「くっ、殺せ!」と屈服した女騎士を拾ったので虐待することにした。

歩く、歩く。

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40話 奴隷は風邪がお好きなようだ

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 激動の一日を終え、グングニルに戻ったセレヴィは、甲板で一息ついていた。
 一日でシトリー領全部の街や村を回るなんて無茶苦茶なスケジュールだったが、結局全部こなしてしまった。ガレオンのバイタリティはどうなっているんだか。
 そんな彼に普通についていくセレヴィも大概なのだが、ガレオンに毒されて気づいていない。ガレオンの手腕により、セレヴィも着実に教育されていたのであった。
 日没を眺めている内に肌寒くなってくる、上着を持ってくるべきだったか。
 と、頭からジャケットをかぶされた。振り向けばそこにはガレオンが。

「風邪を引くのが趣味なのかお前は。薄着で外に出たらまた病気になるぞ」
「むぐ……ほっとけ。これはなんだ」
「ふん、出張中に倒れられても困るからな。羽織っていろ」
「と言ってもそんなに薄着じゃ、そっちが風邪を引くぞ」
「お前とは体の作りが違うんだ、俺より自分の心配をしろ」
「どれだけ頑強なんだお前は……」

 言い方は乱暴だが、厚意に甘える事にした。ジャケットを羽織ると、とても暖かくなる。
 大きな背広だ、袖を通すとかなり余ってしまう。袖口をプラプラさせると、なんか楽しくなってきた。
 それにジャケットを着ていると、ガレオンに抱きしめられているような気が……。
 いや、何してんだ私は。我に返ったセレヴィは全身を赤くした。

「ガレオン! 流石の魔王様でも、今日は疲れたんじゃないか?(あーっ! 言葉が、言葉がおかしい! てんぱるな私ぃ!)」
「別に。むしろもっと予定を詰めるべきだったな、明日は多少調整するぞ」
「また詰め込むのか? あまり無理をしすぎるとお前が倒れるぞ?」
「……ほぉ」
「な、なんだ?」

「いや、てっきり文句が来るかと思ったからな。「私が付いていけない」というとばかり」
「うーん、実を言うとガレオンについて行くのは、そこまで苦じゃないからな。最近はまぁ、余裕もできているし」
「いい傾向だ。文句も言わんし、泣き言も吐かない。これほど使い勝手の良い秘書は居ないな。俺としては少しくらい苦言を呈してくれると面白味があるんだが」

「呈する苦言がないんだよ。だってガレオンは私の意見もちゃんと聞くし、取り入れるし、文句を言う隙が無いから」
「苦言の意味がちょっと違うんだが、まあいいか」
「どういう意味だ?」
「知る必要はない」

「余計に気になるだろうが。にしても、ガレオンはどうしてあそこまで何でも出来るんだ。行政は勿論、建築、料理、工作、音楽と……あまりにも何でも出来すぎて、時々恐くなるんだが」
「魔王はそうでないと務まらない立場だ。あらゆる知識・技術を習得しないと偏った政治を行う事になる。万事に通じねば理想の世界を造れないから習得した、それだけだ」

 強い責任感から来る努力の成果というわけだ。でも……。

「ガレオンは苦しい時、誰に支えてもらっているんだ?」
「俺にそんな時はない」

「今はなくても、この先はあるかもしれないだろう。領土を広げれば、ガレオンにかかる負担は大きくなる。きっと一人では抱えきれないほどの重圧が来ると思う。その時に支えてくれる人は、居るのか?」

 ガレオンは答えず、夜空を見上げるばかり。ガレオンはあまりにも強すぎる、寄りかかれる人が居ないくらいに。
 もし彼が躓いたとしたら、彼は誰に頼ればいい? たった一人で魔界の全てを背負おうとするのは、あまりにも孤独な戦いだ。
 そんな、一人で抱え込もうとするな。
 セレヴィは居ても立っても居られなくなり、ガレオンの裾を摘んだ。

「私では、小さすぎるかもしれない。だけど精いっぱい頑張る。だから……辛くなったら、私を頼ってくれ。私に出来る事なんてたかが知れているけれど、私は貴方だけのセレヴィだ。必ずガレオンの役に立てるよう頑張るから。どうか一人で、全部抱えようとしないでくれ。私はお前が……この世界の誰よりも、大事だ」
「……頑張る必要はない。既に役立っているからな。お前は自分の事に気を付けていればそれでいい。だがまぁ、気遣いには礼を言っておこう」

 ガレオンはセレヴィの髪を撫で、踵を返した。

「おい、ジャケット」
「明日返せ。精々風邪引かないよう注意するんだな」

 ピッと指を立て、艦内へ帰っていく。ここでやっと、セレヴィは冷静になった。

「私、さっき何をした?」

 なんか物凄く恥ずかしい事を言ったような気がする。ガレオンから滅茶苦茶嬉しい事をされたような気がする。まだ彼に触れられた場所に手の感触が残っているような気がする。
 直後、セレヴィの頭から、大量の湯気が吹き上がった。

「わ、わ、私は何を口走っているんだ!? 貴方だけのセレヴィって……世界の誰よりも大事って……うわ、わーわーわー!!!???」

 一人頭を抱えて足をばたつかせ、身悶えしてしまう。しゃがみこんでジャケットを頭からかぶると、ほんのりとガレオンの匂いがした。
 何ともなしにくんくんし、セレヴィはほっこりした顔になった。

「じゃなーーーーーーーーーーーーい! 何してるんだ私はぁ!? これじゃああいつが大好きみたいじゃないかぁ! ……実際、大好きだけどさぁ……」

 混乱のあまり目を回し続け、「うぅぅ~」と唸るセレヴィであった。

  ◇◇◇

 セレヴィの痴態は、ガレオンにしっかり見られていた。
 なんとなく彼女が気になり戻ってみたら、独り叫んで悶えているし、ガレオンのジャケットに包まれてご満悦だし、かと思ったらまた暴れ出すし。見ていてこっちが恥ずかしくなる。
 セレヴィは仕事は出来るくせに、オフになると途端にポンコツになる。そのせいで目が離せないというかなんというか。
 さっきの「苦言を呈せ」は、「少しくらい甘えて構わない」の意味だったのだが、遠回り過ぎて伝わらなかったか。

「ちっ、俺を揺さぶるか。生意気な奴だ」

 額に手を当てかぶりを振る。腹立たしいが、セレヴィを愛らしいと感じる自分が居るのだ。
 セレヴィは少々特殊な奴隷だ。人間界から連れてきた唯一の奴隷で、元貴族という立場もあってか、ガレオンに対し唯一忌憚なく発言してくる奴隷だ。
 彼女の全てが新鮮で、セレヴィと居る時間はとても楽しい。セレヴィの前でだけは、魔王ではなくただのガレオンで接してしまう。
 魔界を統べる王として、よくないな。

「おや主様、どうされたのですか?」

 通りかかったルシファーに声を掛けられた。ガレオンは腕を組み、

「夕涼みだ。暫く開拓を任せてご苦労だった、引き継ぎも終わったからな、明日から一週間休暇を取れ。ガレオン領へ戻っても構わないぞ」
「お心遣いありがとうございます、ですが私はしばし残ろうかと。何しろシトリー城下町ですんごぉいお店を見つけたものでして……そう! この私を徹底的に悦ばせてくれる、最高の店を発見したのです! いやーこれがまたすっかり嵌り込んでしまいまして! 会員カードも発行しましてですね、週八で通ってるのでもうすぐクーポンになるんですよ! 開拓が済んだ暁にはぜひガレオン軍本部をシトリー城へ移動させてもらえませんか?」
「……楽しんでいるようで何よりだ、まぁ考えておこう……」

 ちょっとでいい、この歩く18禁の軸がブレてほしい。切に思うガレオンだった。

「という事で、私はここに居るのでご用とあればいつでもお尋ねください。時に、セレヴィ嬢は何を?」
「独り相撲の最中だ、邪魔してやるな。くれぐれもあいつに変な事をするなよ?」
「うーん残念、彼女も磨けば光る原石だというのに……ですが主様のお気に入りとなれば、手を出すわけにはいきませんね」
「あいつはそうじゃない。そうであってはならないんだ」

 ルシファーに一喝し、ガレオンは部屋へ戻った。
 魔王は完璧でないといけない、一片の欠点も許すわけにはいかないのだ。
 誰も愛してはならない、愛したら弱点になってしまう。守るべき者達のために、ガレオンは完璧な魔王で居続けないといけないのだ。

「じゃないと、お前との約束を果たせないだろう。……イナンナ」

  ◇◇◇

 主を見送り、ルシファーは肩をすくめた。
 ガレオンは尊敬できる主であるが、時折見ていて辛くなる。彼はたった独りで無数の命を背負い、魔界の魑魅魍魎と戦っているのだ。
 ルシファーは彼が弱音を吐いた姿を見た事がない。常に強い魔王であろうと気を張り続け、弱みを見せずに立ち続けている。もう何年もずっと、心を休ませていないのだ。

「強がりばかりではなく、たまには弱さを見せてほしいものなのだが」
『そんなにあーしら頼りないっすかねー? 遺憾っすよ』

 通信魔法が起動し、マステマの声が飛び出した。

「やぁマステマ、改めて確認するけど、セレヴィ嬢の魔法の練習に付き合えばいいんだね?」
『そうっす。ぶきっちょで物覚え悪いっすから、根気よく教えてほしいっす』
「任せてくれ。セレヴィ嬢は頑張り屋だ、きっと良い成果を持って帰るだろう。それにしても、君も随分気に入っているようだね。普段の君はあまり人に関心がないというのに」
『だって可愛い奴なんすもん。調教日記付けるくらいのお気に入りっすよ、もう四十冊超えてるっす』
「是非私にも見せてほしいものだ。ついでに私の調教日記も付けて『完成されたドエムに興味はねーっす』あふん! 食い気味のすげない反応、放置プレイ万歳だ!」

 こいつ無敵っすか。心からそう思うマステマであった。

『絶対つまみ食いすんじゃねっすよ? あーしの大事な大事なペットなんすから』
「分かっているさ、主様の神聖な止まり木を汚すような真似はしないとも」

 そう、セレヴィは止まり木。ガレオンが唯一心を休められる存在だ。
 強がってばかりの主が僅かでも休まるのなら、私達はその木を磨いていこう。セレヴィならば、ガレオンを任せられるから。
 どうか彼女には、ガレオンを支えられる女性になってほしいものだ。
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