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25話 生徒と教師の絆
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「すまん、あの二人の歌声、戦略兵器レベルの酷さだったのを忘れていた……」
ラーズグリーズは二人を人気のない落ち着いた場所に連れ、治療を施していた。
二人はまだ頭痛がするのか、しきりに頭をさすっていた。水を与えて落ち着かせてやり、ラーズグリーズはため息をついた。
「脳みそが崩れるかと思ったぞ……んでばるきりーさん、なんであんなのを作らせたんだ?」
「私も思った。凄い物だと思うけど、そんなのを用意してどうするの?」
二人に疑問を投げかけられ、ラーズグリーズは目を背けた。
「まぁ、そうだな。必要になるというか、念のためと言うかな」
ラーズグリーズは浩二を見つめた。
「覚えているか。前、君に話そうと伝えていた事を。」
「それ、うやむやになっていたあの件か?」
浩二は察し、立ち上がった。
「君が不安になると思い、機を逃していた。だが、もう話さねばなるまい。君は渦中の人間、知らなければならない」
「……ああ」
浩二は心した様子で頷いた。彼の目には、不安が透けて見える。
話すべきか否か、ラーズグリーズは腕を組んで悩んだ。彼はまだ幼い。自身のおかれた境遇を知れば、余計な恐怖を与える危険もある。素直に話して、果たして受け入れられるかどうか。
しかし、しかしだ。彼は弱くはない。
天木結衣との再会以来、彼は変わった。心に一本芯が入ったような、しなやかな強さがある。
彼が立ち向かわねばならないのは、ラーズグリーズですら霞む存在。それでも彼なら、なんとかしてくれる。そう思わせてくれるのだ。
生徒が成長するとは、こういう事か。
「君なら、大丈夫だろう」
生徒を信じずして、何が教師だ。私は彼の強さを信じよう。
「執拗に手を出していた奴の正体は、ヘルという。私の居た世界、ユグドラシルの最下層に住んでいた邪神だ」
「邪神……だと?」
「そうだ。霧の世界ニブルヘイムに国を構え、頂点に立っていた存在だ。単純な力であれば、私を凌駕するだろうな」
「あんた以上……!」
「そうだ。なにしろ、私の主様と同格の者なのだ」
ラーズグリーズの説明に、琴音が首を傾げた。
「ばるきりーさんの主様って誰なの? 今どこに居るの? その人に頼めば、ヘルって人をどうにかできるんじゃないかな?」
「そうしたいところだが、出来ないな。主様は今、戦えない」
ラーズグリーズは、主の顔を思い浮かべた。
「我等ヴァルキュリアを束ねる長は、オーディンと言う。君達も耳にした事はあるだろう?」
「ああ。北欧神話の、最高神だな」
「そうだ。だが今、主様はヴァルハラにて隠遁生活を送っているのだ。体がとてもお弱りになってしまってな、我々にすら姿を見せられないほどなのだ」
「弱ったって、何があったんだ」
「件のヘルと、戦っていた。そして相打ちになり、深手を負った」
浩二と琴音の顔に、驚愕が浮かんだ。
「オーディンですら動けなくなる、相手なのか……けどなんで、ヘルは襲ったんだ?」
「主様の持つ槍が目的だ。ここの時間で言えば、十五年ほど前になるか。ヘルは突然、ヴァルハラに殴りこんできたのだ。主様の武器を奪うためにな」
「オーディンの武器って言ったら……あれか!」
浩二は興奮した様子で立ち上がった。
「グングニル! 北欧神話最強の槍! 勝利を約束する槍だったな!」
「人間界ではそう伝わっているようだな」
ラーズグリーズは首を振った。
「だが、実際は違う。それはグングニルの一面に過ぎんのだ。グングニルの本質は、別にある。あの槍は、万物の法則を無視する力を持つのだ」
「なんだそれ?」
「乱暴に言えば、なんでも出来る力だ。たとえば……」
ラーズグリーズは指を立てた。
「私のような生命体を、無から造るとかな」
「……なんだと?」
浩二の顔色が変わった。
「あんた、グングニルで造られたのか……?」
「別段驚く事ではないだろう。そんなのは序の口だ。グングニルさえあれば、己を不老不死にする事も出来る。別の世界へ移動する事も出来る。その気になれば、世界を一つ消す事だって出来る。あの槍の力は異常だ。主様以外の者に渡れば、容易に悪用されてしまう。だからこそ、我々は死力を尽くして、戦った」
ラーズグリーズは思い起こした。
「グングニルを求めるヘルと、それを守る主様。我々ヴァルキュリア軍も総動員した冥府との戦争は、熾烈を極めた。だが、戦況は冥府側が優勢だった。奴の方が、戦略的に上でな。そして忌々しい事に……ヘルは主様を、敗北寸前まで追い詰めたのだ。
ヘルがグングニルを手に入れて、何をしたがっていたのかは分からん。しかし、グングニルほど強大な武器を、邪神に渡すわけにはいくまい。相手は、破壊衝動の塊みたいな奴だからな。
追い詰められた主様は、英断するしかなかった。ヘルを時空のうねりに叩き込んで、存在を抹消するしかないとな。だがそれは、他の空間にまで多大な影響を与えかねない、危険な賭けだった」
今でも思い出す事が出来る。ヘルに追い詰められ、グングニルを奪われる瀬戸際の、主オーディンの顔を。
「主様は悩み、賭けに出る事にしたのだ。世界を捻じ曲げ、ヘルを倒す事を優先した。時空を捻じ曲げる際の莫大なエネルギーをぶつけて、ヘルを倒す事には成功した。だが代償として、他の世界まで巻き込んでしまい……一つの世界として統合してしまったのだ」
「……結合? 結合、だと?」
浩二は気付いたらしい。
そう、その通りだ。この世界が成り立ったのは、グングニルが原因なのだ。
主様はヘルの討伐に焦り、グングニルの制御を誤った。結果、グングニルは全ての力を使い、数多の世界を巻き込み、混じらせ、一つにしてしまった。
つまり。
「……オーディンが原因だったのかよ、この世界作ったの」
「すまん、この事実は隠させてもらっている。主様の都合でな」
神々は非常に強い縄張り意識を持っている上、人間には見えない所で勢力争いを行っている。故にこの事実に加え、ラーズグリーズの世界における最高指導者がダウンしているのを悟られれば、たちまち他の神により飲み込まれてしまうだろう。
自分達の身を守るためといえど、都合の悪い事実を隠していたのは事実。浩二はこうした事が嫌いだろう、文句の一つ言われても仕方あるまい。
「……んで、そこまでの話は分かったけど、俺は一体どう関係しているんだ?」
「む……?」
ところがだ、浩二は大人しく話を続けさせた。
「まだ話の中に、俺が出て来てないだろ。ヘルの狙いは分かったし、グングニルがどれだけやばい代物なのかも分かった。けど、俺が狙われる理由がまだ分かってないじゃないか。それになんで、倒したはずのヘルが話に上がるんだ? 相打ちでも、やっつけたんだろ?」
説明を求める言葉にも、落ち着きが見られる。表情もおだやかだ。
「ああ……ヘルは倒したが、死んでいなかったのだ。奴は力と肉体を失い、十五年の間この世界をさまよっていたらしい。そして君が狙われる理由だが、どうやら君は、グングニルを使うための鍵らしいのだ」
「鍵ぃ? 俺が? なんで」
「それが、まだよくわかっていないのだ」
問題はそこだ。ラーズグリーズはずっと調べているのだが、浩二とグングニルについて、全く情報が得られなかった。
「ヘルは君を、特異点、と呼んでいる。それが何を意味しているのかは知らんが、君は何か、心当たりはあるか?」
「言われても、思い当たる節はないな。別に俺に特別な力は無いし、ばるきりーさんから見て、俺に何か変わった点はあるか?」
「……いや、無いな」
本当はある。浩二が自覚していないだけで、普通の人間と違う所が。
彼はヴァルハラで、主様しか使えないはずの武器を扱い、そして彼の血がついた武器は、他人も使えるようになっていた。リンドブルムが墜落してきた時には、ヴァルキュリア軍が彼の呼びかけに応じ、人間の危機を救った。たかが人間の呼びかけごときに、ヴァルキュリアが応じたのだ。主様に絶対服従を誓う、戦をつかさどる女神たちがだ。
ラーズグリーズ自身も、浩二の言葉には従ってしまう。正確に言えば、浩二が「~しろ」等の命令形で話した時、心身共に浩二の言葉通り動いてしまうのだ。
彼が起こした事は全て、主様のしている事とまるで同じだ。彼からは、主様と同質の力があるように感じるのだ。
しかし、それを話していい物だろうか。彼は生徒だ。教師が生徒に、不安を与えるような真似をするわけにはいかない。ラーズグリーズ自身も確証が持てない根拠しかない、そんな曖昧な理由しかないのに、彼に話していいものなのだろうか。
「まぁ、色々腑に落ちない点は多いな。謎も多い。けどよ、気にしなくてもいいんだろ?」
ところがだ、浩二は随分、前向きに話していた。
「こうちゃん、恐くないの?」
琴音の質問に、浩二は肩を竦めた。
「まぁ、恐いっちゃ恐いさ。相手はオーディンを打ち負かすような奴だぞ? ばるきりーさんよりずっと強い奴なのは、間違いない。けど」
浩二は、ラーズグリーズに信頼を込めた目を向けた。
「信じていいんだろ」
浩二から、無類の信頼を感じる。大人をかたくなに頼ろうとしなかった浩二は、ラーズグリーズを頼ろうとしていた。
浩二は胸に手を当て、ラーズグリーズを見据えた。
「もしあんたが大人だったら、俺は絶対信じられない。でもばるきりーさんは、女神だ。俺を見て、とことんまで守ろうとしてくれる女神だ。なら、俺は信じられる。だから、弱気な顔はしないでくれ。あんたは俺が、唯一信じられる神様だから。
俺も出来る限りの事はする。俺もヘルと戦う。正直、俺なんかがヘルに何かできるなんて、思えないけど、俺が特異点って奴なら、それを利用できるかもしれない。
ばるきりーさんは俺を導いてくれた。だから今度は、俺があんたを助ける番だ。あんたの成すべき事を、俺も手伝う。守られてばかりは、俺も嫌だからさ」
浩二ははっきりとした意思を伴い、ラーズグリーズに伝えた。力ある言葉に、ラーズグリーズは目を細くした。
成長したな、浩二。
浩二は過去を乗り越え、人として大きくなった。彼からはもう、大人に対する憎しみは薄れている。まだ完全ではないだろうが、彼ならばいつか必ず、憎しみを昇華してくれる。
浩二の踏み出した一歩はとても小さく、些細な一歩かもしれないが、彼の将来には大きな歩みになっているはずだ。
「分かった、君の思い、確かに受け取ったぞ。浩二」
けれど、生徒に危険な行いはさせない。
教師は生徒を守るべき者。彼の意思は尊重するが、ヘルは必ず、自分が討ち取る。彼の成長を阻もうとするならば、我が槍を持って、奴を粉砕してくれる。
「我が名を冠する槍に誓おう、このラーズグリーズ、教師として必ず」
私の生徒は、必ず守ってみせる。
「涙ぐましい光景だな、ラーズグリーズ」
ラーズグリーズが決心した瞬間、それを揺るがす声が、神殿内に響き渡った。
ラーズグリーズは二人を人気のない落ち着いた場所に連れ、治療を施していた。
二人はまだ頭痛がするのか、しきりに頭をさすっていた。水を与えて落ち着かせてやり、ラーズグリーズはため息をついた。
「脳みそが崩れるかと思ったぞ……んでばるきりーさん、なんであんなのを作らせたんだ?」
「私も思った。凄い物だと思うけど、そんなのを用意してどうするの?」
二人に疑問を投げかけられ、ラーズグリーズは目を背けた。
「まぁ、そうだな。必要になるというか、念のためと言うかな」
ラーズグリーズは浩二を見つめた。
「覚えているか。前、君に話そうと伝えていた事を。」
「それ、うやむやになっていたあの件か?」
浩二は察し、立ち上がった。
「君が不安になると思い、機を逃していた。だが、もう話さねばなるまい。君は渦中の人間、知らなければならない」
「……ああ」
浩二は心した様子で頷いた。彼の目には、不安が透けて見える。
話すべきか否か、ラーズグリーズは腕を組んで悩んだ。彼はまだ幼い。自身のおかれた境遇を知れば、余計な恐怖を与える危険もある。素直に話して、果たして受け入れられるかどうか。
しかし、しかしだ。彼は弱くはない。
天木結衣との再会以来、彼は変わった。心に一本芯が入ったような、しなやかな強さがある。
彼が立ち向かわねばならないのは、ラーズグリーズですら霞む存在。それでも彼なら、なんとかしてくれる。そう思わせてくれるのだ。
生徒が成長するとは、こういう事か。
「君なら、大丈夫だろう」
生徒を信じずして、何が教師だ。私は彼の強さを信じよう。
「執拗に手を出していた奴の正体は、ヘルという。私の居た世界、ユグドラシルの最下層に住んでいた邪神だ」
「邪神……だと?」
「そうだ。霧の世界ニブルヘイムに国を構え、頂点に立っていた存在だ。単純な力であれば、私を凌駕するだろうな」
「あんた以上……!」
「そうだ。なにしろ、私の主様と同格の者なのだ」
ラーズグリーズの説明に、琴音が首を傾げた。
「ばるきりーさんの主様って誰なの? 今どこに居るの? その人に頼めば、ヘルって人をどうにかできるんじゃないかな?」
「そうしたいところだが、出来ないな。主様は今、戦えない」
ラーズグリーズは、主の顔を思い浮かべた。
「我等ヴァルキュリアを束ねる長は、オーディンと言う。君達も耳にした事はあるだろう?」
「ああ。北欧神話の、最高神だな」
「そうだ。だが今、主様はヴァルハラにて隠遁生活を送っているのだ。体がとてもお弱りになってしまってな、我々にすら姿を見せられないほどなのだ」
「弱ったって、何があったんだ」
「件のヘルと、戦っていた。そして相打ちになり、深手を負った」
浩二と琴音の顔に、驚愕が浮かんだ。
「オーディンですら動けなくなる、相手なのか……けどなんで、ヘルは襲ったんだ?」
「主様の持つ槍が目的だ。ここの時間で言えば、十五年ほど前になるか。ヘルは突然、ヴァルハラに殴りこんできたのだ。主様の武器を奪うためにな」
「オーディンの武器って言ったら……あれか!」
浩二は興奮した様子で立ち上がった。
「グングニル! 北欧神話最強の槍! 勝利を約束する槍だったな!」
「人間界ではそう伝わっているようだな」
ラーズグリーズは首を振った。
「だが、実際は違う。それはグングニルの一面に過ぎんのだ。グングニルの本質は、別にある。あの槍は、万物の法則を無視する力を持つのだ」
「なんだそれ?」
「乱暴に言えば、なんでも出来る力だ。たとえば……」
ラーズグリーズは指を立てた。
「私のような生命体を、無から造るとかな」
「……なんだと?」
浩二の顔色が変わった。
「あんた、グングニルで造られたのか……?」
「別段驚く事ではないだろう。そんなのは序の口だ。グングニルさえあれば、己を不老不死にする事も出来る。別の世界へ移動する事も出来る。その気になれば、世界を一つ消す事だって出来る。あの槍の力は異常だ。主様以外の者に渡れば、容易に悪用されてしまう。だからこそ、我々は死力を尽くして、戦った」
ラーズグリーズは思い起こした。
「グングニルを求めるヘルと、それを守る主様。我々ヴァルキュリア軍も総動員した冥府との戦争は、熾烈を極めた。だが、戦況は冥府側が優勢だった。奴の方が、戦略的に上でな。そして忌々しい事に……ヘルは主様を、敗北寸前まで追い詰めたのだ。
ヘルがグングニルを手に入れて、何をしたがっていたのかは分からん。しかし、グングニルほど強大な武器を、邪神に渡すわけにはいくまい。相手は、破壊衝動の塊みたいな奴だからな。
追い詰められた主様は、英断するしかなかった。ヘルを時空のうねりに叩き込んで、存在を抹消するしかないとな。だがそれは、他の空間にまで多大な影響を与えかねない、危険な賭けだった」
今でも思い出す事が出来る。ヘルに追い詰められ、グングニルを奪われる瀬戸際の、主オーディンの顔を。
「主様は悩み、賭けに出る事にしたのだ。世界を捻じ曲げ、ヘルを倒す事を優先した。時空を捻じ曲げる際の莫大なエネルギーをぶつけて、ヘルを倒す事には成功した。だが代償として、他の世界まで巻き込んでしまい……一つの世界として統合してしまったのだ」
「……結合? 結合、だと?」
浩二は気付いたらしい。
そう、その通りだ。この世界が成り立ったのは、グングニルが原因なのだ。
主様はヘルの討伐に焦り、グングニルの制御を誤った。結果、グングニルは全ての力を使い、数多の世界を巻き込み、混じらせ、一つにしてしまった。
つまり。
「……オーディンが原因だったのかよ、この世界作ったの」
「すまん、この事実は隠させてもらっている。主様の都合でな」
神々は非常に強い縄張り意識を持っている上、人間には見えない所で勢力争いを行っている。故にこの事実に加え、ラーズグリーズの世界における最高指導者がダウンしているのを悟られれば、たちまち他の神により飲み込まれてしまうだろう。
自分達の身を守るためといえど、都合の悪い事実を隠していたのは事実。浩二はこうした事が嫌いだろう、文句の一つ言われても仕方あるまい。
「……んで、そこまでの話は分かったけど、俺は一体どう関係しているんだ?」
「む……?」
ところがだ、浩二は大人しく話を続けさせた。
「まだ話の中に、俺が出て来てないだろ。ヘルの狙いは分かったし、グングニルがどれだけやばい代物なのかも分かった。けど、俺が狙われる理由がまだ分かってないじゃないか。それになんで、倒したはずのヘルが話に上がるんだ? 相打ちでも、やっつけたんだろ?」
説明を求める言葉にも、落ち着きが見られる。表情もおだやかだ。
「ああ……ヘルは倒したが、死んでいなかったのだ。奴は力と肉体を失い、十五年の間この世界をさまよっていたらしい。そして君が狙われる理由だが、どうやら君は、グングニルを使うための鍵らしいのだ」
「鍵ぃ? 俺が? なんで」
「それが、まだよくわかっていないのだ」
問題はそこだ。ラーズグリーズはずっと調べているのだが、浩二とグングニルについて、全く情報が得られなかった。
「ヘルは君を、特異点、と呼んでいる。それが何を意味しているのかは知らんが、君は何か、心当たりはあるか?」
「言われても、思い当たる節はないな。別に俺に特別な力は無いし、ばるきりーさんから見て、俺に何か変わった点はあるか?」
「……いや、無いな」
本当はある。浩二が自覚していないだけで、普通の人間と違う所が。
彼はヴァルハラで、主様しか使えないはずの武器を扱い、そして彼の血がついた武器は、他人も使えるようになっていた。リンドブルムが墜落してきた時には、ヴァルキュリア軍が彼の呼びかけに応じ、人間の危機を救った。たかが人間の呼びかけごときに、ヴァルキュリアが応じたのだ。主様に絶対服従を誓う、戦をつかさどる女神たちがだ。
ラーズグリーズ自身も、浩二の言葉には従ってしまう。正確に言えば、浩二が「~しろ」等の命令形で話した時、心身共に浩二の言葉通り動いてしまうのだ。
彼が起こした事は全て、主様のしている事とまるで同じだ。彼からは、主様と同質の力があるように感じるのだ。
しかし、それを話していい物だろうか。彼は生徒だ。教師が生徒に、不安を与えるような真似をするわけにはいかない。ラーズグリーズ自身も確証が持てない根拠しかない、そんな曖昧な理由しかないのに、彼に話していいものなのだろうか。
「まぁ、色々腑に落ちない点は多いな。謎も多い。けどよ、気にしなくてもいいんだろ?」
ところがだ、浩二は随分、前向きに話していた。
「こうちゃん、恐くないの?」
琴音の質問に、浩二は肩を竦めた。
「まぁ、恐いっちゃ恐いさ。相手はオーディンを打ち負かすような奴だぞ? ばるきりーさんよりずっと強い奴なのは、間違いない。けど」
浩二は、ラーズグリーズに信頼を込めた目を向けた。
「信じていいんだろ」
浩二から、無類の信頼を感じる。大人をかたくなに頼ろうとしなかった浩二は、ラーズグリーズを頼ろうとしていた。
浩二は胸に手を当て、ラーズグリーズを見据えた。
「もしあんたが大人だったら、俺は絶対信じられない。でもばるきりーさんは、女神だ。俺を見て、とことんまで守ろうとしてくれる女神だ。なら、俺は信じられる。だから、弱気な顔はしないでくれ。あんたは俺が、唯一信じられる神様だから。
俺も出来る限りの事はする。俺もヘルと戦う。正直、俺なんかがヘルに何かできるなんて、思えないけど、俺が特異点って奴なら、それを利用できるかもしれない。
ばるきりーさんは俺を導いてくれた。だから今度は、俺があんたを助ける番だ。あんたの成すべき事を、俺も手伝う。守られてばかりは、俺も嫌だからさ」
浩二ははっきりとした意思を伴い、ラーズグリーズに伝えた。力ある言葉に、ラーズグリーズは目を細くした。
成長したな、浩二。
浩二は過去を乗り越え、人として大きくなった。彼からはもう、大人に対する憎しみは薄れている。まだ完全ではないだろうが、彼ならばいつか必ず、憎しみを昇華してくれる。
浩二の踏み出した一歩はとても小さく、些細な一歩かもしれないが、彼の将来には大きな歩みになっているはずだ。
「分かった、君の思い、確かに受け取ったぞ。浩二」
けれど、生徒に危険な行いはさせない。
教師は生徒を守るべき者。彼の意思は尊重するが、ヘルは必ず、自分が討ち取る。彼の成長を阻もうとするならば、我が槍を持って、奴を粉砕してくれる。
「我が名を冠する槍に誓おう、このラーズグリーズ、教師として必ず」
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