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第11話 謎多き男と謎多きブティック

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 家に帰ったら、ミレーヌは予想通り不機嫌だった。

「あの人、最低よ」

 そう言い捨てる言葉に私は首を竦めた。

「……否定はしないわね」

 彼女が言うところのあの人はセユンのことだろう。名前も口にしたくないのだろうか。
 確かに彼がミレーヌにとった態度は、他人に不愉快さを与えると思う。
 しかしミレーヌは、はっと何かに気づいたように、慌ててその可愛らしい首を振っている。
 
「違うのよ。私に対してはそれなりに礼にかなっていると思うの……。客人を放置するような無礼さは置いといてもね。いわゆる経営者の目で判断をしているというか……それはどうでもいいのよね。そうじゃなくて、許せないのはあの人が貴方を見る目よ」
「私を見る目?」
「なんていうか……モノとして見てる感じ」

 唇に指を当ててミレーヌは何かを考えるような顔をしている。言葉を探している時の表情だ。うまく感じたことを表現できないのだろうか。

「素材として見ているんでしょう? 私はモデルだから当然じゃないかしら」

 私は自分が感じていた言葉を先に言って助け船を出してみた。

「そうそう、それよ! 失礼じゃない? 女性をバカにしてるわ。あの人、顔は悪くないけど、対象外ね。貴方もああいう男とお付き合いするのはやめた方がいいわよ。レティエは男性に免疫ないからちょっと心配」
「何を言ってるのよ! そういう相手じゃないのよ?」

 他人の顔に対して評価を下すのもどうかと思うけれど、そこはつつかないでおこう。
 そもそも下級貴族では恋愛結婚が増えてるとはいえ、親の命じた通りに結婚するのが普通だというのをミレーヌは知っているくせに。
 
「気をつけてね」

 何を気を付ければいいのかわからないが、なぜかミレーヌに心配をされてしまった。確かにセユンは私を褒めすぎていると思う。
 それが何かの思惑があって私をおだてているとしたら、それは警戒に値する。
 彼が私を褒め殺しているようなところを彼女は見てないはずなのに、そういう不穏ななにかを見抜いているとしたらミレーヌは相当な慧眼けいがんの持ち主だ。
 多く人と触れてるせいか、ミレーヌの方が私より人を見る目は長けているだろうから、一応用心しよう。

「でもあの人、なんでブティックで働いているのかしらね。騎士でもしてそうな体つきしているのに」

 不思議そうに首を傾げるミレーヌ。その動きに合わせてその栗色の髪が揺れる。

「あ、それは私も思った」
「相当鍛えているわよ、あの身体は。手にも剣だこみたいなのできてたし……」
「そうなの!?」

 そこまでは見ていなかった。やはりミレーヌの観察眼は鋭い。
 
「女を素材としてしか見てないなら逆に安心安全かもしれないけれどね……。もしかしたら同性愛者かもしれないし。でも、言い寄られでもしたら、急所蹴って逃げるのよ!?」
「あ、うん……?」

 もっとも、あの体格に本気で襲われたら逃げ切れるとは思えないけれど。
 自分の目から見るセユンは、女性に無理強いなんてしなくても、本気で口説き落とせば誰でも落とせるのではないかとは思うのだけれど。リリンの話からするとかなりモテるようなのに。

「でも貴方、自分の身分に対しては警戒してね。男爵とはいえこの裕福なクローデット家のお嬢様だってばれたら、ああいうブティックはスポンサーを欲しがるものだから、伯父様の方にも渡りつけようとするでしょうし」
「それを言ったら、ミレーヌだって……」
「私は今でもパーマー家の暫定相続人であって、クローデット家とは別の家の者だもの」

 あっけらかんというミレーヌに、こういう時にどういう顔をしたらいいのかわからなくなる。
 家族であって、家族でないと笑顔で言う彼女に少し寂しく感じるのは私の感傷だろうか。
 ミレーヌの方は割り切っているようなのに。
 
「でも、新しくモデルを雇おうとしているくらいだから、プリメールってそれなりに売れてるブティックなんじゃないかしら……」
「確かにそうよね。まだ新しいブティックみたいだけど、この私が知らないなんて。店舗利用はともかくオーダーを利用するのには身分の制限がある格式が高いブティックなのかもしれないわ。それなら男爵家の後押しなんかいらないでしょうから、貴方が少々ヘマをしても大丈夫で気楽なのだけれど……でもそれが本当だとしたら、どれだけ太いパイプを上流階級との間に持ってるってことになるんだけれどね……」

 お洒落が好きなミレーヌは、王都中のブティックを全て制覇するレベルで利用している。
 もっともそれはクローデットの家が裕福だからこそできることでもあるのだが。

 セユンも謎だが、ブティックプリメールも謎めいている。
 どういうことなんだろう、と二人で首を傾げていた。
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