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第38話 騎士の本分
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おばあ様の一連の葬儀が終わると、私はさっそくアトリエに向かった。
ジョンから伝え聞いたのだろう。伯爵邸の中に入るなり、私の姿を見かけた使用人たちが色々と心配して話しかけてくれる。
慰めの言葉に礼を述べながら別邸の方に足を向けたが、今日はまだクロエしか来ていないようだった。
「お休みいただきご迷惑をおかけしました」
「本当にそうよ」
私の言葉に冷ややかにクロエが吐き捨てた。髪を振り乱してこちらに怒りをぶつけてきた。
「貴方のおばあさんなんて、もういい歳だったんでしょ? 死ぬのが当たり前じゃない。ベッドの上で幸せに死んでるのに、なんでわざわざ喪に服したり、大仰に葬式したりして仕事をサボれるのかしら。生きてる人間の方が大事でしょ!? 理解できないわ」
これが忙しい時に顔を出せなかった私に嫌味を言っているというのならわかるが、本当に理解しかねるという言い方で面食らってしまった。
この人は、誰かの死を悼むということをしたことがないのだろうか。
あまりの事で何も言えないでいたら、唐突にセユンの声がした。
「やめないか!」
いつの間に来たのだろう。気づけばセユンが私の前に立ち、クロエに食ってかかっている。
「人の死は唐突に起こることだろう? それに準備ができないのは当たり前だ。それで忙しくなったのは彼女のせいではないし、それに彼女の忌引きは俺が許可した。文句なら俺に言え」
「はっ、つくづく貴方はレティエに甘いわね」
「レティエじゃなくても、同じようにするに決まっているだろう!」
何言ってるの? というクロエの言葉に眉を顰めるセユン。
飲み込みが悪い子供に言い聞かせるように、クロエはセユンに言う。
「死んだのはこの子にとっては親よりさらに遠い血の祖母でしょ? 老人でなくても人なんていつかは死ぬし。なんでこの子はそんなに死ごときで、甘えているのよ。私の父は戦場で死んだのよ。戦場で皆を守って死んだ人は、死んでもろくに遺体も拾ってもらえず、弔ってももらえてないのに不公平よね。野垂れ死ぬ運命の騎士なんてものは。いつかは貴方もそうなるかもね」
「いいかげんにしないか!」
セユンの怒号が室内に響き、その声で私の方が反射的に身体がすくんでしまった。
「それが俺たち騎士の務めだ! 自分の家族がそれこそ死ぬ時ですら安心して神の身元に行けるように皆を守ってるんだ。君の父親だってそうだったはずだ。騎士は自分が戦うことで皆を守るという誇りを胸に生きてきている。君が言ったのは死んだ騎士たちへの冒涜だぞ!」
「ふん、恰好つけちゃって……まぁいいわ。ここでいまさら過去のことに文句を言っていても今の時間を無駄にするだけね」
セユンの言葉もクロエには響かないようで、鼻で嗤っている。
私はそんな二人を見ながら、呆然としていた。
それまで自分はセユンをどこか侮っていたかもしれない。
この人はデザイナーとか実業家とかであるべき人で、伯爵であったり騎士であったりするのはおまけなのだと。
しかし、今の彼を見ていればその考えがまるっきり違うと教えられた。
この人の魂は立派に騎士だ。その上で与えられた全ての役割をちゃんと一人前以上にこなしている人なのだ、と。
セユンとクロエはしばらくにらみ合っていたが、最後にクロエがバカにしきったような目でセユンを見上げる。
「でも覚えておきなさい。貴方は私がいなければなにもできないのよ。大きな口を叩かないでほしいわ」
そう言って踵を返してクロエは部屋から出ていく。
書類を持って出て行ったところを見ると、仕事があったのかそれとも他のところで仕事をするつもりなのだろうか。
クロエが出ていく姿を見送ったセユンはため息をついた。
「見苦しいところを見せて悪かった。彼女が言ったことも気にしないでくれよ」
「いえ、大丈夫ですけれど……」
なんとなく私たちの間にも気まずい空気が流れてしまって、どうしようかと思っていたところに救世主が現れた。
「こんにちはー。いやぁ、もう冬も終わりますねえ。春を告げるクロッカスの蕾ができてたし」
どたどたと足音を立てながら、呑気なことを言いつつ入ってきたのはサティだ。
こういう時、彼女がいるとそれだけで場の空気が明るくなって、それにいつも助けられている。
サティの後ろからリリンも寒い寒い言いながら入ってくる。
「今日の空の雲はレース編みみたいねぇ。あんな風なの作れたらいいのにねえ」
リリンも相変わらず頭の中は衣服のことばかりのようだ。
その二人の相変わらずさにほっとして。
そして私の日常も戻ってきたように感じられて。ようやく私とセユンは顔を見合わせると笑顔を交わした。
ジョンから伝え聞いたのだろう。伯爵邸の中に入るなり、私の姿を見かけた使用人たちが色々と心配して話しかけてくれる。
慰めの言葉に礼を述べながら別邸の方に足を向けたが、今日はまだクロエしか来ていないようだった。
「お休みいただきご迷惑をおかけしました」
「本当にそうよ」
私の言葉に冷ややかにクロエが吐き捨てた。髪を振り乱してこちらに怒りをぶつけてきた。
「貴方のおばあさんなんて、もういい歳だったんでしょ? 死ぬのが当たり前じゃない。ベッドの上で幸せに死んでるのに、なんでわざわざ喪に服したり、大仰に葬式したりして仕事をサボれるのかしら。生きてる人間の方が大事でしょ!? 理解できないわ」
これが忙しい時に顔を出せなかった私に嫌味を言っているというのならわかるが、本当に理解しかねるという言い方で面食らってしまった。
この人は、誰かの死を悼むということをしたことがないのだろうか。
あまりの事で何も言えないでいたら、唐突にセユンの声がした。
「やめないか!」
いつの間に来たのだろう。気づけばセユンが私の前に立ち、クロエに食ってかかっている。
「人の死は唐突に起こることだろう? それに準備ができないのは当たり前だ。それで忙しくなったのは彼女のせいではないし、それに彼女の忌引きは俺が許可した。文句なら俺に言え」
「はっ、つくづく貴方はレティエに甘いわね」
「レティエじゃなくても、同じようにするに決まっているだろう!」
何言ってるの? というクロエの言葉に眉を顰めるセユン。
飲み込みが悪い子供に言い聞かせるように、クロエはセユンに言う。
「死んだのはこの子にとっては親よりさらに遠い血の祖母でしょ? 老人でなくても人なんていつかは死ぬし。なんでこの子はそんなに死ごときで、甘えているのよ。私の父は戦場で死んだのよ。戦場で皆を守って死んだ人は、死んでもろくに遺体も拾ってもらえず、弔ってももらえてないのに不公平よね。野垂れ死ぬ運命の騎士なんてものは。いつかは貴方もそうなるかもね」
「いいかげんにしないか!」
セユンの怒号が室内に響き、その声で私の方が反射的に身体がすくんでしまった。
「それが俺たち騎士の務めだ! 自分の家族がそれこそ死ぬ時ですら安心して神の身元に行けるように皆を守ってるんだ。君の父親だってそうだったはずだ。騎士は自分が戦うことで皆を守るという誇りを胸に生きてきている。君が言ったのは死んだ騎士たちへの冒涜だぞ!」
「ふん、恰好つけちゃって……まぁいいわ。ここでいまさら過去のことに文句を言っていても今の時間を無駄にするだけね」
セユンの言葉もクロエには響かないようで、鼻で嗤っている。
私はそんな二人を見ながら、呆然としていた。
それまで自分はセユンをどこか侮っていたかもしれない。
この人はデザイナーとか実業家とかであるべき人で、伯爵であったり騎士であったりするのはおまけなのだと。
しかし、今の彼を見ていればその考えがまるっきり違うと教えられた。
この人の魂は立派に騎士だ。その上で与えられた全ての役割をちゃんと一人前以上にこなしている人なのだ、と。
セユンとクロエはしばらくにらみ合っていたが、最後にクロエがバカにしきったような目でセユンを見上げる。
「でも覚えておきなさい。貴方は私がいなければなにもできないのよ。大きな口を叩かないでほしいわ」
そう言って踵を返してクロエは部屋から出ていく。
書類を持って出て行ったところを見ると、仕事があったのかそれとも他のところで仕事をするつもりなのだろうか。
クロエが出ていく姿を見送ったセユンはため息をついた。
「見苦しいところを見せて悪かった。彼女が言ったことも気にしないでくれよ」
「いえ、大丈夫ですけれど……」
なんとなく私たちの間にも気まずい空気が流れてしまって、どうしようかと思っていたところに救世主が現れた。
「こんにちはー。いやぁ、もう冬も終わりますねえ。春を告げるクロッカスの蕾ができてたし」
どたどたと足音を立てながら、呑気なことを言いつつ入ってきたのはサティだ。
こういう時、彼女がいるとそれだけで場の空気が明るくなって、それにいつも助けられている。
サティの後ろからリリンも寒い寒い言いながら入ってくる。
「今日の空の雲はレース編みみたいねぇ。あんな風なの作れたらいいのにねえ」
リリンも相変わらず頭の中は衣服のことばかりのようだ。
その二人の相変わらずさにほっとして。
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