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4話 はた迷惑な家庭訪問。
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帰宅した浩二は、なんとなくラインを確認した。今のところ、誰からもトークが来ていない。
両親の画面を見ても、一週間前に送ったメッセージは、まだ未読のままだった。
「ま、期待して無いけどさ」
リビングに鞄を投げ捨て、浩二はカレンダーにバツ印をつけた。
浩二の両親は海外で活躍するビジネスマンだ。最後に話をしたのは、半年前だっただろうか。今はどこをほっつき歩いているのか、想像もつかない。
もういつもの事だから、浩二は何も思わない。二人に対する感情は、非常に希薄な物だ。
まだ痛む肩に氷嚢を当て、浩二はばるきりーさんの起こした惨状を思い返した。
確かに助けてくれはしたが……あのワルキューレは、琴音が居た事に気付かなかったのだろうか。それだけじゃない、あの住宅街には自分の学校の生徒が多く住んでいる。奴は教師であるにも関わらず、生徒の住む場所をめちゃくちゃに壊しやがったのだ。
「……大人に期待するほうがおかしいか」
浩二は腕を動かした。多少痛むが、どうにか支障は無さそうだ。
嘆息し、浩二はテレビ台に飾ってある写真に目をやった。
小さな頃、近所の幼なじみ連中と撮った写真だ。そこに居るのは浩二と琴音と、もう一人の少女だ。
浩二はその少女を見つめ、奥歯を噛み締めた。ばるきりーさんのせいで、昔の事が鮮明に蘇ってくる。あんな奴が担任をしているなんて、考えるだけでも虫唾が走った。
「そうだ……」
浩二は思い立ち、スマホを出した。怒って帰ってしまったけど、琴音をほったらかしにしてしまった。
あいつ、大丈夫かな。あれだけ恐い目に遭って……いかれた巨人に絡まれるなんて、心に傷がついていてもおかしくない。
「これくらいしか出来ないけど」
せめて声はかけなければ。何もできず後悔するなんて、もうごめんだ。
浩二は幼なじみを救うべく通話を開始した。きっと落ち込んで、元気も失っていることだろう……。
「あ、やっほーこうちゃんアイラビュー!」
んでもって声を聞いた瞬間、直立不動の姿勢でどごんっと真後ろに倒れる浩二であった。
「なんでめっちゃ元気なんお前!?」
「えぇー? 元気ないほうがいいのぉー?」
「そうじゃないけどテンションが鬱陶しいんだよ! 何? カンフル剤でも脳みそに直射したのかてめー!」
心配していた分、思いっきり損した浩二である。想像を一周した元気さ加減に、さっきまでの薄ら暗い空気が木っ端微塵にぶち壊された。
「お前なぁ、さっき巨人に襲われて恐い思いしただろ? よくそんな元気で居られるな?」
「心配して電話してくれたんだ。やっぱ口は悪いけど優しいよね、こうちゃん」
「それ貶してんの、褒めてんの?」
「両方」
「おい」
ドスを利かせるも、琴音は全然意に介さない。むかっと来る反面、いつも通りで安心できた。
ただ……ちょーっと気になる点が。かっ飛んだブースト状態の琴音は何度も目にしている。誰かに頼られた時、そんな時、琴音は無駄に暴走してしまうのだ。
そしてその暴走状態のツケを支払う事になるのが、何を隠そう浩二なのだ。
「琴音。誰のおせっかいを焼いたんだ?」
「……秘密」
「言え」
「ヤダ」
よどみの無い即答だった。それだけで浩二は理解した。
こいつ、絶対俺に飛び火が来るタイプのおせっかいを焼いていると。
「琴音、一たす一は?」
「え? 二でしょ?」
「誕生日は?」
「七月七日」
「今居る場所は?」
「お家」
「名前は?」
「水橋琴音」
「違う違う。さっきまで一緒に部屋に居た人の」
「ばるきりーさんだけど……あ!」
単純な誘導尋問に引っかかり、琴音は電話越しにも分かるくらい動揺した。
「ちょっ……卑怯だ卑怯! ひきょーもの!」
「かかる方が悪い。てかお前、何もされなかったか!? あのアホ家に連れ込んでなんとも無いわけ無いだろうに!」
別件の心配に浩二の不安が急上昇、でもって無言でシラをきろうとする琴音。この無言で察せるのが幼なじみというやつで。
「……なんかあったんだな。なんかあったんだろ!」
「何にもないよ。むしろしたっていうか」
「考えうる限りの最悪の返答ありがとう」
つまりこうか。琴音はばるきりーさんに頼られ、そのまま変な事を吹き込んだと。それを察するなり、浩二は受難の風が吹き込んだのを感じた。
「何をした? 何を言った? それ確実に俺関連だよな? うぬぼれじゃなく確信を持って聞けるぞおい!」
「う、うぬぼれる浩二は嫌いじゃなくってよ!」
「何キャラだおめーは!」
「え……あ! ば、バイトの時間だ! じゃーねー!」
「江頭みたいな逃げ方すんな! こら待て!」
残念、琴音は通話をぶっちぎって逃げ出した。
ツーツー呻るスマホを耳元から離し、浩二は青ざめた。
あの羅針盤が狂ったお節介の事だ。確実にばるきりーさんに余計な物を伝授したに決まっている。誓いたくないが神に誓って間違いない。ワルキューレって一応下級の女神なので。
「な、何をする気なんだあいつ……」
猛烈に嫌な予感がした。あの先生の行動力は常軌を逸している。今頃こっちに向かってきているに決まっている!
そいでもって浩二の予感は、
「わーたーしーがー! キターーーーーーーーーーーー!」
窓ガラスに直撃したばるきりーさんのごとく的中した!
窓を割って入ったばるきりーさんは隕石に乗り、スーパーボールみたく室内を跳ね回り、薬をキメたかのようなテンションではしゃぎまわっている。うん、琴音のテンションが伝染しているのが丸分かりだ。
浩二はピキピキッと青筋を立てつつ、フライパンを手に取った。
「人ん家に何特攻してんだゴリラ女ぁ!」
跳ね回るばるきりーさんにスマッシュ一閃! ばるきりーさんをお外へかっ飛ばした!
「なんって迷惑な突入を試みてんだコラぁ! ワルキューレの辞書に迷惑って単語は」
「残念だったな。私はここだ」
背後から声をかけられ、浩二は振り向いた。そこにはたたき出したはずのばるきりーさんが、車田〇美の画風で鳳凰座のお兄さんみたいに仁王立ちしていた。
「え!? あれ!?」
「ご苦労、パリカー」
画風を元に戻したばるきりーさんは、窓の外に手を振った。そこには隕石を担いだ、古典的な魔女の格好をした芋っぽい女の子がたんこぶさすをさすって会釈をする姿が。
「……パリカー?」
「ゾロアスターの魔女でな、隕石に乗って迷惑な登場をするのが特技なのだ。ノック代わりに私に化けて突入させ、その隙に玄関から私が入ったという寸法だ」
「回りくどい!」
なら普通にノックしろや。浩二でなくてもそう思うダイナミックなおじゃましますだった。
「まぁとにかく、邪魔するぞ、浩二」
ばるきりーさんはパリカーを見送ってから、魔法で窓を元に戻した。マジで回りくどいが、何がしたいのこの先生。
浩二はイラつきながらも、一応客なのでお茶を用意した。勿論渡す時は湯飲みをテーブルにハンマーパンチでたたきつけるのを忘れない。
「んで、何の用だ。それ飲んだらさっさと帰れよ」
「うむ。ではそうしよう」
言われたとおり、ばるきりーさんはさっと飲んで席を立とうとした。
「いや帰るなや! マジで何しに来たのあんた!」
「だって君が帰れって言うから……」
「乙女かっ! あ、乙女だった……」
繰り返すが、ワルキューレは戦「乙女」である。
「とにかく、何の用だよ。まずは用件から言え用件から」
「うむ。フレースヴェルグの件の後、私は琴音に教師とはなんぞやと言うのをレクチャーしてもらったのだ」
よりによって最悪の即答だ。多分あの訪問、琴音の家で読んだ漫画に影響されたのだろう。一体奴はなんのレクチャーを施したんだ。
「私は戦士としては熟練だが、教師としては新米だ。故に至らぬ点が多すぎる。だからこそ、全部は出来なくとも、一つずつ自分に出来る事をしていこうと思ってな。そこでまず、琴音に言われた課題を片付けようと至ったのだ」
「……意外とまとも」
琴音のアドバイスにしてはえらく普通である。行動の是非は決してまともじゃないが。
「で……その課題ってなんだよ」
「それは、生徒を知る事だ」
ばるきりーさんはまっすぐな瞳で見つめた。
「君を助けた時、私は怒られた。その理由が未だに掴めずにいるのだ。それを琴音に話したら、浩二をもっと知るようにアドバイスを受けてな」
「なら先に琴音につけばよかったんじゃないのか?」
「いいや、君が先だ」
ばるきりーさんは即答した。
「君は私に言ったな。戦士であって、教師ではないと。その言葉が、未だに頭を離れんのだ。そしてそう言われたからには、真っ先に君に認めてもらいたい。そう強く思うのだ」
「……で?」
「そこで、この家庭訪問という奴だ。教師はこれを生徒の理解のためにするものなのだろう?」
ばるきりーさんにしては間違っていない解釈だ。琴音はとりあえず、それなりのレクチャーを施したようである。ただし、この馬鹿をけしかけた事はあとでしっかり説教して、しかるべきお仕置きをしなければ。
「浩二、話してくれるか? 君の事を。なぜ怒ったのかを」
「断る」
浩二は首を振った。
「話す理由が無いし、そのつもりもない。理解なんてしてもらわなくていい。大体なんであんたにそんな事を話さなきゃならないんだよ」
「それは私が」
「教師だからって何していい理由にはならない。大体信頼も何もない奴に、はいそうですかと自分の事を話す奴がいるか?」
「う……居ないな……」
「なら分かるだろ。俺はあんたと話す気は無い。必要以上に、人の領域に入ろうとするな!」
浩二は怒鳴り、ばるきりーさんを拒絶した。
強い拒絶を受け、ばるきりーさんはしゅんと縮こまった。互いに黙ったまま時間が過ぎ、埒が明かないと浩二はため息をついた。
「……とりあえず、もう帰れ。これ以上居たって、俺は何も話さないからな」
「……分かった。ではまた明日も来る」
ばるきりーさんはすごすごと立ち上がり、浩二も玄関まで見送った。
何度食い下がろうと、浩二は話すつもりなど無い。相手がワルキューレだろうがなんだろうが、こればかりは譲らない。
大人なんて、誰も頼りにならないのだから。
「それでは浩二、また明日、朝七時にな」
「おう」
浩二は憮然とした態度で返し、ばるきりーさんに背を向けた。
また明日、会うと思うと気がめいる。なんだって大嫌いな馬鹿とそんな朝から一緒に……。
「って待てぃ!」
あまりに不自然すぎる流れにようやく浩二は踏みとどまった。ばるきりーさんは悪人面で舌打ちした。
「くそ、もう少しだったのに」
「何をした? なんで俺は明日会うこと前提で話を進めた? 何しやがったモルドレット!」
「判断が狂うようパニックの魔法を使っただけだ、私は悪くヌェー」
「開き直るな!」
浩二は完全に魔法を振り切っていた。琴音も大概だが、この男も中々骨太メンタルである。
「兎にも角にも、私は来るぞ、絶対来るぞ、ほら……来るぞ。君を理解しきるまで、私は必ず来てやるぞ!」
「どうでもいいからさっさと帰れやコンチクショー!」
ピラニアのごとき食い付きを続けるばるきりーさんに、浩二は渾身のドロップキックをぶちかましてたたき出したのだった。
両親の画面を見ても、一週間前に送ったメッセージは、まだ未読のままだった。
「ま、期待して無いけどさ」
リビングに鞄を投げ捨て、浩二はカレンダーにバツ印をつけた。
浩二の両親は海外で活躍するビジネスマンだ。最後に話をしたのは、半年前だっただろうか。今はどこをほっつき歩いているのか、想像もつかない。
もういつもの事だから、浩二は何も思わない。二人に対する感情は、非常に希薄な物だ。
まだ痛む肩に氷嚢を当て、浩二はばるきりーさんの起こした惨状を思い返した。
確かに助けてくれはしたが……あのワルキューレは、琴音が居た事に気付かなかったのだろうか。それだけじゃない、あの住宅街には自分の学校の生徒が多く住んでいる。奴は教師であるにも関わらず、生徒の住む場所をめちゃくちゃに壊しやがったのだ。
「……大人に期待するほうがおかしいか」
浩二は腕を動かした。多少痛むが、どうにか支障は無さそうだ。
嘆息し、浩二はテレビ台に飾ってある写真に目をやった。
小さな頃、近所の幼なじみ連中と撮った写真だ。そこに居るのは浩二と琴音と、もう一人の少女だ。
浩二はその少女を見つめ、奥歯を噛み締めた。ばるきりーさんのせいで、昔の事が鮮明に蘇ってくる。あんな奴が担任をしているなんて、考えるだけでも虫唾が走った。
「そうだ……」
浩二は思い立ち、スマホを出した。怒って帰ってしまったけど、琴音をほったらかしにしてしまった。
あいつ、大丈夫かな。あれだけ恐い目に遭って……いかれた巨人に絡まれるなんて、心に傷がついていてもおかしくない。
「これくらいしか出来ないけど」
せめて声はかけなければ。何もできず後悔するなんて、もうごめんだ。
浩二は幼なじみを救うべく通話を開始した。きっと落ち込んで、元気も失っていることだろう……。
「あ、やっほーこうちゃんアイラビュー!」
んでもって声を聞いた瞬間、直立不動の姿勢でどごんっと真後ろに倒れる浩二であった。
「なんでめっちゃ元気なんお前!?」
「えぇー? 元気ないほうがいいのぉー?」
「そうじゃないけどテンションが鬱陶しいんだよ! 何? カンフル剤でも脳みそに直射したのかてめー!」
心配していた分、思いっきり損した浩二である。想像を一周した元気さ加減に、さっきまでの薄ら暗い空気が木っ端微塵にぶち壊された。
「お前なぁ、さっき巨人に襲われて恐い思いしただろ? よくそんな元気で居られるな?」
「心配して電話してくれたんだ。やっぱ口は悪いけど優しいよね、こうちゃん」
「それ貶してんの、褒めてんの?」
「両方」
「おい」
ドスを利かせるも、琴音は全然意に介さない。むかっと来る反面、いつも通りで安心できた。
ただ……ちょーっと気になる点が。かっ飛んだブースト状態の琴音は何度も目にしている。誰かに頼られた時、そんな時、琴音は無駄に暴走してしまうのだ。
そしてその暴走状態のツケを支払う事になるのが、何を隠そう浩二なのだ。
「琴音。誰のおせっかいを焼いたんだ?」
「……秘密」
「言え」
「ヤダ」
よどみの無い即答だった。それだけで浩二は理解した。
こいつ、絶対俺に飛び火が来るタイプのおせっかいを焼いていると。
「琴音、一たす一は?」
「え? 二でしょ?」
「誕生日は?」
「七月七日」
「今居る場所は?」
「お家」
「名前は?」
「水橋琴音」
「違う違う。さっきまで一緒に部屋に居た人の」
「ばるきりーさんだけど……あ!」
単純な誘導尋問に引っかかり、琴音は電話越しにも分かるくらい動揺した。
「ちょっ……卑怯だ卑怯! ひきょーもの!」
「かかる方が悪い。てかお前、何もされなかったか!? あのアホ家に連れ込んでなんとも無いわけ無いだろうに!」
別件の心配に浩二の不安が急上昇、でもって無言でシラをきろうとする琴音。この無言で察せるのが幼なじみというやつで。
「……なんかあったんだな。なんかあったんだろ!」
「何にもないよ。むしろしたっていうか」
「考えうる限りの最悪の返答ありがとう」
つまりこうか。琴音はばるきりーさんに頼られ、そのまま変な事を吹き込んだと。それを察するなり、浩二は受難の風が吹き込んだのを感じた。
「何をした? 何を言った? それ確実に俺関連だよな? うぬぼれじゃなく確信を持って聞けるぞおい!」
「う、うぬぼれる浩二は嫌いじゃなくってよ!」
「何キャラだおめーは!」
「え……あ! ば、バイトの時間だ! じゃーねー!」
「江頭みたいな逃げ方すんな! こら待て!」
残念、琴音は通話をぶっちぎって逃げ出した。
ツーツー呻るスマホを耳元から離し、浩二は青ざめた。
あの羅針盤が狂ったお節介の事だ。確実にばるきりーさんに余計な物を伝授したに決まっている。誓いたくないが神に誓って間違いない。ワルキューレって一応下級の女神なので。
「な、何をする気なんだあいつ……」
猛烈に嫌な予感がした。あの先生の行動力は常軌を逸している。今頃こっちに向かってきているに決まっている!
そいでもって浩二の予感は、
「わーたーしーがー! キターーーーーーーーーーーー!」
窓ガラスに直撃したばるきりーさんのごとく的中した!
窓を割って入ったばるきりーさんは隕石に乗り、スーパーボールみたく室内を跳ね回り、薬をキメたかのようなテンションではしゃぎまわっている。うん、琴音のテンションが伝染しているのが丸分かりだ。
浩二はピキピキッと青筋を立てつつ、フライパンを手に取った。
「人ん家に何特攻してんだゴリラ女ぁ!」
跳ね回るばるきりーさんにスマッシュ一閃! ばるきりーさんをお外へかっ飛ばした!
「なんって迷惑な突入を試みてんだコラぁ! ワルキューレの辞書に迷惑って単語は」
「残念だったな。私はここだ」
背後から声をかけられ、浩二は振り向いた。そこにはたたき出したはずのばるきりーさんが、車田〇美の画風で鳳凰座のお兄さんみたいに仁王立ちしていた。
「え!? あれ!?」
「ご苦労、パリカー」
画風を元に戻したばるきりーさんは、窓の外に手を振った。そこには隕石を担いだ、古典的な魔女の格好をした芋っぽい女の子がたんこぶさすをさすって会釈をする姿が。
「……パリカー?」
「ゾロアスターの魔女でな、隕石に乗って迷惑な登場をするのが特技なのだ。ノック代わりに私に化けて突入させ、その隙に玄関から私が入ったという寸法だ」
「回りくどい!」
なら普通にノックしろや。浩二でなくてもそう思うダイナミックなおじゃましますだった。
「まぁとにかく、邪魔するぞ、浩二」
ばるきりーさんはパリカーを見送ってから、魔法で窓を元に戻した。マジで回りくどいが、何がしたいのこの先生。
浩二はイラつきながらも、一応客なのでお茶を用意した。勿論渡す時は湯飲みをテーブルにハンマーパンチでたたきつけるのを忘れない。
「んで、何の用だ。それ飲んだらさっさと帰れよ」
「うむ。ではそうしよう」
言われたとおり、ばるきりーさんはさっと飲んで席を立とうとした。
「いや帰るなや! マジで何しに来たのあんた!」
「だって君が帰れって言うから……」
「乙女かっ! あ、乙女だった……」
繰り返すが、ワルキューレは戦「乙女」である。
「とにかく、何の用だよ。まずは用件から言え用件から」
「うむ。フレースヴェルグの件の後、私は琴音に教師とはなんぞやと言うのをレクチャーしてもらったのだ」
よりによって最悪の即答だ。多分あの訪問、琴音の家で読んだ漫画に影響されたのだろう。一体奴はなんのレクチャーを施したんだ。
「私は戦士としては熟練だが、教師としては新米だ。故に至らぬ点が多すぎる。だからこそ、全部は出来なくとも、一つずつ自分に出来る事をしていこうと思ってな。そこでまず、琴音に言われた課題を片付けようと至ったのだ」
「……意外とまとも」
琴音のアドバイスにしてはえらく普通である。行動の是非は決してまともじゃないが。
「で……その課題ってなんだよ」
「それは、生徒を知る事だ」
ばるきりーさんはまっすぐな瞳で見つめた。
「君を助けた時、私は怒られた。その理由が未だに掴めずにいるのだ。それを琴音に話したら、浩二をもっと知るようにアドバイスを受けてな」
「なら先に琴音につけばよかったんじゃないのか?」
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ばるきりーさんは即答した。
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「……で?」
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ばるきりーさんにしては間違っていない解釈だ。琴音はとりあえず、それなりのレクチャーを施したようである。ただし、この馬鹿をけしかけた事はあとでしっかり説教して、しかるべきお仕置きをしなければ。
「浩二、話してくれるか? 君の事を。なぜ怒ったのかを」
「断る」
浩二は首を振った。
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「う……居ないな……」
「なら分かるだろ。俺はあんたと話す気は無い。必要以上に、人の領域に入ろうとするな!」
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「……とりあえず、もう帰れ。これ以上居たって、俺は何も話さないからな」
「……分かった。ではまた明日も来る」
ばるきりーさんはすごすごと立ち上がり、浩二も玄関まで見送った。
何度食い下がろうと、浩二は話すつもりなど無い。相手がワルキューレだろうがなんだろうが、こればかりは譲らない。
大人なんて、誰も頼りにならないのだから。
「それでは浩二、また明日、朝七時にな」
「おう」
浩二は憮然とした態度で返し、ばるきりーさんに背を向けた。
また明日、会うと思うと気がめいる。なんだって大嫌いな馬鹿とそんな朝から一緒に……。
「って待てぃ!」
あまりに不自然すぎる流れにようやく浩二は踏みとどまった。ばるきりーさんは悪人面で舌打ちした。
「くそ、もう少しだったのに」
「何をした? なんで俺は明日会うこと前提で話を進めた? 何しやがったモルドレット!」
「判断が狂うようパニックの魔法を使っただけだ、私は悪くヌェー」
「開き直るな!」
浩二は完全に魔法を振り切っていた。琴音も大概だが、この男も中々骨太メンタルである。
「兎にも角にも、私は来るぞ、絶対来るぞ、ほら……来るぞ。君を理解しきるまで、私は必ず来てやるぞ!」
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