110 / 116
106話 人生最初のプレゼント
しおりを挟む
「一緒にケバブを食べませんか?」
薄暗い路地裏で、賢者ボルグは笑顔でケバブを差し出した。
彼の前には、ぼろ布を纏った、やせ細った少年が居る。五歳くらいだろうか、カビの生えたパンを大事に抱え、ボルグを殺しかねない目で睨みつけていた。
彼の後ろには、倒れ伏した王国兵が三人。それも、近衛兵だ。全員レベル80に達する達人なのに、五歳そこそこの子供に叩きのめされていた。
「ボルグ様! その子供は危険です、離れてください!」
「おやリリーさん。炊き出しは終わったのですか?」
「そんな事言ってる場合ですか! そいつの事、ご存じでしょう!」
リリーはボルグの前に立ち、少年に剣を突き出した。
「スラムの悪童「ドブネズミ」……! 幾人もの人々を傷つけては金品を奪う、極悪非道の子供! 王国兵を百人以上も病院送りにしている重罪人です!」
「ふむ、金品を奪うですか。それにしては、ごみを大事そうに抱えていますね」
ボルグはやんわりとリリーを下げ、少年に微笑んだ。
「私は、彼がパン屋のゴミを漁っている姿を見ていましたよ。金品を盗んでいるのなら、そんな物に手を出す理由はないのでは? どうも話に食い違いがありますね」
「それは……でもあいつが人を傷つけたのは確かで」
「剣を振り下ろされれば抵抗の一つもするでしょう。正当防衛です。大方、彼を虐めようとした兵士が返り討ちにでもあったのでしょう。その腹いせにありもしない罪を擦り付けた、そんな筋書きですよ」
「でも……」
リリーが言いよどんだ時、少年の腹の音が鳴った。
ボルグはまた微笑んで、少年に歩み寄る。警戒心をむき出しにした彼の前で、ボルグはケバブを半分に千切った。
「さ、一緒に食べましょう。世界で一番おいしい物ですよ。そんな悲しい物を食べるより心がずっと満たされます」
「だからボルグ様!」
「リリーさん、私達は今日何をしに来たのでしたっけ?」
「……スラム街での、炊き出しです」
「ならば彼もスラムの住民、ケバブを食べる資格があります。人に罪はあれども、食べ物に罪はありません」
だからどうぞ、と、ボルグは少年にケバブを握らせた。
少年は匂いを嗅いでから、恐る恐る口にする。すると目を大きくし、あっという間に食べきってしまった。
指についたソースも必死になめとり、物欲しそうにボルグを見上げる。ボルグは微笑み、自分の分も渡した。
「どうですか、ちょっとだけ心が豊かになったでしょう?」
「……?」
「もしよければ、私と一緒に来ませんか? ここに居るよりもずっと安全な場所をご紹介しますよ」
「そんな奴を孤児院に連れて行くつもりですか? 何をしでかすか分からないのに!」
「リリーさん。今は私に任せてください」
ボルグにたしなめられ、リリーは口をつぐんだ。
「君の名前を教えてください。私はボルグ・ロック、このアザレア王国の光臨教会で、賢者をさせていただいています」
「……ない」
「ん?」
「……なまえ、ない……しらない……」
「ふむ、では後で考えておきましょう」
ボルグは少年を抱き上げた。
リリーから抗議の視線を受けても何のその、ボルグは朗らかな笑顔で少年を連れて行った。
◇◇◇
ハワードを保護してから二週間後、ボルグとリリーは彼の様子を見に行った。
王都から遠く離れたファレンス村にある、光臨教会運営の孤児院である。ここならば王国軍の手も届きにくい。指名手配されている少年も安全だ。小高い山の麓に位置しているから、環境も最高である。
馬車に揺られながら、ボルグは少年に会うのを楽しみにしている。対してリリーは落ち着かなかった。
「ボルグ様、孤児院は大丈夫でしょうか……あんな奴を野放しにしていたら、大変な事になっているんじゃ……」
「大丈夫、案外心配は些細な事で終わるものですよ。さぁ、降りる支度をしましょうか」
ボルグの言う通り、孤児院は何事も起こっていなかった。
シスターはボルグを見かけるなり、小走りに出迎えてくれた。
「賢者様、お久しぶりです」
「こんにちはシスター・ロゼ、壮健そうで何よりです。再会ついでに一つお願いをしてもよろしいですか?」
「何でしょう」
「おっぱい揉んでもよろしいでしょうか?」
※少々お待ちください※
「失礼しましたロゼ様、このアホンダラは後で責任もって川に流しておきますので」
「HAHAHA、手厳しーい☆」
十一歳にしてハンマーで賢者を叩きのめす弟子。それがリリー・ダージである。
ボルグは復活すると、少年の近況を聞き始めた。
「あの子はとてもおとなしいですよ。王都での非道は聞いていましたけど、噂のような暴れん坊ではありませんね」
「どうせ今は猫をかぶっているだけですよ」
「うーん、ロゼさんに水を被せて濡れ濡れスケスケ修道着を拝みたいですねぇ」
リリー、脛へ追撃のローキック。ボルグは悶絶した。
「ただ、大人しいというより心を閉ざしているというべきでしょうか。食事の時間になっても食堂に来てくれなくて、いつもどこかに隠れて過ごしているんです」
「人を怖がっているのでしょう、酷く虐められていたようですからね。では彼がどこに居るのかは、わからないのですね」
「【探知】のスキルを使っても、なんです。あんなに小さい子がどうして【探知】をかいくぐれるのでしょうか」
「彼の加護が関係しているのかもしれませんね」
「分かるんですか?」
「リリーさんは、違和感を受けませんか? 五歳の子供が近衛兵を倒すほど強いなんて、普通はありえませんよね」
「はい。となると加護の力だとしか思えないですけど……そこまでの力を持った加護なんて知りません」
「私は一つだけ、知っているんです。もし合っていれば彼は「神の落とし子」と呼ぶべき少年でしょうね」
「「神の落とし子」? そんな事ありえませんよ」
「いやいや、意外と現実離れした事って稀によくありますから」
「それどっちなんですか」
「では、彼を探しましょうか」
「場所分かるんですか?」
「かくれんぼは得意なんです」
なんてドヤ顔で決めたくせに、結局少年は見つからなかった。
「いやー、彼の方が上手みたいですねー」
「あほなんですか? 馬鹿なんですか? どっちなんですかお師匠様」
「ものすごーく皮肉を感じる「お師匠様」ありがとうございます。うーん困りましたねぇ、こうなれば賢者の切り札を使うしかありません」
「賢者の切り札……! やっと賢者らしい事を」
「おーいここにケバブがあるぞー!」
「してくれたと思った私の気持ちを返せカス野郎」
んなもんで出てくるわけねーだろ。なんて思っていたら、部屋の隅からこそっと出てくる少年が。件の彼である。
「本当に出てきた!?」
「これが賢者の策略ですよ(ドヤッ)」
「こんな間抜けな策略あってたまるか」
まるで子供の悪ふざけである。
「……ケバブ?」
「賢者様がついたでたらめよ、そんなの用意してるわけないじゃない」
「ありますよ、はいどうぞ」
「っていつの間に」
「私手品得意なものでして」
ボルグはあちこちから花やハトを出し始め、いつの間にかマジックショーを始めた。
子供たちを集めての余興を終えてから、ボルグは改めて少年に向き直った。
「さて、ロゼさん。彼に【鑑定】は?」
「まだなんです。使おうとすると逃げてしまって」
「では、私が使ってみましょう。大人しくしててくださいね」
少年は頷き、大人しくボルグのスキルを受ける。表示されたステータスを見て、リリーは仰天した。
「レベル167!? スキルも八十以上……どれも熟練度、最大!? な、なんで? なんでこんな破格のステータスを!?」
「彼の加護を見てください。私の予想が当たりましたよ」
ボルグが示した項目には、少年の所持する加護が書かれている。
「神の加護」。それは伝説でしか聞いた事のない、史上最強の加護だ。
「この加護の所有者は、過去二千年の記録で二人しかいません。二千年に塔の魔人を封印した初代ソムニウム家当主、千年前に絶望の魔女アリスを討伐した勇者アーサー・ペンドラゴン。どちらも歴史に名を遺す偉大な人物です。「神の加護」はこの世界全ての加護の力を操り、神に等しき能力を与える大いなる加護。彼は千年の祝福に選ばれた、神の落とし子と呼ぶべき少年なのですよ」
「こんな浮浪児が……伝説の存在と同格……!?」
「ね、言ったでしょう。現実離れしたことはまれによくあると」
「…………?」
自分の事を言われているせいか、少年は委縮している。ボルグは優しく頭を撫で、
「今日はここに泊まる予定なんです。朗読会をするので、ぜひ来てくださいね」
「……ん」
少年は小さく頷いた。人に懐かぬ野良犬が、賢者だけには心を許している。リリーは驚きを隠せなかった。
◇◇◇
物心ついた頃から、彼は独りぼっちだった。
自分の名前すら覚えておらず、スラムの片隅に埋もれていたのが最初の記憶。冷たい雨が降りしきる真夜中を、膝を抱えて過ごしていた。
いつも飢えていて、ドブの残飯を拾い、酒場やパン屋のゴミを漁って凌ぐ日々。そんな姿を見た人々は、皆彼に暴力を振るった。
「小汚いガキが近づくんじゃない!」
「臭いんだよスラムのネズミが!」
罵声を浴びせられ、石を投げられ、何度も殺されかけた。
中でも危なかったのは、王国兵に絡まれた時だった。酔っ払った兵士に目を付けられ、彼は剣を突き付けられた。
「新調した剣の試し切りをしたくてな」
物を見るような目を向け、兵士に顔を斬りつけられた。命の危機を感じ、彼は命がけで兵士に体当たりした。
そしたら、兵士は一撃で壁にめり込んだ。あまりの光景に彼は慄き、逃げ出してしまった。
それが悪かったのだろう。その兵士は貴族だったらしく、殴られた腹いせに親に頼み、彼を指名手配した。
四六時中、あらゆる人間から命を狙われる毎日。夜もろくに眠れず、ごみを漁るのもままならず、汚水をすすらねば生きられない。毎日が地獄のようだった。
「…………!」
彼は飛び起きた。荒い息を鎮め、まだ暗い辺りを見渡す。スラムではなく、孤児院の裏庭に居る。誰が襲ってくるか分からないから、室内で眠る事は出来ない。
いつも見る、これまでの夢だ。誰からも愛されず、憎悪を向けられてばかりの日々だった。
「おや? ちょっと早いお目覚めですね」
「!」
横から声がした。身構えると、ボルグが座り込んでいる。ちょっと酒臭かった。
「いやぁ~バーボンを飲みすぎましてね、なんか気付いたら外を徘徊してました。ラッパ飲みなんかするもんじゃないですねぇ~HAHAHA☆ けど酔っ払ってよかった。こんなに綺麗な星空を見れるのですから」
「?」
「見上げてごらん、素敵ですよ」
「……? ……!」
視界に飛び込んできたのは、満天の星空だった。宝石をばらまいたような星空に魅入り、彼は声を失っていた。
空を見上げるなんて、した事がなかった。だって、食べ物も水もないから。こんな美しい世界は、初めて見た。
「こちらへ来ませんか? 今夜は少し冷える、そんな所で眠ったら風邪ひいちゃいますよ」
ボルグは優しく手を差し伸べてきた。
不思議な男だった。誰からも忌み嫌われた自分に、憎悪以外の感情を向けてくる。
手を取ると、ボルグは膝にのせてきた。人のぬくもりを感じるのも初めてだ。
「君は暖かいですね。寒さが吹き飛びます」
「……なんで? なんで……なん、で?」
「なんで君を助けたのかと言いたいんでしょう? 理由は、君が助けてと言ったからですよ。声はなくとも、君は助けを求めていた。賢者が動くのにそれ以上の理由はいりません」
「かね、ない……なにもない……」
「要りませんよ。君が無事で居てくれるのが何よりの報酬です」
この時の彼には、無償の愛が理解できなかった。
なぜ自分に優しくするのかがわからなくて、それが恐くてたまらなかった。
するとボルグは、彼をそっと抱きしめた。
「一つ提案をしてもいいですか。―――私の子供になりませんか?」
「?」
「私がただ、そうしたいのです。世界で最も助けを求めている人を助けたい、ただそう思っただけです。いかがでしょうか」
曇り一つない目で、顔を覗き込まれた。
ボルグの鼓動が、背中越しに伝わってくる。早鐘のような音に誘われ、彼は頷いた。
「決まりですね。今日が新しい君の誕生日だ。私から最初のプレゼントを差し上げましょう」
ボルグは魔法で文字を描き出す。読めない字を、彼は指でなぞった。
「Howard・Rock。これが君の名前です。どうか大事にしてください、そして……新しい君を愛してあげてください。親として、最初のお願いですよ。ハワード・ロック」
「……うん」
ハワード・ロックは頷き、初めて貰った名前をかみしめた。
薄暗い路地裏で、賢者ボルグは笑顔でケバブを差し出した。
彼の前には、ぼろ布を纏った、やせ細った少年が居る。五歳くらいだろうか、カビの生えたパンを大事に抱え、ボルグを殺しかねない目で睨みつけていた。
彼の後ろには、倒れ伏した王国兵が三人。それも、近衛兵だ。全員レベル80に達する達人なのに、五歳そこそこの子供に叩きのめされていた。
「ボルグ様! その子供は危険です、離れてください!」
「おやリリーさん。炊き出しは終わったのですか?」
「そんな事言ってる場合ですか! そいつの事、ご存じでしょう!」
リリーはボルグの前に立ち、少年に剣を突き出した。
「スラムの悪童「ドブネズミ」……! 幾人もの人々を傷つけては金品を奪う、極悪非道の子供! 王国兵を百人以上も病院送りにしている重罪人です!」
「ふむ、金品を奪うですか。それにしては、ごみを大事そうに抱えていますね」
ボルグはやんわりとリリーを下げ、少年に微笑んだ。
「私は、彼がパン屋のゴミを漁っている姿を見ていましたよ。金品を盗んでいるのなら、そんな物に手を出す理由はないのでは? どうも話に食い違いがありますね」
「それは……でもあいつが人を傷つけたのは確かで」
「剣を振り下ろされれば抵抗の一つもするでしょう。正当防衛です。大方、彼を虐めようとした兵士が返り討ちにでもあったのでしょう。その腹いせにありもしない罪を擦り付けた、そんな筋書きですよ」
「でも……」
リリーが言いよどんだ時、少年の腹の音が鳴った。
ボルグはまた微笑んで、少年に歩み寄る。警戒心をむき出しにした彼の前で、ボルグはケバブを半分に千切った。
「さ、一緒に食べましょう。世界で一番おいしい物ですよ。そんな悲しい物を食べるより心がずっと満たされます」
「だからボルグ様!」
「リリーさん、私達は今日何をしに来たのでしたっけ?」
「……スラム街での、炊き出しです」
「ならば彼もスラムの住民、ケバブを食べる資格があります。人に罪はあれども、食べ物に罪はありません」
だからどうぞ、と、ボルグは少年にケバブを握らせた。
少年は匂いを嗅いでから、恐る恐る口にする。すると目を大きくし、あっという間に食べきってしまった。
指についたソースも必死になめとり、物欲しそうにボルグを見上げる。ボルグは微笑み、自分の分も渡した。
「どうですか、ちょっとだけ心が豊かになったでしょう?」
「……?」
「もしよければ、私と一緒に来ませんか? ここに居るよりもずっと安全な場所をご紹介しますよ」
「そんな奴を孤児院に連れて行くつもりですか? 何をしでかすか分からないのに!」
「リリーさん。今は私に任せてください」
ボルグにたしなめられ、リリーは口をつぐんだ。
「君の名前を教えてください。私はボルグ・ロック、このアザレア王国の光臨教会で、賢者をさせていただいています」
「……ない」
「ん?」
「……なまえ、ない……しらない……」
「ふむ、では後で考えておきましょう」
ボルグは少年を抱き上げた。
リリーから抗議の視線を受けても何のその、ボルグは朗らかな笑顔で少年を連れて行った。
◇◇◇
ハワードを保護してから二週間後、ボルグとリリーは彼の様子を見に行った。
王都から遠く離れたファレンス村にある、光臨教会運営の孤児院である。ここならば王国軍の手も届きにくい。指名手配されている少年も安全だ。小高い山の麓に位置しているから、環境も最高である。
馬車に揺られながら、ボルグは少年に会うのを楽しみにしている。対してリリーは落ち着かなかった。
「ボルグ様、孤児院は大丈夫でしょうか……あんな奴を野放しにしていたら、大変な事になっているんじゃ……」
「大丈夫、案外心配は些細な事で終わるものですよ。さぁ、降りる支度をしましょうか」
ボルグの言う通り、孤児院は何事も起こっていなかった。
シスターはボルグを見かけるなり、小走りに出迎えてくれた。
「賢者様、お久しぶりです」
「こんにちはシスター・ロゼ、壮健そうで何よりです。再会ついでに一つお願いをしてもよろしいですか?」
「何でしょう」
「おっぱい揉んでもよろしいでしょうか?」
※少々お待ちください※
「失礼しましたロゼ様、このアホンダラは後で責任もって川に流しておきますので」
「HAHAHA、手厳しーい☆」
十一歳にしてハンマーで賢者を叩きのめす弟子。それがリリー・ダージである。
ボルグは復活すると、少年の近況を聞き始めた。
「あの子はとてもおとなしいですよ。王都での非道は聞いていましたけど、噂のような暴れん坊ではありませんね」
「どうせ今は猫をかぶっているだけですよ」
「うーん、ロゼさんに水を被せて濡れ濡れスケスケ修道着を拝みたいですねぇ」
リリー、脛へ追撃のローキック。ボルグは悶絶した。
「ただ、大人しいというより心を閉ざしているというべきでしょうか。食事の時間になっても食堂に来てくれなくて、いつもどこかに隠れて過ごしているんです」
「人を怖がっているのでしょう、酷く虐められていたようですからね。では彼がどこに居るのかは、わからないのですね」
「【探知】のスキルを使っても、なんです。あんなに小さい子がどうして【探知】をかいくぐれるのでしょうか」
「彼の加護が関係しているのかもしれませんね」
「分かるんですか?」
「リリーさんは、違和感を受けませんか? 五歳の子供が近衛兵を倒すほど強いなんて、普通はありえませんよね」
「はい。となると加護の力だとしか思えないですけど……そこまでの力を持った加護なんて知りません」
「私は一つだけ、知っているんです。もし合っていれば彼は「神の落とし子」と呼ぶべき少年でしょうね」
「「神の落とし子」? そんな事ありえませんよ」
「いやいや、意外と現実離れした事って稀によくありますから」
「それどっちなんですか」
「では、彼を探しましょうか」
「場所分かるんですか?」
「かくれんぼは得意なんです」
なんてドヤ顔で決めたくせに、結局少年は見つからなかった。
「いやー、彼の方が上手みたいですねー」
「あほなんですか? 馬鹿なんですか? どっちなんですかお師匠様」
「ものすごーく皮肉を感じる「お師匠様」ありがとうございます。うーん困りましたねぇ、こうなれば賢者の切り札を使うしかありません」
「賢者の切り札……! やっと賢者らしい事を」
「おーいここにケバブがあるぞー!」
「してくれたと思った私の気持ちを返せカス野郎」
んなもんで出てくるわけねーだろ。なんて思っていたら、部屋の隅からこそっと出てくる少年が。件の彼である。
「本当に出てきた!?」
「これが賢者の策略ですよ(ドヤッ)」
「こんな間抜けな策略あってたまるか」
まるで子供の悪ふざけである。
「……ケバブ?」
「賢者様がついたでたらめよ、そんなの用意してるわけないじゃない」
「ありますよ、はいどうぞ」
「っていつの間に」
「私手品得意なものでして」
ボルグはあちこちから花やハトを出し始め、いつの間にかマジックショーを始めた。
子供たちを集めての余興を終えてから、ボルグは改めて少年に向き直った。
「さて、ロゼさん。彼に【鑑定】は?」
「まだなんです。使おうとすると逃げてしまって」
「では、私が使ってみましょう。大人しくしててくださいね」
少年は頷き、大人しくボルグのスキルを受ける。表示されたステータスを見て、リリーは仰天した。
「レベル167!? スキルも八十以上……どれも熟練度、最大!? な、なんで? なんでこんな破格のステータスを!?」
「彼の加護を見てください。私の予想が当たりましたよ」
ボルグが示した項目には、少年の所持する加護が書かれている。
「神の加護」。それは伝説でしか聞いた事のない、史上最強の加護だ。
「この加護の所有者は、過去二千年の記録で二人しかいません。二千年に塔の魔人を封印した初代ソムニウム家当主、千年前に絶望の魔女アリスを討伐した勇者アーサー・ペンドラゴン。どちらも歴史に名を遺す偉大な人物です。「神の加護」はこの世界全ての加護の力を操り、神に等しき能力を与える大いなる加護。彼は千年の祝福に選ばれた、神の落とし子と呼ぶべき少年なのですよ」
「こんな浮浪児が……伝説の存在と同格……!?」
「ね、言ったでしょう。現実離れしたことはまれによくあると」
「…………?」
自分の事を言われているせいか、少年は委縮している。ボルグは優しく頭を撫で、
「今日はここに泊まる予定なんです。朗読会をするので、ぜひ来てくださいね」
「……ん」
少年は小さく頷いた。人に懐かぬ野良犬が、賢者だけには心を許している。リリーは驚きを隠せなかった。
◇◇◇
物心ついた頃から、彼は独りぼっちだった。
自分の名前すら覚えておらず、スラムの片隅に埋もれていたのが最初の記憶。冷たい雨が降りしきる真夜中を、膝を抱えて過ごしていた。
いつも飢えていて、ドブの残飯を拾い、酒場やパン屋のゴミを漁って凌ぐ日々。そんな姿を見た人々は、皆彼に暴力を振るった。
「小汚いガキが近づくんじゃない!」
「臭いんだよスラムのネズミが!」
罵声を浴びせられ、石を投げられ、何度も殺されかけた。
中でも危なかったのは、王国兵に絡まれた時だった。酔っ払った兵士に目を付けられ、彼は剣を突き付けられた。
「新調した剣の試し切りをしたくてな」
物を見るような目を向け、兵士に顔を斬りつけられた。命の危機を感じ、彼は命がけで兵士に体当たりした。
そしたら、兵士は一撃で壁にめり込んだ。あまりの光景に彼は慄き、逃げ出してしまった。
それが悪かったのだろう。その兵士は貴族だったらしく、殴られた腹いせに親に頼み、彼を指名手配した。
四六時中、あらゆる人間から命を狙われる毎日。夜もろくに眠れず、ごみを漁るのもままならず、汚水をすすらねば生きられない。毎日が地獄のようだった。
「…………!」
彼は飛び起きた。荒い息を鎮め、まだ暗い辺りを見渡す。スラムではなく、孤児院の裏庭に居る。誰が襲ってくるか分からないから、室内で眠る事は出来ない。
いつも見る、これまでの夢だ。誰からも愛されず、憎悪を向けられてばかりの日々だった。
「おや? ちょっと早いお目覚めですね」
「!」
横から声がした。身構えると、ボルグが座り込んでいる。ちょっと酒臭かった。
「いやぁ~バーボンを飲みすぎましてね、なんか気付いたら外を徘徊してました。ラッパ飲みなんかするもんじゃないですねぇ~HAHAHA☆ けど酔っ払ってよかった。こんなに綺麗な星空を見れるのですから」
「?」
「見上げてごらん、素敵ですよ」
「……? ……!」
視界に飛び込んできたのは、満天の星空だった。宝石をばらまいたような星空に魅入り、彼は声を失っていた。
空を見上げるなんて、した事がなかった。だって、食べ物も水もないから。こんな美しい世界は、初めて見た。
「こちらへ来ませんか? 今夜は少し冷える、そんな所で眠ったら風邪ひいちゃいますよ」
ボルグは優しく手を差し伸べてきた。
不思議な男だった。誰からも忌み嫌われた自分に、憎悪以外の感情を向けてくる。
手を取ると、ボルグは膝にのせてきた。人のぬくもりを感じるのも初めてだ。
「君は暖かいですね。寒さが吹き飛びます」
「……なんで? なんで……なん、で?」
「なんで君を助けたのかと言いたいんでしょう? 理由は、君が助けてと言ったからですよ。声はなくとも、君は助けを求めていた。賢者が動くのにそれ以上の理由はいりません」
「かね、ない……なにもない……」
「要りませんよ。君が無事で居てくれるのが何よりの報酬です」
この時の彼には、無償の愛が理解できなかった。
なぜ自分に優しくするのかがわからなくて、それが恐くてたまらなかった。
するとボルグは、彼をそっと抱きしめた。
「一つ提案をしてもいいですか。―――私の子供になりませんか?」
「?」
「私がただ、そうしたいのです。世界で最も助けを求めている人を助けたい、ただそう思っただけです。いかがでしょうか」
曇り一つない目で、顔を覗き込まれた。
ボルグの鼓動が、背中越しに伝わってくる。早鐘のような音に誘われ、彼は頷いた。
「決まりですね。今日が新しい君の誕生日だ。私から最初のプレゼントを差し上げましょう」
ボルグは魔法で文字を描き出す。読めない字を、彼は指でなぞった。
「Howard・Rock。これが君の名前です。どうか大事にしてください、そして……新しい君を愛してあげてください。親として、最初のお願いですよ。ハワード・ロック」
「……うん」
ハワード・ロックは頷き、初めて貰った名前をかみしめた。
0
あなたにおすすめの小説
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
辺境薬術師のポーションは至高 騎士団を追放されても、魔法薬がすべてを解決する
鶴井こう
ファンタジー
【書籍化しました】
余分にポーションを作らせ、横流しして金を稼いでいた王国騎士団第15番隊は、俺を追放した。
いきなり仕事を首にされ、隊を後にする俺。ひょんなことから、辺境伯の娘の怪我を助けたことから、辺境の村に招待されることに。
一方、モンスターたちのスタンピードを抑え込もうとしていた第15番隊。
しかしポーションの数が圧倒的に足りず、品質が低いポーションで回復もままならず、第15番隊の守備していた拠点から陥落し、王都は徐々にモンスターに侵略されていく。
俺はもふもふを拾ったり農地改革したり辺境の村でのんびりと過ごしていたが、徐々にその腕を買われて頼りにされることに。功績もステータスに表示されてしまい隠せないので、褒賞は甘んじて受けることにしようと思う。
『捨てられシスターと傷ついた獣の修繕日誌』~「修理が遅い」と追放されたけど、DIY知識チートで壊れた家も心も直して、幸せな家庭を築きます
エリモコピコット
ファンタジー
【12/6 日間ランキング17位!】
「魔法で直せば一瞬だ。お前の手作業は時間の無駄なんだよ」
そう言われて勇者パーティを追放されたシスター、エリス。
彼女の魔法は弱く、派手な活躍はできない。 けれど彼女には、物の声を聞く『構造把握』の力と、前世から受け継いだ『DIY(日曜大工)』の知識があった。
傷心のまま辺境の村「ココン」に流れ着いた彼女は、一軒のボロ家と出会う。 隙間風だらけの壁、腐りかけた床。けれど、エリスは目を輝かせた。
「直せる。ここを、世界で一番温かい『帰る場所』にしよう!」
釘を使わない頑丈な家具、水汲み不要の自動ポンプ、冬でもポカポカの床暖房。
魔法文明が見落としていた「手間暇かけた技術」は、不便な辺境生活を快適な楽園へと変えていく。
やがてその温かい家には、 傷ついた銀髪の狼少女や、 素直になれないツンデレ黒猫、 人見知りな犬耳の鍛冶師が集まってきて――。
「エリス姉、あったか~い……」「……悔しいけど、この家から出られないわね」
これは、不器用なシスターが、壊れた家と、傷ついた心を修繕していく物語。 優しくて温かい、手作りのスローライフ・ファンタジー!
(※一方その頃、メンテナンス係を失った勇者パーティの装備はボロボロになり、冷たい野営で後悔の日々を送るのですが……それはまた別のお話)
土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~
にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。
「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。
主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。
荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。
しばたろう
ファンタジー
無能だと思い込み、荷物持ちのレンジャーを追放した戦士アレクス。
しかし――
彼が切り捨てた仲間こそが、
実はパーティを陰で支えていたレアスキル持ちだった。
事実に気づいた時にはもう遅い。
道に迷い、魔獣に襲われ、些細な任務すらまともにこなせない。
“荷物持ちがいなくなった瞬間”から、
アレクスの日常は静かに崩壊していく。
短絡的な判断で、かけがえのない存在を手放した戦士。
そんな彼と再び肩を並べることになったのは――
美しいのに中二が暴走する魔法使い
ノー天気で鈍感な僧侶
そして天性の才を秘めた愛くるしい弟子レンジャー
かつての仲間たちと共に、アレクスはもう一度歩き出す。
自らの愚かさと向き合い、後悔し、懺悔し、それでも進むために。
これは、
“間違いを犯した男が、仲間と共に再び立ち上がる”
再生の物語である。
《小説家になろうにも投稿しています》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる