もしも北欧神話のワルキューレが、男子高校生の担任の先生になったら。

歩く、歩く。

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28話 浩二、死す。

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 ばるきりーさんの拳をまともに受け、ヘルは派手に転がった。頭を何度も床に擦りつけ、人身事故のような勢いですっ飛び、本棚にぶつかって下敷きになった。
 ばるきりーさんは槍を抜き取り、浩二と琴音を背中に隠した。スーツのジャケットを放り投げ、何度か髪を振るう。
 ヘルはすぐさま本棚を粉砕し、散らばる紙切れの中を歩いてきた。ばるきりーさんの登場に、やや困惑している様子だった。

「なぜここに……」
「フレイに協力してもらったまでだ。主様ほどではないが、奴も上位神の一人。貴様を探し、空間の壁を破壊するなど、難しい事ではない」

 ばるきりーさんは槍を肩に担いだ。瞳には、底知れない怒りが宿っている。

「二人とも、無事で良かった。もう、大丈夫だ」

 浩二と琴音に優しく声をかけたばるきりーさんは、グングニルに目をやった。

「主様の槍、こんな所にあったか。まさか、主様の書庫をアジトにしていたとはな」
「ああ……ここは外界と断絶されている。隠れるには、もってこいだった」

 ヘルは無表情のまま、静かに答えた。
 ばるきりーさんは長く息を吐き、槍をヘルに突きつけた。

「散々、私の生徒を可愛がってくれたようじゃないか。相応の覚悟は、出来ているんだろうな!」

 槍の切っ先から雷が飛び、ヘルに襲い掛かった。まともに雷が直撃するが、ヘルは意に介さず、埃を落とすように体を払った。
 ばるきりーさんの魔法が、効いていない。ばるきりーさんの顔が、険しくなった。

「力の差は分かったか?」

 ヘルはあざ笑った。

「まだ本調子ではないと言え、貴様程度の下級神なら捻れる程度の力は戻っている。勝ち目はないぞ」
「……そうだとしても、退く理由にはならん」

 ばるきりーさんは、浩二をかばうように両腕を広げた。
 ヘルは青い炎を作り、飛ばしてきた。ばるきりーさんは全て叩き落し、槍を翳して躍り出た。
 流れるような動きで槍を振るい、ばるきりーさんはヘルに肉薄する。ヘルも炎の剣を作って応戦し、両者は切り結んだ。

「負けるとわかって飛び込むか、ますます意味が分からんな。なぜこんな無駄な真似をする? 勝ち目のない相手に喧嘩を売るなど、子供の理屈でしかないのだぞ」
「なんとでも言うがいい」

 ばるきりーさんはヘルを蹴り飛ばした。

「生徒が危機に瀕しているのなら、教師は立ち向かわねばならんのだ。生徒を守るのが教師の務め、責任だ。彼らを導く者として……私は全責任を背負わねばならん。たとえそれが己で背負いきれぬ物だとしても、私は全てを賭して、貴様を倒さねばならんのだ。教師ばるきりーの名においてな」
「……下らん。黙っていれば、耳障りな戯言ばかり」

 ヘルは唾を床に吐き捨てた。

「貴様が吾に歯向かうなど、思い上がりも甚だしいわ! たかだか人間ごときに貰った名が、一体何の意味を持つ!」
「沢山の意味がある。生徒からの親愛、信頼、そして絆。彼らから受けた多くの宝物が、私に力をくれる。そして私が背を押し、壁を乗り越えた生徒の姿が、私を奮い立たせる、私に勇気をくれるのだ。
 ヘルよ、貴様に見せてやる。私が人から貰った勇気という名の力を! 貴様が侮り、罵った人の力がどれだけ強いのか、思い知らせてやろう!」

 ばるきりーさんはシャツを脱ぎ捨てた。
 その下から、虹色に光る鎧が出て来て、彼女の全身を覆った。左腕には、全身を覆い隠せる楕円形の盾が現れた。全身を重武装し、ばるきりーさんが教師から、戦士に戻った。
 ワルキューレとなったばるきりーさんは、槍を掲げた。

「我が生徒に手を出した事、永遠に後悔するがいい!」
「ほざけ雑魚が!」

 ヘルは吼え、猛然と襲い掛かった!
 ヘルを受け止めたばるきりーさんは、奴もろとも姿を消した。目に映らぬほどの速度で駆け、あちこちから武具がぶつかり合う音が、激しく打ち鳴らされてきた。
 切り結ぶ二人の余波に、棚が砕け、本が散り、床が割れた。空気が震える衝撃に浩二と琴音は揺さぶられ、立つ事すらままならない。
 琴音を引っ張り、浩二はテーブルを盾に隠れた。すると高速戦闘を止めた二人が、グングニルを挟んで向かい合う。
 ばるきりーさんが最初に動いた。指を鳴らすなり雷鳴が轟き、無数の雷が槍を形成した。遅れてヘルが氷の塊を作り出し、数多の針を作り出す。

「行け!」
「殺せ!」

 掛け声と同時に、雷と氷の乱舞が始まる。青と白の閃光が走る中、ばるきりーさんは指を噛んだ。
 傷口から滴る血を床に落とすなり、魔法陣が作り出される。数瞬呪文を唱え、ばるきりーさんが手を叩き付けると、巨大な角を持つ牡鹿が飛び出してきた。
 乱舞渦巻く中、ばるきりーさんは牡鹿をヘルにけしかけた。鋭い角がヘルを捉え、胸を刺し貫こうとする。刹那、ヘルの腹が割れ、巨人の腕が現れた。

 巨人の腕は牡鹿を叩き潰したが、牡鹿は死に際、巨人の腕を角で引き裂いた。召喚術が相打ちに終わると見るや否や、ばるきりーさんは自分の槍をぶん投げた!
 超速の槍をヘルは避けるが、ばるきりーさんが腕を引き寄せるように振るうと、槍はブーメランのような軌道を描いて戻ってくる。ヘルは咄嗟に髪を抜き取り、分身を作り盾にした。

 槍の切っ先は分身を刺し、内側から爆散させた。ヘルは槍を蹴り落とし、今度は自ら動いた。
 ばるきりーさんの足元に直接茨の蔓を生やし、足首を絡めてきたのだ。一瞬身動きが取れなくなったばるきりーさんに、ヘルはナイフを出し、射出した。
 あのナイフを受ければ、体が腐り落ちる!

「っと」

 ばるきりーさんは事もなく盾を掲げ、ナイフを防いだ。足の蔓は軽く一蹴し、槍を手元に戻してから、一旦ヘルと距離を取った。
 二人はにらみ合い、大きくサークリングする。互いの命を狙う眼差しは鋭く、一部の隙も見当たらない。
 ばるきりーさんの槍と、ヘルの剣が同時に動く。瞬間、二人の姿は消え、またしても高速の白刃戦が始まった。
 人ではついて来れない、壮絶な神のぶつかり合いに、浩二と琴音は唖然としていた。
 もし出来たなら、ばるきりーさんの力になれればと思った。けど現実はまるで違いすぎて、自分達では、何一つ力になれない。その事実を、否応にでもたたきつけられていた。
 けど……それでも……。

「……頑張れ、ばるきりーさん」

 自分達の声が、少しでも助けになれれば。願いを込め、浩二は応援を口に出す。琴音も小さく、けどもばるきりーさんに聞こえるよう声を出し、声援を送る。
 二人の願いも空しく、均衡が破れた。高速の世界からばるきりーさんが弾き飛ばされ、床にたたきつけられたのだ。

 血を吐くばるきりーさんに、ヘルからの猛攻が来る。黒い針の雨がばるきりーさんに無慈悲に振り注ぎ、全身に突き刺さった。
 体のあちこちを針で固定され、磔になったばるきりーさんへ、ヘルは炎の剣を振りかざした。燃え盛る刀身が首を刎ねようと迫り来る。

「ぐっ!」

 ばるきりーさんは首をはねられる直前、自分の体を光の粒子に変えた。
 炎の剣は空を切り、ばるきりーさんの姿が消える。光の粒子はヘルの背後に回り、ばるきりーさんの体を再構築した。
 ばるきりーさんはそのまま突きの姿勢に映った。ヘルはすぐに反応し、髪を鞭のようにしならせ、ばるきりーさんを打ち付けた。衝撃が鎧を貫き、骨の折れる音がした。
 ばるきりーさんは歯を食いしばり、もう片方の手にも槍を持った。ヘルに時雨のごとき突きを繰り出すも、ヘルは素手で全ての突きを裁き、逆に痛烈な乱撃を叩き込んだ。

 全て急所へ、威力を倍にして返され、ばるきりーさんの連打が遅くなる。一瞬の間隙を突き、ヘルはばるきりーさんを蹴り飛ばした!
 数多の本棚を突き破り、ばるきりーさんの姿が埃に紛れて消えた。いつもならすぐに戻ってくるのに、ばるきりーさんが戻ってくる様子はない。

 ヘルは埃を払い、ばるきりーさんが消えた方向に手を翳した。
 黒い球体を作り、放り出す。球体は真っ直ぐにばるきりーさんの所へ飛び、遠くで爆音を響かせた。

「木っ端にしては、頑張った方か。そこそこにな」

 ヘルは平然と言い、鼻で笑っていた。体はおろか、鎧にすら、傷一つついていない。
 ばるきりーさんが、全く通用していない。ヘルは踵を返し、浩二に手を伸ばした。

「さて、では、本懐を成し遂げようか」
「……勝ったつもりかよ」

 浩二は後ずさりし、喉を鳴らした。
 考えろ……僅かでもいい。ばるきりーさんが戻ってこれる時間を作るんだ。
 あの人が、やられるわけがない。必ず、戻ってきてくれる。
 本を投げる? いや無理だ、それではわずかな時間さえ作れない。ではランプで本を燃やす? ……駄目だ、ここの本はそもそも燃えない。
 せめて魔法が使えれば。特異点なら、それくらいの事は、試さねば。そう思い本を手に取るが、どの本が魔術書なのかさっぱりだ。
 駄目だ、俺では止められない!

「では、死ね」

 ヘルの宣告が下る。浩二は目を閉じ、体を硬直させた。

「ばるきりぃぃぃぃぃぃさぁぁぁぁぁぁん!」

 と、急に琴音が、ばるきりーさんを呼んだ。
 あまりの大声に浩二は勿論、ヘルも僅かだがひるみ、一瞬動きが止まった。すぐにヘルは動き出すも、琴音の悲鳴は、確かにワルキューレに届き、

「……ぉぉぉぉおおおおおっ!」

 僅かな隙は、ばるきりーさんが戻ってくるのに充分な時間だった。
 捨て身の特攻でヘルにぶつかり、ばるきりーさんが復帰した。槍をどてっぱらにぶち込み、盾で殴りつけ、鬼気迫る怒涛のラッシュでヘルを押し捲る。ばるきりーさんの気迫に当てられ、ヘルは抵抗できず、防戦一方で押し返されていった。
 だが、所詮奇襲で押し返しただけだ。ばるきりーさんは、先ほどの攻防で相当消耗している。とてもじゃないが、ヘルが立て直したらすぐに逆転されてしまう。

「くそ……」

 浩二は本を探した。オーディンと同じ力があるなら、本を使って攻撃するくらい、できるはずだ。
 足手まといになるなんて嫌だ。あの人は俺を救ってくれた。あの人には、返しきれないくらいの恩があるんだ。
 今度は、俺があの人を助ける番なんだ!

「……あ」

 無数の本をあさっているうちに、浩二は、ある本を見つけた。それはここに来て、最初に浩二が手をつけた本だった。

「この本は……それに、グロッティ……!」

 浩二の頭に、ある作戦が思い浮かんだ。この本があれば、どうにかなる。かなり危険を伴うが、やる価値はある!

「琴音、頼みがある」

 浩二は琴音に、策を話した。琴音は顔を青くし、首を振った。

「そんなの……危なすぎるよ……」
「危険は百も承知だ。けど、危険でもやるっきゃない。危険を冒さず対処できる相手じゃないんだ」
「嫌だよ、こうちゃん、出来ないよ……」
「お前には危険がないようにする! ばるきりーさんをこのまま見捨てるつもりか!」

 浩二は懸命に琴音を説得した。

「がふっ!」

 ばるきりーさんの呻きが聞こえ、浩二は顔を上げた。
 とうとうヘルが立ち直り、ばるきりーさんに炎の剣を突き刺していた。鎧を貫き、腹を刺した刀身は、中からばるきりーさんを焼き続ける。
 それでもなお、ばるきりーさんはヘルの剣を掴み、抜けないように抵抗する。一歩でも、ヘルを生徒に近づかせないように。

「まだ……まだ……」
「くどいぞ、去ね」

 剣で深々と抉り、ばるきりーさんはさらなる苦痛に悶絶した。無残な姿に琴音は目を背けた。

「琴音、覚悟を決めろ。ばるきりーさんを助けるには、この方法しかない……お前が協力してくれなくちゃ、絶対成功しないんだ!」
「……ばるきりーさん……」

 琴音は唇を噛み、ようやく頷いた。
 そして同時に、ばるきりーさんが投げ飛ばされ、浩二に降ってきた。あまりの勢いに押しつぶされ、琴音共々下敷きになった。
 ヘルが炎の剣を掲げ、悠然と歩いてきた。

「最後の抵抗は終わったか?」

 ヘルは首を鳴らし、腕を突き出した。時間の猶予はもう残されていない。
 やるなら、今しかない!
 浩二はグングニルに目をやった。走れば、5、6歩で到着する。自分がグングニルの一部ならば、きっと使えるはずだ!
 浩二はグングニルに突っ込んだ。ばるきりーさんの制止を振り切り、手を伸ばす。ヘルを倒すために、ばるきりーさんを助けるために!
 しかし、浩二の決死の行動は、

「甘い」

 ヘルの一言の後、黒い針によって無為に帰した。
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