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第十一話 ブーケの送り先
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親の知らない隠された趣味に衝撃を受けたのかもしれない。
ヘンリーが来る予定だった休日の前日、私は仮病ではなく本当に風邪をひいてしまって、明日は会えそうにもないというお断りの手紙をローラに出してもらうことになった。
大した風邪ではなかったけれど、喉が痛くて頭が痛い。
こんな風にぐったりして寝込むだなんて、子供の時以来だろうか。
本を読む気にもなれず、ただ枕に頭をうずめて呻くだけだ。
「お嬢様、お見舞いが届いています」
「……誰? ヘンリー様から?」
「いえ、ロナード様からです」
どうやって風邪ひいていることをロナードは知ったのだろう。
お見舞いの品だという果物と氷菓子は食欲がない私への気遣いだろうけれど、まだ食べられる気がしない。
後で使用人たちへの差し入れにしよう。
「でもこの字、アレックスだけれど?」
右上がりの力強い字。その癖字の持ち主はわかりやすい。封筒の字を見て不思議に思うが、まだ読むのも辛いので、中に入っていた手紙はローラに読んでもらった。
どうやらヘンリーから私の病気を聞いたアレックスがロナード経由で見舞いを贈ってきたらしい。
直接やり取りをすると繋がりを勘取られるかもしれないからというロナードの指示で、お互い情報交換をしたくても、絶対にロナードを介することと固く言われている。
それにロナード経由にすることで、そこでも情報が共有化されることになるから、ロナードが次の指示も出しやすいから一石二鳥なのだろう。
公的に安全パイという存在のロナードは、こういう時には本当に心強いものだ。
でもなんでヘンリーとアレックスが一緒にいるのか、と考えて思い出した。今日は馬術倶楽部の集まりがあるはずだ。
そしてそこでヘンリーに仕掛けるという先日の話も思い出す。
紳士のたしなみである馬術で最も人気のあるのが、アレックス達が所属している馬術倶楽部だ。馬に乗るだけでなく、大会も開催されパーティーなどもあるし、寄付などを集める慈善団体的なこともしている社交の場でもある。
馬術倶楽部に関係していない貴族男子はいないくらいだ。
アレックスやヘンリーのように乗馬を楽しむ男子だけでなく、軽い食事や酒を飲みに行くという楽しみもできるからだ。
それでもロナードのように出店をして裏方として稼ぐに回る人は少ないとは思うが。
脳筋ぽいところがあるアレックスは馬にばかり乗っているが、ヘンリーは幅広く話しかけて顔繋ぎをしたりしているらしい。
今日、彼らはどんなことをしていたのだろうか。
食べられないならせめてもと、渡されたオレンジの爽やかな香りを嗅ぎながら、私は目を閉じた。
***
私の風邪がすっかり治った頃、ロナードの家へ呼び出されてこっそり出かけると、既にロナードとアレックスが頭を突き合わせて反省会をしているようだった。
「どうだった?」
部屋に入るなりそう問いかける私に、アレックスが頭を掻いてロナードの方を向く。
「あんなんでよかったのか?」
「上出来、上出来」
ロナードがにやりと笑っている。
ロナード本人は行かないまでも、ロナードの経営する移動雑貨店が出店していた馬術倶楽部の定例会。
レモネードとか、馬にやる角砂糖とかそういう物も販売していたが、そこに女性へのプレゼントに向いている掌サイズの手毬型のブーケを置いたという。
今のシーズンには珍しい、温室栽培の一日花。
あえて私の婚約者であるヘンリーが対抗心を抱いているロナードの恋人のレイを来させて煽り、ブーケを買わせる作戦だったようだ。
「レイはともかく、あの日、アレックスもブーケに興味を抱いたことで風向きが変わったみたいだね」
「へえ?」
レイからも状況を聞いていたらしいロナードが簡単に説明してくれる。
女心なんてわからない代表ともいえるアレックスすら花を買っているのに、婚約者やら恋人やらがいる男が買わないなんて!とプライドと対抗心に火が点いたようだ。
普段、アレックスがどんな風に見られているのやらとも思うが、いわゆるギャップ萌えというやつなのだろうか。
「レイが『これは恋人や兄弟がいてもらえていない女の子がいたら、恥をかきそうだ。ブームが来そうだね』なんて言ったらしくて、おかげで飛ぶように売れたよ。ほぼ完売したので、こっちも売り上げの協力ありがとうございました」
おどけるようにロナードがいえば、アレックスがそういうものか? と首を傾げている。
「しおれやすいものだから、遠方でなければ店から送り届けると言ったから、ヘンリーの送り先もちゃんとゲットできたよ」
「配送大変だったんじゃないの!?」
いくら情報を得るためとはいえ、ロナードの店に無駄な労力や損害は与えてないだろうかと不安になる。
そういえば、ロナードはへらりと笑っている。
「ああ、大丈夫だよ。大体はみんな自分で直接もっていってたからね。配送を頼む人はわずかだったよ」
「そういやそうだよな……。プレゼントって自分でもっていって目の前で渡して喜ばせたいものだものな」
そういえば、アレックスも複数買ったのだろうか。
話の流れ的にきっとアレックスも1つは買ったのだろう。きっとテレーゼに。そう思うと、分かっていてもなんとなくイライラする。
「まぁ、おかげで知らなくてもいい、隠れた恋仲情報とかもわかってしまったけれどね……」
堂々と渡しにいけないということは、不倫とかのいわゆる忍びの恋というやつもあるからだろう。目当てのヘンリー以外で知ってしまった弱みは、この場合、気付かないふりをしておいてあげてほしい。
「それで、ヘンリーはどこに送ってたの?」
「一つはアーチェ伯爵邸……テレーゼ嬢だろうな。それとアナルトー伯爵家。君に、だな。そして、コート男爵家……だからフィー様かね」
そう、あの後の夜に自分にもブーケが届けられていた。一応婚約者に配慮をする知恵はあるんだな、とヘンリーに思ってはいたのだけれど……。
「コート男爵家のフィー様ぁ!?」
それ以外にブーケを贈られた先を聞いて、そのイメージが一気に崩れた。
「高望みもいいところじゃない? 身分は低くても可愛らしいし人気者よ? しかもテレーゼとタイプが全然違うし」
男性にも女性にも人気のあるフィーは、私だって知っている愛らしい人。
ヘンリーはフィーともう恋仲なのだろうか? そうとは思えない……もっといい男が世の中にはいるのだから。ヘンリーが単に調子にのって彼女を口説いているところだろうか。それなら傍から聞いていても恥ずかしくなるのだけれど。
「証拠が笑えるくらいどんどん集まってくるね」
呆れたように配送先帳簿をペラペラめくりながらロナードが呟く。
そして、ん? と帳面を見てアレックスを振り替えた。
「そういえば、アレックスは三つも買ってたね。1つはテレーゼに送ってるみたいだけど、あと二つは誰に贈ったの? ……あ、言いたくなかったらいいけど」
ロナードの質問に、アレックスは生真面目に答えた。
「1つは母に。残りの1つは……リンダにも買ったんだけれど、しおれたから捨てた」
「私?」
「そういうの、欲しいと言ってただろ?」
欲しいなんて言ってたっけ? 記憶を振り返るがまるで覚えていない。こめかみを押さえながら考えこむ私に、アレックスは仏頂面をしている。
「ブーケが欲しい、じゃなくて事ある毎にプレゼントが欲しいって言ってたから」
「え……?」
「あー、はいはい、状況は把握した。でも今度からアレックスはリンダに何か渡したいと思っても、僕を経由してね。証拠を残したくないから。捨ててくれててよかったよ」
笑いをこらえるような顔をしながら、ロナードが私とアレックスの間に割って入る。
「ロナード?」
「大丈夫だよ、リンダ。悪いようにはしないし、ならないから。さーて、じゃ、次の報告をしようか」
なぜかロナードはとても上機嫌のようだった。
ヘンリーが来る予定だった休日の前日、私は仮病ではなく本当に風邪をひいてしまって、明日は会えそうにもないというお断りの手紙をローラに出してもらうことになった。
大した風邪ではなかったけれど、喉が痛くて頭が痛い。
こんな風にぐったりして寝込むだなんて、子供の時以来だろうか。
本を読む気にもなれず、ただ枕に頭をうずめて呻くだけだ。
「お嬢様、お見舞いが届いています」
「……誰? ヘンリー様から?」
「いえ、ロナード様からです」
どうやって風邪ひいていることをロナードは知ったのだろう。
お見舞いの品だという果物と氷菓子は食欲がない私への気遣いだろうけれど、まだ食べられる気がしない。
後で使用人たちへの差し入れにしよう。
「でもこの字、アレックスだけれど?」
右上がりの力強い字。その癖字の持ち主はわかりやすい。封筒の字を見て不思議に思うが、まだ読むのも辛いので、中に入っていた手紙はローラに読んでもらった。
どうやらヘンリーから私の病気を聞いたアレックスがロナード経由で見舞いを贈ってきたらしい。
直接やり取りをすると繋がりを勘取られるかもしれないからというロナードの指示で、お互い情報交換をしたくても、絶対にロナードを介することと固く言われている。
それにロナード経由にすることで、そこでも情報が共有化されることになるから、ロナードが次の指示も出しやすいから一石二鳥なのだろう。
公的に安全パイという存在のロナードは、こういう時には本当に心強いものだ。
でもなんでヘンリーとアレックスが一緒にいるのか、と考えて思い出した。今日は馬術倶楽部の集まりがあるはずだ。
そしてそこでヘンリーに仕掛けるという先日の話も思い出す。
紳士のたしなみである馬術で最も人気のあるのが、アレックス達が所属している馬術倶楽部だ。馬に乗るだけでなく、大会も開催されパーティーなどもあるし、寄付などを集める慈善団体的なこともしている社交の場でもある。
馬術倶楽部に関係していない貴族男子はいないくらいだ。
アレックスやヘンリーのように乗馬を楽しむ男子だけでなく、軽い食事や酒を飲みに行くという楽しみもできるからだ。
それでもロナードのように出店をして裏方として稼ぐに回る人は少ないとは思うが。
脳筋ぽいところがあるアレックスは馬にばかり乗っているが、ヘンリーは幅広く話しかけて顔繋ぎをしたりしているらしい。
今日、彼らはどんなことをしていたのだろうか。
食べられないならせめてもと、渡されたオレンジの爽やかな香りを嗅ぎながら、私は目を閉じた。
***
私の風邪がすっかり治った頃、ロナードの家へ呼び出されてこっそり出かけると、既にロナードとアレックスが頭を突き合わせて反省会をしているようだった。
「どうだった?」
部屋に入るなりそう問いかける私に、アレックスが頭を掻いてロナードの方を向く。
「あんなんでよかったのか?」
「上出来、上出来」
ロナードがにやりと笑っている。
ロナード本人は行かないまでも、ロナードの経営する移動雑貨店が出店していた馬術倶楽部の定例会。
レモネードとか、馬にやる角砂糖とかそういう物も販売していたが、そこに女性へのプレゼントに向いている掌サイズの手毬型のブーケを置いたという。
今のシーズンには珍しい、温室栽培の一日花。
あえて私の婚約者であるヘンリーが対抗心を抱いているロナードの恋人のレイを来させて煽り、ブーケを買わせる作戦だったようだ。
「レイはともかく、あの日、アレックスもブーケに興味を抱いたことで風向きが変わったみたいだね」
「へえ?」
レイからも状況を聞いていたらしいロナードが簡単に説明してくれる。
女心なんてわからない代表ともいえるアレックスすら花を買っているのに、婚約者やら恋人やらがいる男が買わないなんて!とプライドと対抗心に火が点いたようだ。
普段、アレックスがどんな風に見られているのやらとも思うが、いわゆるギャップ萌えというやつなのだろうか。
「レイが『これは恋人や兄弟がいてもらえていない女の子がいたら、恥をかきそうだ。ブームが来そうだね』なんて言ったらしくて、おかげで飛ぶように売れたよ。ほぼ完売したので、こっちも売り上げの協力ありがとうございました」
おどけるようにロナードがいえば、アレックスがそういうものか? と首を傾げている。
「しおれやすいものだから、遠方でなければ店から送り届けると言ったから、ヘンリーの送り先もちゃんとゲットできたよ」
「配送大変だったんじゃないの!?」
いくら情報を得るためとはいえ、ロナードの店に無駄な労力や損害は与えてないだろうかと不安になる。
そういえば、ロナードはへらりと笑っている。
「ああ、大丈夫だよ。大体はみんな自分で直接もっていってたからね。配送を頼む人はわずかだったよ」
「そういやそうだよな……。プレゼントって自分でもっていって目の前で渡して喜ばせたいものだものな」
そういえば、アレックスも複数買ったのだろうか。
話の流れ的にきっとアレックスも1つは買ったのだろう。きっとテレーゼに。そう思うと、分かっていてもなんとなくイライラする。
「まぁ、おかげで知らなくてもいい、隠れた恋仲情報とかもわかってしまったけれどね……」
堂々と渡しにいけないということは、不倫とかのいわゆる忍びの恋というやつもあるからだろう。目当てのヘンリー以外で知ってしまった弱みは、この場合、気付かないふりをしておいてあげてほしい。
「それで、ヘンリーはどこに送ってたの?」
「一つはアーチェ伯爵邸……テレーゼ嬢だろうな。それとアナルトー伯爵家。君に、だな。そして、コート男爵家……だからフィー様かね」
そう、あの後の夜に自分にもブーケが届けられていた。一応婚約者に配慮をする知恵はあるんだな、とヘンリーに思ってはいたのだけれど……。
「コート男爵家のフィー様ぁ!?」
それ以外にブーケを贈られた先を聞いて、そのイメージが一気に崩れた。
「高望みもいいところじゃない? 身分は低くても可愛らしいし人気者よ? しかもテレーゼとタイプが全然違うし」
男性にも女性にも人気のあるフィーは、私だって知っている愛らしい人。
ヘンリーはフィーともう恋仲なのだろうか? そうとは思えない……もっといい男が世の中にはいるのだから。ヘンリーが単に調子にのって彼女を口説いているところだろうか。それなら傍から聞いていても恥ずかしくなるのだけれど。
「証拠が笑えるくらいどんどん集まってくるね」
呆れたように配送先帳簿をペラペラめくりながらロナードが呟く。
そして、ん? と帳面を見てアレックスを振り替えた。
「そういえば、アレックスは三つも買ってたね。1つはテレーゼに送ってるみたいだけど、あと二つは誰に贈ったの? ……あ、言いたくなかったらいいけど」
ロナードの質問に、アレックスは生真面目に答えた。
「1つは母に。残りの1つは……リンダにも買ったんだけれど、しおれたから捨てた」
「私?」
「そういうの、欲しいと言ってただろ?」
欲しいなんて言ってたっけ? 記憶を振り返るがまるで覚えていない。こめかみを押さえながら考えこむ私に、アレックスは仏頂面をしている。
「ブーケが欲しい、じゃなくて事ある毎にプレゼントが欲しいって言ってたから」
「え……?」
「あー、はいはい、状況は把握した。でも今度からアレックスはリンダに何か渡したいと思っても、僕を経由してね。証拠を残したくないから。捨ててくれててよかったよ」
笑いをこらえるような顔をしながら、ロナードが私とアレックスの間に割って入る。
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