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1話 神話と共存する日本。
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少しだけ、世界史の教科書に書かれている事を記そう。
十五年前、つまり浩二が一歳の頃、彼らの住む世界は一変した。
始まりは空が割れ、続いて地がねじれた。突然始まった異常に人類は対応できるはずもなく、ただ、事の成り行きを見守るしか出来ずに居た。
人類が翻弄する中、更なる異変が起こる。割れた空からこの世界に存在するはずの無い生き物が無数に降り注ぎ、次いで異質な建築物が、地を割って生えてきたのだ。
なぜそのような事が起こり、なぜそのような生物が現れたのか、誰もわからなかった。ただ一つ分かったのは……現れた存在が全て、人間の世界に知られた物ばかりだった。と言う事だった。
地を割り生えてきた建築物は、空中に浮かぶ美しい庭園、多種多様な装飾を施した豪華な宮殿、堅牢かつ巨大な壁。空から降りてきたのは、翼の生えた馬、炎に身を包んだ鳥、そして鎧兜で武装した、槍を持つ乙女達。どれも人間界に存在しないはずなのに、人間の記した書物には、それらに関する記載が確かにされていたのだ。
「神話」、という形で。
そう、全て神話にて登場する、伝説上の存在ばかりだったのだ。
世界中で現れた、無数の伝説を目の前にして、人間達は皆腰を抜かしていた。そしてこうも思ったと言う。我々は彼らに、支配されてしまうのではないかと。神話の住民によって、我々の世界が、壊されてしまうのではないかと。
「まぁ、現実には違ったわけだけど……」
放課後の教室にて、世界史の教科書をめくり、浩二は窓の外を見やった。
窓の外には、平和な世界が広がっていた。
今は丁度バビロンの空中庭園が日本にやってくる周期だから、空にぷかぷかと人気リゾートが浮かんでいるのが見えた。ケルト神話の神が住む宮殿では、スーツを着た髭面のおっさんやいかつい顔の女性が日本の政治家を迎え入れているのが伺える。西東京の辺りに位置するエリコの壁では、映画の撮影をしているらしく、巨人族が役に合わせた仮装をして演技指導を受けていた。
そう、現実は違った。伝説の存在達は、人間達と共存しているのである。
なぜ人類と共存しているのか。昔あるテレビ番組がそんな取材をした事がある。その際返答したギリシャ神話の最高神Zさん(本人の希望により匿名)曰く、
「羽虫を殺して何が面白い。そんな事をするより、観察した方が一興だろう?」
との事である。ようは人間なんかいつでも処分できるから、戯れに一緒にいてやんよ。というわけだ。神様らしい傲岸不遜な発言である。
ちなみにこのZさん、女性キャスターを金牛に化かしてさらおうとしたらしいが、奥さんに見つかってフルボッコにされたそうな。
各神話の方々もおおむね同じ考えらしく、今ではすっかり人類との生活に溶け込んでいて、各々、現在の生活をエンジョイされているのである。
「……世も末だな」
ある意味この世は世紀末である。まぁ、戦争が起こるよりははるかにマシだ。なにせ相手は神話の存在、天地がひっくり返ろうが勝てるわけないのだし。こうして交流して、平和に過ごせているのはある意味、神が与えた奇跡かもしれない。実際相手は神だけど。
「こうちゃん、たそがれてどうしたの?」
琴音に声をかけられ、浩二は教科書をしまった。
「ん。ちょっと、な」
「ばるきりーさんの事?」
「……正解」
浩二はしかめっ面になった。目下浩二の悩みは、自身のクラスの担任となってしまった、お騒がせな迷惑教師に集約されている。多分これは浩二だけでなく、クラスメイト全員が抱える悩みともいえよう。
「琴音はいいのか、あの先生で。あの超! 大迷惑な担任で満足してるのか?」
「私は結構好きだよ、ばるきりーさん。綺麗だし、いい人だし、女子力(物理)だし」
「最後の項目が気になるんだが」
この幼なじみ、やや天然ボケである。
「じゃあ聞くぞ。世界史の授業で女子力(物理)がどう役に立つんだ?」
「えーっと……無理、かな」
「当たり前だ。大体おかしいだろ、トチ狂ってるだろ、普通じゃないだろ」
浩二はここ二週間、溜めに溜め込んだ言葉を吐き出した。
「なんでワルキューレが日本の学校で世界史の先生なんかをやってんだよ!」
その通りである。至極、その通りである。既に察しているだろうが、ばるきりーさんは人間ではない。北欧神話に名を連ねる伝説の存在、戦乙女「ワルキューレ」なのである。
櫻田高校の採用基準を根底から問いただしたいが、現実だ。なんと彼女、今年の四月からこの学校で教職に就く事になっちゃったのだ。しかもよりによって……浩二の担任として。
「もうこの一言に全部集約されるだろツッコミ所! しかも教員の資格もってねぇんだぞあの人、どんな裏口入職したのさ!?」
「槍で脅したんじゃないかな?」
「……お前、時々凄い事言うよな……」
あながち冗談に聞こえぬ琴音の一言である。あの先生ならやりかねない、槍だけに。
「そんなに気になるなら聞いてみたらいいんじゃないかな」
「んな直球勝負が通用すると思うか?」
「うーん、どうかなぁばるきりーさん」
琴音は天井に向かって尋ね、浩二は弾かれたように顔を上げた。
ばるきりイヤーは地獄耳だ。まさか今の会話を聞かれていたのでは……。
「ならば話そうではないか」
浩二の不安は見事に的中、全部聞かれていた。
「この私、ラーズグリーズが!」
んでもって天井、ではなく床をぶち破って銀髪紅眼のワルキューレが飛び出してきた!
「ってなんで下から出てくんの!?」
「この下職員室だろう?」
「納得いくようでいかない説明どうもありがとう!」
北欧神話に階段はないのだろうか。切に思う浩二である。
階下で目を丸くする職員一同はあえて無視して、浩二は質問する事にした。どーせこの先生からは逃げらんないのだし。
「えーっと、ばるきりーさん。あんたはなんでこの学校に赴任しやがったんですか? 簡潔に六十六文字以内で述べろや」
言葉の節々に地が出ているものの、浩二の質問にばるきりーさんは腕を組み、もう話したかったんだぞと言わんばかりの笑顔を見せた。
「ようやく生徒からその質問が来たか。なぜか今まで誰も聞かなかったから寂しかったのだぞ」
「いいから話せ」
「うむ」
ばるきりーさんはふんぞり返った。
「私はな、以前より人間の生活様式に興味があったのだ。故に学校へと入り、諸君らの事をより深く知ろうと思った。だから学校に入ったのだ。以上」
全部で六十三文字の返答だった。
「……根本からなんもかもが間違ってんだろうが! 学校に入るって普通生徒からだろいきなり先生とか牽制もなしに何トチ狂った突撃かましてんだ己はぁ!」
「浩二、牽制は勝負において逃げ腰の姿勢だぞ? 戦は先手必勝! 常に強気の先制こそが勝利を呼び込む最短の策、それは先生家業においても同じはずだ、先制だけに」
「上手くねぇよ! 大体なんで世界史の教員なのさ!」
「カエサルやナポレオンと親しくしているのを知られたらそうなった」
「んな……」
どうもこの二人、エインヘリャルとしてヴァルハラに招かれていたそうなのだ。ならそれを活かして授業しろやと思う浩二だった。
「な、なら教員免許はどうなんだ」
「面接の際、「この学校の生徒が死にたくなければ私を採用しろ」と語ったら免許不問の一発合格だったぞ」
「自己PRがまんまテロリストじゃねぇか!」
琴音の想像以上に過激な手段であった。
こんなんが先生やってて大丈夫なわけがない、問題ばかりが湧き出てくる。お先真っ暗、困難しか見えてこなかった。
「ばるきりーさんって強いんだねぇ」
「いやその前に言う事ないかな琴音」
「それほどでもあるぞ。なにせ私は誇り高きヴァルキュリア軍のエリートなのだから!」
「だったらおとなしく治安維持活動に従事しろよ生体核爆弾!」
「ではそうしよう」
「極端だなおい!? ちょっと待てや!」
マジで帰ろうとしたばるきりーさんを浩二は急いで止めた。
ばるきりーさん以外のヴァルキュリア軍は世界の警察や軍と連携して各国の治安維持を行っていたりする。彼女のやっている事はある種間逆な事だけど。
「それより二人とも、そろそろその「ばるきりーさん」と言う呼び方はやめてもらわないか? というかなんでばるきりーさん?」
「いやだって、言いづらいじゃんあんたの本名。ワルキューレってヴァルキリーともいうだろ? だったらばるきりーさんって呼び名の方が言いやすいしさ」
「むぅ、言いづらい名前とは失礼だな」
ばるきりーさんは不服そうに頬を膨らませた。
「私にはラーズグリーズという、「計画を壊す者」を冠する名があるのだ。呼ぶならば誇り高き真名にて願いたい」
「てめーにゃあだ名で充分だ実写版中二病」
浩二にそう言われ、ばるきりーさんはまた頬を膨らませ、しゃがみこんだ。
「……やーだなー……ばるきりーさんなんて名前やーだなー……」
「めんどくさっ」
足元で「の」の字を描いて拗ねるワルキューレの姿はややシュールだ。
「でもでも、あだ名がつくのは悪い事じゃないんだよ」
そんな面倒くさいワルキューレ先生に、琴音は優しい手を差し伸べた。
「あだ名がつく先生ってね、皆から親しまれてる証拠なんだよ。嫌な先生にはあだ名なんて皆つけないし、つけても影で悪口として呼ばれちゃうんだ」
「む? むぅ……む?」
いまいちピンときていないようで、ばるきりーさんは首を傾げていた。
まぁ……なんというか、いろんな意味で親しまれているのは確かっちゃ確かでもある。現時点で教職をしている伝説の存在はこのラーズグリーズただ一人で、世間から見ればとても珍しい事例だし。なにせこの先生が赴任すると聞いてテレビや新聞の取材が来るくらいなのだから。
ただし、別の言葉で言い換えれば、客寄せパンダでしかないのでもあるが。
「だからさ、あだ名がつくのって本当なら喜ぶべき事だよ。私も先生のあだ名好きだし、ばるきりーさんにも気に入ってもらいたいな」
「しかしなぁ……私の名前は君主より賜った偉大なる物である故……」
ばるきりーさんはまだいじいじといじけていた。一度落ち込むと湿っぽい人だ。ワルキューレを人の範疇に収めていいのかは甚だ疑問だが。
「それじゃあこう考えよっ。ばるきりーさんってあだ名は、生徒から賜った偉大な物だよ! うん、そうだよきっと!」
「……偉大な物?」
「うんそう! ねっこうちゃん」
突然話を振られ、浩二は言葉に迷った。琴音からは「話を合わせてね」と無言の懇願が来ている。出来れば無視したいのだが、琴音も琴音で無視すると落ち込む面倒くさい女なのだ。
「あーそう、そうそうそうだよ。多分君主さんのくれた名前と同じくらいのもんだよ」
「同列……君らと君主が、同列?」
「色々面倒だから難しく考えるな。とりあえず名誉なもんだと思っとけ」
頭の固い女と話すのは骨が折れるので、浩二は適当に話を濁した。相手が人間であれば納得などいき様の無いしめ方だが、相手は人ではなくばるきりーさん。
「……いいだろう。一旦そう思うことにしようではないか」
簡単に飲み込んで、あっさりと気分を復活させた。この切り替えのよさは戦場に立つ者ゆえのメンタルなのか、それとも単なるアホなのか。浩二は即決で後者だと判断した。
「それで、浩二よ。質問はそれだけか? 他に聞きたい事があればなんでも聞くがいい!」
「あ、もういいです。はい」
鮮魚みたいに目を輝かせたばるきりーさんに対し、浩二は死んだ魚のような目で返した。
「え? 終わり? もう?」
「いやだって、聞きたい事聞けたし、ツッコミ所まみれでお腹いっぱいだしで、もう勘弁」
んだらば、ばるきりーさんは一気に落胆したご様子である。浩二に構われたのがよっぽど嬉しかったのかもしれない。
しかし、ばるきりーさんは諦めずに喰らいついた。
「い、いやあるはずだろう? たとえば私の戦歴とか、戦績とか、あと戦術とか戦法とか作戦とか! 折角の機会なんだし聞いていっても」
「話題のレパートリーが偏りすぎだし。聞きたくないから帰ってお願い」
ずがーん! ばるきりーさんからそんな音楽が聞こえた気がした。硬直して凍りついた表情はベートーベンの「運命」が流れるほどの悲壮感を漂わせ、その顔のままストーンっと膝から落っこちて石化してしまった。
人間に邪険に扱われただけでこれとは、本当に戦乙女か疑わしいレベルの和紙メンタルだ。この人ホントにただのアホなのかもしれない。
「ばるきりーさん……クッキー、食べる?」
「……もらおうか」
威厳もなんもない抜け殻みたいなワルキューレに、琴音はせっせと施しを与えていた。ばるきりーさんには、琴音がジャンヌダルクかなんかに見えている事だろう。相当大げさなことこの上ないけど。
「く、くそぅ……浩二よ、今日のところは言われたとおり帰ってやる。しかし覚えているがいい! いつか必ず私の名が脳裏から離れぬほどの偉業を打ち立てて……」
「いや帰るなよ仕事しろ仕事。あと床ちゃんと直しとけ」
いちいち極端な教師に頭痛を覚え始めた浩二であった。あと捨て台詞が小物臭い。この人本当にワルキューレなんだろか。
ばるきりーさんはうぐっと言葉に詰まってから、大人しく破片をかき集め、床を直しながら職員室に帰っていった。
この人、本当にワルキューレなのであろうか?
「なんなんだあいつ……」
「真面目なんだよきっと! ……恐らく……メイビー……」
琴音ですら語尾が薄らぐ有様だった。
とりあえず、とんでもないモンに担任されちまった。これだけは明らかな事実である。
十五年前、つまり浩二が一歳の頃、彼らの住む世界は一変した。
始まりは空が割れ、続いて地がねじれた。突然始まった異常に人類は対応できるはずもなく、ただ、事の成り行きを見守るしか出来ずに居た。
人類が翻弄する中、更なる異変が起こる。割れた空からこの世界に存在するはずの無い生き物が無数に降り注ぎ、次いで異質な建築物が、地を割って生えてきたのだ。
なぜそのような事が起こり、なぜそのような生物が現れたのか、誰もわからなかった。ただ一つ分かったのは……現れた存在が全て、人間の世界に知られた物ばかりだった。と言う事だった。
地を割り生えてきた建築物は、空中に浮かぶ美しい庭園、多種多様な装飾を施した豪華な宮殿、堅牢かつ巨大な壁。空から降りてきたのは、翼の生えた馬、炎に身を包んだ鳥、そして鎧兜で武装した、槍を持つ乙女達。どれも人間界に存在しないはずなのに、人間の記した書物には、それらに関する記載が確かにされていたのだ。
「神話」、という形で。
そう、全て神話にて登場する、伝説上の存在ばかりだったのだ。
世界中で現れた、無数の伝説を目の前にして、人間達は皆腰を抜かしていた。そしてこうも思ったと言う。我々は彼らに、支配されてしまうのではないかと。神話の住民によって、我々の世界が、壊されてしまうのではないかと。
「まぁ、現実には違ったわけだけど……」
放課後の教室にて、世界史の教科書をめくり、浩二は窓の外を見やった。
窓の外には、平和な世界が広がっていた。
今は丁度バビロンの空中庭園が日本にやってくる周期だから、空にぷかぷかと人気リゾートが浮かんでいるのが見えた。ケルト神話の神が住む宮殿では、スーツを着た髭面のおっさんやいかつい顔の女性が日本の政治家を迎え入れているのが伺える。西東京の辺りに位置するエリコの壁では、映画の撮影をしているらしく、巨人族が役に合わせた仮装をして演技指導を受けていた。
そう、現実は違った。伝説の存在達は、人間達と共存しているのである。
なぜ人類と共存しているのか。昔あるテレビ番組がそんな取材をした事がある。その際返答したギリシャ神話の最高神Zさん(本人の希望により匿名)曰く、
「羽虫を殺して何が面白い。そんな事をするより、観察した方が一興だろう?」
との事である。ようは人間なんかいつでも処分できるから、戯れに一緒にいてやんよ。というわけだ。神様らしい傲岸不遜な発言である。
ちなみにこのZさん、女性キャスターを金牛に化かしてさらおうとしたらしいが、奥さんに見つかってフルボッコにされたそうな。
各神話の方々もおおむね同じ考えらしく、今ではすっかり人類との生活に溶け込んでいて、各々、現在の生活をエンジョイされているのである。
「……世も末だな」
ある意味この世は世紀末である。まぁ、戦争が起こるよりははるかにマシだ。なにせ相手は神話の存在、天地がひっくり返ろうが勝てるわけないのだし。こうして交流して、平和に過ごせているのはある意味、神が与えた奇跡かもしれない。実際相手は神だけど。
「こうちゃん、たそがれてどうしたの?」
琴音に声をかけられ、浩二は教科書をしまった。
「ん。ちょっと、な」
「ばるきりーさんの事?」
「……正解」
浩二はしかめっ面になった。目下浩二の悩みは、自身のクラスの担任となってしまった、お騒がせな迷惑教師に集約されている。多分これは浩二だけでなく、クラスメイト全員が抱える悩みともいえよう。
「琴音はいいのか、あの先生で。あの超! 大迷惑な担任で満足してるのか?」
「私は結構好きだよ、ばるきりーさん。綺麗だし、いい人だし、女子力(物理)だし」
「最後の項目が気になるんだが」
この幼なじみ、やや天然ボケである。
「じゃあ聞くぞ。世界史の授業で女子力(物理)がどう役に立つんだ?」
「えーっと……無理、かな」
「当たり前だ。大体おかしいだろ、トチ狂ってるだろ、普通じゃないだろ」
浩二はここ二週間、溜めに溜め込んだ言葉を吐き出した。
「なんでワルキューレが日本の学校で世界史の先生なんかをやってんだよ!」
その通りである。至極、その通りである。既に察しているだろうが、ばるきりーさんは人間ではない。北欧神話に名を連ねる伝説の存在、戦乙女「ワルキューレ」なのである。
櫻田高校の採用基準を根底から問いただしたいが、現実だ。なんと彼女、今年の四月からこの学校で教職に就く事になっちゃったのだ。しかもよりによって……浩二の担任として。
「もうこの一言に全部集約されるだろツッコミ所! しかも教員の資格もってねぇんだぞあの人、どんな裏口入職したのさ!?」
「槍で脅したんじゃないかな?」
「……お前、時々凄い事言うよな……」
あながち冗談に聞こえぬ琴音の一言である。あの先生ならやりかねない、槍だけに。
「そんなに気になるなら聞いてみたらいいんじゃないかな」
「んな直球勝負が通用すると思うか?」
「うーん、どうかなぁばるきりーさん」
琴音は天井に向かって尋ね、浩二は弾かれたように顔を上げた。
ばるきりイヤーは地獄耳だ。まさか今の会話を聞かれていたのでは……。
「ならば話そうではないか」
浩二の不安は見事に的中、全部聞かれていた。
「この私、ラーズグリーズが!」
んでもって天井、ではなく床をぶち破って銀髪紅眼のワルキューレが飛び出してきた!
「ってなんで下から出てくんの!?」
「この下職員室だろう?」
「納得いくようでいかない説明どうもありがとう!」
北欧神話に階段はないのだろうか。切に思う浩二である。
階下で目を丸くする職員一同はあえて無視して、浩二は質問する事にした。どーせこの先生からは逃げらんないのだし。
「えーっと、ばるきりーさん。あんたはなんでこの学校に赴任しやがったんですか? 簡潔に六十六文字以内で述べろや」
言葉の節々に地が出ているものの、浩二の質問にばるきりーさんは腕を組み、もう話したかったんだぞと言わんばかりの笑顔を見せた。
「ようやく生徒からその質問が来たか。なぜか今まで誰も聞かなかったから寂しかったのだぞ」
「いいから話せ」
「うむ」
ばるきりーさんはふんぞり返った。
「私はな、以前より人間の生活様式に興味があったのだ。故に学校へと入り、諸君らの事をより深く知ろうと思った。だから学校に入ったのだ。以上」
全部で六十三文字の返答だった。
「……根本からなんもかもが間違ってんだろうが! 学校に入るって普通生徒からだろいきなり先生とか牽制もなしに何トチ狂った突撃かましてんだ己はぁ!」
「浩二、牽制は勝負において逃げ腰の姿勢だぞ? 戦は先手必勝! 常に強気の先制こそが勝利を呼び込む最短の策、それは先生家業においても同じはずだ、先制だけに」
「上手くねぇよ! 大体なんで世界史の教員なのさ!」
「カエサルやナポレオンと親しくしているのを知られたらそうなった」
「んな……」
どうもこの二人、エインヘリャルとしてヴァルハラに招かれていたそうなのだ。ならそれを活かして授業しろやと思う浩二だった。
「な、なら教員免許はどうなんだ」
「面接の際、「この学校の生徒が死にたくなければ私を採用しろ」と語ったら免許不問の一発合格だったぞ」
「自己PRがまんまテロリストじゃねぇか!」
琴音の想像以上に過激な手段であった。
こんなんが先生やってて大丈夫なわけがない、問題ばかりが湧き出てくる。お先真っ暗、困難しか見えてこなかった。
「ばるきりーさんって強いんだねぇ」
「いやその前に言う事ないかな琴音」
「それほどでもあるぞ。なにせ私は誇り高きヴァルキュリア軍のエリートなのだから!」
「だったらおとなしく治安維持活動に従事しろよ生体核爆弾!」
「ではそうしよう」
「極端だなおい!? ちょっと待てや!」
マジで帰ろうとしたばるきりーさんを浩二は急いで止めた。
ばるきりーさん以外のヴァルキュリア軍は世界の警察や軍と連携して各国の治安維持を行っていたりする。彼女のやっている事はある種間逆な事だけど。
「それより二人とも、そろそろその「ばるきりーさん」と言う呼び方はやめてもらわないか? というかなんでばるきりーさん?」
「いやだって、言いづらいじゃんあんたの本名。ワルキューレってヴァルキリーともいうだろ? だったらばるきりーさんって呼び名の方が言いやすいしさ」
「むぅ、言いづらい名前とは失礼だな」
ばるきりーさんは不服そうに頬を膨らませた。
「私にはラーズグリーズという、「計画を壊す者」を冠する名があるのだ。呼ぶならば誇り高き真名にて願いたい」
「てめーにゃあだ名で充分だ実写版中二病」
浩二にそう言われ、ばるきりーさんはまた頬を膨らませ、しゃがみこんだ。
「……やーだなー……ばるきりーさんなんて名前やーだなー……」
「めんどくさっ」
足元で「の」の字を描いて拗ねるワルキューレの姿はややシュールだ。
「でもでも、あだ名がつくのは悪い事じゃないんだよ」
そんな面倒くさいワルキューレ先生に、琴音は優しい手を差し伸べた。
「あだ名がつく先生ってね、皆から親しまれてる証拠なんだよ。嫌な先生にはあだ名なんて皆つけないし、つけても影で悪口として呼ばれちゃうんだ」
「む? むぅ……む?」
いまいちピンときていないようで、ばるきりーさんは首を傾げていた。
まぁ……なんというか、いろんな意味で親しまれているのは確かっちゃ確かでもある。現時点で教職をしている伝説の存在はこのラーズグリーズただ一人で、世間から見ればとても珍しい事例だし。なにせこの先生が赴任すると聞いてテレビや新聞の取材が来るくらいなのだから。
ただし、別の言葉で言い換えれば、客寄せパンダでしかないのでもあるが。
「だからさ、あだ名がつくのって本当なら喜ぶべき事だよ。私も先生のあだ名好きだし、ばるきりーさんにも気に入ってもらいたいな」
「しかしなぁ……私の名前は君主より賜った偉大なる物である故……」
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「それじゃあこう考えよっ。ばるきりーさんってあだ名は、生徒から賜った偉大な物だよ! うん、そうだよきっと!」
「……偉大な物?」
「うんそう! ねっこうちゃん」
突然話を振られ、浩二は言葉に迷った。琴音からは「話を合わせてね」と無言の懇願が来ている。出来れば無視したいのだが、琴音も琴音で無視すると落ち込む面倒くさい女なのだ。
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「……いいだろう。一旦そう思うことにしようではないか」
簡単に飲み込んで、あっさりと気分を復活させた。この切り替えのよさは戦場に立つ者ゆえのメンタルなのか、それとも単なるアホなのか。浩二は即決で後者だと判断した。
「それで、浩二よ。質問はそれだけか? 他に聞きたい事があればなんでも聞くがいい!」
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鮮魚みたいに目を輝かせたばるきりーさんに対し、浩二は死んだ魚のような目で返した。
「え? 終わり? もう?」
「いやだって、聞きたい事聞けたし、ツッコミ所まみれでお腹いっぱいだしで、もう勘弁」
んだらば、ばるきりーさんは一気に落胆したご様子である。浩二に構われたのがよっぽど嬉しかったのかもしれない。
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「い、いやあるはずだろう? たとえば私の戦歴とか、戦績とか、あと戦術とか戦法とか作戦とか! 折角の機会なんだし聞いていっても」
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ずがーん! ばるきりーさんからそんな音楽が聞こえた気がした。硬直して凍りついた表情はベートーベンの「運命」が流れるほどの悲壮感を漂わせ、その顔のままストーンっと膝から落っこちて石化してしまった。
人間に邪険に扱われただけでこれとは、本当に戦乙女か疑わしいレベルの和紙メンタルだ。この人ホントにただのアホなのかもしれない。
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「……もらおうか」
威厳もなんもない抜け殻みたいなワルキューレに、琴音はせっせと施しを与えていた。ばるきりーさんには、琴音がジャンヌダルクかなんかに見えている事だろう。相当大げさなことこの上ないけど。
「く、くそぅ……浩二よ、今日のところは言われたとおり帰ってやる。しかし覚えているがいい! いつか必ず私の名が脳裏から離れぬほどの偉業を打ち立てて……」
「いや帰るなよ仕事しろ仕事。あと床ちゃんと直しとけ」
いちいち極端な教師に頭痛を覚え始めた浩二であった。あと捨て台詞が小物臭い。この人本当にワルキューレなんだろか。
ばるきりーさんはうぐっと言葉に詰まってから、大人しく破片をかき集め、床を直しながら職員室に帰っていった。
この人、本当にワルキューレなのであろうか?
「なんなんだあいつ……」
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