もしも北欧神話のワルキューレが、男子高校生の担任の先生になったら。

歩く、歩く。

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12話 富士リンゴならぬ不死リンゴ

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「あんたなぁ……いい加減にしろよ!」

 地獄のような部活を強制的に終わらせ、浩二はばるきりーさんを正座させていた。
 琴音を除いた部員は木下の誘導で帰り、顧問もいなくなっている。体育館には、三人だけだ。
 もう我慢の限界だった。こいつが来たせいで、何もかもが無茶苦茶だ。勉強も、部活も、全部こいつがぶち壊しにしてしまう。

「お前、何がしたいんだよ? 毎回毎回人を危険な目に合わせて、悪ふざけも大概にしろ!」
「い、いや、私はそんなつもりでは……」
「そんなつもりはなくても迷惑なんだよ! あんたの存在その物が!」

 浩二は言葉をたたきつけた。ばるきりーさんはびくりとし、身を竦めた。

「こうちゃん、ちょっと落ち着いて」

 見かねたのか、琴音が仲裁に入ろうとした。しかし浩二は押しのけた。

「もう一度言うぞ、あんたは教師になんかなれるわけがない。こんだけ騒ぎばっか起こしやがって、人間にとって迷惑な事この上ない奴なんだよ! そんな奴が教師だ? 笑いを取るにしては随分低俗な冗談だな!」
「じょ、冗談では……」

 ばるきりーさんは泣きそうな顔を向けるも、余計に浩二の苛立ちを加速させるだけだった。

「……もういいよ」

 もはや怒鳴る気力すら湧かず、浩二はばるきりーさんをおいて体育館から出た。
 とっとと居なくなればいいんだ、あんな駄目教師は。あんな奴が居たら、命がいくつあっても足りやしない。早く辞めていなくなればいいんだ。
 もう疲れた。とっとと帰ろう。そう思って歩を進めるなり、浩二のつま先に柔らかい毛玉が当たった。

「ん?」

 ふと足元を見ると、なぜかウサギが転がっていた。ただし普通のウサギじゃなかった。体毛は金色に近い黄色で、体も少し大きい。何よりも目を引くのが、額に生えた大きな角だった。
 黒い螺旋状の角で、ドリルのようである。立派な角を持ったウサギと言う事は、こいつも神話の存在なのだろう。
 愛らしさの中に男のロマンを内包したウサギを見て、浩二はつい、少女の顔を思い浮かべた。

「そういや、好きだったっけ。動物……」

 数少ない、少女の笑った記憶が脳裏に浮かぶ。飼育係になって、一生懸命ウサギの世話をしていたんだった。
 懐かしくなり、浩二はウサギに手を伸ばした。ところがウサギは足早に逃げてしまい、角へと消えていった。
 随分臆病だな。そう思ったとき、浩二は背後から気配を感じ、ゆっくりと振り返ってみた。

 そこには、無数のウサギが居た。ずらっと隊列を組んで並び、浩二をつぶらな瞳で見つめている。普通なら可愛らしいと思うべきだろうが、角のせいで全然思えない。更なる視線も感じて周囲を見渡すと、いつの間にかウサギがずらりと浩二を囲み、じぃっと瞳を向けていた。
 なんだ、この異様な様相は。浩二はじりと後ずさりした。それに刺激されたか、ウサギが一斉に角を突きつけた。

「やばっ……!」

 浩二は咄嗟に横へ転がり、間髪入れずにウサギが飛び掛った!
 ウサギの角は鉄柱すら貫き、コンクリートを容易く破砕していた。あんなもん食らったら、体にどでかい風穴が空くだろう。

「な、なんだこいつら!?」

 浩二は手近なロッカーから箒を出し、襲ってくるウサギを叩き落とした。壁を背にして背後を守り、目に付く奴から徹底的に撃退していく。しかし数が多すぎる、裁ききれない!
 休む間もなく飛んでくるウサギを転がり避けて、浩二は火災報知機を探した。
 いくらなんでも数が多すぎる。誰か、助けを呼ばなければ。

 体育館を回りこむように逃げていくと、見つけた。火災報知機だ。浩二は箒を捨て、スイッチを目指した。
 けど来るのか? 助けを呼んでも、こんな殺人ウサギから助けてくれるのか? 大人を呼んだ所で……こんな奴ら、対処できるはずがないじゃないか。
 一瞬の躊躇が、判断力を鈍らせた。するとウサギが火災報知機に飛び掛り、ベルを角で壊してしまった。

「しまっ……!」

 浩二は再びウサギに取り囲まれた。助けを呼ぶ物も、身を守る物もなく、鉄を貫く槍が、一斉に突きつけられた。
 どうすればいい。焦りが思考を鈍らせ、考えられない。
 ウサギの群れが前傾し、力をためた。逃げ道は、どこにも無い。
 浩二が喉を鳴らすなり、ウサギ達は、一気呵成に飛び掛ってきた!

「おイタはここまでだ」

 飛び掛ってきたウサギ達は、火球に焼き払われた。
 ぶすぶすと黒煙を上げて消し炭になるウサギを目で追い、浩二は息を呑んだ。

「こうちゃん、大丈夫!?」

 琴音が駆け寄り、無事を確かめてくれた。その後ろからはばるきりーさんが歩み寄ってきている。ウサギを消し炭にしたのは勿論、ばるきりーさんだ。

「このウサギさん、何なの? 角生えてるんだけど」
「知るかよ、俺が聞きたいくらいだ」

 浩二はばるきりーさんに目を移した。ばるきりーさんは消し炭を足で払った。

「アルミラージ、イスラムの領域に住む獣だな」
「う、ウサギじゃないのかよ?」
「ウサギだぞ。ただし、肉食動物だがな」

 ばるきりーさんはくるりと踵を返した。

「人間や家畜ですら食べてしまうほどに食欲旺盛なウサギだ。一羽ならまぁ、人の手でも追い払えるのだが……」

 ばるきりーさんは小手を掲げた。

「流石にこの数は厳しいかな」

 そう言うばるきりーさんの前には……数百羽近いアルミラージが、みっちりと密集していた。
 体育館のあちこちの隙間から、角の生えているウサギがこちらに瞳を向けている。ウサギ好きにはたまらない光景かもしれないが、浩二にしてみれば恐怖の対象でしかない。突きつけられる角が、ライフルの銃口のように思えた。
 琴音を背に庇いつつ、浩二は退路を探った。

「これ、あんたが呼び出したんじゃないだろうな」
「……怒られた直後でそんなこと、するわけないだろう」

 ばるきりーさんは落ち込み、俯いた。見たことがないくらい暗い顔をしており、さっきの説教がよほど効いたと見える。
 ただ、今はそんな事はどうでもいい。この状況から逃れる方法を考えなければ。

「ああ、安心しろ浩二。君達は守ってやる」

 浩二の動きを察したか、ばるきりーさんは手を翳し、黒い球を生み出した。

「これだけの数のアルミラージだ。人の足では逃げ切れまい、下手に動く方が危ないぞ」

 口調は落ち込んだままだが、ばるきりーさんはアルミラージの群れを見据えた。

「少しの間、大人しくしていろ」

 そして黒い球を投げ、指を鳴らした。
 直後、黒い球が展開し、強力な重力場を発生させた! 突然現れた小型のブラックホールは絶大な吸引力でゴミやら埃やらをもろとも引き寄せ、アルミラージを次々に飲み込んでいく!
 しかしそれは浩二と琴音もまとめて吸い込んでしまうわけで、浩二は琴音をしっかりと抱きしめ、鉄柱にしがみついた。

 守るって、こんな乱暴な方法があるかよ!

 ばるきりーさんの魔法は味方にまで影響を与えている。こんなんで守るって、何を考えてあの魔法を選んだのだ。味方まで無差別に攻撃する物を使って助けるも何も無いだろう。
 やっぱり大人は信用できない。立派なのは口先だけで、全然行動が伴わない!
 そうこうしている間にアルミラージは瞬く間に駆除されて、跡形も無く消え去った。ばるきりーさんがもう一度指を鳴らせば、ブラックホールは弾けてなくなった。
 公約どおり守ってくれたが、浩二は苛立った目を向けた。ばるきりーさんは気付くなり、肩を落とした。

「やはり失敗か……どうにも、上手くいかんな……」

 ばるきりーさんはすっかり意気消沈し、空笑いを浮かべていた。自信を完璧に打ち砕かれたせいか、元気がなくなっていた。
 けど自業自得だ。全部自分のせいでこうなっているのだから、同情はしない。

「しかし……アルミラージか、不思議だな。こいつらは日本には居ないはずなのだが」
「そうなの?」

 興味を持ったのか、琴音が身を乗り出した。

「うむ。マダガスカル周辺の無人島に生息しているのだが……」

 ばるきりーさんは奥歯に物が引っかかる物言いをしていた。また何か、自分でも説明できない理由でもあるのだろうか。
 せいぜい一人で悩んでいろ。どうせ俺には関係ない。

「いくぞ、琴音」

 浩二は琴音の腕を引き、ばるきりーさんから離れた。
 また何か変な思いつきで巻き添えを食ったらたまったものではない。もうこいつとは二度と会話するものか。
 浩二は目を閉じ、足早に行こうとした。
 だから気づかなかった。
 取り逃したアルミラージが一羽、物陰に隠れていたのを。
 そしてそいつが、琴音に飛んできたのを!

「あ……!」

 気づいた浩二は、琴音を庇った。視界の端に映るアルミラージは、槍のような角を向け、浩二の心臓に向かっている。
 避けられない、貫かれる。確信した浩二の体がすくみあがった。

「まて――」

 浩二の口から、最期の声が零れ落ちる。刹那!
 ばるきりーさんが浩二を押し倒し、アルミラージに胸を貫かれた!
 琴音とともに転がった浩二は、己の目を疑った。ばるきりーさんの体に深々と、アルミラージの角が突き刺さっている。角は背中まで貫通し、赤い血糊が滴っていた。

「ば……」
「ばるきりーさんっ!」

 琴音が悲痛な声を上げるが、ばるきりーさんはけろりとした顔を向けた。

「心配するな。心臓を貫かれただけだからな」

 全然安心できない言葉とともにアルミラージを引き抜いて、ばるきりーさんは空高く放り投げた。続いて自分の槍を出し、アルミラージに狙いをつけて、豪快な槍投げを披露した。
 音速を超える一撃はアルミラージに直撃し、黒い煙を残して蒸発してしまった。ばるきりーさんは手を払い、やれやれと肩をすくめた。

「二人とも、平気か?」
「そ、それよりもばるきりーさんは!?」

 琴音は駆け寄り、ばるきりーさんの傷口を診ていた。浩二も駆け寄ると、ばるきりーさんの胸の傷はすっかりなくなっていた。

「大丈夫だ、我々ヴァルキュリア軍はイズンが育てる黄金の林檎を食して不死の体になっているからな。心臓は勿論、体を消されても復活できるぞ」
「そ、そうなんだ……」

 琴音はほっとしたようで、胸を撫で下ろしていた。富士リンゴならぬ、不死リンゴである。
 それより浩二は驚いていた。あのばるきりーさんが、初めて生徒を守るために動いた。その事で驚きっぱなしだ。
 言葉が出ない浩二と琴音を見て、ばるきりーさんは乾いた笑みを浮かべた。

「はは、また失敗してしまったらしいな。いかんな、いかんなぁ……」
「そんな事、ないよ」

 琴音はばるきりーさんに抱きつき、額を胸に押し付けた。

「ありがと……ばるきりーさん、私達を助けてくれたんだよね? 私達、助かったよ。怪我してないよ。ありがと、ありがとう!」
「お、おお?」

 熱心にお礼を言う琴音にばるきりーさんは戸惑い、おろおろしていた。こんな事なかったからか、どうしていいのか分からないらしい。
 ばるきりーさんはすがるように浩二に目をやったが、浩二は目をそらした。
 この程度で認められるか、今回のはたまたまだ、結果的に自分達を助けただけに過ぎない。こいつを信用なんか、絶対するものか。

「ほら、もういいだろ。帰るぞ」

 浩二は琴音を引き剥がし、帰路に付いた。
 最後にばるきりーさんを見てみると、ばるきりーさんはぼーっと立ち尽くしていた。
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