39 / 60
第38話 騎士の本分
しおりを挟む
おばあ様の一連の葬儀が終わると、私はさっそくアトリエに向かった。
ジョンから伝え聞いたのだろう。伯爵邸の中に入るなり、私の姿を見かけた使用人たちが色々と心配して話しかけてくれる。
慰めの言葉に礼を述べながら別邸の方に足を向けたが、今日はまだクロエしか来ていないようだった。
「お休みいただきご迷惑をおかけしました」
「本当にそうよ」
私の言葉に冷ややかにクロエが吐き捨てた。髪を振り乱してこちらに怒りをぶつけてきた。
「貴方のおばあさんなんて、もういい歳だったんでしょ? 死ぬのが当たり前じゃない。ベッドの上で幸せに死んでるのに、なんでわざわざ喪に服したり、大仰に葬式したりして仕事をサボれるのかしら。生きてる人間の方が大事でしょ!? 理解できないわ」
これが忙しい時に顔を出せなかった私に嫌味を言っているというのならわかるが、本当に理解しかねるという言い方で面食らってしまった。
この人は、誰かの死を悼むということをしたことがないのだろうか。
あまりの事で何も言えないでいたら、唐突にセユンの声がした。
「やめないか!」
いつの間に来たのだろう。気づけばセユンが私の前に立ち、クロエに食ってかかっている。
「人の死は唐突に起こることだろう? それに準備ができないのは当たり前だ。それで忙しくなったのは彼女のせいではないし、それに彼女の忌引きは俺が許可した。文句なら俺に言え」
「はっ、つくづく貴方はレティエに甘いわね」
「レティエじゃなくても、同じようにするに決まっているだろう!」
何言ってるの? というクロエの言葉に眉を顰めるセユン。
飲み込みが悪い子供に言い聞かせるように、クロエはセユンに言う。
「死んだのはこの子にとっては親よりさらに遠い血の祖母でしょ? 老人でなくても人なんていつかは死ぬし。なんでこの子はそんなに死ごときで、甘えているのよ。私の父は戦場で死んだのよ。戦場で皆を守って死んだ人は、死んでもろくに遺体も拾ってもらえず、弔ってももらえてないのに不公平よね。野垂れ死ぬ運命の騎士なんてものは。いつかは貴方もそうなるかもね」
「いいかげんにしないか!」
セユンの怒号が室内に響き、その声で私の方が反射的に身体がすくんでしまった。
「それが俺たち騎士の務めだ! 自分の家族がそれこそ死ぬ時ですら安心して神の身元に行けるように皆を守ってるんだ。君の父親だってそうだったはずだ。騎士は自分が戦うことで皆を守るという誇りを胸に生きてきている。君が言ったのは死んだ騎士たちへの冒涜だぞ!」
「ふん、恰好つけちゃって……まぁいいわ。ここでいまさら過去のことに文句を言っていても今の時間を無駄にするだけね」
セユンの言葉もクロエには響かないようで、鼻で嗤っている。
私はそんな二人を見ながら、呆然としていた。
それまで自分はセユンをどこか侮っていたかもしれない。
この人はデザイナーとか実業家とかであるべき人で、伯爵であったり騎士であったりするのはおまけなのだと。
しかし、今の彼を見ていればその考えがまるっきり違うと教えられた。
この人の魂は立派に騎士だ。その上で与えられた全ての役割をちゃんと一人前以上にこなしている人なのだ、と。
セユンとクロエはしばらくにらみ合っていたが、最後にクロエがバカにしきったような目でセユンを見上げる。
「でも覚えておきなさい。貴方は私がいなければなにもできないのよ。大きな口を叩かないでほしいわ」
そう言って踵を返してクロエは部屋から出ていく。
書類を持って出て行ったところを見ると、仕事があったのかそれとも他のところで仕事をするつもりなのだろうか。
クロエが出ていく姿を見送ったセユンはため息をついた。
「見苦しいところを見せて悪かった。彼女が言ったことも気にしないでくれよ」
「いえ、大丈夫ですけれど……」
なんとなく私たちの間にも気まずい空気が流れてしまって、どうしようかと思っていたところに救世主が現れた。
「こんにちはー。いやぁ、もう冬も終わりますねえ。春を告げるクロッカスの蕾ができてたし」
どたどたと足音を立てながら、呑気なことを言いつつ入ってきたのはサティだ。
こういう時、彼女がいるとそれだけで場の空気が明るくなって、それにいつも助けられている。
サティの後ろからリリンも寒い寒い言いながら入ってくる。
「今日の空の雲はレース編みみたいねぇ。あんな風なの作れたらいいのにねえ」
リリンも相変わらず頭の中は衣服のことばかりのようだ。
その二人の相変わらずさにほっとして。
そして私の日常も戻ってきたように感じられて。ようやく私とセユンは顔を見合わせると笑顔を交わした。
ジョンから伝え聞いたのだろう。伯爵邸の中に入るなり、私の姿を見かけた使用人たちが色々と心配して話しかけてくれる。
慰めの言葉に礼を述べながら別邸の方に足を向けたが、今日はまだクロエしか来ていないようだった。
「お休みいただきご迷惑をおかけしました」
「本当にそうよ」
私の言葉に冷ややかにクロエが吐き捨てた。髪を振り乱してこちらに怒りをぶつけてきた。
「貴方のおばあさんなんて、もういい歳だったんでしょ? 死ぬのが当たり前じゃない。ベッドの上で幸せに死んでるのに、なんでわざわざ喪に服したり、大仰に葬式したりして仕事をサボれるのかしら。生きてる人間の方が大事でしょ!? 理解できないわ」
これが忙しい時に顔を出せなかった私に嫌味を言っているというのならわかるが、本当に理解しかねるという言い方で面食らってしまった。
この人は、誰かの死を悼むということをしたことがないのだろうか。
あまりの事で何も言えないでいたら、唐突にセユンの声がした。
「やめないか!」
いつの間に来たのだろう。気づけばセユンが私の前に立ち、クロエに食ってかかっている。
「人の死は唐突に起こることだろう? それに準備ができないのは当たり前だ。それで忙しくなったのは彼女のせいではないし、それに彼女の忌引きは俺が許可した。文句なら俺に言え」
「はっ、つくづく貴方はレティエに甘いわね」
「レティエじゃなくても、同じようにするに決まっているだろう!」
何言ってるの? というクロエの言葉に眉を顰めるセユン。
飲み込みが悪い子供に言い聞かせるように、クロエはセユンに言う。
「死んだのはこの子にとっては親よりさらに遠い血の祖母でしょ? 老人でなくても人なんていつかは死ぬし。なんでこの子はそんなに死ごときで、甘えているのよ。私の父は戦場で死んだのよ。戦場で皆を守って死んだ人は、死んでもろくに遺体も拾ってもらえず、弔ってももらえてないのに不公平よね。野垂れ死ぬ運命の騎士なんてものは。いつかは貴方もそうなるかもね」
「いいかげんにしないか!」
セユンの怒号が室内に響き、その声で私の方が反射的に身体がすくんでしまった。
「それが俺たち騎士の務めだ! 自分の家族がそれこそ死ぬ時ですら安心して神の身元に行けるように皆を守ってるんだ。君の父親だってそうだったはずだ。騎士は自分が戦うことで皆を守るという誇りを胸に生きてきている。君が言ったのは死んだ騎士たちへの冒涜だぞ!」
「ふん、恰好つけちゃって……まぁいいわ。ここでいまさら過去のことに文句を言っていても今の時間を無駄にするだけね」
セユンの言葉もクロエには響かないようで、鼻で嗤っている。
私はそんな二人を見ながら、呆然としていた。
それまで自分はセユンをどこか侮っていたかもしれない。
この人はデザイナーとか実業家とかであるべき人で、伯爵であったり騎士であったりするのはおまけなのだと。
しかし、今の彼を見ていればその考えがまるっきり違うと教えられた。
この人の魂は立派に騎士だ。その上で与えられた全ての役割をちゃんと一人前以上にこなしている人なのだ、と。
セユンとクロエはしばらくにらみ合っていたが、最後にクロエがバカにしきったような目でセユンを見上げる。
「でも覚えておきなさい。貴方は私がいなければなにもできないのよ。大きな口を叩かないでほしいわ」
そう言って踵を返してクロエは部屋から出ていく。
書類を持って出て行ったところを見ると、仕事があったのかそれとも他のところで仕事をするつもりなのだろうか。
クロエが出ていく姿を見送ったセユンはため息をついた。
「見苦しいところを見せて悪かった。彼女が言ったことも気にしないでくれよ」
「いえ、大丈夫ですけれど……」
なんとなく私たちの間にも気まずい空気が流れてしまって、どうしようかと思っていたところに救世主が現れた。
「こんにちはー。いやぁ、もう冬も終わりますねえ。春を告げるクロッカスの蕾ができてたし」
どたどたと足音を立てながら、呑気なことを言いつつ入ってきたのはサティだ。
こういう時、彼女がいるとそれだけで場の空気が明るくなって、それにいつも助けられている。
サティの後ろからリリンも寒い寒い言いながら入ってくる。
「今日の空の雲はレース編みみたいねぇ。あんな風なの作れたらいいのにねえ」
リリンも相変わらず頭の中は衣服のことばかりのようだ。
その二人の相変わらずさにほっとして。
そして私の日常も戻ってきたように感じられて。ようやく私とセユンは顔を見合わせると笑顔を交わした。
0
あなたにおすすめの小説
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し
有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。
30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。
1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。
だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。
そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。
史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。
世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。
全くのフィクションですので、歴史考察はありません。
*あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~
魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。
ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!
そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!?
「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」
初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。
でもなんだか様子がおかしくて……?
不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。
※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます
※他サイトでも公開しています。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる