もしも北欧神話のワルキューレが、男子高校生の担任の先生になったら。

歩く、歩く。

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6話 爽やかな目覚め……?

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 浩二は暗い場所に立っていた。何も見えず、何も聞こえず、何も感じられない、深い闇だ。
 驚きはしない、浩二はこれが夢だと分かっているから。時々見る、嫌な夢だ。
 浩二は口に出さず、闇に隠れている少女を呼んだ。
 少女はいつも、すぐに出て来る。暗がりからふらりと現れた少女は、ボロボロの服を着て、生傷だらけの体を引き摺って、落ち窪んだ目で浩二を見上げていた。

 当時と変わらない、痛痛しい姿だ。手を伸ばし、助けようにも、この中では浩二は無力だ。少女を助ける事は出来ず、ただ見ているだけしかできない。
 手の届く場所に居るのに……今の俺なら、助けられるのに……浩二は拳を硬く握り締め、唇を噛み締めた。

「天木……」

 搾り出すように呼びかけると、少女はいずこへと去っていく。そこでようやく浩二は動けるのだが、その頃には、助けるべき少女はどこにも居なくなっていた。
 浩二は俯いた。またしても助けられなかった。あいつは一体、いつになったら助けられるんだ。ずっとあいつの、悲しい姿を見続けなければならないのか。

「誰か……助けてくれ……」

 堪えきれぬほどの後悔の念が押し寄せ、浩二は涙した。俺はいつまであいつを放っておけばいい、守れなかった少女に、これ以上悲しい思いなんか、させたくない。

「……くそっ……くそ……くそぉ……」

 浩二は己を殴りつけた。こんな事をしても何も晴れないのは分かっているが、こうでもしないと落ち着けないのだ。
 早く覚めろ。こんな夢、早く覚めちまえ!
 すると浩二の念に呼応するかのように、意識が急浮上を始めて、そして……。

    ◇◇◇

 がっぷりとでかい犬にかぶりつかれた状態で、浩二はなんともぬるっとした起床をしたのであった。
 ぬるっとだけならまだマシである。ぬるっに加えてぬめっとぐちょっとねちょっが一度にまとわり、芳しくも生臭い香りが鼻腔を突き抜ける。爽快な不快感に浩二はピキキッと青筋を立てた。

「くらぁ!」

 一気に目覚めた浩二は齧りついている口をこじ開けて、謎の犬っころから脱出した。
 その犬っころ、ただの犬ではない。三つ首ジャーマンシェパードこと、地獄の番犬ケルベロスだ。泣く子も黙る強面お犬様である。
 でもってケルベロスはにこやかに前足を上げ、浩二に爽やかなモーニングコールを。

「Good Morning everyワンッ!?」

 したところで浩二のワンダフルな飛び蹴りが地獄のワン公の睾丸に直撃! 語尾で思わず地がでちゃって、地獄の番犬が地獄の痛苦に悶絶した。

「寝覚めに何寒いダジャレかましてんだワン公。広東州に輸出して鍋の具にすんぞ、あぁん?」

 浩二の顔は、ケルベロスですら子犬のごとく縮み上がる剣幕だった。後日、ケルベロスは犬カフェの看板メス犬にそう話したそうな。
 尻尾を巻いて逃げ出した犬(職業:地獄の門番)を追いかけ、浩二はリビングに向かった。
 朝から召喚術を駆使した嫌がらせの出来るアンポンタンなどたった一人しかいない。つか昨日来るとか宣言してたから考える必要もないのだけど。

「……朝っぱらから何してんだクレイジーワルキューレっ!」

 悪夢とケルベロスのコラボレーションで朝から絶賛ド怒り中の浩二がリビングに飛び込むなり、彼の目に映ったのは、

「やぁおはよう浩二! 気持ちいい朝だな」

 ケルベロスを撫でながら、台所で寸胴を前に料理する、割烹着姿のばるきりーさんであった。
 朝から繰り広げられる吉本新喜劇のコントのような展開に浩二は言葉が見当たらず、ツッコミ所のオンパレードで毒気が残らず抜けてしまった。

「どうだ浩二、琴音からフルハウスを全話見せてもらって参考にしてみたぞ。元気は出たか?」
「……ああそうだな、出たというか、搾り出されたと言うか……」

 まず浩二は、ケルベロスに対するクレームを申し立てた。

「……なんでケルベロスにモーニングコールをまかせやがった?」
「アメリカじゃ大型犬に顔を舐められて起きるのがセオリーなのだろう?」
「自由の国であんなフランクかつ猟奇的な早上好が日常になってたまるか」

 これなら土佐犬に齧られた方がまだ平和的である。
 浩二からのクレームに対し、ばるきりーさんは演技臭く肩を竦めた。

「とにかく落ち着きなさいよディラン、朝から怒っても疲れるだけよ」
「わかったわかった、悪かったな許してくれキャサリンってビバリーヒルズかっ!」

 あまりに見事なばるきりーさんの演技に思わずつられた浩二である。

「ともかく着替えて座れ浩二。折角朝食を作ったのだ、登校前に食べて行け」

 ばるきりーさんが指を鳴らすなり、浩二は瞬時に制服姿へ変わってしまった。寝癖も整えられているサービス付き。このワルキューレ、魔法の使い方が無駄に秀逸すぎる。
 ばるきりーさんに押されるがまま着席し、浩二は仕方なく相伴に預かる事にした。食事で篭絡するつもりだろうが、この手の展開は大抵料理下手なのがセオリーだ。期待は出来ない。

「ほら、食べてみろ」

 そう思っていた浩二だが、ばるきりーさんが振舞ったのは……いい香りのする黒パンと、香辛料が食欲をくすぐるスープだった。ご丁寧に卵サラダとデザートのヨーグルトまでついている。

 予想外のフルコースに目を瞬き、浩二は驚いた。ばるきりーさんは天狗の鼻でふんぞり返り、

「こう見えて、料理は得意なのだ」
「お、おお……珍しく文句が言えねぇ……」

 思わぬ特技であるが、問題は味だ。浩二は恐る恐るスープを口にした。
 どうせ見掛け倒しだろうと思ったのだが、ところがぎっちょん、これが美味い。
 豊かな風味とコクある旨味が浩二の味覚をホールド・ミー、舌に広がる醍醐味は、体喜ぶ至福の極み! 心の底から湧き上がる、未知の力にエンジョイ・ミー!
 とまぁ、こんな感想が出て来るほどのヘヴン状態に浩二は陥っていた。

「な、なんのスープこれ」

 気がつきゃ綺麗に完食し、ついついおかわりしてしまったスープを示し、浩二は尋ねた。
 ばるきりーさんはそりゃもう嬉しそうに答えてくれた。

「ヤマタノオロチと樹木子を使った和風スープだ、力がでるぞ。しかも卵サラダにはコカトリスのゆで卵を使ったぞ」
「ぶふぅっ!?」

 直後に浩二はコンスタントに噴出した!

「なんつーもん食わせてんだ! 樹木子って死人の血で生きてる木の妖怪じゃねーか!」
「安心しろ、吸ったのは人間ではなく餓鬼の血だ」
「余計に嫌だわそんなもん! おまけにコカトリスってゴーゴンみたいに石化の魔法が使える怪鳥だろ、そんな奴の卵食って大丈夫なのか!?」
「食べ過ぎると尿結石が出来るが、一個なら問題ない。あとヤマタノオロチはスサノオノミコトが飼育した養殖物だ、産地直送の信頼ある品だから味は確かだぞ」
「自分がはっ倒したとんでもないので商売してんな我が国の神様!」

 オーストラリアのタスマニアにて大量生産しているとかなんとか。それはともかく、朝から凄まじいモンを提供してくれたばるきりーさんに、浩二は堪忍袋の緒が切れかけていた。

「頭いてぇ……わりと深刻なレベルでいてぇ……」
「む! それはいかんぞ浩二! 突然の頭痛は脳卒中や脳梗塞のリスクがだな!」

 頭痛の原因が偉そうに分析したため、浩二は完っ全にキレた。

「……とっとと出て行けアホンダラぁぁぁぁぁ!」

 ケルベロスもろとも、浩二はばるきりーさんを殴り飛ばし、家から叩き出したのだった。
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