23 / 32
22話 あなたらしく生きて。
しおりを挟む
日曜日、浩二は学校の屋上に来ていた。
ばるきりーさんの指定した場所はそこだった。理由は分からないが、とにかくそこへ来いと、何度も念押しされていた。
時間は知らされていないので、とりあえず朝早くに来てみたのだが、まだばるきりーさんの姿は無かった。
「何するつもりなんだ」
浩二は手すりによりかかった。一度死に掛けたせいか、頭がすっきりしている。なぜだろう、ばるきりーさんをすんなり受け入れられる余裕があった。
「待たせたな、浩二よ」
ようやく、ばるきりーさんが空からやってきた。格好はいつものスーツ姿ではなく、純白の布で作られたドリス式のキトンを着ていて、印象が違う。この姿がばるきりーさんの普段着なのだろう。
「すまない。色々手続きが長引いてしまってな」
「手続き?」
「ああ。閻魔のクソジジイと少しばかり」
「え、閻魔ぁ?」
この人、閻魔大王に喧嘩をふっかけてきたらしい。世界広といえど、閻魔大王をクソジジイ呼ばわりできる奴なんざ本当に限られるだろうに。
「なんだってそんな危険な事を?」
「君に、会わせたい人物がいるんだ。アジア圏は閻魔が一括して管理しているのでな、手続きが面倒でいかん」
ばるきりーさんはチョークを使い、地面に魔法陣を描いていた。
「カエサルやナポレオンはエインヘリャル、つまりはヴァルハラの所有物となっているから、私の意志で連れ出す事が出来る。しかし冥界に落ちた魂は別だ。冥界に落ちた魂は、本来二度とこの世に来る事は出来ないのだが、閻魔を説き伏せて一度だけ、極短時間だけ特例として認めさせた」
「……誰を連れてくるんだ?」
「君のよく知る人物だよ」
ばるきりーさんは、魔法陣を書き終えた。
「天木結衣だ」
「……天木?」
浩二は、目を見開いた。
「なんで……」
「今際の際で、君は彼女の名を呼んでいたからな。それを元に調べただけだ。安心してくれ、君との関係は知らない。知られたくはないだろう?」
「いや違う、そうじゃない」
浩二は首を横に振った。
「……なんで、天木を? そんな事して、俺にどうしろと……」
「別にどうも? これは単なるお節介に過ぎない」
ばるきりーさんは背を向け、空に浮かんだ。
「君の心についている傷は、一朝一夕で治るような物ではないだろう。だが、キッカケがあれば癒えると、私は思っている。その一歩として、天木結衣との語らいがいいのではないかと、私なりに思ったまでに過ぎん。
君が天木結衣にどれほどの感情を残しているかは分からない。もし君の心に、彼女に対して残したい事や、渡したい事があったら、その魔法陣に入るといい。嫌であれば、帰ればいい。私はただ、余計な世話を焼いているだけだからな。
個人の意見を述べるとすれば、少なくとも、何もしないより、はるかにいいとは思う。君は気にしているんだろう、自分が立ち止まったままの現状を。それに対し、どう立ち向かうのか。よく考えるといい、選ぶのは君自身だ。
私は一旦席を外す。付け加えて言っておくが、天木結衣と話せるのは、五分だけだ。話すなら、内容はちゃんと絞っておけよ」
ばるきりーさんは、去ってしまった。
残された浩二は、魔法陣を見た。これに乗れば、結衣に会える。けど話すったって、何を話せばいい。結衣を守れなかった自分に、彼女と話す資格なんて、ない。
「……天木」
だけどもだ。
もう一度……会いたい。顔を見たい。会って、声が聞きたい。
浩二は魔法陣に入った。すると魔法陣は淡く光り、浩二の前に、人影を浮かび上がらせた。
おぼろげな輪郭の影は、段々はっきりと形を作り上げ、実体化した。
影は櫻田高校の制服に身を包んだ、浩二と同学年の女子生徒となった。長く伸ばした黒髪をうなじでまとめた女子生徒は、優しい印象の垂れ目を浩二に向け、微笑んだ。
昔とすっかり姿が違っている。でも浩二は、分かった。この女の子が、誰なのか。はっきりと分かった。
「……天木、だな」
「うん」
天木結衣は、嬉しそうに頷いた。
浩二は頬をかき、視線をそらした。
「死んでも、成長とかするんだな」
「ううん。あの世だと人魂というか、人としての姿をしてないの。これは、えと、なんとかリーズさんが特別に作ってくれた姿なんだ」
ばるきりーさんだ。制服もきっと、あの人が用意したのだろう。
結衣はスカートをひらめかせたり、ブレザーの襟を直したりして、久しぶりの服に嬉しそうだった。
「どうかな、変じゃない?」
「似合ってる」
「琴音ちゃんは元気にしてるかな?」
「元気すぎてこっちが迷惑してるくらいだ」
「そっちの学校は楽しい? 室井君は、元気にしてる?」
「……ああ。してるよ」
他愛ない話しか出来ないのに、浩二は、喜んでいた。喜びすぎて、考えが回らなかった。
五分しかないのに、一度きりのチャンスなのに、話す内容が出て来ない。
「ありがとね」
結衣は突然、お礼を言った。浩二は分からず、首を傾げた。
「小さい頃、私を一生懸命守ってくれたよね。大人も皆敵になった中で、室井君だけが私の味方をしてくれて、私、すごく嬉しかった」
「……いや、俺は……守れなかった」
浩二は否定した。
「俺が弱かったから、何も出来なかったから、天木を死なせたんだ。俺も、悪いんだ……俺がもっと、強かったら、天木は死ななかった……俺は、守れなかった……大人達と変わらない、俺も、お前を殺した犯人だ」
「ううん、ちゃんと守れてたよ」
結衣は柔らかい笑顔を見せた。
「自殺しちゃった奴が何を言うんだって思うかもしれないけど、私、室井君がいたから、凄く心強かった。むしろ弱かったのは、私。すぐ傍に守ってくれる人が居るのに、それを無視して勝手に死んだ、私が悪いの。室井君が気に病む事じゃない」
「けど」
「死んでから、分かった事があるの」
結衣は浩二の手を取った。
「死んでから、私凄く後悔しちゃったんだ。どうして死んじゃったんだろうって、どうして室井君がいるのに気付かなかったんだろうって。私も守られるばかりじゃなくて、室井君と一緒に戦っていたらって、今でも後悔するんだ。
室井君が今、どんな想いで過ごしているのかは、分からない。でももし、私のせいで強いしこりが心にあるなら……勝手かもしれないけど、忘れてほしい。だって室井君は、私の心の恩人だから。そんな人が、私のせいで辛い思いをするのは、とっても嫌だから」
結衣は自分の胸に、浩二の手を押し付けた。
「室井君は、室井君らしく生きて。それが私の願い。室井君が自由に生きてくれたら、私はそれだけで嬉しいの」
「……俺らしく」
「うん。室井君は私を守ってくれた、白馬の騎士様だから。私って呪いを解いて、元の室井君に、戻って。ね?」
結衣の言葉は、浩二の心に届いていた。
なんて温かく、力強い言葉だろう。彼女の言葉が届くたび、浩二を縛っていたものが、ほどけていく。
「……ははっ」
浩二は自然と、笑みを浮かべていた。
「お前な、白馬の騎士様とか恥ずかしいフレーズつけんなよ。そういうのは変わらないよな」
「室井君こそ。小さい頃からひねくれた所、変わらないよね」
「うるせっ、それが俺だから、仕方ないだろ」
「うん、知ってる。頑固でへそ曲がりで、だけどとってもいい人。それが室井君でしょ」
「ま、そう言う事にしてやるよ」
浩二は結衣の頭を撫でた。
「……いきなり自由にってのは、難しいだろうな」
浩二がかけた鎖は、酷い位ガチガチに絡まっている。全部解くのは、今すぐには無理だ。
けど、これだけは決めよう。
「約束する。俺はこれから、俺らしく生きるよ。悩んでも、転んでも、俺は俺の心のままに生きていく。けど一個だけ、約束できない事があるな」
「何?」
「天木を忘れる事だ」
結衣の頬に指を伝わせ、浩二は優しく微笑んだ。
「お前は足枷なんかじゃない、大切な人だ、俺が俺であるための、大事な鍵なんだ。だから俺は、絶対忘れない。天木がいるから、俺はこうしてここに居られる。お前も忘れないでくれ、俺の事を。天木も俺を想ってくれていれば、俺も嬉しいから」
「勿論、忘れないよ。絶対に」
結衣はにこりとした。
不意に、結衣の輪郭が薄く、ぼやけ始めた。触れていた指がすり抜け、結衣の中に入る。
「時間みたい」
「……そうだな」
「五分って、短いんだね。もっと、話したかった」
「……俺も、同じだよ」
「……やっぱり、名残惜しいな。ここに居たいよ」
「……俺もだ。天木に、離れてほしくない」
「……死ぬのって、こうなる事なんだよね。死んでから気づくなんて、馬鹿みたい」
「……そうだな……」
けど、結衣は涙は見せなかった。精一杯笑顔を作って、浩二を見上げた。
浩二も笑顔を作り、結衣の笑顔を目に焼き付けた。大切な人の大事な笑顔を、心にしまうために。
「こう言うのも変だけど、元気でやれよ」
「室井君もね。死んだらあの世の事、一杯案内してあげる。でもだからって、すぐに死んだらだめだよ」
「お前が言うなよ。心配しなくても、しっかり生きてやる」
「ならよかった」
結衣は一歩下がった。
「琴音ちゃんにもよろしくね」
「ああ、言っとく。ちゃんとな」
浩二の手から、結衣の手が離れていく。
「じゃあ、またね」
結衣は手を振り、はじけるように消えていった。
胸の奥が、軽くなっている。浩二を縛っていたものが、なくなっていた。
ずっとずっと、後悔し続けていた。結衣を守れなかった悔やみが、浩二の心を硬く閉ざしていた。その心は今、解き放たれた。他でもない、結衣のおかげで。
目じりから、一筋の涙が流れる。浩二は涙を拭い、握り締めた。
「俺らしく生きて、か」
約束しよう。お前の分も、俺は生きる。それが、お前の心を救うのであれば。
「ありがとな……天木」
浩二は、天に拳を突き上げた。
ばるきりーさんの指定した場所はそこだった。理由は分からないが、とにかくそこへ来いと、何度も念押しされていた。
時間は知らされていないので、とりあえず朝早くに来てみたのだが、まだばるきりーさんの姿は無かった。
「何するつもりなんだ」
浩二は手すりによりかかった。一度死に掛けたせいか、頭がすっきりしている。なぜだろう、ばるきりーさんをすんなり受け入れられる余裕があった。
「待たせたな、浩二よ」
ようやく、ばるきりーさんが空からやってきた。格好はいつものスーツ姿ではなく、純白の布で作られたドリス式のキトンを着ていて、印象が違う。この姿がばるきりーさんの普段着なのだろう。
「すまない。色々手続きが長引いてしまってな」
「手続き?」
「ああ。閻魔のクソジジイと少しばかり」
「え、閻魔ぁ?」
この人、閻魔大王に喧嘩をふっかけてきたらしい。世界広といえど、閻魔大王をクソジジイ呼ばわりできる奴なんざ本当に限られるだろうに。
「なんだってそんな危険な事を?」
「君に、会わせたい人物がいるんだ。アジア圏は閻魔が一括して管理しているのでな、手続きが面倒でいかん」
ばるきりーさんはチョークを使い、地面に魔法陣を描いていた。
「カエサルやナポレオンはエインヘリャル、つまりはヴァルハラの所有物となっているから、私の意志で連れ出す事が出来る。しかし冥界に落ちた魂は別だ。冥界に落ちた魂は、本来二度とこの世に来る事は出来ないのだが、閻魔を説き伏せて一度だけ、極短時間だけ特例として認めさせた」
「……誰を連れてくるんだ?」
「君のよく知る人物だよ」
ばるきりーさんは、魔法陣を書き終えた。
「天木結衣だ」
「……天木?」
浩二は、目を見開いた。
「なんで……」
「今際の際で、君は彼女の名を呼んでいたからな。それを元に調べただけだ。安心してくれ、君との関係は知らない。知られたくはないだろう?」
「いや違う、そうじゃない」
浩二は首を横に振った。
「……なんで、天木を? そんな事して、俺にどうしろと……」
「別にどうも? これは単なるお節介に過ぎない」
ばるきりーさんは背を向け、空に浮かんだ。
「君の心についている傷は、一朝一夕で治るような物ではないだろう。だが、キッカケがあれば癒えると、私は思っている。その一歩として、天木結衣との語らいがいいのではないかと、私なりに思ったまでに過ぎん。
君が天木結衣にどれほどの感情を残しているかは分からない。もし君の心に、彼女に対して残したい事や、渡したい事があったら、その魔法陣に入るといい。嫌であれば、帰ればいい。私はただ、余計な世話を焼いているだけだからな。
個人の意見を述べるとすれば、少なくとも、何もしないより、はるかにいいとは思う。君は気にしているんだろう、自分が立ち止まったままの現状を。それに対し、どう立ち向かうのか。よく考えるといい、選ぶのは君自身だ。
私は一旦席を外す。付け加えて言っておくが、天木結衣と話せるのは、五分だけだ。話すなら、内容はちゃんと絞っておけよ」
ばるきりーさんは、去ってしまった。
残された浩二は、魔法陣を見た。これに乗れば、結衣に会える。けど話すったって、何を話せばいい。結衣を守れなかった自分に、彼女と話す資格なんて、ない。
「……天木」
だけどもだ。
もう一度……会いたい。顔を見たい。会って、声が聞きたい。
浩二は魔法陣に入った。すると魔法陣は淡く光り、浩二の前に、人影を浮かび上がらせた。
おぼろげな輪郭の影は、段々はっきりと形を作り上げ、実体化した。
影は櫻田高校の制服に身を包んだ、浩二と同学年の女子生徒となった。長く伸ばした黒髪をうなじでまとめた女子生徒は、優しい印象の垂れ目を浩二に向け、微笑んだ。
昔とすっかり姿が違っている。でも浩二は、分かった。この女の子が、誰なのか。はっきりと分かった。
「……天木、だな」
「うん」
天木結衣は、嬉しそうに頷いた。
浩二は頬をかき、視線をそらした。
「死んでも、成長とかするんだな」
「ううん。あの世だと人魂というか、人としての姿をしてないの。これは、えと、なんとかリーズさんが特別に作ってくれた姿なんだ」
ばるきりーさんだ。制服もきっと、あの人が用意したのだろう。
結衣はスカートをひらめかせたり、ブレザーの襟を直したりして、久しぶりの服に嬉しそうだった。
「どうかな、変じゃない?」
「似合ってる」
「琴音ちゃんは元気にしてるかな?」
「元気すぎてこっちが迷惑してるくらいだ」
「そっちの学校は楽しい? 室井君は、元気にしてる?」
「……ああ。してるよ」
他愛ない話しか出来ないのに、浩二は、喜んでいた。喜びすぎて、考えが回らなかった。
五分しかないのに、一度きりのチャンスなのに、話す内容が出て来ない。
「ありがとね」
結衣は突然、お礼を言った。浩二は分からず、首を傾げた。
「小さい頃、私を一生懸命守ってくれたよね。大人も皆敵になった中で、室井君だけが私の味方をしてくれて、私、すごく嬉しかった」
「……いや、俺は……守れなかった」
浩二は否定した。
「俺が弱かったから、何も出来なかったから、天木を死なせたんだ。俺も、悪いんだ……俺がもっと、強かったら、天木は死ななかった……俺は、守れなかった……大人達と変わらない、俺も、お前を殺した犯人だ」
「ううん、ちゃんと守れてたよ」
結衣は柔らかい笑顔を見せた。
「自殺しちゃった奴が何を言うんだって思うかもしれないけど、私、室井君がいたから、凄く心強かった。むしろ弱かったのは、私。すぐ傍に守ってくれる人が居るのに、それを無視して勝手に死んだ、私が悪いの。室井君が気に病む事じゃない」
「けど」
「死んでから、分かった事があるの」
結衣は浩二の手を取った。
「死んでから、私凄く後悔しちゃったんだ。どうして死んじゃったんだろうって、どうして室井君がいるのに気付かなかったんだろうって。私も守られるばかりじゃなくて、室井君と一緒に戦っていたらって、今でも後悔するんだ。
室井君が今、どんな想いで過ごしているのかは、分からない。でももし、私のせいで強いしこりが心にあるなら……勝手かもしれないけど、忘れてほしい。だって室井君は、私の心の恩人だから。そんな人が、私のせいで辛い思いをするのは、とっても嫌だから」
結衣は自分の胸に、浩二の手を押し付けた。
「室井君は、室井君らしく生きて。それが私の願い。室井君が自由に生きてくれたら、私はそれだけで嬉しいの」
「……俺らしく」
「うん。室井君は私を守ってくれた、白馬の騎士様だから。私って呪いを解いて、元の室井君に、戻って。ね?」
結衣の言葉は、浩二の心に届いていた。
なんて温かく、力強い言葉だろう。彼女の言葉が届くたび、浩二を縛っていたものが、ほどけていく。
「……ははっ」
浩二は自然と、笑みを浮かべていた。
「お前な、白馬の騎士様とか恥ずかしいフレーズつけんなよ。そういうのは変わらないよな」
「室井君こそ。小さい頃からひねくれた所、変わらないよね」
「うるせっ、それが俺だから、仕方ないだろ」
「うん、知ってる。頑固でへそ曲がりで、だけどとってもいい人。それが室井君でしょ」
「ま、そう言う事にしてやるよ」
浩二は結衣の頭を撫でた。
「……いきなり自由にってのは、難しいだろうな」
浩二がかけた鎖は、酷い位ガチガチに絡まっている。全部解くのは、今すぐには無理だ。
けど、これだけは決めよう。
「約束する。俺はこれから、俺らしく生きるよ。悩んでも、転んでも、俺は俺の心のままに生きていく。けど一個だけ、約束できない事があるな」
「何?」
「天木を忘れる事だ」
結衣の頬に指を伝わせ、浩二は優しく微笑んだ。
「お前は足枷なんかじゃない、大切な人だ、俺が俺であるための、大事な鍵なんだ。だから俺は、絶対忘れない。天木がいるから、俺はこうしてここに居られる。お前も忘れないでくれ、俺の事を。天木も俺を想ってくれていれば、俺も嬉しいから」
「勿論、忘れないよ。絶対に」
結衣はにこりとした。
不意に、結衣の輪郭が薄く、ぼやけ始めた。触れていた指がすり抜け、結衣の中に入る。
「時間みたい」
「……そうだな」
「五分って、短いんだね。もっと、話したかった」
「……俺も、同じだよ」
「……やっぱり、名残惜しいな。ここに居たいよ」
「……俺もだ。天木に、離れてほしくない」
「……死ぬのって、こうなる事なんだよね。死んでから気づくなんて、馬鹿みたい」
「……そうだな……」
けど、結衣は涙は見せなかった。精一杯笑顔を作って、浩二を見上げた。
浩二も笑顔を作り、結衣の笑顔を目に焼き付けた。大切な人の大事な笑顔を、心にしまうために。
「こう言うのも変だけど、元気でやれよ」
「室井君もね。死んだらあの世の事、一杯案内してあげる。でもだからって、すぐに死んだらだめだよ」
「お前が言うなよ。心配しなくても、しっかり生きてやる」
「ならよかった」
結衣は一歩下がった。
「琴音ちゃんにもよろしくね」
「ああ、言っとく。ちゃんとな」
浩二の手から、結衣の手が離れていく。
「じゃあ、またね」
結衣は手を振り、はじけるように消えていった。
胸の奥が、軽くなっている。浩二を縛っていたものが、なくなっていた。
ずっとずっと、後悔し続けていた。結衣を守れなかった悔やみが、浩二の心を硬く閉ざしていた。その心は今、解き放たれた。他でもない、結衣のおかげで。
目じりから、一筋の涙が流れる。浩二は涙を拭い、握り締めた。
「俺らしく生きて、か」
約束しよう。お前の分も、俺は生きる。それが、お前の心を救うのであれば。
「ありがとな……天木」
浩二は、天に拳を突き上げた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件
沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」
高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。
そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。
見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。
意外な共通点から意気投合する二人。
だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは――
> 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」
一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。
……翌日、学校で再会するまでは。
実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!?
オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる