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第3話 モデルになって

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「メイドは代わりがいるけど、君の代わりはいないんだ! 俺たちを助けると思って!!」

 頭を下げる勢いで懇願されて、この人、本当に貴族なのだろうかと疑わしくなってきた。
 彼が貴族にしては、自分に対して低姿勢すぎると思う。彼は自分を単なる平民の小娘だと思っているだろうに。それなら彼が貴族なら身分差を盾にして、相手に命令すればいいだけなのだ。
 
「と、とりあえず、私に何をさせたいのかを教えてください!」
「あれ?言ってなかったっけ?」

 こんな事を言っては失礼かもしれないけれど、この人、猪突猛進というか、周囲が見えてないというか。
 この人は手練手管を使って相手と交渉するのとかがとても苦手そうだ。
 よく言えば直情、悪く言えば……思い込みが激しい、そんな感じな人なのだろうか。
 しかし、そういうところが好ましくも思えた。年上相手だというのに、どこか子供っぽくも見えて。

「モデルだよ。ファッションモデル。貴族のサロンに最新のドレスを着てその良さをアピールする仕事」
「!?」

 男性の話す内容が思いがけなくて、私は本当か? という確認もこめて、その場に立っていた女性にも目を向けるがその女性は否定をしない。どうやら仕事内容自体は本当らしい。

「やりたくないならやらないでちょうだい。素人気分で来られると迷惑だから」
「それはダメ! お願いだから、君!!」 

 冷たく言った女性に対して、男の方はなぜか必至だ。
 その相手に私も冷静に首を振る。

「いえ……そう頼まれましても。人と話すのとか得意な方でないですし、人前出るの苦手ですし」
「話さなくていいから! 最悪立ってくれているだけでもいいし。拘束時間も最大限考慮するから!」
「知ってる人に会ったら困りますし……」
「君だとわからないようにメイクとかするから!」

 何を言っても断ろうとしても、それ以上の条件や好待遇を提示して、手を変え品を変え相手は諦めてくれない。
 とうとう根負けして、最終的には頷かざるを得なかった。
 とりあえずそうしないと、絶対家に帰してもらえない勢いだったと思う。しかし、私の渋々の頷く姿を見てその男は子供のような笑顔になって。

「ありがとう!」
「ひえっ!」

 嬉しさのあまりだろうか、私の手を握る彼の距離の近さに思わず後ろに下がるが、彼は私を見つめたまままた一歩彼が近づいてくるので、意味がない。

「君の名前を教えてくれる?」
「あ……レティエ、です」

 私が口ごもりながら名前を言えば、彼は何度も口の中で私の名前を転がすように呟いている。
 
「レティエか、綺麗な素敵な名前だね。俺のことはセユンと呼んでくれ。あちらの女性はクロエだよ」

 彼が振り返りながら自分たちの自己紹介をしてくれたのでそちらにも会釈をしたが、クロエと呼ばれた女性はそのままツンと鼻先を上に向けたまま棒立ちになっているだけだ。どうやらクロエの方は私を歓迎してくれるつもりはないらしい。

「私、具体的にはどういう仕事なのかわからないんで、ちゃんと説明してほしいんですけど……」
「まず服を脱いで」
「は?」
「これから採寸をするから」

 クロエは常識がない人間を見るかのように、不愉快そうな目を隠しもせず私に言う。
 セユンの方は『俺がいたらやりづらいと思うから、手伝い呼んでくる!』とさっさと退室してしまったし。

 愛想のないクロエと二人きりにされて途方にくれながら、目の前の彼女だけを見ていた。
 クロエはなにやら書類のようなものを取り出してくると、難しい顔をして左手でペンをくるくると回し何かを考えているようでこちらを向いていない。

「はいー、呼ばれましたぁ!」

 小柄な若い女性が元気よく、部屋の中に入ってきた。くるくるな赤い巻き毛を1つに結ってまとめている彼女は荒れ果てた部屋の中を、器用に布を踏まないようにひょいひょい飛び越えて、私の側に歩みよってくる。
 丸い眼鏡を丸い鼻にのせた彼女は白衣のような服のポケットから、何かを取り出した。見ればそれは巻き尺のようだ。

「サティ、この子のトルソーどれくらいでできる?」
「んー、3日ですかねえ。急げばもっと早くできますけど、特急料金払って発注した方がいいかも?」
「そうね、今回は追加料金払ってでも1日で仕上げるよう頼んで」
「了解です」

 話の内容が全然わからないけれど、自分の手に負えないレベルまで色々とオオゴトになっている気配がしているのはなぜだろう。引き受けたことをやっぱり辞めます! と言えない気がする。

「ささ、脱いで、脱いで。ほんとのところは下着も脱いでほしいけれど、まぁ、今回はそれはいいにしましょ」

 にこにこしながら当たり前のように赤毛の女性にうながされ、私は顔が引きつるのを止められなかった。
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