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22話 あなたらしく生きて。
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日曜日、浩二は学校の屋上に来ていた。
ばるきりーさんの指定した場所はそこだった。理由は分からないが、とにかくそこへ来いと、何度も念押しされていた。
時間は知らされていないので、とりあえず朝早くに来てみたのだが、まだばるきりーさんの姿は無かった。
「何するつもりなんだ」
浩二は手すりによりかかった。一度死に掛けたせいか、頭がすっきりしている。なぜだろう、ばるきりーさんをすんなり受け入れられる余裕があった。
「待たせたな、浩二よ」
ようやく、ばるきりーさんが空からやってきた。格好はいつものスーツ姿ではなく、純白の布で作られたドリス式のキトンを着ていて、印象が違う。この姿がばるきりーさんの普段着なのだろう。
「すまない。色々手続きが長引いてしまってな」
「手続き?」
「ああ。閻魔のクソジジイと少しばかり」
「え、閻魔ぁ?」
この人、閻魔大王に喧嘩をふっかけてきたらしい。世界広といえど、閻魔大王をクソジジイ呼ばわりできる奴なんざ本当に限られるだろうに。
「なんだってそんな危険な事を?」
「君に、会わせたい人物がいるんだ。アジア圏は閻魔が一括して管理しているのでな、手続きが面倒でいかん」
ばるきりーさんはチョークを使い、地面に魔法陣を描いていた。
「カエサルやナポレオンはエインヘリャル、つまりはヴァルハラの所有物となっているから、私の意志で連れ出す事が出来る。しかし冥界に落ちた魂は別だ。冥界に落ちた魂は、本来二度とこの世に来る事は出来ないのだが、閻魔を説き伏せて一度だけ、極短時間だけ特例として認めさせた」
「……誰を連れてくるんだ?」
「君のよく知る人物だよ」
ばるきりーさんは、魔法陣を書き終えた。
「天木結衣だ」
「……天木?」
浩二は、目を見開いた。
「なんで……」
「今際の際で、君は彼女の名を呼んでいたからな。それを元に調べただけだ。安心してくれ、君との関係は知らない。知られたくはないだろう?」
「いや違う、そうじゃない」
浩二は首を横に振った。
「……なんで、天木を? そんな事して、俺にどうしろと……」
「別にどうも? これは単なるお節介に過ぎない」
ばるきりーさんは背を向け、空に浮かんだ。
「君の心についている傷は、一朝一夕で治るような物ではないだろう。だが、キッカケがあれば癒えると、私は思っている。その一歩として、天木結衣との語らいがいいのではないかと、私なりに思ったまでに過ぎん。
君が天木結衣にどれほどの感情を残しているかは分からない。もし君の心に、彼女に対して残したい事や、渡したい事があったら、その魔法陣に入るといい。嫌であれば、帰ればいい。私はただ、余計な世話を焼いているだけだからな。
個人の意見を述べるとすれば、少なくとも、何もしないより、はるかにいいとは思う。君は気にしているんだろう、自分が立ち止まったままの現状を。それに対し、どう立ち向かうのか。よく考えるといい、選ぶのは君自身だ。
私は一旦席を外す。付け加えて言っておくが、天木結衣と話せるのは、五分だけだ。話すなら、内容はちゃんと絞っておけよ」
ばるきりーさんは、去ってしまった。
残された浩二は、魔法陣を見た。これに乗れば、結衣に会える。けど話すったって、何を話せばいい。結衣を守れなかった自分に、彼女と話す資格なんて、ない。
「……天木」
だけどもだ。
もう一度……会いたい。顔を見たい。会って、声が聞きたい。
浩二は魔法陣に入った。すると魔法陣は淡く光り、浩二の前に、人影を浮かび上がらせた。
おぼろげな輪郭の影は、段々はっきりと形を作り上げ、実体化した。
影は櫻田高校の制服に身を包んだ、浩二と同学年の女子生徒となった。長く伸ばした黒髪をうなじでまとめた女子生徒は、優しい印象の垂れ目を浩二に向け、微笑んだ。
昔とすっかり姿が違っている。でも浩二は、分かった。この女の子が、誰なのか。はっきりと分かった。
「……天木、だな」
「うん」
天木結衣は、嬉しそうに頷いた。
浩二は頬をかき、視線をそらした。
「死んでも、成長とかするんだな」
「ううん。あの世だと人魂というか、人としての姿をしてないの。これは、えと、なんとかリーズさんが特別に作ってくれた姿なんだ」
ばるきりーさんだ。制服もきっと、あの人が用意したのだろう。
結衣はスカートをひらめかせたり、ブレザーの襟を直したりして、久しぶりの服に嬉しそうだった。
「どうかな、変じゃない?」
「似合ってる」
「琴音ちゃんは元気にしてるかな?」
「元気すぎてこっちが迷惑してるくらいだ」
「そっちの学校は楽しい? 室井君は、元気にしてる?」
「……ああ。してるよ」
他愛ない話しか出来ないのに、浩二は、喜んでいた。喜びすぎて、考えが回らなかった。
五分しかないのに、一度きりのチャンスなのに、話す内容が出て来ない。
「ありがとね」
結衣は突然、お礼を言った。浩二は分からず、首を傾げた。
「小さい頃、私を一生懸命守ってくれたよね。大人も皆敵になった中で、室井君だけが私の味方をしてくれて、私、すごく嬉しかった」
「……いや、俺は……守れなかった」
浩二は否定した。
「俺が弱かったから、何も出来なかったから、天木を死なせたんだ。俺も、悪いんだ……俺がもっと、強かったら、天木は死ななかった……俺は、守れなかった……大人達と変わらない、俺も、お前を殺した犯人だ」
「ううん、ちゃんと守れてたよ」
結衣は柔らかい笑顔を見せた。
「自殺しちゃった奴が何を言うんだって思うかもしれないけど、私、室井君がいたから、凄く心強かった。むしろ弱かったのは、私。すぐ傍に守ってくれる人が居るのに、それを無視して勝手に死んだ、私が悪いの。室井君が気に病む事じゃない」
「けど」
「死んでから、分かった事があるの」
結衣は浩二の手を取った。
「死んでから、私凄く後悔しちゃったんだ。どうして死んじゃったんだろうって、どうして室井君がいるのに気付かなかったんだろうって。私も守られるばかりじゃなくて、室井君と一緒に戦っていたらって、今でも後悔するんだ。
室井君が今、どんな想いで過ごしているのかは、分からない。でももし、私のせいで強いしこりが心にあるなら……勝手かもしれないけど、忘れてほしい。だって室井君は、私の心の恩人だから。そんな人が、私のせいで辛い思いをするのは、とっても嫌だから」
結衣は自分の胸に、浩二の手を押し付けた。
「室井君は、室井君らしく生きて。それが私の願い。室井君が自由に生きてくれたら、私はそれだけで嬉しいの」
「……俺らしく」
「うん。室井君は私を守ってくれた、白馬の騎士様だから。私って呪いを解いて、元の室井君に、戻って。ね?」
結衣の言葉は、浩二の心に届いていた。
なんて温かく、力強い言葉だろう。彼女の言葉が届くたび、浩二を縛っていたものが、ほどけていく。
「……ははっ」
浩二は自然と、笑みを浮かべていた。
「お前な、白馬の騎士様とか恥ずかしいフレーズつけんなよ。そういうのは変わらないよな」
「室井君こそ。小さい頃からひねくれた所、変わらないよね」
「うるせっ、それが俺だから、仕方ないだろ」
「うん、知ってる。頑固でへそ曲がりで、だけどとってもいい人。それが室井君でしょ」
「ま、そう言う事にしてやるよ」
浩二は結衣の頭を撫でた。
「……いきなり自由にってのは、難しいだろうな」
浩二がかけた鎖は、酷い位ガチガチに絡まっている。全部解くのは、今すぐには無理だ。
けど、これだけは決めよう。
「約束する。俺はこれから、俺らしく生きるよ。悩んでも、転んでも、俺は俺の心のままに生きていく。けど一個だけ、約束できない事があるな」
「何?」
「天木を忘れる事だ」
結衣の頬に指を伝わせ、浩二は優しく微笑んだ。
「お前は足枷なんかじゃない、大切な人だ、俺が俺であるための、大事な鍵なんだ。だから俺は、絶対忘れない。天木がいるから、俺はこうしてここに居られる。お前も忘れないでくれ、俺の事を。天木も俺を想ってくれていれば、俺も嬉しいから」
「勿論、忘れないよ。絶対に」
結衣はにこりとした。
不意に、結衣の輪郭が薄く、ぼやけ始めた。触れていた指がすり抜け、結衣の中に入る。
「時間みたい」
「……そうだな」
「五分って、短いんだね。もっと、話したかった」
「……俺も、同じだよ」
「……やっぱり、名残惜しいな。ここに居たいよ」
「……俺もだ。天木に、離れてほしくない」
「……死ぬのって、こうなる事なんだよね。死んでから気づくなんて、馬鹿みたい」
「……そうだな……」
けど、結衣は涙は見せなかった。精一杯笑顔を作って、浩二を見上げた。
浩二も笑顔を作り、結衣の笑顔を目に焼き付けた。大切な人の大事な笑顔を、心にしまうために。
「こう言うのも変だけど、元気でやれよ」
「室井君もね。死んだらあの世の事、一杯案内してあげる。でもだからって、すぐに死んだらだめだよ」
「お前が言うなよ。心配しなくても、しっかり生きてやる」
「ならよかった」
結衣は一歩下がった。
「琴音ちゃんにもよろしくね」
「ああ、言っとく。ちゃんとな」
浩二の手から、結衣の手が離れていく。
「じゃあ、またね」
結衣は手を振り、はじけるように消えていった。
胸の奥が、軽くなっている。浩二を縛っていたものが、なくなっていた。
ずっとずっと、後悔し続けていた。結衣を守れなかった悔やみが、浩二の心を硬く閉ざしていた。その心は今、解き放たれた。他でもない、結衣のおかげで。
目じりから、一筋の涙が流れる。浩二は涙を拭い、握り締めた。
「俺らしく生きて、か」
約束しよう。お前の分も、俺は生きる。それが、お前の心を救うのであれば。
「ありがとな……天木」
浩二は、天に拳を突き上げた。
ばるきりーさんの指定した場所はそこだった。理由は分からないが、とにかくそこへ来いと、何度も念押しされていた。
時間は知らされていないので、とりあえず朝早くに来てみたのだが、まだばるきりーさんの姿は無かった。
「何するつもりなんだ」
浩二は手すりによりかかった。一度死に掛けたせいか、頭がすっきりしている。なぜだろう、ばるきりーさんをすんなり受け入れられる余裕があった。
「待たせたな、浩二よ」
ようやく、ばるきりーさんが空からやってきた。格好はいつものスーツ姿ではなく、純白の布で作られたドリス式のキトンを着ていて、印象が違う。この姿がばるきりーさんの普段着なのだろう。
「すまない。色々手続きが長引いてしまってな」
「手続き?」
「ああ。閻魔のクソジジイと少しばかり」
「え、閻魔ぁ?」
この人、閻魔大王に喧嘩をふっかけてきたらしい。世界広といえど、閻魔大王をクソジジイ呼ばわりできる奴なんざ本当に限られるだろうに。
「なんだってそんな危険な事を?」
「君に、会わせたい人物がいるんだ。アジア圏は閻魔が一括して管理しているのでな、手続きが面倒でいかん」
ばるきりーさんはチョークを使い、地面に魔法陣を描いていた。
「カエサルやナポレオンはエインヘリャル、つまりはヴァルハラの所有物となっているから、私の意志で連れ出す事が出来る。しかし冥界に落ちた魂は別だ。冥界に落ちた魂は、本来二度とこの世に来る事は出来ないのだが、閻魔を説き伏せて一度だけ、極短時間だけ特例として認めさせた」
「……誰を連れてくるんだ?」
「君のよく知る人物だよ」
ばるきりーさんは、魔法陣を書き終えた。
「天木結衣だ」
「……天木?」
浩二は、目を見開いた。
「なんで……」
「今際の際で、君は彼女の名を呼んでいたからな。それを元に調べただけだ。安心してくれ、君との関係は知らない。知られたくはないだろう?」
「いや違う、そうじゃない」
浩二は首を横に振った。
「……なんで、天木を? そんな事して、俺にどうしろと……」
「別にどうも? これは単なるお節介に過ぎない」
ばるきりーさんは背を向け、空に浮かんだ。
「君の心についている傷は、一朝一夕で治るような物ではないだろう。だが、キッカケがあれば癒えると、私は思っている。その一歩として、天木結衣との語らいがいいのではないかと、私なりに思ったまでに過ぎん。
君が天木結衣にどれほどの感情を残しているかは分からない。もし君の心に、彼女に対して残したい事や、渡したい事があったら、その魔法陣に入るといい。嫌であれば、帰ればいい。私はただ、余計な世話を焼いているだけだからな。
個人の意見を述べるとすれば、少なくとも、何もしないより、はるかにいいとは思う。君は気にしているんだろう、自分が立ち止まったままの現状を。それに対し、どう立ち向かうのか。よく考えるといい、選ぶのは君自身だ。
私は一旦席を外す。付け加えて言っておくが、天木結衣と話せるのは、五分だけだ。話すなら、内容はちゃんと絞っておけよ」
ばるきりーさんは、去ってしまった。
残された浩二は、魔法陣を見た。これに乗れば、結衣に会える。けど話すったって、何を話せばいい。結衣を守れなかった自分に、彼女と話す資格なんて、ない。
「……天木」
だけどもだ。
もう一度……会いたい。顔を見たい。会って、声が聞きたい。
浩二は魔法陣に入った。すると魔法陣は淡く光り、浩二の前に、人影を浮かび上がらせた。
おぼろげな輪郭の影は、段々はっきりと形を作り上げ、実体化した。
影は櫻田高校の制服に身を包んだ、浩二と同学年の女子生徒となった。長く伸ばした黒髪をうなじでまとめた女子生徒は、優しい印象の垂れ目を浩二に向け、微笑んだ。
昔とすっかり姿が違っている。でも浩二は、分かった。この女の子が、誰なのか。はっきりと分かった。
「……天木、だな」
「うん」
天木結衣は、嬉しそうに頷いた。
浩二は頬をかき、視線をそらした。
「死んでも、成長とかするんだな」
「ううん。あの世だと人魂というか、人としての姿をしてないの。これは、えと、なんとかリーズさんが特別に作ってくれた姿なんだ」
ばるきりーさんだ。制服もきっと、あの人が用意したのだろう。
結衣はスカートをひらめかせたり、ブレザーの襟を直したりして、久しぶりの服に嬉しそうだった。
「どうかな、変じゃない?」
「似合ってる」
「琴音ちゃんは元気にしてるかな?」
「元気すぎてこっちが迷惑してるくらいだ」
「そっちの学校は楽しい? 室井君は、元気にしてる?」
「……ああ。してるよ」
他愛ない話しか出来ないのに、浩二は、喜んでいた。喜びすぎて、考えが回らなかった。
五分しかないのに、一度きりのチャンスなのに、話す内容が出て来ない。
「ありがとね」
結衣は突然、お礼を言った。浩二は分からず、首を傾げた。
「小さい頃、私を一生懸命守ってくれたよね。大人も皆敵になった中で、室井君だけが私の味方をしてくれて、私、すごく嬉しかった」
「……いや、俺は……守れなかった」
浩二は否定した。
「俺が弱かったから、何も出来なかったから、天木を死なせたんだ。俺も、悪いんだ……俺がもっと、強かったら、天木は死ななかった……俺は、守れなかった……大人達と変わらない、俺も、お前を殺した犯人だ」
「ううん、ちゃんと守れてたよ」
結衣は柔らかい笑顔を見せた。
「自殺しちゃった奴が何を言うんだって思うかもしれないけど、私、室井君がいたから、凄く心強かった。むしろ弱かったのは、私。すぐ傍に守ってくれる人が居るのに、それを無視して勝手に死んだ、私が悪いの。室井君が気に病む事じゃない」
「けど」
「死んでから、分かった事があるの」
結衣は浩二の手を取った。
「死んでから、私凄く後悔しちゃったんだ。どうして死んじゃったんだろうって、どうして室井君がいるのに気付かなかったんだろうって。私も守られるばかりじゃなくて、室井君と一緒に戦っていたらって、今でも後悔するんだ。
室井君が今、どんな想いで過ごしているのかは、分からない。でももし、私のせいで強いしこりが心にあるなら……勝手かもしれないけど、忘れてほしい。だって室井君は、私の心の恩人だから。そんな人が、私のせいで辛い思いをするのは、とっても嫌だから」
結衣は自分の胸に、浩二の手を押し付けた。
「室井君は、室井君らしく生きて。それが私の願い。室井君が自由に生きてくれたら、私はそれだけで嬉しいの」
「……俺らしく」
「うん。室井君は私を守ってくれた、白馬の騎士様だから。私って呪いを解いて、元の室井君に、戻って。ね?」
結衣の言葉は、浩二の心に届いていた。
なんて温かく、力強い言葉だろう。彼女の言葉が届くたび、浩二を縛っていたものが、ほどけていく。
「……ははっ」
浩二は自然と、笑みを浮かべていた。
「お前な、白馬の騎士様とか恥ずかしいフレーズつけんなよ。そういうのは変わらないよな」
「室井君こそ。小さい頃からひねくれた所、変わらないよね」
「うるせっ、それが俺だから、仕方ないだろ」
「うん、知ってる。頑固でへそ曲がりで、だけどとってもいい人。それが室井君でしょ」
「ま、そう言う事にしてやるよ」
浩二は結衣の頭を撫でた。
「……いきなり自由にってのは、難しいだろうな」
浩二がかけた鎖は、酷い位ガチガチに絡まっている。全部解くのは、今すぐには無理だ。
けど、これだけは決めよう。
「約束する。俺はこれから、俺らしく生きるよ。悩んでも、転んでも、俺は俺の心のままに生きていく。けど一個だけ、約束できない事があるな」
「何?」
「天木を忘れる事だ」
結衣の頬に指を伝わせ、浩二は優しく微笑んだ。
「お前は足枷なんかじゃない、大切な人だ、俺が俺であるための、大事な鍵なんだ。だから俺は、絶対忘れない。天木がいるから、俺はこうしてここに居られる。お前も忘れないでくれ、俺の事を。天木も俺を想ってくれていれば、俺も嬉しいから」
「勿論、忘れないよ。絶対に」
結衣はにこりとした。
不意に、結衣の輪郭が薄く、ぼやけ始めた。触れていた指がすり抜け、結衣の中に入る。
「時間みたい」
「……そうだな」
「五分って、短いんだね。もっと、話したかった」
「……俺も、同じだよ」
「……やっぱり、名残惜しいな。ここに居たいよ」
「……俺もだ。天木に、離れてほしくない」
「……死ぬのって、こうなる事なんだよね。死んでから気づくなんて、馬鹿みたい」
「……そうだな……」
けど、結衣は涙は見せなかった。精一杯笑顔を作って、浩二を見上げた。
浩二も笑顔を作り、結衣の笑顔を目に焼き付けた。大切な人の大事な笑顔を、心にしまうために。
「こう言うのも変だけど、元気でやれよ」
「室井君もね。死んだらあの世の事、一杯案内してあげる。でもだからって、すぐに死んだらだめだよ」
「お前が言うなよ。心配しなくても、しっかり生きてやる」
「ならよかった」
結衣は一歩下がった。
「琴音ちゃんにもよろしくね」
「ああ、言っとく。ちゃんとな」
浩二の手から、結衣の手が離れていく。
「じゃあ、またね」
結衣は手を振り、はじけるように消えていった。
胸の奥が、軽くなっている。浩二を縛っていたものが、なくなっていた。
ずっとずっと、後悔し続けていた。結衣を守れなかった悔やみが、浩二の心を硬く閉ざしていた。その心は今、解き放たれた。他でもない、結衣のおかげで。
目じりから、一筋の涙が流れる。浩二は涙を拭い、握り締めた。
「俺らしく生きて、か」
約束しよう。お前の分も、俺は生きる。それが、お前の心を救うのであれば。
「ありがとな……天木」
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