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第15話 忘れていたサプライズ
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それからしばらくは、セユンに会えなかった。
私はブティックの店舗の方に顔を出したり、言われたようにウォーキングやポージングの練習を鏡の前で繰り返していた。
貴族向けのドレスを着ている時と、他のものでは魅せる場所が変わってくる。
平民が身に着けることを許される種類のものや廉価なもので装飾できるように工夫しなくてはいけなくて、何も考えないで引き受けてしまったことだけれど、思った以上に大変なことだと後から理解して。
それでも投げ出すわけにいかないから、必死になって食らいついていくしかない。迷惑かけないためにも。
そう思っていたある日、唐突にセユンがアトリエに現われた。
「はい、約束のもの」
そう言って、シンプルな袋を渡された。
プレゼント用のリボンすらかけられていない、可愛げのない紙の袋。中はずっしりとして重い。
正直なところ、約束自体を忘れていた。
だから、なんだろうと無防備な心で持って開けて……絶叫した。
「ああああああ!」
自分のはしたない声に自分で驚き、慌てて口を閉じる。しかし、遅かった。
「女の子がそんな野太い悲鳴上げるもんじゃありません」
セユンはそんな私の表情が面白かったのだろう。腹を抱えて笑っている。うう、恥ずかしい。
震える手で深紅の絹張りの表紙の本を取り出す。そのタイトルを見て、頬が紅潮するのをごまかすことができなかった。ずっと欲しかった本だ。
そしてそれだけでなく、人気のストロベリータイムズシリーズが三冊全部入っている。どうりで重いはずだ。本当に一式くれるとは。
はっきりいって、チェリーの本は高い。しかも飛ぶように売れて手になかなか入らない。どうやって手に入れたのだろうか。
「ほんと好きなんだなー」
私の様子をしみじみと見ているセユンは意外そうな声を上げている。言葉が上手く出なくて、私はこくこく頷くだけでも必死だ。
「こここ、これ新刊ですよね? しおり紐が伸びてないんですけどっ。なんでこの世に未読本が存在してるんですか!? 保存用ですか!?」
「なにそれ? 保存? 本って読むためにあるんだよ?!」
「読む用と、とっておく用ですよ」
「よくわからないけど、うん、それに近いかも? よそにあげようと思って保管してたんだけど、渡しそびれてて。そのうち増刷されるだろうから先に君に渡して、先方には新しいやつが出たら渡そうかなって」
贈答用として人気本を確保していたということだろうか。うう、こういう人がいるから本が欲しいところに流通しないんじゃないのぉ!
と思うけれど、この装丁が美しく蔵書としても映えるようなデザインで売る出版社がいけないんだと思う。
この人はやはり金持ちなのだろう。確かに人気ブティックの売れっ子営業ならお給料だって悪くないだろうし。
私は金銭的に不自由なく育ってはいるけれど、自分自身の財産があるわけではないので、羨ましい。それでもこの仕事をするようになって少しは懐が豊かにはなったのだけれど、下手に物を買ったら働いているのがばれてしまうので全て貯めこんでいるが。
「本は読むためにあるんだからね。読んでくれたほうが本が喜ぶよ」
「大事に読みます!」
「それはよかった。本は飾りって思う人多いしねえ」
「そういうのって百科事典とかでしょう? レーズン出版社の本は大衆向けだから、そういう感じ受けないですけどね。書体も字の大きさもちょうどよくて読みやすいですし、読むための本ですよ」
おばあ様が言っていた。
老眼がすすむと字が小さすぎるといくらルーペを使っても限界があるようだ。なのにここの本は読みやすいとそういう意味でもファンなのだろう。
「それでも廉価版のレーベル出してほしいですね。装丁は綺麗だけれど、やっぱりこれらの本は高いですから……」
私が絹張りの表紙を撫でながらため息をつく。本は貴重品。そういう意識があるせいで、見栄えも大事にする気持ちはわかる。それはプレゼントをラッピングしてリボンをかけたりする感覚と同じだろう。
私はモデルのメイクなんてドレスに比べて大事ではないと思ってしまうような人だったから、やはりそういうところが世間一般とずれているのかもしれないけれど、美しさを犠牲にしてでも、本を求めやすくしてほしいと思ってしまう。
「俺からしたら、本ってこれくらいの値段でこういうものってイメージあったけど、そうだよねー。もっと安く読みたいよね」
うんうん、わかるわかる、とセユンに頷かれて嬉しくなってしまった。やはり本好きなら同じような気持ちを共有するのだろう。
私が早くもらった本を読みたいという気持ちが伝わっていたのか、皆がいつもより早く帰宅するよう促してくれた。
もらった時はあんなに重かった本のに、今ではもう羽のように軽く感じる。
早く読みたい。
本音は歩きながら読みたいけど、本を落としたり汚したりすると困るし、そんな危険でみっともないことをするわけにもいかず、行儀が悪くならない程度に早歩きになるだけでとどめたけれど。
しかし、家に帰ってすぐに私は本を読むわけにいかなかった。
家でとんでもない情報が待っていたからだ。
私はブティックの店舗の方に顔を出したり、言われたようにウォーキングやポージングの練習を鏡の前で繰り返していた。
貴族向けのドレスを着ている時と、他のものでは魅せる場所が変わってくる。
平民が身に着けることを許される種類のものや廉価なもので装飾できるように工夫しなくてはいけなくて、何も考えないで引き受けてしまったことだけれど、思った以上に大変なことだと後から理解して。
それでも投げ出すわけにいかないから、必死になって食らいついていくしかない。迷惑かけないためにも。
そう思っていたある日、唐突にセユンがアトリエに現われた。
「はい、約束のもの」
そう言って、シンプルな袋を渡された。
プレゼント用のリボンすらかけられていない、可愛げのない紙の袋。中はずっしりとして重い。
正直なところ、約束自体を忘れていた。
だから、なんだろうと無防備な心で持って開けて……絶叫した。
「ああああああ!」
自分のはしたない声に自分で驚き、慌てて口を閉じる。しかし、遅かった。
「女の子がそんな野太い悲鳴上げるもんじゃありません」
セユンはそんな私の表情が面白かったのだろう。腹を抱えて笑っている。うう、恥ずかしい。
震える手で深紅の絹張りの表紙の本を取り出す。そのタイトルを見て、頬が紅潮するのをごまかすことができなかった。ずっと欲しかった本だ。
そしてそれだけでなく、人気のストロベリータイムズシリーズが三冊全部入っている。どうりで重いはずだ。本当に一式くれるとは。
はっきりいって、チェリーの本は高い。しかも飛ぶように売れて手になかなか入らない。どうやって手に入れたのだろうか。
「ほんと好きなんだなー」
私の様子をしみじみと見ているセユンは意外そうな声を上げている。言葉が上手く出なくて、私はこくこく頷くだけでも必死だ。
「こここ、これ新刊ですよね? しおり紐が伸びてないんですけどっ。なんでこの世に未読本が存在してるんですか!? 保存用ですか!?」
「なにそれ? 保存? 本って読むためにあるんだよ?!」
「読む用と、とっておく用ですよ」
「よくわからないけど、うん、それに近いかも? よそにあげようと思って保管してたんだけど、渡しそびれてて。そのうち増刷されるだろうから先に君に渡して、先方には新しいやつが出たら渡そうかなって」
贈答用として人気本を確保していたということだろうか。うう、こういう人がいるから本が欲しいところに流通しないんじゃないのぉ!
と思うけれど、この装丁が美しく蔵書としても映えるようなデザインで売る出版社がいけないんだと思う。
この人はやはり金持ちなのだろう。確かに人気ブティックの売れっ子営業ならお給料だって悪くないだろうし。
私は金銭的に不自由なく育ってはいるけれど、自分自身の財産があるわけではないので、羨ましい。それでもこの仕事をするようになって少しは懐が豊かにはなったのだけれど、下手に物を買ったら働いているのがばれてしまうので全て貯めこんでいるが。
「本は読むためにあるんだからね。読んでくれたほうが本が喜ぶよ」
「大事に読みます!」
「それはよかった。本は飾りって思う人多いしねえ」
「そういうのって百科事典とかでしょう? レーズン出版社の本は大衆向けだから、そういう感じ受けないですけどね。書体も字の大きさもちょうどよくて読みやすいですし、読むための本ですよ」
おばあ様が言っていた。
老眼がすすむと字が小さすぎるといくらルーペを使っても限界があるようだ。なのにここの本は読みやすいとそういう意味でもファンなのだろう。
「それでも廉価版のレーベル出してほしいですね。装丁は綺麗だけれど、やっぱりこれらの本は高いですから……」
私が絹張りの表紙を撫でながらため息をつく。本は貴重品。そういう意識があるせいで、見栄えも大事にする気持ちはわかる。それはプレゼントをラッピングしてリボンをかけたりする感覚と同じだろう。
私はモデルのメイクなんてドレスに比べて大事ではないと思ってしまうような人だったから、やはりそういうところが世間一般とずれているのかもしれないけれど、美しさを犠牲にしてでも、本を求めやすくしてほしいと思ってしまう。
「俺からしたら、本ってこれくらいの値段でこういうものってイメージあったけど、そうだよねー。もっと安く読みたいよね」
うんうん、わかるわかる、とセユンに頷かれて嬉しくなってしまった。やはり本好きなら同じような気持ちを共有するのだろう。
私が早くもらった本を読みたいという気持ちが伝わっていたのか、皆がいつもより早く帰宅するよう促してくれた。
もらった時はあんなに重かった本のに、今ではもう羽のように軽く感じる。
早く読みたい。
本音は歩きながら読みたいけど、本を落としたり汚したりすると困るし、そんな危険でみっともないことをするわけにもいかず、行儀が悪くならない程度に早歩きになるだけでとどめたけれど。
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