もしも北欧神話のワルキューレが、男子高校生の担任の先生になったら。

歩く、歩く。

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24話 社会科見学も神話から。

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 最後にヘルと遭遇して、二週間が経過しようとしていた。
 あれから奴の行方は途絶えてしまい、ヴァルキュリア軍でも捜索は難航している。ラーズグリーズはバスの中で頭を悩ましていた。
 奴がグングニルを持っているのは、ほぼ確実だ。問答術で直接引き出した情報だ、たがえるはずがない。それ故に軍総出で探しているのだが……どうやら奴は、マーキングの術を外してしまったらしい。数日前から魔力を感じなくなっていた。
 時間が経てば経つほど、奴は力を取り戻していく。手立てが遅くなれば、ラーズグリーズでも対処できなくなるだろう。

「どうしたものかな……」

 ラーズグリーズは呟き、ため息をついた。
 ヘルを野放しにしていては、生徒に危険が及ぶ。特に浩二はなおさらだ。離れればヘルはすぐに彼らを狙ってくるから、遠く離れるわけにもいかない。
 グングニルと浩二がどのような関係を持っているのかは、まだ分かっていない。ラーズグリーズも独自に調べたが、何の手がかりも得られなかった。
 しかし、ヘルは浩二を求めている。グングニルを己が手にするために。

「ばるきりーさん、難しい顔してるよ」

 後ろの席から、琴音が身を乗り出して、お菓子の袋を差し出した。

「これ美味しいよ! 新商品なんだけど、ばるきりーさんも食べて!」
「うむ、貰おうか」

 ラーズグリーズは笑顔を作り、袋を見て、目を点にした。

「ポテトチップス……黒なまこ味?」
「うん。ゴボウとなまこの味がするの」
「なまことはなんだ?」
「海の生き物。なんか変な奴」

 それ以前に味のチョイスがマニアックすぎる。
 さておいて、考え込むラーズグリーズと反比例して、生徒達はにぎやかにバス内で騒いでいた。なにしろ今日は、社会科見学の日だからだ。

 昨日中間テストを終えたばかりである生徒の、一時の気晴らしのようなものだ。過酷なテストを終えた反動からか、生徒達は開放感に溢れ、思い思いに楽しんでいた。
 楽しそうな生徒達を見て、ラーズグリーズは表情を険しくした。
 生徒には、指一本すら触れさせない。ヘルにやられて、なるものか。

「随分教師らしい顔するようになったな」

 今度は斜め後ろから声がした。浩二の声だ。
 浩二は窓に顔を向けながら、ラーズグリーズに小さな板状の物を投げ渡した。

「これは?」
「新発売のチョコだよ、アゴ出汁風味だ」
「なぜ君達二人はイロモノ菓子を好んで食べるのだ?」
「騙されたと思って食べてみろよ。意外と美味いから」

 浩二はそっけないが、いつになく口数が多かった。
 この所、彼からの当たりが、随分柔らかくなった気がする。まだ笑顔は見せていないものの、ラーズグリーズに対し、心を開きつつあるのを感じた。
 彼には、まだヘルの事を話していない。余計な不安になるかと思って、話そうにも話せないのだ。しかしもう、話さなければならないだろう。彼は知るべきだ、自分の身を守れるように。
 生徒のために、教師として、全力であたらなくては。
 ラーズグリーズは二人の生徒から貰った菓子を頬張り、そう決意した。

「うごっ!?」

 ただ、貰った菓子はどちらも激烈に不味かった。

  ◇◇◇

 目的地に着き、浩二はリュックを背負ってバスから降りた。
 クラスメイトがぞろぞろと降りてくる中、ばるきりーさんは一番最後にふらつきながら出て来た。乗り始めは良かった物の、乗ってるうちに三半規管がいかれたらしく、バス酔いしたらしいのだ。
 ワルキューレもバス酔いすんのかよ。浩二は呆れつつ思った。ばるきりーさん曰く、スレイプニルより揺れが不規則で気持ち悪かったらしい。

「ここが見学する場所だね」
「意外と近場にこんな所があったとはねぇ」

 脇から琴音と木下がにょきっと顔を出してきた。浩二も頷き、パンフレットを出した。
 バスに揺らされ二時間ほど。やってきたのは北欧神話の妖精国アルフヘイム、豊穣の神フレイが管轄する美しい森である。

 非常に幻想的な森だった。紫色に光る葉を蓄えた木々が並ぶ中を、蛍火のような光が浮かび、飛んでいる。地面には七色の草花が絨毯を作り上げ、所々にある茂みには小動物が餌を求めて動き回る姿が見えた。
 妖精の国、と言うわりには妖精の姿が見えないし、家も見あたらないのだが、それは妖精達が意図的に姿を消しているからだそうだ。理由としてはまぁ、世界結合初期の観光客があまりにもマナー違反を繰り返して妖精達がNGを出してしまったからなのだが。

 それでもフレイにしてみりゃ大事な収入源なので、妖精の森自体は観光地として開放しているというわけだ。

「いやに俗っぽい豊穣の神様だな」

 商売欲は他の神より豊穣である。

「さ、さて……全員整列しろぉ……」

 酔いでぐでんぐでんになったばるきりーさんが手を挙げた。

「この森を抜けて……うぷ……フレイの神殿に行くぞ……まずはそこからぐふぅっ……」
「いやどんだけグダグダなんだよ!」

 完璧にノックアウト状態のばるきりーさんに浩二はツッコミを入れざるを得なかった。
 すっかり戦闘不能となった女神に木下と琴音が駆け寄り、背中をさすったり酔い止めを渡したりして介助した。青い顔したばるきりーさんは、この上なくへなちょこになっていた。

「あんなのでも教師、ねぇ……」

 ただ……誰よりも頼りになる教師だ。
 聞こえのいい発言で逃げる大人ではなく、自分の発言に責任を持つ女神だ。まだ大人を信じる気にはなれないが、この先生になら、浩二は身を任せられる。そう感じていた。

「で、では諸君……他のクラスも準備が出来たらしい……いぐぞぉっ……おげぇぇぇ……」

 その女神はエチケット袋にゲロぶちまけてるけど。

「……頼りに、なる、んだよな。これでも……うん、多分……」

 自分の判断に自信がなくなるも、浩二はばるきりーさんについていった。
 アルフヘイムを社会科見学に選んだのは、他でもないばるきりーさんだ。なんでも、もっと自分の居た世界について興味を持ってもらいたいから、職員会議でごり押ししたらしい。

 強引さは相変わらずだが、ばるきりーさんの思考は当初とは大きく違っている。純粋に、生徒を想って行動していた。至るまでの過程は力技過ぎて決してほめられたものではないけれども。

 妖精の森を歩く間、ばるきりーさんはアルフヘイムについてわかりやすく説明してくれた。アルフヘイムはフレイが最初の歯が生えたときのお祝いに贈られた物だ。ここは金色の毛の猪と血まみれの蹄を持つ馬が警備していて、この国の住民を守っているとの事。しかもこの森のどこかにはフレイの剣が隠されており、正しき使い手の元に現れるのだとか。
 神話が身近な存在になっていても、ファンタジックな話は少年少女の心を突いてくるようで、皆熱心に聞いていた。

「さて、そろそろ着くぞ」

 ようやくばるきりーさんが酔いから復活する頃に、フレイの神殿が見えてきた。
 神殿と言うには、小さな物だった。外観はギリシャのパルテノン神殿に近いが、一回り小ぶりに造られている。入り口には中身の無い鎧が二体、剣を携え立っており、警備をしていた。
 生徒達を見るなり、鎧は剣を掲げた。しかしばるきりーさんが手を上げると、大人しく引き下がった。

「予約していた櫻田高校の一年生達だ。手荒な歓迎はよしてくれよ」

 チケットを渡し、ばるきりーさんは手招きした。実はこのチケット、意外と高くて税込み四千五百円もするのだ。ばるきりーさんの口添えがなけりゃ学校の予算を余裕でオーバーしていただろう。これは余談だが、フレイはネット通販でアルフヘイムグッズも販売しているらしい。

「豊穣の神様なのに業突く張りすぎやしないか?」
「なんか値段も相場より高いしねぇ」

 外の物販で早速おみやげを購入した木下がいるが、浩二は無視した。
 とにかく神殿へ向かい、ゲートをくぐった。するとどうだろう、外観とは打って変わって、広々とした内部が生徒を迎えていた。
 外と中で大きさが違いすぎる。精々体育館程度しかない建物の中は、直径五十メートルはある円堂と半球体のドームが載った造りで、パンテオン神殿によく似ていた。ドーム頂部にはステンドグラスが宛がわれ、様々な色の光を取り込んでいた。出入り口を含めて六つのゲートが空けられており、巨人やニンフ等の従者達の往来が伺えた。

 中央には噴水が設置されているのだが、あふれ出る水しぶきは空中でダイヤモンドに変わり、水に入るとまた水に戻った。浩二が試しに水をすくってみたところ、大きなダイヤモンドの塊になり、浩二の手を覆ってしまった。どうやらこのダイヤ、持ち出せるらしい。
 これを見て、何人かの生徒が噴水に群がった。

「残念だが、これは外には持ち込めないぞ」

 ばるきりーさんは浩二の手からダイヤを外しつつ、俗物根性丸出しな生徒に忠告した。

「魔力が満ちた場所でなければ結晶化できないのだ。神殿から出ればただの水に戻る」
「あ、そうなんだ……」
「ちぇ……」

 ばるきりーさんの後ろで、大量のダイヤモンドを抱え込んだ琴音と木下ががっかりしていた。浩二は白い目で二人を見てから、軽く額をデコピンしといた。
 一度集合し、諸々の注意を受けてから、自由時間になる。どうするかと考えていた浩二は、琴音に肩を叩かれた。

「こうちゃん特に行きたいところないんでしょ? 一緒に行こうよ」
「まぁ確かに、予定は決めてないけど、琴音は何かあるのか?」
「うん。ここの地下にね、グロッティって石臼があるんだって」

 琴音はパンフレットを開き、浩二に見せた。

「この石臼を挽いてる巨人のお姉さんってね、二人とも映画に出演した巨人なんだって! 私この映画好きなんだ」
「へぇ。で、それに会いに行くと?」
「うん!」

 琴音は頬を紅潮させて頷いた。この子は結構ミーハーだったりする。

「木下はどうしたよ? あいつも来るもんかと思ったけど」
「他の子に誘われて行っちゃった。これからフレイの演説が始まるんだって」
「なんかありがたみが薄そうな演説になりそうだな……」

 隅っこに設置された割高な土産屋に目をやりつつ、浩二は肩を竦めた。

「じゃ、行ってみるか」
「私もついていっていいか?」

 ばるきりーさんに声をかけられ、浩二は振り返った。
 教師陣の話し合いが終了したらしく、他の教師達は思い思いに散っている。先生も自由時間なら、断る理由はない。それに、聞きたい事もあるから、丁度いい。

「ならさ、グロッティについて講釈、お願いできるか?」

 以前に比べて、浩二は随分リラックスして頷いた。

「それいいね! 本職が教えてくれるなら歓迎だよ」
「琴音もこう言ってるしさ」
「いいぞ。では、話しながら歩こうか」

 ばるきりーさんは先導し、神殿の地下に向けて案内してくれた。
 ばるきりーさんは移動しながら、グロッティについても説明してくれた。
 グロッティはフレイに与えられた石臼であり、あらゆる物を創造する力を持った魔法具である。昔フレイがヘンギキョフトから与えられた物なのだがあまりにも重く、巨人でなければ動かす事すら出来なかった。

 そこでフレイはスウェーデンに居た女巨人、フェニヤとメニヤを買って、不眠不休で挽かせ続けたそうなのだ。石臼を挽く間に二人が歌った復讐のための歌はグロッティの歌と呼ばれ、詩のエッダに記載されている。
 現在は労働基準法に余裕で抵触してしまうので、ちゃんと八時間労働厳守かつ、残業なしで給料も出ているとの事。

「フレイの話じゃ労働省から監査が入って厳重注意を受けたらしいぞ。不払いの給料を従士達に払ったら財産が十分の一に減ったとか。奴が金に執着しだしたのもそれからだな」
「……いちいち出て来る話が豊穣の神とは思えないほど生々しいんだけど」
「意識高い系のワンマン社長にありがちなブラック企業だったんだね、ここって……」

 それよりも神様相手に勝利した日本の役人に対し一言あるべきではないだろうか。
 さておき、地下に安置されたグロッティの下へ付き、浩二は件の石臼を見上げた。
 万物を創造する魔法具にしちゃ、随分大味な外見だ。見た目はどでかい岩石に、これまた野太い丸太を直接ぶっさしただけの手抜き感満載の作りであり、神聖な物には思えなかった。

「でもって、あの二人がフェニヤとメニヤ、だな」

 グロッティの傍らでは、休憩をしている、十四メートルはある女巨人の姿が二人見えた。二人とも繋ぎを着ていてタバコをふかしているので、見た目はトラック運転手のねーちゃんといった印象だ。メニヤはノーメイクで大雑把な顔をしているが、フェニヤは妙に気合の入ったメイクと髪型をしていた。

『ん? ラーズグリーズじゃないかい?』

 と、メニヤはばるきりーさんを見やるなり、気さくに挨拶してきた。ばるきりーさんも嬉しそうに手を上げている。

「うむ。久しぶりだな二人とも」
『久しぶりって、十年ぶりくらいでしょ。新宿のゴールデン街で会って以来だったかしら』

 フェニヤはしゃがみ、やけに気取った口調で話しかけてきた。

「新宿……ゴールデン街?」
「ああ、初給料ではっちゃけてる所を偶然出会ってな。ちょっと飲み比べした仲だ」
「さっきからずっと話の内容が中年おっさんの人生談みたくなってんだけど」

 女神と巨人が交わすにしては随分アルコール臭の強い会話である。

『他のヴァルキュリアがSNSで呟いてたけど、本当だったんだ』
『あんたみたいな物好きはそう居ないんじゃないかい? しかしなんだって教師に? モンペアとか色々大変だろうに』
「その辺の話はまたおいおいしようか。吉祥寺に美味い串カツの店があるからそこでな」
『おーいいねー!』
『またハイボール飲み比べしようじゃないか!』
「おめーら二人はお局OLか!」

 会話に漂うあまりの油臭さにとうとうツッコミを入れた浩二だった。

「な、なんかイメージと違うねこうちゃん……」
「この神殿の住民、見た目がファンタジックなだけで中身が三十路後半の女なんだけど……」
「映画だともっとキリッとしてたのに……」
『やーん! 私の出演した映画見てくれたのー!?』

 突然フェニヤがヘッドスライディングで琴音に飛びついた。咄嗟に浩二が抱き寄せたからよかったものの、一歩間違えたら琴音がぺたんこになる所だった。

『どうだったどうだった? 女優業なんて初めてだから緊張しちゃってぇー』
「え、えと……凄かったです、はい……色々」
『でしょでしょー! でも私か弱い女だから格闘とかできないからねぇ』
『嘘つくんじゃないよフェニヤ、あんた昨日セクハラしてきたダイダラボッチをぼっこぼこにしてたじゃないか、週刊誌にばらすよそれ』

 メニヤの指摘にぎくっとしたフェニヤである。

『まぁなんだ、それなりに楽しくやってるんならいいさ。それよか今日は、社会科見学だろ?』

 メニヤはしゃがみ、グロッティを親指で示した。

『せっかく来たんだ、生徒にこれ挽くところ見せてやるよ。ついでに、出したい物があったら一個だけ出してもいいぞ』
「おお~、ふとっぱらぁ。でも何出してもらおうかな……砂金とかもいいんだけどダイヤモンドとかも結構価値があるし……いやでもここは……やっぱりオリハルコンを作ってもらってどっかに売りさばいた方が……」
「やめとけ琴音、それ以上はいけない」

 ここに来た奴は金に意地汚くなるのだろうか。琴音の目はマジだった。

「では、こういった物を出してもらっていいか」

 ばるきりーさんがメニヤに注文すると、メニヤは眉をハの字にした。

『出せない事はないけど、そんなんでいいのか?』
「ああ。むしろ、出してもらわねば困る」
『……? ま、あんたが言うならいいけど』

 メニヤはフェニヤの首根っこを掴み、グロッティに歩んだ。

『じゃ、見てな。これがグロッティの石臼だ、歌付きで挽いてやるよ』
『こんなサービス、滅多にしないんだからねっ』

 フェニヤとメニヤの二人は石臼を掴み、グロッティの歌を歌いながら、重々しくグロッティを挽き始めた。
 それはそれは、重量感ある壮大な光景だった。のだが、二人の音を外したジャイアン張りの歌声に、浩二と琴音は耳から血を出し、まとめてぶっ倒れてしまったのだった。
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