「くっ、殺せ!」と屈服した女騎士を拾ったので虐待することにした。

歩く、歩く。

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72話 海が見たいと言うので連れて行った

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 シトリー領の開拓から運用が始まった蒸気機関車だが、現在ではガレオン領全域で走る姿が見られるようになっていた。
 鉄道馬車よりも速く、大量の積み荷を運べる汽車は領内の循環を加速させ、倍近い経済効果を叩き出している。末端まで満遍なく人や物を行き渡らせる文明の利器により、ガレオン領は他の追従を許さぬ程に発展し続けていた。
 その汽車に乗り、セレヴィはガレオンと共に出張へ向かっていた。
 流れる景色を眺めつつ、書類を纏めるセレヴィであるが、足がピコピコ動いている。仕事とは言えガレオンとの遠出に上機嫌になっているのだ。

「鼻歌まで歌って、そんなに楽しいか?」
「申し訳ありません、少々浮かれていたようです」
「ふん、旅行じゃないんだ。少し自重するんだな」

 ガレオンは苦笑した。交際を始めてから、セレヴィは感情を隠せなくなっていた。これで仕事の効率も上がっているのだから、恋する乙女は無敵である。

 ガレオンとしても、セレヴィと共に居るのは落ち着く。出会った時からそうだが、セレヴィは見ていて飽きない。一瞬たりとも同じ姿を見せないから、毎日新しい発見がある。
 なんとも愛しい小娘だ。頬杖を突き、ガレオンは微笑んだ。

「で、スケジュールは出来ているんだろうな」
「勿論です。漁港とその周辺の視察ですね」

 セレヴィの機嫌が良かったのはそこでもある。実を言うとセレヴィは、魔界に来るまで海を見た事がなかったのだ。
 以前仕事で訪れた時、セレヴィは初の海に衝撃を受けた。世界の果てまで続く広大な水の平原、塩辛い香り、強く爽やかな風。全てがセレヴィの心を貫いた。
 それからと言うもの、彼女は海が好きになった。海を見るためだけにわざわざ日帰り旅行をする程である。

「リティシア王国は大陸の中心部だったか、海を見る機会など無かったようだな」
「近隣にも海に面した国がありませんでしたので、海なんて物語の中の空想だと思っていました。今度、ノアにも見せてあげたいです」
「はしゃぐ姿が目に浮かぶな。話している間に、見えたぞ」

 セレヴィは窓に食いついた。汽車が森を抜けるなり、水平線が現れた。
 目を輝かせ、セレヴィは景色に魅入った。いつ見ても海はやはり美しい。サファイアのような深い紺碧に、魂が吸い込まれてしまいそうだ。

「時間を作ってやる、多少なら観光もできるだろう。その分仕事は詰め込むが、構わないな?」
「はいっ」

 恋仲になっても、ガレオンは仕事に妥協しない。セレヴィに対して求める成果は以前と変わらぬどころか、より上を求めていた。
 セレヴィもガレオンに甘えず、求める以上の結果を出し続けている。愛しの魔王様への想いによって強烈なバフがかかっているのだ。
 この二人、向かうところ敵なしである。

  ◇◇◇

 目的地に到着するなり、セレヴィは深呼吸した。
 海の空気に満足し、「よしっ」と気合を入れる。ガレオン領の西端にある漁港で、領内でも一、二を争う漁獲量を誇るのだが、最近不漁が続いているのだ。
 加えて……漁船が何者かの襲撃を受ける事件が多発しているらしい。
 今回は原因究明と解決、及び現状の改善が主な仕事となる。人々の暮らしがかかっている以上、全力を尽くさねばなるまい。

「ルシファーとは連絡がついているな?」
「予定通り、一時間後に合流できるそうです」

 ガレオンは今回、軍の精鋭部隊を要請している。彼曰く、「念のため」だそうだ。
 ガレオンは、不漁の原因が朧気に見えている。セレヴィも彼から聞かされているが、彼の予想が正しければ、少々大きな事件が起きそうだ。
 自分達の使命は、弱き人を助ける事。父上、母上、どうか私に力を貸してください。

「ふわーっ! こ、これが海ですかっ!? すんごく大きいですっ! 広すぎますっ!」
「おうこらはしゃぐなっすー。他の人見てるっすよー」

 なんか聞き覚えのある声がした。
 振り返れば、そこに居たのはマステマとノアだった。加えて、数名のメイドも居る。
 二人はセレヴィに気づくなり、勢いよく駆け寄ってきた。

「セレヴィ様! こちらでお仕事なんですねっ」
「ああ、そっちは観光か?」
「メイド仲間でちょっとした慰安旅行っす。つっても日帰りっすけどね。旅費が魔王側から出るんで格安で楽しめるんすよ」
「ちゃんと領収書を出せば、の話だがな。前みたく忘れて大騒ぎするなよ」
 ガレオンはふんと鼻を鳴らした。ガレオン城は労働環境に隙が無さすぎるホワイトな職場です。
「見てくださいセレヴィ様! 海ですよ海! ノア感激ですっ! こんなに広いんですねーっ! もしかして魔界って飲み水に困らない世界なんですかねっ」

「海水は飲めないぞ。物凄く塩辛くてな、飲むと逆に喉が渇くんだ」
「そうなんですかっ、見た目飲めそうなのにもったいないです」
「無駄話はここらでいいだろう? 俺達は仕事だ、お前らはせいぜい楽しむといい」
「うぃーっす。んじゃノア、こっち来るっすよ」

 マステマがノアの首根っこを掴み引き摺って行く。セレヴィは手を振り、マステマらを見送った。
 さて、私達も行くか。気を取り直して、セレヴィは歩き出した。

  ◇◇◇

「楽しそうにしちゃってまぁ。今日何の仕事すんのか分かってるんすかねぇ」

 両手を頭の後ろに回しながら、マステマは苦笑した。
 今のセレヴィはガレオンの傍に居るだけで楽しいようだ。楽しそうな彼女を眺めるのは微笑ましいやら、ガレオンが羨ましいやら、マステマは複雑な気分だった。

 でもセレヴィが暗い顔をするよりはずっといいか。あの子は笑ってるくらいがちょうどいい。
 と言うわけで、余計なお客様には退場して頂こう。
 ちらと目をやれば、セレヴィらの後を付けようとする者が居た。マステマは音もなく近づき、眠らせた。
 首の紋章に触れるも、ガレオンのマナを感じない。ダミーのタトゥーだ。呼びつけた兵に預けつつ、さり気なく持ち物を確かめた。

 ……睡眠薬に、人一人を入れられる麻袋、それとドラゴンを呼ぶ竜笛……間違いなく、よその魔王領から嗾けられた諜報員だ。
 恐らく隙を見て、セレヴィを誘拐しようとしていたのだろう。彼女を人質に取れば、ガレオンに対し有利な交渉が出来るようになる。魔界中の魔王達が、セレヴィを誘拐しようと目を光らせているのだ。

「ったく、主様の大事な人に手を出そうなんざ、命知らずもいい所っすねぇ」

 マステマはぼやいた。実は今日マステマは休暇ではなく、仕事として来訪していた。ガレオンから直々に、セレヴィの護衛を命じられているのである。
 魔王ガレオンと交際を始めたために、セレヴィは魔界で最も危険な立場になっている。彼女はガレオンにとって最大の弱点だ、万一彼女をかどわかされれば、ガレオン領にどれほどのリスクが出るか計り知れない。
 そのため、セレヴィには常に数名の護衛が、彼女に気づかれないよう配置されているのだ。

 んまー、あーしが傍に居る限りセレヴィにゃ指一本も触れさせねっすけど。

「早速仕事したアルな」
「おう豚、あーたも同じ汽車だったっすか」

 振り向くと、アバドンが居た。彼も今回、ガレオンに命じられやってきていた。

「あーたの役目はなんすか?」
「獲物の解体と調査アル。こういうのは現地でさっさと済ませた方が次の手を打ちやすいアルからな」
「相変わらず先手っすねぇ。あーしはあの子を狙う輩の排除っす、ノア達は隠れ蓑っすね、観光客を装えば警戒されねっすから」
「それと、主様が行った後のブレーキ役アルな」
「んーまぁ、下手すりゃ泳いででも追いかけそうっすからねぇ。にしても、なんかセレヴィ狙う奴が多い気がするっすよ」
「主様が傍に居なければ誘拐できると思っているアルヨ。逆に言うと、主様単独で向かわざるを得ない程の刺客をガレオン領に放ってるわけアルか、大胆アルな」
「主様が離れた隙を狙ってるみたいっすけど、生憎思惑通りにゃさせねっす。一人残らずしばき倒してやるっすよ」

 セレヴィを守るのは嫌じゃない、マステマも彼女が大好きだから。
 本音言うと、割とマジで狙ってたんすけどねー。

「ワタシ、領民の避難誘導もしなきゃいけないアル。順路とか見ないといけないアル」
「互いに忙しいっすねー。そんじゃ、あーしはこれで。遊びながら仕事とかサイコーっすよ」

 ノア達の下へ戻ると、丁度マステマを探していた。適当に平謝りしながら合流すると、ノアが腕を引っ張ってきた。

「マステマ様、どこに行ってたんですかぁ? 早く早くー!」
「へいっす、今行くっすよー」
 マステマはマイペースにセレヴィを守る事にした。心から愛した可愛い小娘のために、頑張るとしよう。
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