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第十話 お父様の秘密

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 そのまま、三人での打ち合わせは続いた。

 花やカードの手配は足が着かないようにロナードの従僕に任せることにして、そしてロナードから私とアレックスは次の指示を受けた。
 私がしなければいけないのはヘンリーに会わないということと、イメチェンを続けていくことと、私の結婚の目的の真意を探るということだろうか。
 ロナードの家からも、アレックスと一緒にいたことも他人の気取られたら後で問題になるかもしれないとのことで、私はアレックスより先に勝手口からこっそりと家を出ることにした。
 ここまで気を使っているのだから、この計画は絶対に成功させてやる! と貴族の娘が普通は歩かせられたりしないような手入れの行き届いていない、ぬかるんだ道を歩きながら思う。





「おかえりなさいませ、お嬢様」

 家にたどり着くなり、頭を下げて出迎えてくれている侍女に問いかけた。

「ただいま。お母様たちはいる?」
「奥様はお部屋に、旦那様と坊ちゃまはまだお帰りになっておりません」

 それはラッキー。そのまま父の部屋と書斎へと足を運ぼう。途中で執事や侍従ともすれ違ったけれど、特に怪しまれることもなかったようなのはよかった。
 すんなりと父の部屋に潜り込むと、まずは机の上を漁り、引き出しの中を調べ、本棚をじっくりと眺めた。しかし、知らない父の何かにたどりつけそうなヒントはない。
 書棚を見ても、なんか難しそうな本が並んでいて。1冊取り出して中を見ても、中身が社会学ぽいな、くらいなものしかわからないし、他にも経済学の本だとかばかりで頭が痛くなる。
 じんわりとタバコの香りが漂っていて、父が自分の知らないところではタバコをたしなんでいることを知った。自分は本当に父を知らない。
 さて、次は違うところを探そう、そう本を戻そうとした時だった。

「お父様の部屋で何をしているの?」
「ひいっ!!」

 急に声を掛けられて、驚いて手にしていた本を取り落としてしまった。ばさっと音を立てて足音に転がったそれを慌てて拾い上げる。
 見れば母が不思議そうにこちらを見ている。

「帰ってきていると聞いて探してたのよ。こんなところで何をしているの?」
「お母様、脅かさないで!」
「貴方がこんなところにいるなんて珍しいわねえ。子供の時だって近寄らなかったのに」

 それは父が苦手だったからだ。今だって目的がなかったら来ていなかっただろうし。

「お父様の弱みでも探しているとか?」

 お母様が面白そうな顔をして、私の顔を見つめている。もしそうだったとしたらノリノリで協力でもしそうだ。
 なんでそんな発想になるかはわからないが、それは当たらずとも遠からずなところだ。
 でもそれを他人に悟られるのは上策ではないのでとぼけよう。

「いえ、お父様へ内緒のプレゼントを渡したいのだけれど、お父様の趣味とかを私、全然知らなくて。それでお父様のことがわかるようなことを調べようかなって思ったの」

 無難なことを言ってみるが、お母様はその言い訳を信じてくれたようだ。

「あー……」

 私の言葉を聞くと、お母様は何とも言えないような顔をしている。そして迷ったような顔をして、自分の唇を撫でていたが、思い切ったように顔を上げた。

「お母様?」
「そうねえ……貴方ももう年頃だし……何かあって私が死んだりしたら、貴方が処分してくれなければいけないし。貴方にも伝えておく方がいいかもしれないわ。リチャードにはちょっと言えないしね」

 お母様は何かをブツブツ言っている。
 リチャードお兄様には言えないようなことで、母が死んだ後に誰かが処分しなくてはいけないもの?
 母は何を私に言おうとしているのだろうか。

「貴方が知ってるということ、お父様には内緒よ」
「はい?」
「こちらにいらっしゃい」

 この家には特別な仕掛けがあって、当主の部屋に繋がっている隠し扉はいざという時に外に逃げられる仕組みになっている。賊に押し入られた時の避難経路になっているのだ。
 この家に生まれた直系親族とその配偶者のみ伝えられているものだ。
 幼い時にその存在を教えられたが、その一度切りしか入ったことがなく、中はあまり知らなかった。

「こっちよ。こちらにも部屋があるの」

 母のいう通りについていく。そうすれば行き止まりだと思ってた箇所がふっと開き、向こう側にも扉があることが分かった。
 母に言われて中に入り、薄暗いそこにある物を見て目が点になった。
 裸の女性だけならば裸婦像として納得するのだけれど、それだけでなく裸の男性と隠しどころも露わにして繋がっている様子の絵が、壁にかけてあったのだ。

「お、お、お母様っ!? こ、これって」

 嫁入り前の娘には刺激が強すぎる。
 慌てて目を手で隠し、そして、恐る恐る指の隙間からを見てみた。母の方はさすが堂々としていて、顔色一つ変えていないし興味がないようで見ようともしていない。

「春画っていうのかしら……男女のまぐわっている様子を絵にしたり冊子にしているものなのだけれど、お父様、この界隈でのコレクターとして有名らしいのよ」

 見れば、他にも大なり小なり様々な男女が交わり方をしている絵が掛けてあるし、棚には本も置いてある。きっと中を見ればそういう内容の物が描かれているのだろう。
 うう、そんな父親の趣味、娘として知りたくなかった。

「私だって言いたくないわよ。でも、お父様のことを嫌っているリチャードにこんなこと言ったらなおさら絶縁しそうでしょ。それどころかこの部屋に火を放ちそうだから絶対に言っちゃダメよ」

 そんなことを言われても、どうしたらいいのかわからない。

「でも、お母様、よくこんな趣味持っているお父様と結婚できたわね。結婚前に知ってたの?」
「ええ、教えてもらったわよ。でも別に私に害があるわけではないし。お父様はちゃんと現実と非現実を区別する方だしね」

 さりげなくカマをかけたつもりだったのだけれど、結婚前からコレクションしてたなんて、お父様……婚約者によく打ち明けられたもんだなぁと思う。てっきり結婚後からの趣味かと思ってた。

「お父様と私がもし不慮の事故で死んだ時に、コレクションの価値が分からないリチャードに全部捨てられないように気を付けてね」
「そんなに価値があるものなの?!」
「私にはよくわからないけれど、そうみたいよ。民俗学的価値があるとかもだし、歴史学の観点から見てもそうだし、それに有名な画家のものも何点かあるのよ。確かに扱っている題材はアレなんだけれど、ほら、この衣装の柄とかはそうとう細かいし、画材にもラピスラズリを砕いて使われているしね」

 母は自分も絵を描いている。だから絵に対する目は確かだ。その上で父の趣味を認めて黙認しているのだろう。
 なんか、お父様がお母様と結婚した理由が分かった気がした。
 政略結婚というのはあったけれど、父の場合、この人としか結婚できなかったような気がする。

「一応わかったけど、お父様もお母様もいない状態で、お兄様の目をかいくぐってこれらのものを私はどうしたらいいのよ。お父様がこの系統のコレクターとして有名なら、他のコレクターとして有名な人もいるのでしょ? その人に全部まとめてお譲りすればいいの?」

 だとしたらそれは誰?
 それが知り合いとかだったら、私、その人を見る目が変わってしまいそうなのだけれど……。

「さぁ……」

 さすがにお母様もそこまで詳しくはないようで。

 とりあえず、何度も固く口留めをされてから部屋を出たのだが、こんなに気疲れをしたのに、あまり収穫が得られなかったような気がしたのは否めなかった。
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