もしも北欧神話のワルキューレが、男子高校生の担任の先生になったら。

歩く、歩く。

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14話 都心線に乗るカエサルとブルータス

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 土曜日の午前授業の事である。

「私がローマ内戦を勝ち抜いたのは、ひとえにエジプトからの援護があったのが大きな勝因だ」

 世界史の授業にて、ばるきりーさんの呼び出したゲストの解説を、浩二はひやひやしながら聞いていた。多分というか確実にこの人、本人だろう。前知り合いだって言ってたし、間違いなく本人だと思う。呼び出すだけでも一時間半はかかるらしいから、絶対本人だ。

「いやはや、クレオパトラは見目だけでなく、頭脳も優れた女傑だったぞ。女の武器を存分に活用していてな、まさか自分を私への謙譲物としてよこすとは思いもよらなんだ……失礼」

 そのお方は咳払いをして、話を続けた。

「ポンペイウスの死後も奴の影響は残っていてな、八月二日のゼラでファルナケス二世を破るまで、シュリア、キリキアと傘下の勢力と何度も交戦した物だ。だが、クレオパトラが後方についてさまざまな援助をしてくれたおかげで、連戦でも息切れせずに戦う事が出来たのだ」

 しきりにクレオパトラを褒め称えるこの人に、浩二はばるきりーさんからの事前説明を思い返していた。これから呼ぶ特別講師は、相当な好き者だから女の話がよく出てくるぞと。
 いやまぁ、いろんな書物でそう書かれていたからそうなのかなとは思っていたものの、思った以上に発言内容がチャラチャラしている人だ。そんな事言ったら殺されるだろうが。
 なにせこの人、チャラ男はチャラ男でもただのチャラ男ではない。

 共和制ローマ期の終身独裁官、ガイウス・ユリウス・カエサル本人なのだから。

「なんだ少年? 何か私について失礼なことを考えていなかったかね?」
「いえ滅相もないです!」

 腰の剣に手をかけたカエサルに浩二はすぐさま首を振った。気ぃつけないとすぐに首がパーンになりかねない。昔の偉人なだけあってものっそいプライドが高く、ついでに言うと結構短気だ。なんでも年齢のせいで昔ほど気が長くないそうでして。

「それでだな、ファルナケスを討ち取ってから、私はマティウスに手紙を送ったのだ。来た、見た、勝った。とな。その後はもう好調も好調でな、連戦連勝を続けてローマ市民からの支持も絶大だったぞ。最後の敵もムンダで決死の戦いの末破り、ローマ内戦を終結させたのだ。ムンダでは危なかったものだ、私ですら命を守るために戦わざるを得ないほどの激戦でなぁ」

 しかも話が無駄に長いし内容殆ど自慢話だし、そのくせ話が上手いから自慢話でも飽きないしと、正直面倒くさい。マジもんの偉い人だから無碍にできない分余計に性質が悪かった。
 ただし、この先生だけはカエサルを無下に扱えるのである。

「カエサル、話を横道にそらすな。私が求めているのはローマ内戦の話だけだ」

 未だとまらぬ武勇伝をばるきりーさんに止められ、カエサルは不機嫌な顔になった。

「ラーズグリーズよ、呼んだのは貴様であろう? ならば私の好きなようにさせてもらうぞ」
「余計なことはせんでいいのだ。ムンダの戦いなんぞテスト範囲ですらない余談に過ぎんのだからな。貴様の下らん自慢話で授業を無駄に潰すんじゃない」
「下らん自慢話だと!? 貴様……私の話と高校生の授業とどっちが大事だと思っている!」
「授業に決まっているだろう馬鹿者がぁ!」

 キレたカエサルにばるきりーさんのキレッキレな踵落としが炸裂! カエサルは撃沈した。
 ローマの独裁官に何してんだこの人は。床にキスしているカエサルにクラス全員が戦々恐々となったのだが、ばるきりーさんはお構いなしに頭を踏み、ぐりぐりしている。
 偉人にんな無礼をしかけられるのもワルキューレならでは、なのかも、しれない。

「ふん、貴様がこうなるのはすでに予想済みよ。だからちょっとした特別ゲストを呼んでおいたぞ。貴様の恥ずかしい過去をばらしてもらうためにな」
「な、なんだと……?」
「たっぷり恥をかくがいい……来たな」

 ばるきりーさんが悪人面でカエサルを見下ろすと、廊下からやけに響く足音が聞こえてきた。程なくして引き戸を開け入ってきたのは、カエサルと同様にローマ人然とした姿格好の色男。

「ラーズグリーズ、こんな所に呼び出して何の用……」
「……貴様は!」

 男を見るなり、カエサルは抜剣した!

「なぜここに来たブルータス!」
「なぜここにいるカエサルよ!」

 教室がざわめいた。かつてカエサルを暗殺したブルータスが特別ゲストかよ。
 衝突確実の二人を呼ぶとは何考えてんだと思うクラス一同である。

「貴様! あの裏切りを一度たりとも忘れたことはないぞブルータス! 寵愛してやった恩を忘れおって薄情者がぁ!」
「何を言うか色情独裁官! 私と我が母を同時に抱いて史上最悪の親子丼を敢行した貴様にとやかく言われる筋合いなどないわ!」

 口喧嘩をしながら激しく切り結ぶ偉人二人に恐れおののく浩二達。ただし、口喧嘩の内容がなんか十八禁止くさかった。早くこの二人止めろやと浩二は目で訴えたが、ばるきりーさんは逆に煽り立てるような事を言いやがった。

「ブルータスよ、丁度いい機会だ。この阿呆がやらかした赤っ恥エピソードを後世に伝えてみてはどうだ? どうやらこの男、都合の悪い事をもろもろ隠しているようだからな」
「なんだと? どこまで卑劣なのだこのバイセクシャルエンペラーめ! いいだろう、話してくれる!」

 ブルータスは剣を交えながら、

「諸君よく聞け! 貴君らの前にいるこの男はなぁ! 男だろうが女だろうが構わず手を出すどうしようもないドスケベなのだぞ!」
「なっ!? いきなり何を言うか!?」
「事実だろう見境なしめ、貴様はクレオパトラどころか私の母にも手を出すだけに飽き足らず、自身の叔父とも床を交えたそうではないか! 挙句の果てには私に夜這いまで仕掛けただろう媚薬まで使って!」
「み、未遂だ未遂! 確かに私はセルウィアと貴様の三人で交えようとは思ったが、未遂である以上事は起こしてないのだから問題ないわ!」
「問題大ありだBL独裁者! 貴様のようなローマの恥知らずと同じ時代を生きたなど、黒歴史もいい所だ!」

 剣振り回してドエライ口喧嘩をする二人である。あとこの会話に興奮する女子が数名居たとか居ないとか。

「大体受けなのに見栄張って攻めに回ろうとするのが余計に腹立つのだよビテュニアの王妃めが! 貴様は大人しくニコメデス王の男娼として腰振ってるのがお似合いだ!」
「人の黒歴史を引っ張り出して何をするだぁーっ! ゆるさ」

 ばるきりーさんは指を鳴らし、二人をどこかへ転送した。
 クラス全員の額に大粒の汗が浮かぶ。それに対しばるきりーさんはというと。

「このように、カエサルはその色好みからローマのすべての女の夫、すべての男の妻と呼ばれていたそうだ」
『扱い雑だな!?』

 人がやったら即刻斬首刑物の暴挙を働くワルキューレにクラス全員がツッコんだ。

「ば、ばるきりーさんいいの? あの二人って確か、呼ぶのに一時間半かかったんじゃ?」

 琴音が恐る恐る聞くも、当のばるきりーさんはあっけらかんと。

「池袋経由で大江戸線と山手線を乗り継がせただけだ、問題ない」
「乗せたの!? あの二人を都心線に乗せちゃったの!?」

 古代の偉人が電車に乗ってる姿は相当シュールな光景である。つーか召喚術使わんかい。

「カエサルの人物暦はある程度頭に入れておけ、中間で論述として出すからな」

 もはややりたい放題甚だしいが、ばるきりーさんはしれっと授業に戻っていた。
 浩二達がある程度ノートに記述したのを見てから、ばるきりーさんは手をたたいた。

「さて、残り五分だ。授業を進めるのもあれだし、ちょっとしたコラムを開こうか」

 ばるきりーさんがそう言うなり、クラス全員の目の色が変わる。好奇心に満ちた瞳だ。

「今回はローマつながりだから、コロシアムの意外な事実を話そうか。本当なら校庭を使って話したいところだが」

 ばるきりーさんは体育の授業をしている校庭を見やってから、

「代わりに、こいつで説明しよう」

 指を鳴らし、生徒全員の机にコロシアムのミニチュアを出した。
 このミニチュア、ただのミニチュアではない。きちんと中に「生きた」観客も居れば剣客、猛獣なんでもござれの優れものだ。小さいけど割れんばかりの歓声が聞こえる辺り、臨場感がそこらのジオラマの比ではない。

「すごいだろう? トリスメギストスとダイダロスの合作でな。ちょっと脅迫……もとい、ツテがあってロハで作らせたのだ。勿論皆にプレゼントするぞ」

 またしても暴挙を重ねてんじゃねーか。浩二は心の中でツッコんだ。しかもそれ、ようは錬金術使って作ったわけでして、ほぼほぼハ○ー・ポッ○ーの世界である。
 でもってクラスメイトはと言うと、そんなポッ○ー臭漂う代物に興味津々のご様子だ。

「いいか、よく見ていろ」

 ばるきりーさんは指を振り、ミニチュアに何か魔法をかけた。そしたらコロシアムのフィールドに大きな幕が敷かれていき、水が出始めたではないか。
 みるみるうちに海上戦の舞台が出来、その上に剣客を乗せた船が現れた。
 教室中に感嘆とした声が起こる。ばるきりーさんは微笑んだ。

「驚いたか? コロッセオはこのようにして海上戦までしていたのだぞ。コロッセオは当時最高峰の技術を結集させた、歴史でも類を見ないアミューズメントだったのだ」

 静かに息を呑みながら、クラスメイトはばるきりーさんの解説を聞いていた。
 そうこうしているうちにチャイムが鳴り、ばるきりーさんの授業が終了すると、生徒達がばるきりーさんの周囲に集まり始めた。
 何が始まるのかと思いきや、

「ねぇばるきりーさん、私数学のここ苦手なんだけど、わかる?」
「俺古文がぜんぜんなんだよ……どうにかなんねーかなぁ?」
「物理、物理がもはや憎くてしょうがないザンス!」

 等々等。ばるきりーさんに他教科の教えを請うているのだ。
 そんなんワルキューレにわかるかよと思うだろうが、このばるきりーさんは出来が違う。

「では希望者は明日教室に集まるがよい。日曜だが、一人一人に個別補講を開こうではないか。アインシュタイン、紫式部、ノイマンと、各界の偉人より受けた学習の成果を披露するぞ!」

 最近冥界に行って各学科のエキスパートから色々教わっているのだそうだ。今じゃ各専門の大学教師よりも造詣深くなったとか。

「……なんだこれ、なんだこれ?」

 教師としてオーバースペックになっているワルキューレを目の当たりにし、浩二はダラダラ汗を流していた。
 あの罵倒からたった十日ちょっとでこの変貌、異常である。

「一体何と合体したらああなった?」
「独り言怖いよこうちゃん」

 ほくほく顔の琴音に言われ、浩二は顔を上げた。木下も傍らに居る。
 木下はばるきりーさんを仰ぎ見ながら、感心したように口を開いた。

「いやしかし、すごいなばるきりーさんは。教え方もすごい上達してるしさ」
「木下、お前補講受けたのか?」
「勿論。いやこれ、案外わかりやすくてさぁ」

 木下はにへへと顔を緩ませた。スケバン木下がすっかり骨抜きだ。

「それよか急ぎなよ、あんたこの後練習試合だろ」
「あ、ああ……」

 木下に急かされ、浩二は鞄を手に取った。

「今日の練習相手、去年のウィンターカップ優勝校みたいじゃないか。勝てるのかい?」
「いや、まぁ……多分」

 握った鞄に目を落とし、浩二はあいまいな返事をした。
 煮え切らない態度の浩二に首をかしげ、琴音が顔を覗き込んできた。

「どうしたの? 自信ないの?」
「……むしろありすぎて戸惑ってんだよ」

 浩二はため息をつき、鞄を持ち上げた。
 ばるきりーさん特製の、五十キロもある超重量鞄を。
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