もしも北欧神話のワルキューレが、男子高校生の担任の先生になったら。

歩く、歩く。

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30話 高校教師ばるきりーさん

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 ヘルの襲撃から、数日が経った。あれから浩二は、何の変わりもなく、平穏な日々を過ごしていた。
 教室の窓からヤタガラスの群れを眺めながら、浩二は昨日までの顛末を思い返していた。
 グングニルはばるきりーさんの手によって、無事にオーディンの元へと戻った。北欧神話の人々は自国の宝が戻った事に安堵し、その功労者である浩二に最大級の賛辞を送ってくれた。

 グングニルの力は欠けているが、ワルキューレを始めとした神話に生きる者達は気にしていなかった。彼らにとっては力のあるなしではなく、象徴が存在する事が大切だから。たとえお飾りだとしても、自分達の主の宝具が手元にある事が重要なのだ。

 浩二の中にグングニルの力が宿っている事は、ばるきりーさんと琴音、この二人以外には秘密となっている。もし誰かに知られたら、浩二の身に危険が及んでしまうから。
 肝心の秘密を知っているヘルはムスペルへイムに閉じ込め、もう二度と出て来る事はない。だから、この二人が口外しない限り、浩二の身に危険が及ぶ事はないはずだ。

 それにもし誰かが知ったとしても、浩二にはばるきりーさんが居る。あの先生は、何があろうと必ず生徒を守ってくれる。たとえ相手が誰であろうとも、生徒を全力で助けてくれる、最高の先生だ。

「こうちゃんこうちゃん! テストの結果が貼り出されたよ!」
「ん、わかった。見に行くか」

 琴音に肩を叩かれ、浩二は踵を返した。今日は、中間テストの結果発表の日だ。
 職員室の前にある掲示板には、多数の人だかりが出来ている。生徒達は各々の結果に一喜一憂し、うなだれたり、両腕を突き上げたりして、様々な反応を見せていた。

 浩二は自分の順位を探した。すると想像以上の結果が示されていた。
 自分の順位は、一位だ。それも全教科満点の、一年生トップの成績だった。しかしトップと言っても、一位は自分だけではない。琴音も一位、木下も一位、それだけじゃあない、浩二のクラスメイト全員が、まとめて一位を取っていたのだ。

 浩二のクラスは全員、ばるきりーさんの特別授業を受けていた。一クラス全員一位なのはその結果なのだろうか、ともかくとんでもない成果である。

「すげぇな……」
「だろう? 君も素晴らしい成果だと思ってくれたようだな」

 後ろから声をかけられ、浩二は振り向いた。そこには、ばるきりーさんが居た。

「今朝の朝会でも大騒ぎだったのだぞ、なにしろ私が補講を行った者達全員が軒並み満点を取っていたのだからな。しかしこうして見ると……感無量になるな」

 ばるきりーさんは満足げに結果を眺め、長々と息を吐いた。

「こうして結果を見ていると、教師冥利に尽きるものだ。私は君達のために、全力を尽くした。君達はそれに見事応えてくれた。これほど、嬉しい事はない。初めてだよ、戦で勝利する以上の喜びを感じるのは」
「……そっか」

 浩二はばるきりーさんと目を合わせた。
 こうして向かい合っていると、お互いに何を言いたいのか、言わずとも伝わってくる。浩二はばるきりーさんと、強い絆が結ばれたのを感じていた。

「どうかな、浩二」

 ばるきりーさんは、こう尋ねてきた。

「私は以前、君にこう言われた。お前は教師になれないと。果たして今の私は、どうだろうか。きちんと君の教師が出来ているだろうか。君を導く者として、足る存在に成りえているだろうか。他の誰でもない、最初に私を否定してくれた君から、返事を聞きたいのだ」
「……そんなの、決まってるだろ」

 浩二は手を差し出した。

「ばるきりーさんは教師になったよ、人を導くのに相応しい教師に。だから、前に怒鳴った事は、謝るよ。そして、言わせてほしい。ばるきりーさんは俺の、最高の教師だって」
「……ありがとう、最高の、賛辞だよ」

 ばるきりーさんは浩二の手を掴み、しっかりと握手を交わした。
 頑なだった浩二の心は、すっかり氷解していた。真正面からぶつかり続けた、世にも奇妙なワルキューレの先生によって。
 だから浩二は、呼びたかった。ずっと敬遠していた、ばるきりーさんにとってとても喜ばしい呼び名を。

「これからも、よろしくお願いします……ばるきりー先生」

 浩二から「先生」と呼ばれ、ばるきりーさんは嬉しそうに顔を綻ばせた。
 浩二の前に居る女神は、今はワルキューレの一人、ラーズグリーズではない。
 今の彼女は、高校教師、ばるきりーさんであった。
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