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第二十五話 帰宅
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ああ、やってしまった。
侯爵夫人の誕生日パーティーとしては大失敗だろうに、なぜか盛り上がってしまっている。
客にとって我々の婚約破棄騒動は面白い余興みたいだったようで、無駄に喜ばれてしまった。
見世物じゃない! と怒りたいけれど、他人事なら確かに見世物だと我ながら思う。
ある種の喧嘩は人間の心を高ぶらせるから、そういう意味でも興奮剤となったみたいだ。
当分の間の社交界への噂の燃料をたっぷりと投下してしまった。
サリダ侯爵家に弱みを握られたとお父様に叱られるかもしれないけれど、あんな男と婚約させたお父様が悪いということにしておこう。
後で謝罪をしに改めて伺うことにして、私は一足先に失礼することにした。
「待って、リンダ。送っていくから。足がないでしょ?」
外に出ようとしていたら、ロナードが追いかけてきてくれた。
そういえば、ヘンリーと共に来て、彼が先に帰ってしまったから馬車がなかったのだ。
「アレックスも一緒に帰ろうよ。話があるんだ」
パートナーが先に帰って残る意味もないということで、アレックスも帰ろうとしていた。
元々こういう晴れがましいところが苦手なアレックスだったけれど。
テレーゼと明確に婚約破棄するということで、彼にお近づきになりたそうな女性の目もわずらわしかったようだ。
ロナードの家の馬車に三人で乗り込むと、「なるべくゆっくり走って」とロナードは御者に指示を出す。
馬車の中で話すために馬を走らせているなんて、まるで悪い密談でもしているかのようだ。
揺れる馬車で一息ついて、背もたれに体を預けながらドレスの下で足を組む。
こんな行儀悪いことができるのは、この二人の前だけだ。
「もっとスマートな形で、ヘンリーをぐっちゃぐっちゃにおとしめようと思っていたけど、テレーゼ様の自滅暴走のおかげでなんとか破談に持っていけそうね」
これだけスキャンダルをまき散らしたのだから、あの父も破談にせざるを得ないだろう。私がふふん、と思っていたのに、ロナードは首を振った。
「ちょっと考えが甘いよ、リンダ。僕の予想が正しかったら、君のパパはこうなっても婚約破棄してくれないかもしれない」
「はぁ!?」
あれだけ人前で大騒ぎをしたというのに、どうしてそこまでヘンリーと結婚させることに執着する必要があるのだろうか。
あれでもダメなら本気で家出を考えるしかない。
「なんでリンダがヘンリーと婚約が決まったのか。そしてヘンリーがあんなにフィー様に対して強気でいられたのか、僕の想像を聞いてほしい」
暗い馬車の中で自然と顔を寄せ合い、ロナードの話を聞く体勢になった。
「この国では画家とか作家とか、創作活動する人の地位はそれほど高くないよね」
なんなんだろう、急なこの話は。
まぁ、確かにそうだろう。それだけで自活していくことはほぼできないから、貴族がパトロンとなって、その生活を支えるなんてことは珍しくない。
アレックスも眉をひそめて、ロナードの話に聞き入っている。
「そうだけど……それがどうしたの?」
「じゃあ、裸婦像を描く時って、何が必要が知ってる?」
話がめちゃくちゃ飛んでいるんだけど!
アレックスも首をかしげながら、なんだろうと出されたクイズを真面目に考えているようだ。
「画材とか描く場所とかそういう問題じゃなくて? それなら、モデルとか?」
「当たり。じゃあ、そのモデルってどうすると思う?」
「雇うんじゃないのか?」
アレックスが当たり前だろう? と即座に答える。
「その画家がいるのが、とっても身分の高い貴族の家で、あまり人を外部から入れられないなら、どうすればいいと思う?」
「使用人にモデルを頼んだら……妙な噂になるわよね、そんなの。裸なんて恋人か奥さんにしか頼めないことだろうし」
使用人とはいえ貞操観念があるのだから、仕事ではないなら断られるのが落ちだろう。
「そう。若い女性の裸を見て、絵を描きたいと思っても、高位貴族の家だとなかなか難しいことなんだよね」
「うん、でも貴族の家がパトロンを抱えて絵を描かせるなんて珍しくないんじゃない? 別邸かなんかに画家を囲って、そこにモデルが通ってもおかしい話じゃないじゃない」
「そうだね、別邸とかに住んでる人ならね」
どうもロナードの言い方がすっきりしない。
何を言おうとしているのか、まるっきりわからない。
「えっとね。マルタス侯爵家には、女性のヌードモデルを必要としている画家がいるんだよ」
「……もしかして、侯爵家本邸にお抱えの画家がいるの?」
そうなればそれは、絵の腕ゆえに囲っているパトロンではなく、愛人という意味になる。
芸術家の中には、パトロンと称する愛人契約をする者も多いのだ。
そのスキャンダルを感じて声を潜めて言ったのだが、ロナードは首を小さく振った。
「違うよ。……マルタス侯爵夫人……貴族の侯爵夫人、ご本人が画家なんだ。それも結構有名な」
裸婦画。
マルタス侯爵家。
画家である侯爵夫人。
そして私の婚約話……。
繋がるものが見えた……気がした。
「ま、まさか、あの淫らな絵を描いてるのって……」
「そう。君の家にある絵の大半の作者はマルタス侯爵夫人。そして若かりし頃の侯爵夫人の自画像がモデルなんだ」
意外な真相だった。
あれは知ってる人の裸体……しかも淫らな図だが、うう、そんなもの見たくなかったよ。
しかし、それを聞いて色々と納得してしまった。
絵を描いている女性自体が少ないし、もし描いている内容がアレなものだなんて外部に漏れたら……スキャンダルもいいところだ。
好事家に評価が高いとはいえ、モデルなんてとてもじゃないが雇えないだろう。
いわゆる高貴な方の外聞をはばかる趣味というところだろうか。
侯爵夫人の誕生日パーティーとしては大失敗だろうに、なぜか盛り上がってしまっている。
客にとって我々の婚約破棄騒動は面白い余興みたいだったようで、無駄に喜ばれてしまった。
見世物じゃない! と怒りたいけれど、他人事なら確かに見世物だと我ながら思う。
ある種の喧嘩は人間の心を高ぶらせるから、そういう意味でも興奮剤となったみたいだ。
当分の間の社交界への噂の燃料をたっぷりと投下してしまった。
サリダ侯爵家に弱みを握られたとお父様に叱られるかもしれないけれど、あんな男と婚約させたお父様が悪いということにしておこう。
後で謝罪をしに改めて伺うことにして、私は一足先に失礼することにした。
「待って、リンダ。送っていくから。足がないでしょ?」
外に出ようとしていたら、ロナードが追いかけてきてくれた。
そういえば、ヘンリーと共に来て、彼が先に帰ってしまったから馬車がなかったのだ。
「アレックスも一緒に帰ろうよ。話があるんだ」
パートナーが先に帰って残る意味もないということで、アレックスも帰ろうとしていた。
元々こういう晴れがましいところが苦手なアレックスだったけれど。
テレーゼと明確に婚約破棄するということで、彼にお近づきになりたそうな女性の目もわずらわしかったようだ。
ロナードの家の馬車に三人で乗り込むと、「なるべくゆっくり走って」とロナードは御者に指示を出す。
馬車の中で話すために馬を走らせているなんて、まるで悪い密談でもしているかのようだ。
揺れる馬車で一息ついて、背もたれに体を預けながらドレスの下で足を組む。
こんな行儀悪いことができるのは、この二人の前だけだ。
「もっとスマートな形で、ヘンリーをぐっちゃぐっちゃにおとしめようと思っていたけど、テレーゼ様の自滅暴走のおかげでなんとか破談に持っていけそうね」
これだけスキャンダルをまき散らしたのだから、あの父も破談にせざるを得ないだろう。私がふふん、と思っていたのに、ロナードは首を振った。
「ちょっと考えが甘いよ、リンダ。僕の予想が正しかったら、君のパパはこうなっても婚約破棄してくれないかもしれない」
「はぁ!?」
あれだけ人前で大騒ぎをしたというのに、どうしてそこまでヘンリーと結婚させることに執着する必要があるのだろうか。
あれでもダメなら本気で家出を考えるしかない。
「なんでリンダがヘンリーと婚約が決まったのか。そしてヘンリーがあんなにフィー様に対して強気でいられたのか、僕の想像を聞いてほしい」
暗い馬車の中で自然と顔を寄せ合い、ロナードの話を聞く体勢になった。
「この国では画家とか作家とか、創作活動する人の地位はそれほど高くないよね」
なんなんだろう、急なこの話は。
まぁ、確かにそうだろう。それだけで自活していくことはほぼできないから、貴族がパトロンとなって、その生活を支えるなんてことは珍しくない。
アレックスも眉をひそめて、ロナードの話に聞き入っている。
「そうだけど……それがどうしたの?」
「じゃあ、裸婦像を描く時って、何が必要が知ってる?」
話がめちゃくちゃ飛んでいるんだけど!
アレックスも首をかしげながら、なんだろうと出されたクイズを真面目に考えているようだ。
「画材とか描く場所とかそういう問題じゃなくて? それなら、モデルとか?」
「当たり。じゃあ、そのモデルってどうすると思う?」
「雇うんじゃないのか?」
アレックスが当たり前だろう? と即座に答える。
「その画家がいるのが、とっても身分の高い貴族の家で、あまり人を外部から入れられないなら、どうすればいいと思う?」
「使用人にモデルを頼んだら……妙な噂になるわよね、そんなの。裸なんて恋人か奥さんにしか頼めないことだろうし」
使用人とはいえ貞操観念があるのだから、仕事ではないなら断られるのが落ちだろう。
「そう。若い女性の裸を見て、絵を描きたいと思っても、高位貴族の家だとなかなか難しいことなんだよね」
「うん、でも貴族の家がパトロンを抱えて絵を描かせるなんて珍しくないんじゃない? 別邸かなんかに画家を囲って、そこにモデルが通ってもおかしい話じゃないじゃない」
「そうだね、別邸とかに住んでる人ならね」
どうもロナードの言い方がすっきりしない。
何を言おうとしているのか、まるっきりわからない。
「えっとね。マルタス侯爵家には、女性のヌードモデルを必要としている画家がいるんだよ」
「……もしかして、侯爵家本邸にお抱えの画家がいるの?」
そうなればそれは、絵の腕ゆえに囲っているパトロンではなく、愛人という意味になる。
芸術家の中には、パトロンと称する愛人契約をする者も多いのだ。
そのスキャンダルを感じて声を潜めて言ったのだが、ロナードは首を小さく振った。
「違うよ。……マルタス侯爵夫人……貴族の侯爵夫人、ご本人が画家なんだ。それも結構有名な」
裸婦画。
マルタス侯爵家。
画家である侯爵夫人。
そして私の婚約話……。
繋がるものが見えた……気がした。
「ま、まさか、あの淫らな絵を描いてるのって……」
「そう。君の家にある絵の大半の作者はマルタス侯爵夫人。そして若かりし頃の侯爵夫人の自画像がモデルなんだ」
意外な真相だった。
あれは知ってる人の裸体……しかも淫らな図だが、うう、そんなもの見たくなかったよ。
しかし、それを聞いて色々と納得してしまった。
絵を描いている女性自体が少ないし、もし描いている内容がアレなものだなんて外部に漏れたら……スキャンダルもいいところだ。
好事家に評価が高いとはいえ、モデルなんてとてもじゃないが雇えないだろう。
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