で治さなくては筋肉が小さくなってしまう。早く現状維持をするためのトレーニングに移行したい。
 ロキさんとジェイさんも会話に参加してきた。
 「で、なんでミャオがマッチョと一緒に居るんじゃ?」
 訓練がツラくて逃げて来たとは言いづらい。
 「なんだか私に訓練の様子を見て欲しいという話でした。」
 「そ、そうニャんです!マッチョさんはロキやジェイと同じくらい強かったって聞いて、色々教えてもらおうと思ったニャ!怠けてはいないニャ!」語るに落ちてしまっているな。
 「なにか色々と合わないところがあるらしくて。」
 「ふーむ。ワシもニャンコ族に戦闘を教えるのは難しくてのう。」
 「僕らは武器を使いますが、ミャオさんは鉤爪を使うんですよね。もう距離感から合わなくて一方的にやれちゃうんですよね。」
 「突っ込み過ぎじゃないかとミャオ殿にも言ったのだがな。どうにも動いているものを見ると、突っ込みたくなる習性らしい。」
 それでは訓練にはならないな。武器先が揺れるのは初動を隠すためでもある。そこに突っ込んで行くようであれば、一方的に負けても仕方が無いだろう。
 しかし・・・
 「肉体的な潜在能力ではお二人と変わらないように見えるんですがね。」
 「そこじゃよ。一方的にやられるほど弱くも見えんのだがのう。」
 
 いっそのこと、目的を変えてみたらいいのではないだろうか。
 「ミャオさん、勝負となったら勝ちに行こうとしていませんか?」
 「それは勝ちたいニャ。」
 「ではジェイさんの木槍を20本全部かわしてみてください。それが勝利条件です。」
 「それなら楽勝ニャ。」
 「・・・楽勝とは言ってくれるな。ミャオ殿、行くぞ!」
 ふむ、思っていた通りである。武器を当てに行こうとするから叩かれるのだ。最初から当てる気が無くかわすことだけに専念すれば、熟練者の木槍でも当たらない。全身をしならせ、前腕とハムストリングと体幹のバネで移動する。ああいう筋肉もまた美しいものだな。機能美に満ち溢れ、余計なパワーすらついていない。
 身長差も相まって、ジェイさんには消えて見えるだろう。たまにジェイさんがミャオさんを見失う。
 「床にこだわらなくてもいいです。壁でも柱でも、止まるところすべて利用して攻撃をかわしてください。」
 「分かったニャ!」
 「なんだこれは・・・」
 ジェイさんには信じられないものが見えているようだ。やはりニャンコなのだな。屋内で三次元の動きをされると、ジェイさんですら捕まえることができない。ドロスさんでも難しくなるだろう。

 「それまで!ふーむ、なるほどのう。斥候や間者のような肉体の使い方をするのか。ああいう動きをする者に戦闘を教えたことは無いのう。そもそも単騎で相手を倒す動きでは無い。敵と向き合った時に確実に逃げるための動きだ。」
 さすがドロスさんは気づいたようだ。ミャオさんが武器を当てる必要など無いのだ。
 「・・・こんなのでいいのかニャ?」
 「それでいい。まずは当てようと思うな。その代わりかわせるものは全部かわせ。」
 「分かったニャ!」
 「・・・なるほど。僕も分かりました。ミャオさんは消耗させる係なんですね。」
 「ロキ殿、分からん。攻撃を当てられない勇者が必要なのか?」
 ジェイさんが疲れ果てている。私も多少は戦闘を経験したから分かるが、当たらない攻撃というのは物凄く疲れるのだ。先にメンタルがやられて、そこに釣られて肉体の疲労が増す。
 「攻撃が当たらない味方がいる、というだけで僕らのパーティ全員が利益を受けます。ミャオさんに当てようとして消耗しますから。今のジェイさんみたいに。」
 「・・・なるほど。今の我のようになった敵を、ロキ殿なり我なりが倒せばいいのだな。」
 その通りである。全員で魔王を物理で殴る必要など無いのだ。
 「ほっ。ロキは戦術眼も良くなったの。しかしまぁよくマッチョ君は気づいたのう。ミャオの戦闘訓練など見たことが無いじゃろう?」
 「ミャオさんに似たような筋肉の付き方をしている人を知っていまして。」
 正確には人では無い。近所に居た猫の話である。
 野生動物というのはひとつの筋肉の完成形なのだ。
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