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5話 教師としての自覚
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浩二に追い出されたラーズグリーズは、ひりひりする背中をさすりながら、フレースヴェルグの暴れた住宅街に向かっていた。
しかし、いいキックだった。フライパンスマッシュも美しいフォームで惚れ惚れする。彼は中々戦士としての才能があるらしい。あと十年もしたらエインヘリャルとしてヴァルハラに招きたいくらいだ。
彼だけでなく、あの学校には素質のある者が多く居る。もし彼らを鍛え上げれば、素晴らしい戦力になるだろう。
「主様は、それを見越して私を向かわせたのだろうか……」
ラーズグリーズは顎に手を当てた。教師になりたいと君主に訴えた時、なぜか君主は、櫻田高校を指名して向かわせたのだ。そしてこう命じられた、「室井浩二を守れ」と。
残念ながら、それ以上の指示は受けていないから、真意は分からない。再度指示を仰ぎたくとも、君主の状態では無理だ。なにせ、会話すら困難な状況だから。
それはさておき、住宅地に着いたラーズグリーズは、左手に魔力を集中させた。
フレースヴェルグの襲撃について、少し調べたい事がある。あの類の洗脳術は、ラーズグリーズの居た世界の物と同じだ。浩二と琴音に巨人をけしかけたのは、同じ世界の狢である可能性が高いのだ。
些細な事のはずなのに、ラーズグリーズの勘が警鐘を鳴らし、時間が経つにつれて大きくなっていく。この案件は、放置してはならないような気がした。
「むんっ!」
魔力の塊を地面に叩きつけるなり、ラーズグリーズを中心に透明なドームが展開した。このドーム内なら、かすかな魔力の残渣も辿れるのだが。
「……掠りもしないか」
ラーズグリーズは眉間に皺を寄せた。ラーズグリーズは超一流の魔術師でもある。そんな者に残渣を出さないよう術をかけられる相手など、そうそう居ない。
つまりあの襲撃は、高位の者が起こした、意図的な犯行だ。それも殺意がこもっている辺り、邪神に該当する者である危険が高い。放置していたら、将来的に大きな障害へ発展する恐れがあるだろう。未然に摘み取っておく必要がありそうだ。
「ふむ……となると……」
浩二と琴音を餌にして、誘い込んでみるのが有効だろう。手の込み方を考えても、もう一度二人が襲われる可能性はある。炙り出すのに一番手っ取り早い方法だ。
「彼らにしても、名誉な事だろう」
このラーズグリーズの力になれるのだ、誇りに思うがいい。
『あんたは結局戦士なんだな』
突然、浩二の言葉がフラッシュバックした。ラーズグリーズは反射的に目元を手で覆い、息を呑んだ。
「……なぜ急に、思い出す」
ラーズグリーズは目を瞬いた。
そう、自分は戦士だ。生まれた時からずっと、主の下で戦い続けた歴戦の勇将である。しかし今は違う。ラーズグリーズではなくばるきりーさんとして、教師になろうとしていた。
戦士としては正しい考えかもしれない。しかし教師としては間違った判断だと、浩二の言葉が告げてきている。
「……教師とは、なんだ?」
人間だけが就く、教師という存在。神ですら、教師になろうとはしない。戦士とは違う、全く別の存在。人だけが求める、大きな存在。考えても考えても、答えは見えてこない。
人間を見ていて、ずっと疑問だった。人間は誰も彼もが教師を求めている。子供は勿論、大人ですら、自身を導く教師を欲しがっているのだ。
なぜ人はそうまで教師を求める。教師に何を望んでいる。考えれば考えるほど、疑問は膨らむばかり。人間にとって、神よりも高位となりうる存在だからこそ、ラーズグリーズは教師に興味を持ち、就こうと思った。教師を通して人が求める物を、突きとめるために。
腕を組み、ラーズグリーズは微笑んだ。
「人間はやはり、面白い」
ならば紐解いてやろうではないか。人が求める物とやらを。
そして守ろう。戦士ではなく、教師として、二人の生徒を。
ラーズグリーズは飛翔し、人間界の空に消えていった。
◇◇◇
ラーズグリーズが去った後、暗い影が、物陰から現れた。
輪郭がはっきりせず、悪魔なのか、天使なのかも判別できないそれは、ゆっくりと道の真ん中に歩んでいった。
その影に、近づく人間が二人居た。どちらも櫻田高校の制服を着た女子生徒であり、部活帰りなのか、ややくたびれた様子だった。
二人の生徒は影に接近し、真正面からぶつかって、すり抜けた。実体を持たぬ影に気付く事無く素通りし、帰路についている。
今この影は、誰にも見えていないのだ。
『ヴァル、キュ、リア、ラーズ、グリー、ズか』
掠れるような、しわがれ声を出し、影はラーズグリーズを目で追った。
『まだ、力が、戻らぬ、以上、危険な、障害、だな……』
影は試しに、先ほど通り抜けた、二人の人間に魔力を向けてみた。
フレースヴェルグにかけたのと同様の洗脳術だが、まるで効果がない。どうやらこの状態では、魔術は一日一回が限界のようだ。
もっと、時間が必要だ。これでは「あの槍」に触れた瞬間、体が四散しかねない。血肉も魂も無い抜け殻では、今度こそ消え去ってしまう。
幸い、魔力は少しずつ回復してきている。焦る必要はない、力が戻るまで待つのだ。
今日は引くべきだ。ヴァルキュリア軍が誇る最強格の戦士、ラーズグリーズが近くに居る以上、迂闊な行動は命取りになる。奴は計画を壊す者だ。奴を刺激するのは、己の計画を破壊するに等しい。
『必ず、取り戻す、吾の、魂、血、肉、を』
失ってしまった自分の全てを、もう一度取り戻す。そしてまた再び、狂乱に満ちた時へ身を投じ、吾が心を満たすのだ。
揺らいだ影が、風に流れ消えていった。
しかし、いいキックだった。フライパンスマッシュも美しいフォームで惚れ惚れする。彼は中々戦士としての才能があるらしい。あと十年もしたらエインヘリャルとしてヴァルハラに招きたいくらいだ。
彼だけでなく、あの学校には素質のある者が多く居る。もし彼らを鍛え上げれば、素晴らしい戦力になるだろう。
「主様は、それを見越して私を向かわせたのだろうか……」
ラーズグリーズは顎に手を当てた。教師になりたいと君主に訴えた時、なぜか君主は、櫻田高校を指名して向かわせたのだ。そしてこう命じられた、「室井浩二を守れ」と。
残念ながら、それ以上の指示は受けていないから、真意は分からない。再度指示を仰ぎたくとも、君主の状態では無理だ。なにせ、会話すら困難な状況だから。
それはさておき、住宅地に着いたラーズグリーズは、左手に魔力を集中させた。
フレースヴェルグの襲撃について、少し調べたい事がある。あの類の洗脳術は、ラーズグリーズの居た世界の物と同じだ。浩二と琴音に巨人をけしかけたのは、同じ世界の狢である可能性が高いのだ。
些細な事のはずなのに、ラーズグリーズの勘が警鐘を鳴らし、時間が経つにつれて大きくなっていく。この案件は、放置してはならないような気がした。
「むんっ!」
魔力の塊を地面に叩きつけるなり、ラーズグリーズを中心に透明なドームが展開した。このドーム内なら、かすかな魔力の残渣も辿れるのだが。
「……掠りもしないか」
ラーズグリーズは眉間に皺を寄せた。ラーズグリーズは超一流の魔術師でもある。そんな者に残渣を出さないよう術をかけられる相手など、そうそう居ない。
つまりあの襲撃は、高位の者が起こした、意図的な犯行だ。それも殺意がこもっている辺り、邪神に該当する者である危険が高い。放置していたら、将来的に大きな障害へ発展する恐れがあるだろう。未然に摘み取っておく必要がありそうだ。
「ふむ……となると……」
浩二と琴音を餌にして、誘い込んでみるのが有効だろう。手の込み方を考えても、もう一度二人が襲われる可能性はある。炙り出すのに一番手っ取り早い方法だ。
「彼らにしても、名誉な事だろう」
このラーズグリーズの力になれるのだ、誇りに思うがいい。
『あんたは結局戦士なんだな』
突然、浩二の言葉がフラッシュバックした。ラーズグリーズは反射的に目元を手で覆い、息を呑んだ。
「……なぜ急に、思い出す」
ラーズグリーズは目を瞬いた。
そう、自分は戦士だ。生まれた時からずっと、主の下で戦い続けた歴戦の勇将である。しかし今は違う。ラーズグリーズではなくばるきりーさんとして、教師になろうとしていた。
戦士としては正しい考えかもしれない。しかし教師としては間違った判断だと、浩二の言葉が告げてきている。
「……教師とは、なんだ?」
人間だけが就く、教師という存在。神ですら、教師になろうとはしない。戦士とは違う、全く別の存在。人だけが求める、大きな存在。考えても考えても、答えは見えてこない。
人間を見ていて、ずっと疑問だった。人間は誰も彼もが教師を求めている。子供は勿論、大人ですら、自身を導く教師を欲しがっているのだ。
なぜ人はそうまで教師を求める。教師に何を望んでいる。考えれば考えるほど、疑問は膨らむばかり。人間にとって、神よりも高位となりうる存在だからこそ、ラーズグリーズは教師に興味を持ち、就こうと思った。教師を通して人が求める物を、突きとめるために。
腕を組み、ラーズグリーズは微笑んだ。
「人間はやはり、面白い」
ならば紐解いてやろうではないか。人が求める物とやらを。
そして守ろう。戦士ではなく、教師として、二人の生徒を。
ラーズグリーズは飛翔し、人間界の空に消えていった。
◇◇◇
ラーズグリーズが去った後、暗い影が、物陰から現れた。
輪郭がはっきりせず、悪魔なのか、天使なのかも判別できないそれは、ゆっくりと道の真ん中に歩んでいった。
その影に、近づく人間が二人居た。どちらも櫻田高校の制服を着た女子生徒であり、部活帰りなのか、ややくたびれた様子だった。
二人の生徒は影に接近し、真正面からぶつかって、すり抜けた。実体を持たぬ影に気付く事無く素通りし、帰路についている。
今この影は、誰にも見えていないのだ。
『ヴァル、キュ、リア、ラーズ、グリー、ズか』
掠れるような、しわがれ声を出し、影はラーズグリーズを目で追った。
『まだ、力が、戻らぬ、以上、危険な、障害、だな……』
影は試しに、先ほど通り抜けた、二人の人間に魔力を向けてみた。
フレースヴェルグにかけたのと同様の洗脳術だが、まるで効果がない。どうやらこの状態では、魔術は一日一回が限界のようだ。
もっと、時間が必要だ。これでは「あの槍」に触れた瞬間、体が四散しかねない。血肉も魂も無い抜け殻では、今度こそ消え去ってしまう。
幸い、魔力は少しずつ回復してきている。焦る必要はない、力が戻るまで待つのだ。
今日は引くべきだ。ヴァルキュリア軍が誇る最強格の戦士、ラーズグリーズが近くに居る以上、迂闊な行動は命取りになる。奴は計画を壊す者だ。奴を刺激するのは、己の計画を破壊するに等しい。
『必ず、取り戻す、吾の、魂、血、肉、を』
失ってしまった自分の全てを、もう一度取り戻す。そしてまた再び、狂乱に満ちた時へ身を投じ、吾が心を満たすのだ。
揺らいだ影が、風に流れ消えていった。
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