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21話 おとぎ話の囚われ姫
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賢者のガンダルフは、驚くほど速かった。
草原に出るなり、風景が無数の線となって消えていく。空を見れば、日の出の明りを受けて群青色に染まっている。青と紫に白の境界線が浮かんでいて、幻想的で綺麗な光景だ。
薬草を取りに街の外へ出る事はあるが、こんな光景は初めて見た。朝早くに、親の許可なく出て行くなんて、した事がなかったから。
「どうだいキサラちゃん、たまにゃあ悪い事するのもいいだろ」
「は、はいっ……! 風になったみたいで、気持ちいいです……!」
ハワードを見上げたキサラは、鼓動が速くなった。
夜明けの空を見て、柔らかく微笑む彼から目が離せない。普段のスケベでおちゃらけた顔とも、戦う時の狼のような鋭い顔とも違う。心から人生を謳歌している、大人の男性の笑顔だ。
きっとこの笑顔が、この人の本当の姿なんだわ。
ハワードから目を離せない。思わず胸に手を当てると、彼は突然がるるから飛び降りた。
「おいで」
「えっ?」
「いいから。俺の手を取りな」
おずおずと差し出すなり、彼に引っ張られた。
彼に引かれるまま、草原を走り続ける。こんなに力いっぱい走るなんて、生まれて初めてだ。
「わ、私、そんなに速く走れません!」
「余計な事考えるな。俺を信じて、走るんだ!」
ハワードは無邪気に笑っていた。つられてキサラも、少しずつ笑ってしまう。
疲れ切り、キサラは倒れた。ハワードもごろんと寝転がり、大の字になる。
「こんなに、速く走ったの、初めてです。でも、体が凄く軽くなった感じがして、好きです」
「いい気分だろ。頭の中こんがらがってる時ほど、走るんだよ。立ち止まったって、何にも始まりやしないんだから」
頭上を鳥の群れが通り過ぎていく。小さな影を追っていると、ハワードは手を伸ばした。
「あの鳥、近くで見ると結構でかいんだぜ。けどこうして空飛んでるのを見ていると、握れそうなくらい小さく見えるな」
「ええ……空がこんなに高く広く感じたのも、初めてです」
「身近にあるのに、気づかないもんだろう。それと同じさ。自分の見えているもんなんて、大きいようで案外小さいもんなんだよ。子爵閣下もな」
キサラははっとし、起き上がった。
「君は親父さんを大きく見すぎている。自分の父親だからそりゃ、偉大に感じちまうのは分かるさ。だがな、だからって自分を小さくしちまったら、いつまでも相手にされやしないぜ」
「ですが、私ではお父様を……説得できません。私は弱くて、頼りなくて……誰かが助けてくれないと、何もできない自信があります……」
「そいつはまた、後ろ向きな自信だな。けどね、そんな奴が医師になれると思うかい? 医師は誰かを助けるための存在だ、そいつが誰かの助けに頼るようじゃ、とてもじゃないが自分の命を預けられないな」
「…………」
「なんてきつい事を言ってしまったが、心配しなくても大丈夫さ。なにしろ君はとっくに、子爵閣下よりも強い力を持っているじゃないか。大好きな子供達を守りたいから、自力で医学を学んでいるんだろう? 君はとっくに君だけの強さを持っているんだよ。そいつをなんで子爵に見せない? 勿体ないな」
「賢者様……?」
「優しいだけでは、命に向き合う資格はない。君に足りないのは、決意だ。医者に限らず、自分の大事な人を救うには、己自身に揺るぎのない決意が必要になる。それこそ、自分の身を犠牲にしてでも守る決意がな」
ハワードは失った右腕を握りしめた。キサラにはそれがまるで、決意の証のように見えた。
彼の言葉が重くて、厳しくて、キサラは息を呑んだ。彼は自分とは違う、自分の人生を、本気で生きている男だ。
「なぜ、ハワード様はそのような決意を、持っているのですか? 自身の体を失ってまで、勇者様を守った決意は、どこから来ているのですか?」
「大事な奴を守るのに理由が必要かい? 俺にとってカインは、自分の身を削ってでも守るべき、大事な愛弟子だ。そいつを助けるためなら、俺はどんな痛みでも受けてやるさ。なにせ俺は最強賢者だからな、あらゆる痛みをこらえる事が出来る。誰かが受けるだろう痛みを、肩代わりする事が出来るんだ。
そして俺は、怪我した時ほど笑うのさ。俺の怪我を心配しないように、皆が心からのハッピーエンドを迎えられるように。なにしろ俺の笑顔は、他人の気持ちを明るくする力があるんだからな。俺は世界一我儘な男だ、苦しい事が終わるなら、最後は皆笑顔で終わりたいんだよ。そのための痛みなら、俺は喜んで受けてやるさ」
そう言って、ハワードはにかっと笑った。
つられてキサラも笑ってしまう。どんな時でも絶望しないハワードの笑みには、周りの人に希望を与える力が確かにあった。
「かといって、俺は決して自分の命を軽視したりもしない。そんな事したら、俺の大事な連中も暗い顔しちまうからな。俺は俺の命を誰よりも大切にしている。それは決して、死を恐れてビクビクしながら生きるって事じゃない。最後の最後までハワード・ロックを笑って楽しむために、自分の決めた事も、自分の好きな事も、そして自分に降りかかる事も。臆する事なく飛び込み、余す事なく遊び尽くす。それが俺の決めた、人生のルールなのさ」
「……ハワード様……」
「けどだからと言って覗きや下着泥棒していい理由にゃならねぇよなー。でも止めらんねぇんだわ。だって目の前にすんげぇ可愛い子が居んのに手ぇ出すなとか冗談じゃねぇだろ。もしかしたら仲良しになれるかもしんねぇじゃんか、それならもれなく口説かねぇと。じゃねぇと、本当に欲しい物も手に入らないからな」
「もぉ、何を言っているんですか?」
「俺は本気だよ、これまでも、これからも」
言葉通り、彼は本気で話している。普段は軽薄にしか見えないエッチなおっさんなのに、自身の決意を話す姿には、嘘偽りが一切ない。
この人は、どんな時でも本気で自分を生きているんだわ。
キサラはそう思った。人生を本気で楽しむために、自分のやりたいことをとことんまで突き進む。それがハワード・ロックの本質なのだ。
「確かに俺なら、閣下にカジャンガの医療福祉を整えさせる事は出来る。だが、それじゃ君は何も変わらないだろう? 医師は命の重みを知る者だ、人生を本気で生きる奴でなければ、患者に触れる資格はない。君が本当に命を救いたいと思うのなら、君自身で子爵をねじ伏せる決意が必要なんだ。
本気で生きない奴の言葉なんか、誰も耳を傾けやしない。君が本当にカジャンガを変えたいと思うのなら、本気の自分で子爵にぶつかるんだ。さっき走ったように、自分の夢をかなえるなら、前だけを見ろ。後ろを振り向かずに進み続けるんだ。それが、自分を本気で生きるって事なんだよ」
「……私に、出来るでしょうか。こんなおとぎ話のお姫様みたいな、王子様の助けを待つしかできない弱虫に……」
「おとぎ話の中じゃ、お姫様は王子様の助けを待つしかできないな。だが俺は、魔王を倒してしまうような、強いお姫様のおとぎ話があってもいいと思うんだ」
ハワードは立ち上がり、手を差し伸べた。
「だから見せてくれるかな、本気で自分を生きている、強いお姫様の物語を。本気の君が見れるなら、俺はいくらでも力を貸す。それとも、こんな中年に助けられるのは……嫌かな?」
「そんな事ありません! とても、頼もしいです……!」
迷わず賢者の手を取り、キサラは頬を赤らめた。不安はいつの間にかなくなっている。ハワードがきちんと彼女の夢を受け止め、応援してくれたから。
ハワードはキサラが持っていない物を、沢山持っている。それがとてもまぶしくて、羨ましくて、惹かれてしまう。
「どうしてあなたと居ると、こんなにも、安心してしまうのでしょう……?」
「当然だろう。なぜなら、俺がハワード・ロックだからだ」
シンプルでかつ、納得のいく決め台詞だ。その言葉を聞いただけで、勇気が湧いてくる。
ハードボイルドな大人の色香に満ちた最強賢者に、キサラはすっかり心を奪われていた。
このまま、時間が止まってくれればいいのに。キサラは恥じらいながら、そう思った。
草原に出るなり、風景が無数の線となって消えていく。空を見れば、日の出の明りを受けて群青色に染まっている。青と紫に白の境界線が浮かんでいて、幻想的で綺麗な光景だ。
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「どうだいキサラちゃん、たまにゃあ悪い事するのもいいだろ」
「は、はいっ……! 風になったみたいで、気持ちいいです……!」
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夜明けの空を見て、柔らかく微笑む彼から目が離せない。普段のスケベでおちゃらけた顔とも、戦う時の狼のような鋭い顔とも違う。心から人生を謳歌している、大人の男性の笑顔だ。
きっとこの笑顔が、この人の本当の姿なんだわ。
ハワードから目を離せない。思わず胸に手を当てると、彼は突然がるるから飛び降りた。
「おいで」
「えっ?」
「いいから。俺の手を取りな」
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彼に引かれるまま、草原を走り続ける。こんなに力いっぱい走るなんて、生まれて初めてだ。
「わ、私、そんなに速く走れません!」
「余計な事考えるな。俺を信じて、走るんだ!」
ハワードは無邪気に笑っていた。つられてキサラも、少しずつ笑ってしまう。
疲れ切り、キサラは倒れた。ハワードもごろんと寝転がり、大の字になる。
「こんなに、速く走ったの、初めてです。でも、体が凄く軽くなった感じがして、好きです」
「いい気分だろ。頭の中こんがらがってる時ほど、走るんだよ。立ち止まったって、何にも始まりやしないんだから」
頭上を鳥の群れが通り過ぎていく。小さな影を追っていると、ハワードは手を伸ばした。
「あの鳥、近くで見ると結構でかいんだぜ。けどこうして空飛んでるのを見ていると、握れそうなくらい小さく見えるな」
「ええ……空がこんなに高く広く感じたのも、初めてです」
「身近にあるのに、気づかないもんだろう。それと同じさ。自分の見えているもんなんて、大きいようで案外小さいもんなんだよ。子爵閣下もな」
キサラははっとし、起き上がった。
「君は親父さんを大きく見すぎている。自分の父親だからそりゃ、偉大に感じちまうのは分かるさ。だがな、だからって自分を小さくしちまったら、いつまでも相手にされやしないぜ」
「ですが、私ではお父様を……説得できません。私は弱くて、頼りなくて……誰かが助けてくれないと、何もできない自信があります……」
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「…………」
「なんてきつい事を言ってしまったが、心配しなくても大丈夫さ。なにしろ君はとっくに、子爵閣下よりも強い力を持っているじゃないか。大好きな子供達を守りたいから、自力で医学を学んでいるんだろう? 君はとっくに君だけの強さを持っているんだよ。そいつをなんで子爵に見せない? 勿体ないな」
「賢者様……?」
「優しいだけでは、命に向き合う資格はない。君に足りないのは、決意だ。医者に限らず、自分の大事な人を救うには、己自身に揺るぎのない決意が必要になる。それこそ、自分の身を犠牲にしてでも守る決意がな」
ハワードは失った右腕を握りしめた。キサラにはそれがまるで、決意の証のように見えた。
彼の言葉が重くて、厳しくて、キサラは息を呑んだ。彼は自分とは違う、自分の人生を、本気で生きている男だ。
「なぜ、ハワード様はそのような決意を、持っているのですか? 自身の体を失ってまで、勇者様を守った決意は、どこから来ているのですか?」
「大事な奴を守るのに理由が必要かい? 俺にとってカインは、自分の身を削ってでも守るべき、大事な愛弟子だ。そいつを助けるためなら、俺はどんな痛みでも受けてやるさ。なにせ俺は最強賢者だからな、あらゆる痛みをこらえる事が出来る。誰かが受けるだろう痛みを、肩代わりする事が出来るんだ。
そして俺は、怪我した時ほど笑うのさ。俺の怪我を心配しないように、皆が心からのハッピーエンドを迎えられるように。なにしろ俺の笑顔は、他人の気持ちを明るくする力があるんだからな。俺は世界一我儘な男だ、苦しい事が終わるなら、最後は皆笑顔で終わりたいんだよ。そのための痛みなら、俺は喜んで受けてやるさ」
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