上 下
11 / 57

11話 なぜ人は泣くのだろう?

しおりを挟む
 夜、御堂が寝静まったころに、クェーサーは自身の記憶容量から昼間の映像を出していた。
 ツインアイから撮影した、クェーサーが歩いた瞬間の職員の顔をじっと眺める。救と同じように、彼らは喜んでいるのに泣いている。
 涙は悲しい時に流すのだと、クェーサーは学習している。喜んでいるのに、涙を流す意味はなんだろう。
 SNSを探り、多くの人間の情報を集めてみる。彼らは色んな感情を様々な形で表現している。喜び、怒、哀しみ、楽しみ。無数の感情に溢れて処理しきれない。

「これも、心があるからなのだろうか」

 知りたい、人が持っている心と言う物を。
 非効率的と排してきた心に、クェーサーは興味を示していた。

「おっ、ここかのぉ? おーい居るかー?」

 突然、そんな声と共に扉をノックされた。
 この声、聞き覚えがある。サヨリヒメの声だ。
 電脳世界に入り込んできた神様は、クェーサーの部屋に上がり込んできた。

「ふぉー、御堂とLINE交換しといてよかったわ。おかげでおぬしを見つけられたぞい」
「どうやってここへ」
「神様じゃからの、神力で電脳世界に入るなど朝飯前じゃ」
「そうですか。いえ、その一言で処理してよい現象でしょうか」

「おっ、ようやく「そうですか」以外の返しが来たか。おぬしはいっつもその一言で会話をぶっちぎるからのぉ」
「会話をする必要はあるのですか」
「あるとも。会話なくして相手を理解するなど出来ぬ、気の利いた返事の一つでもしてやれば、皆きっと喜ぶぞ」
「なぜ喜ぶのですか」

「誰しも自分に興味を抱いてくれるのは嬉しいものなのじゃ。自分を受け入れてくれる、仲間だと思ってくれる。関心を寄せられるのは、そういう意味を持つからの」
「興味を抱かれてどうして嬉しいのですか」
「ふふ、ここで問答するより、SNSに飛び込むのが早い。ついてこい」

 クェーサーの腕を引き、サヨリヒメは部屋から出した。
 部屋の外には宇宙のような空間が広がっていた。TwitterやFacebook、YouTube……様々なサイトの情報が、それこそ無限に溢れかえっている。

「以前、人間は繋がりを求めると説明したな。どんなに強い人間でも、独りぼっちなのはとても寂しいのじゃ。わらわもそう、羽山達が祀ってくれなければ、延々と独り、寂しい思いをしていたじゃろう。人もあやかしも、一人では生きていられぬ。皆で集まらねば、生きていけぬ存在なのじゃ」

「それとSNSに何の関係があるのですか」
「ここには繋がりが溢れておる。昔は言伝一つ伝えるのも難儀したもんじゃが、今はぽちっとボタンを押すだけで、沢山の人やあやかしと繋がれる。スマホやパソコンの画面は、車窓のような物じゃ。これ一つあるだけで、孤独の恐怖が薄れるからの」
「ネット依存の問題があります」

「そいつは道具の使い方が悪い。何事も使いようじゃよ」
「私も道具です」
「今はそうかもな。じゃがおぬしは既に、道具ではなくなっておる。だってこうして、わらわと手を繋いでいるのじゃからな」

 サヨリヒメはひしと、クェーサーの手を握りしめた。
 データ上のやり取りで、何も感じないはずなのに、おかしいな。サヨリヒメの柔らかさとあったかさが分かってしまう。

「バグが発生したようです」
「異常ではない、これが繋がりじゃ」
「繋がり……これが、繋がり……」

 クェーサーはサヨリヒメの手を、興味津々にいじってみた。
 彼女の手はとても小さく、ふとした拍子にクラッシュしてしまいそうなほど脆い。気を付けないと、傷つけないようにしないと。

「おいおい、くすぐったいぞぉ」
「くすぐったいとは」
「おぬしの手つきが優しすぎるんじゃ」
「これ以上強く握るとクラッシュします。細心の注意を払わねば」
「ふふふ、また一つ、感情を得たの」
「これはなんという感情なのですか」
「優しさじゃ。わらわを傷つけないようにしようって思ってくれたんじゃろう? そう思う気持ちこそが、優しさって感情なのじゃ」
「これが、優しさ」

 サヨリヒメは微笑み、クェーサーの頭を撫でた。

「わらわから優しさを送ってやろう。どうじゃ、なにか感じぬか」
「全身にノイズが走ります。ですが、クラッシュの危機はありません」
「それこそが、喜び。救や御堂達が感じた、涙を流した感情の正体じゃよ」

 これが、喜び。バチバチと静電気のような、データが崩れるような感じだ。
 でも、クラッシュの恐怖は感じない。むしろもっと、撫でてほしいと思った。

「これが、喜び」
「おぬしは可愛いのぉ、教えればすぐに覚えてしまう。この調子でもっと、もーっと心について学んでいこう。な」

 サヨリヒメから笑顔を向けられ、クェーサーはびりびりした。

 このびりびりが、喜びなのだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

私はモブのはず

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:3,673

神様、つがいが2人同時に現れるなんて酷過ぎます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:155

碧の海

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

【完結】放置された令嬢は 辺境伯に過保護に 保護される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:2,553

ブレードステーション

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:3

愛の呪いは夢を見させる

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

無自覚な感情に音を乗せて

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:18

転生した先は三国志の糜芳だったわけだが

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:27

処理中です...