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第十七話 苦手な相手 (アレックス視点)

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 リンダから離れてすることは、ロナードと俺の二人でリンダが来ていることを触れ回ること。
 むしろ、若い女がここ、男の社交場にいるということを言うだけでよかった。
 面倒なことをしなくても、「あれ、誰?」「アナルトー家の……」とひそひそ話が、まだ人の多いロビーに広がり、リンダの方を勝手に皆が見てくれていた。

「あれ、リンダ嬢じゃね?」
「なんか雰囲気変わったよな」

 酒を飲みながら、ちらちらとリンダを見ている二人の後ろで、その話を俺は聞いていた。
 彼らと一緒にリンダの方を見れば、借り着だというのに立派に着こなしている彼女は野郎しかいない場所で、一人だけ浮いて輝いて見える。

「ぐっといい女になったよな」
「そうだよなぁ……」
「俺、結構好きだったんだよなー。ダンスでだっていい感じで踊れてたし。もう一押ししたら婚約したのは俺だったかも」
「それを言ったら俺だってさぁ」

 リンダとどちらがふさわしいか合戦になっている二人の後ろをそっと離れる。歩み去りながら、舌打ちをした。

 リンダと一番多く踊っているのは俺だ。
 パーティーだけでなく、彼女とダンスの練習だってしていたのだから。

『ヘンリーの横入りがなかったら、リンダと婚約するのは俺だった』

 しかし、実際にリンダと婚約したのはヘンリーだし、自分だってテレーゼと婚約しているのだ。自分だって、この愚痴っている男どもと、何がどう違うというのだろうか。同じような立場だ。

 男に囲まれているリンダを見るのは、不愉快で。
 状況をわかってはいるのだけれど、彼女を下卑た視線の中に置きたくなくて、連れ去りたくてたまらなくなる。

 リチャードを探すふりをしなくてはいけないから、おざなりに厩舎の方を見て戻ってきたら、思いがけない人物がリンダに絡んでいた。
 白金のような銀髪と、それに似合いの銀縁眼鏡。その向こうの青い瞳で睨みつけられると、今だに震えあがってしまう、ちょっとしたトラウマの相手だった。

 リチャード!!

 こんな遠くにいるのに、思いきり顔が引きつった。

 ここにリンダを来させる口実に使った、リンダの兄、その人だ。
 彼は馬術倶楽部の一員ではあってもあまり顔出ししていないから、今晩ここでかちあうと思ってなかったし、それを見越してロナードも計画を立てていたはずだ。なんて運のない。
 もう少し、リンダを見せびらかして帰るつもりだったけれど、これが潮時か。

「なんでお前がこんなところに。しかもその格好はなんだ、はしたない」

 リンダは叱られているのだろうか。
 そんなリチャードの様子を見ながら、助けに入るべきかどうか悩みつつ、ロナードを視線で思わず探した。打ち合せをしていない状況になった時に、一番アドリブがきくのは頭の回転の速いロナードだ。
 リンダもそれをわかっているらしく、兄の言葉に怯えたような顔を見せて、うろたえた風を見せるが、何も答えていないのが賢い。

 次の瞬間リンダが顔を上げ、こっちを見て目が合った。助けるべきか、と迷っていた俺は、彼女の口がロナードと動くのを見て、大きく頷いた。

 慌てて踵を返すとフロアを突っ切っていく。
 結果からすると、リンダが男たちを周囲に侍らせたのが功を奏していた。

「ちょうどよかったじゃないか。リチャード、リンダはお前を探しにこんなところまで来てたんだぞ」

 彼女をかばうように、リチャードとリンダの間に割って入る男。リンダは素早く彼の背中に隠れている。

「会えてよかったな」
「今度伯爵邸に遊びに行くから、一緒に話そうな」

 明るくそう彼女を励ます姿は、リンダにいいところを見せようとしているに違いないのだけれど。
 背中でそれを苦々しく聞きながら、俺はようやくロナードを見つけて、手招きをした。

「どうしたの?」
 自分の表情からなんらかのアクシデントを悟ったのだろう、ロナードはやや小走りになって近づいてきた。

「リチャードが来てる」
「あちゃー……うん、任せて」

 くいっと親指で後ろを指すだけで、状況を把握したのだろう。ロナードが小さく頷く。二人で速足になって戻れば、リンダはそこに放置されていて、リチャードと言い争うかのように話しこんでいる男たちがいた。

「人の妹を酒場の女みたいに扱うな」
「そんなつもりはないよ。久々に会ったら、随分と綺麗になってて驚いただけだ」

 リンダは自分たちを見つけると小さく手を振る。
 あからさまにほっとしたようなため息をつき、笑顔になったリンダに、なぜだろう、ドクッと心音が急に動き出したような気がして、そんな場合ではないはずなのに……困る。

「リチャード兄ぃ、久しぶり」 

 自分がリンダに気を取られていた隙に、ロナードがリチャードに明るく話しかけていた。

「アレックスにロナード……? どうしたんだ、また悪戯しにきたのか?」
「やめてよ……。もうそんな歳じゃないよ、僕たち」

 リチャードに苦々しい顔をして三人そろって見つめられてしまう。
 三人で悪だくみして悪戯をしていた過去を、余すところなく知られているうちの一人なのだから、この人は。そして、それで説教をして容赦なくゲンコツを食らった記憶も忘れない。
 おかげで今でもなんとなく頭が上がらないのだが、ロナードはそんなことは関係ないのか忘れたのか、けろっとしている。


「リチャード兄に用があるから来てたんだよ」
「俺をか?」
「今日は何か用事があるの?」
「いや……」

 ん? リチャードの言葉の歯切れが悪い。なにかあったようだが気のせいだろうか。
 しかしロナードはそんなリチャードが見せた逡巡のような感情を綺麗に無視して、リチャードの袖を甘えるようにくいっと引っ張っている。こういうのは昔から上手い奴だった。

「ここに遊びに来ただけなら一緒に帰ろうよ。ここまで辻馬車で来てるんでしょ? それならうちの馬車で送るから」

 ああ、それは名案だ。馬車に乗るまでの間の時間を稼ぐことができる。
 馬車の中で用事を話すということにすればつじつま合わせを考える時間ができる。
 そう思っていたが、リチャードの答えは意外だった。

「……わかったわかった、話があるならここで聞いてやる。それでいいだろ? おい、アレックス。部屋を借りてこい」

 唐突なリチャードの指示に、俺は慌てて頷いた。

「あ、ああ……」

 なぜだろう。あのいつも冷静なリチャードの様子が、どこかおかしいような気がする。
 俺は胸ポケットからカードケースを取り出すと、スタッフに近づいてカードを見せ、話し合いができるような部屋を借りれないかと話しかけた。
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