「くっ、殺せ!」と屈服した女騎士を拾ったので虐待することにした。

歩く、歩く。

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29話 過労がたたり、無様にも病で倒れた

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 その日、珍しくセレヴィは夜明け後に目を覚ました。
 体が重く、吐き気がして気分が悪かった。咳も止まらないし……室温が夏のように暑く感じた。
 いや、熱いのは私自身か? だめだ、頭がぼんやりして考えられない。薄荷水を飲んでみたが、味が分からない。匂いをまるで感じないのだ。
 着替える時も、ボタンを何度も掛け違えた。歩くのも辛くて、どうしたというのだろう。
 今日も仕事があるんだ、この程度で休んでいられるか。騎士ならば気合いでどうにかしろ、私なら出来るはずだ。
 ふらつきながらも食堂へ向かった。食欲は全くないが、とにかく腹に何か詰めれば、なんとかなるだろう。

「うぃーっす、今日は遅いんすねー」

 マステマに背中を叩かれ、転びそうになった。危うい所で肩を支えられ、

「ちょい待ち、あーた熱あるっすよ。風邪ひいたんじゃねっすか?」
「そんな事はない……けほっ。生まれてこの方、病の一つもした事はないんだ」
「んじゃ今日が初めての風邪ってわけっすね、はいおめでとー、さっさと部屋帰るっす。足手まといが居たら邪魔っすからね、主様にはあーしから話しとくっすよ」
「心配しなくていい、多少体がきついくらいで音を上げるほど、やわな鍛え方はしていない。騎士団時代も三十連勤を幾度もしてきたんだ、それに比べればこの程度……!」
「思考が完全にブラック企業に洗脳された社畜じゃねっすか。ガレオン領はホワイト企業っす、風邪ひいたら休むのが当たり前なんすよ」
「しかし……あいつに、紅茶を淹れないと……」
「あーもうめんどくせーっす! あーたどんだけ仕事大好きなんすか!」
「ならお前に与える罰も決まったな」

 セレヴィの体が浮き上がった。ガレオンに抱き上げられたのだ。
 いつの間に来ていたんだ。抵抗しようにも、動けなくてされるがまま。あちこちから注目されて、セレヴィはより赤くなった。

「仕事は全面禁止だ、あれだけ言ったのに体調管理を怠ったな?」
「け、けど……けほっけほっ」
「言い訳するな馬鹿が。休むのも仕事だと何度教えたと思っている、それが出来なかった結果がこれだ。マステマ! こいつの看病をしろ。絶対に目を離すなよ、こいつの事だ、勝手に抜け出して仕事に繰り出すだろうからな」
「あいあいさーっす」

「ま、待ってくれ、私が休んだら……現場が回らなくなる……」
「一日休んでどうこうなる現場ならとっくにとん挫している。お前一人が居なくともどうとでもなるんだよ。文句があるなら、力づくで俺を振りほどくんだな」

 絶対に無理だ。セレヴィは諦め、縮こまった。
 でもそうか、今日は休んでいいんだ。そう思うと力が抜けて、ぐったりしてしまった。
 思った以上に弱っていたせいか、ガレオンの逞しさが、とても心強く感じた。

  ◇◇◇

 横になると、より辛さが実感できた。
 指一本も動かず、熱のせいでとても息苦しい。時間を追うごとに頭も痛くなってきて、息を吸うだけでも体力がごっそりと削られていくようだった。
 風邪なんて初めてだが、こんなにも苦しいのか。

「いくらゴリラのあーたでも、病気にゃ勝てねーみたいっすね」
「そうらしい……甘く見ていたよ……」
「まー働きすぎが原因っす、休暇だと思って寝てるっすよ。アバドンが豆粥作ってくれたっすから、これ食って体温めるっす」
「……お腹空いてない……」

「なんか食わねーと治るもんも治らねーっすよ、栄養補給しないとダメっす。ほら、食べやすいよう取り分けてやるっすから。なんならあーんしてやるっすよ」
「それは勘弁してくれ……子供じゃないんだから」
「遠慮しなくていいっすのに。リンゴもあるから剥いてやるっす」

 マステマは慣れた手つきで剥いていく。病で弱っているせいか、彼女の優しさが身に染みた。
 薬を飲ませてくれた後は、ホットタオルを用意してきた。マステマは腕まくりをして「よし」と気合を入れ、

「んじゃ、体拭くから上脱ぐっす」
「そこまでしてもらうわけには……」
「汗だくで安眠できるわきゃねーじゃねっすか、観念するっす」
「そうとも! なんなら私も交えて背中の洗いっこはいかがかな?」

 どっからともなく出てきたルシファーにぽかんとする二人。マジでどこから入ってきたんだろうこいつ。

「愛しのセレヴィが倒れたと聞いて居ても立っても居られなくなってね、お見舞いにはせ参じたというわけさ。マステマも居るとは好都合、女性だけの百合ん百合んな看病で桃色の世界を」
「ていっ」

 窓からマステマに放り投げられ、ルシファー墜落。何しに来たあの天使。

「さてと、背中から拭いてやるっすよー」
「何事もなかったかのように振舞うな、断末魔の悲鳴が聞こえるんだが……」
「歓喜の雄たけびっすよ、あいつドエムっすから。それにほれ、差し入れ持ってきてるっす」

 いつの間にか、水筒が置かれていた。あけてみると、湯気と共に微かなレモンの香りが漂ってくる。ホットレモネードだ。
 味は分からないけど、全身に染みわたる。汗で失った水分が満ちていく感じがした。
 マステマに背中を拭いてもらうのも気持ちがいい、べたついた肌がさっぱりしていく。

「すまないな……この借りは必ず返す」
「んじゃステーキ奢ってくれっす、店はあーしが決めとくっすよ」
「病み上がりに肉か、きついな……」
「体調戻ってからでいーっすよ、ほれ次腕拭くっすよー」

 マステマとの他愛ない会話が心強い。けど、現場の状況はどうなっているだろう。セレヴィが抜けた事で遅れが出たりしないだろうか。いくつかの仕事はセレヴィの承認がないとできないものもあるし、他にも色々気になる事が……。
 何より、ガレオンの力になれないのが悔しくて、居ても立っても居られなかった。
 寝ているのがもどかしく、今すぐにでも仕事に行きたくて足がむずむずしてきた。どうにかマステマから抜け出して様子を見るだけでもできないだろうか。

「こーら、今あーしから逃げて仕事行こうと思ったっすね」
「なぜ分かった?」
「あーたの事だいぶ理解できたっすからねー、今考えてる事も透けて見えるっすよ。主様に迷惑かけて悔しー、そんなところっすか?」
「凄いな……そんなに顔に出ていたか」
「マブダチなめんなっす」
「はは……ガレオンは、怒ってないだろうか」
「この程度で怒るほど主様は小さくねっすよ、第一怒ってたら、あーたを大事に抱えてここまで運んだりしねーっす」

 ガレオンに抱き上げられたのを思い出し、セレヴィは顔を隠した。多分、人に見せられない表情になっているはずだ。
 ガレオンがどれだけ優しいかなんて、とっくに思い知っている。今まで一番セレヴィを助けてくれているし、今も彼女の仕事をふいにしないよう、懸命にフォローしてくれている。
 誰よりも一番にセレヴィを気遣ってくれるのが嬉しいやら恥ずかしいやら、口をもごつかせ、声にならないうめきが出た。

「早く治して、仕事に戻らないと……迷惑かけた分を、取り返さないとな」
「結局頭が仕事に戻っちまったじゃねっすか。なんでそんな他人のために頑張れるんすか? 自分犠牲にしてまで働く必要なんざねーじゃねーっすか」
「犠牲にしてる気はないさ。ただ、好きなんだよ。色んな人の力になれるのって、凄く楽しい事なんだ。マステマにはないか? 困った人を助けた時、胸が暖かくなった事。私はそれが忘れられない。人々の役に立つため生きるのが、私の幸せなんだよ」
「あーたらしいっすね、そーいう所好きっすよ。でもね、人の幸せ考えるなら、あーた自身の幸せも考えないとダメっすよ。誰よりも傍に居る自分を幸せにできねー奴が、他人を幸せにするなんてできるわけがねーんすから」

 マステマに頬を撫でられた。温かい手が気持ちいい、ほっとする。
 額の濡れタオルを交換し、マステマはセレヴィに力を使った。相手を眠らせる力により、セレヴィは静かに夢の中へ沈んでいった。
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