「くっ、殺せ!」と屈服した女騎士を拾ったので虐待することにした。

歩く、歩く。

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30話 苦しむ姿を眺めるために傍へ行き、嘲笑った

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 知らせを聞いて駆け付けたのは、つい先刻だった。
 遠征から帰ってきたセレヴィは、部下から両親の訃報を伝えられた。間違いであるのを願いつつ走ったが、そこに居たのは全身をめった刺しにされ、惨殺された両親であった。

 あまりにも惨い殺され方だった。まるで見せしめのような、何者かの警告が強く含まれているような気がした。
 両親は民から多くの支持を受けていたが、そのせいで貴族達から憎しみを買っていた。業を煮やした家が、厄介者を排除するために暗殺者を差し向けたのだろう。

 決して珍しい事ではない、人間界では当たり前に行われている愚行だ。

 両親の死に悲しむ間もなく、セレヴィには数多の不幸が降りかかる。父の死に乗じて貴族達が結託し、ラーゼフォン家に一斉攻撃を仕掛けてきたのだ。
 なし崩し的に家を継いだため、セレヴィは混乱の最中に居た。そんな状態で対抗できる力はなく、見る間に家は衰退していった。

 救いの手はどこからも来ず、一人、また一人と味方が去っていく。いつしか彼女は孤立させられていた。
 大事な人を奪われ、居場所も壊され、絶望の淵に立たされたセレヴィ。それでも貴族達は、彼女への攻撃を止めようとしない。

 一体、どこまで私を貶めるつもりだ。私から全てを搾取してもなお、まだ毟り取ろうというのか!
 もう嫌だ……もう死にたい……誰か、殺して……私を、殺してくれ……。

  ◇◇◇

 セレヴィは目を覚まし、肩で息をした。
 夢か……人間界での記憶だ。何もかもを奪われ、絶望の淵に堕とされてもなお、貴族達によって必要以上に攻め立てられた。尊厳を踏みにじられ、心を折られて……苦しかったな。
 嫌な夢を見たせいか、急に心細くなる。寒気よりも恐さで身が震え、涙があふれてきた。
 人恋しくて仕方ない。誰か居ないか? マステマは? 恐る恐る辺りを見渡すと、大きな手が額に乗った。

「起きたか」
「え……?」

 低い声に驚き、目を見開いた。
 ガレオンが居たのだ。読んでいた本を閉じ、セレヴィの頬を撫でてくる。
 ガラス細工を愛でるような、とても優しい触り方だ。無意識にすり寄り、もっと撫でるようねだってしまう。ガレオンは拒否せずに受け入れ、撫で続けてくれた。

「熱はまだ下がらないか、よほど体力が落ちていたらしいな」
「……マステマは?」
「帰した。これ以上は時間外労働になるからな」
「時間外? 今は……夕方?」

 沈んでいく太陽が目に入る。一体どれくらい眠っていたんだろう、一日中寝ているなんて、初めてだ。
 ガレオンは額の濡れタオルを交換し、顔に浮かんだ汗をぬぐってくれた。

「夜勤者は少ないからな、お前に裂く人手はないんだ」
「それなら、なんでここに」
「お前が不調になったのは俺の監督不行き届きが原因だからな、その責任を取りに来たまでだ。明日は休日だし、時間を気にする必要もない」
「あれ……明日も仕事じゃ」
「魔王が有休をとって悪いか。明後日までの仕事は片づけておいたからな、何も問題はない」
「有休……!?」

 私のためにそんな事をしたというのか? 魔王が個人のために休みを取るなんて、あってはならない事だ。
 魔王は領地を守る義務がある、個人よりも、土地と民を優先しなければならない。こんな真似をしたら、民達から反感を買ってしまうぞ。

「魔王なら、私に構うな……お前の肩には、多くの人の命がかかっているんだぞ。そんな自分勝手な事をして、民の不満を買うような事をするな……!」
「お前は誰に意見を言っている、俺は魔王ガレオンだぞ。どうして奴隷どもの反感を恐れる必要がある。この世界では俺がルールだ、誰に文句を言われようが関係ない。文句があるなら、相応の手段でねじ伏せるまでだ」
「しかし……」
「そこまでごねるなら、黙らせてやる。女一人を守れん男が、大事な物を守れるものか。お前も救った上で領地も守る、俺にはそれが出来る力がある。だから黙って守られていろ」

 有無を言わせぬ迫力だった。そうまで言われては反論できず、セレヴィは掛布団を顔まで被った。
 ……不覚にも、ガレオンをかっこいいと思ってしまった。
 まともに彼の顔を見れない。いいや、これはきっと病のせいだ。風邪で弱っているからそう思っているだけだ。
 ガレオンに特別な感情なんて持ち合わせてなんかいない、私は秘書で、ガレオンの騎士なんだ。そんな感情を抱いてはいけないんだ。

 でも今だけは、私だけの魔王でいてくれるのなら、甘えてもいいだろうか。
 ガレオンの袖をつまみ、引いてみる。すると彼は指を握り返してきた。

「体を起こせるか? 白湯を持ってきている、少し飲め」
「……飲ませてくれないか?」
「むせるなよ」

 ガレオンに水のみで飲ませてもらい、セレヴィは熱が上がるのを感じた。
 病のせいではない、彼に献身的に看病されて、幸せで熱くなっていた。
 奴隷なのに、魔王にこんな事をされて、罰が当たってしまうぞ。

「……サーカスは?」
「心配しなくてもフォローしておいた、休み明けに引き継いでやるから安心しろ」
「……ありがと」
「頑張った奴隷を気遣っているだけだ、礼を言われる筋合いはない」
「それだけじゃない……今まで助けてくれて、ありがとう。私を暗い闇の淵から引っ張り上げてくれて、ずっと支えてくれて……全部、分かっているから」
「妙な奴だ、誘拐犯に礼を言っているようなものだぞ。俺はお前の大事なラーゼフォン家を完全に潰した、両親の遺産を消し去った元凶だからな」

「ガレオンが攫わなくても、いずれは潰れていたよ。私ではもうどうにもならなかったから。もしガレオンが誘拐しなければ、私は騎士団からも追い出されていたはずだ……精鋭と言っても、騎士団は男性社会だ。ラーゼフォン家の名があって籍を置かれていたようなもの、その後ろ盾が無くなれば、騎士団で私の居場所はなくなる。ガレオンが魔界に連れてこなければ、私はきっと、路頭に迷っていただろう。だから……私を拾ってくれて、ありがとう。ガレオンのおかげで私はまた、生きる希望を見つけられたから」

 ふと、先ほどの夢を思い出す。
 両親は理不尽な暴力によって奪われた。いつだって運命は不条理で、セレヴィの大事な宝物を、嘲笑うように奪っていく。
 ガレオンも両親と同じように、魔界中の魔王たちから憎まれている。そいつらの手によってガレオンを奪われたら、今度こそセレヴィの心は砕け散るだろう。

「……死なないで、どこにも、行かないで……!」

 涙ながらの懇願に、ガレオンは小さく笑った。手を握られ、セレヴィは息を呑んだ。

「俺が死ぬ? 面白い冗談だ。頼まれずとも俺はどこにも行きやしない。お前の居る場所に、いつだって俺は居る。奴隷に許されているのはただ一つ、俺を信じろ」

 セレヴィは頷き、外を見た。
 新月の夜が、始まろうとしていた。
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