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第44話 守りたいもの
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昔の恋人を遠ざけたくて、相手から貴族という身分を奪い、合法的に結婚できなくさせるという大義名分をなくしたというのなら、彼は30過ぎまで独身でいる必要がないし、いまだにクロエを身近に置いている意味もわからなくなる。
それに自分の秘密がばれないように平民を盾にしたいのなら、リリンでもよかったのでは? とも思うのだ。
リリンはクロエが側にいるからいまだに彼は結婚しないというような言い方をしていたし、実際、過去のトラウマで騎士という未来を諦めた貴族の恋人がいたのなら、あのような古い家系なら出るであろう跡継ぎ問題でうるさく言われることから逃げるためにもクロエと結婚した方がセユンは楽だったと思う。
彼女の編んでまとめた髪を見る。
以前までクロエはこれ見よがしに髪を下していた。しかし、そういう髪は維持するのが大変だということを私は知っている。
それでもその髪型を未婚女性がする理由は、それが周囲へのアピールになるからだ。それは『私は誰かと結婚したい』という意思をだ。
二人で黙り込んでにらみ合うようにしているが、私は1つのことに思い当たっていた。
これから私が口にしようとしていることは、とても意地が悪いことだ。それが真実ならばなおさら、相手に言わない方がいいとは思う。
しかし、それを言って彼女が傷つくとしても、私はどうしても訊かなければならなかった。
「あの……貴方とセユンさんって、本当に恋人同士だったのですか?」
人の行動の裏側を勝手に推測して、それを問いただすのは、こちらも胃が痛くなる行為だ。下品だと自分で思いながらもやるしかない。質さなければ進めないからだ。
「貴方とセユンさんが愛し合っていたのなら、貴方は結婚相手として悪い相手ではありません。むしろ最良ではないですか? そりゃもっといいおうちとご縁があったかもしれないですが、プリメールをするにおいて理解ある相手ですし後継者も得ることができます」
先ほどとは逆に、私が顔を少し前に出すと、クロエは少し身体を引いた。それ以上はもう近づかず、私は言葉を続ける。
「恋人同士だと噂が立ったけれど本当はそうではなかった。このままでは、その嘘がばれてしまう。そのため貴方は自分から平民に身分を落として、そのことが原因で結婚できなくなったという理由を作ったのではないですか? 彼と結婚できないという恥をかきたくなかったから」
「なっ!!」
「もしかしたら、恋人であると噂を流したのは貴方自身だったのかもしれない。伯爵夫人になりたくて。しかしセユンさんはそれにのってくれなかった。幸い、貴方が元々貴族だったということを知っていた人は、貴方のお父様を始め、北部の戦争である程度亡くなってうやむやになったでしょうし。もちろんセユンさんは知っていたでしょうけれど、それまでに既に貴方は彼を支配していたのではないですか? 洗脳と言いますか……クロエさんが剣を捨てたのは伯爵家のせい、伯爵家に仕えていたから親は死んだとかそういう言い方をして、彼が罪悪感から逃れられないようにして」
未婚の髪型を続けていたクロエは、アピールしていなかっただろうか。伯爵に後継を希望する周囲の目に対して。
クロエが独身のまま側にいれば、周囲は結婚してないまでもクロエがセユンの恋人……ないしは愛人など大事な人だと思い込む。セユンに来た縁談も近づく女性も全てクロエが排除していたのだろう。
クロエがセユンの隠れた趣味を昔から知っていたなら、それを盾に脅迫して、自分が傍にいないとセユンはダメなのだと思い込ませていた可能性もある。
それは彼女が時々見せる、セユンに対する異常ともいえる高圧的な態度からの推測だったが……たとえ幼馴染とはいえ、主従の間ではありえない物言いの仕方だったのに、セユンはそれに対して何も言い返さなかった。
セユンが持っていた強い劣等感、それはクロエから植え付けられたものだったのでは?
先程「全部ジェームズが悪い」と独善的なことを吐いていたクロエならありえなくもない。
そう疑いの眼差しでクロエを見れば、それが気に入らなかったのか、クロエが唐突に怒りだしたした。
「はっ! 何を言っているの! そんな自分を憐れませるために貴族籍を捨てるような愚かな人間がいるわけないでしょう!? そんなことで私になんのメリットがあるというの!? 貴族であることを捨てるくらいなら、恥なんていくらでもかいたほうがましじゃない!」
「本当にメリットありませんか? 貴方は新進気鋭のデザイナーという名誉を今、もらっていますよね。上流階級に顧客が多いブティックの経営者としても既に、今まで会うこともできなかった人たちと対等に交流できているのではないですか? 貴方の親が伯爵家の家臣だったということは、貴方の貴族としての元の身分はそれと同等もしくはそれ以下。逆立ちしても侯爵以上の人と交流できるものではないでしょう。なのにその上流貴族のサロンに出入りできているんですよ? 単なる一貴族でいた時より、平民だとしてもはるかに今の方がコネがついてると思いませんか? それに自由になるお金も。騎士として伯爵家の家臣として働くよりよほど多くもらえているはずですし」
貴族であれば信用がありお金が稼ぎやすい。
貴族であればお金を汚いものとみなして稼ごうとしなくなる。このダブルバインドが貴族の世界にはある。
しかし、セユンは貴族としての信用を持ち、それを自分で利用して自分で稼ぎ、才能を開花させて商売としても軌道に乗せつつある。
「名を捨てて実を取るという打算を働かせられれば、この方法は悪くないしょう。実際、セユンさんの才能に早い段階で目をつけて彼を囲って洗脳し、上手いこと働かせれば自分はいいとこどりできますよね。貴方が言っていた、彼は私がいないと何もできないという言葉は本当ですか?貴方は自分をプリメールに必要な人と言ってましたけど、貴方の存在は、本当に必要ありますか?」
「うるさい!! お前のそれはあくまでも妄想だ! ジェームズは私のいう事を聞いていたから、今までうまくやってこれたのも知らないくせに!」
そのクロエの言葉を聞いて、これが真実だったのだと気づいてしまった。
それに自分の秘密がばれないように平民を盾にしたいのなら、リリンでもよかったのでは? とも思うのだ。
リリンはクロエが側にいるからいまだに彼は結婚しないというような言い方をしていたし、実際、過去のトラウマで騎士という未来を諦めた貴族の恋人がいたのなら、あのような古い家系なら出るであろう跡継ぎ問題でうるさく言われることから逃げるためにもクロエと結婚した方がセユンは楽だったと思う。
彼女の編んでまとめた髪を見る。
以前までクロエはこれ見よがしに髪を下していた。しかし、そういう髪は維持するのが大変だということを私は知っている。
それでもその髪型を未婚女性がする理由は、それが周囲へのアピールになるからだ。それは『私は誰かと結婚したい』という意思をだ。
二人で黙り込んでにらみ合うようにしているが、私は1つのことに思い当たっていた。
これから私が口にしようとしていることは、とても意地が悪いことだ。それが真実ならばなおさら、相手に言わない方がいいとは思う。
しかし、それを言って彼女が傷つくとしても、私はどうしても訊かなければならなかった。
「あの……貴方とセユンさんって、本当に恋人同士だったのですか?」
人の行動の裏側を勝手に推測して、それを問いただすのは、こちらも胃が痛くなる行為だ。下品だと自分で思いながらもやるしかない。質さなければ進めないからだ。
「貴方とセユンさんが愛し合っていたのなら、貴方は結婚相手として悪い相手ではありません。むしろ最良ではないですか? そりゃもっといいおうちとご縁があったかもしれないですが、プリメールをするにおいて理解ある相手ですし後継者も得ることができます」
先ほどとは逆に、私が顔を少し前に出すと、クロエは少し身体を引いた。それ以上はもう近づかず、私は言葉を続ける。
「恋人同士だと噂が立ったけれど本当はそうではなかった。このままでは、その嘘がばれてしまう。そのため貴方は自分から平民に身分を落として、そのことが原因で結婚できなくなったという理由を作ったのではないですか? 彼と結婚できないという恥をかきたくなかったから」
「なっ!!」
「もしかしたら、恋人であると噂を流したのは貴方自身だったのかもしれない。伯爵夫人になりたくて。しかしセユンさんはそれにのってくれなかった。幸い、貴方が元々貴族だったということを知っていた人は、貴方のお父様を始め、北部の戦争である程度亡くなってうやむやになったでしょうし。もちろんセユンさんは知っていたでしょうけれど、それまでに既に貴方は彼を支配していたのではないですか? 洗脳と言いますか……クロエさんが剣を捨てたのは伯爵家のせい、伯爵家に仕えていたから親は死んだとかそういう言い方をして、彼が罪悪感から逃れられないようにして」
未婚の髪型を続けていたクロエは、アピールしていなかっただろうか。伯爵に後継を希望する周囲の目に対して。
クロエが独身のまま側にいれば、周囲は結婚してないまでもクロエがセユンの恋人……ないしは愛人など大事な人だと思い込む。セユンに来た縁談も近づく女性も全てクロエが排除していたのだろう。
クロエがセユンの隠れた趣味を昔から知っていたなら、それを盾に脅迫して、自分が傍にいないとセユンはダメなのだと思い込ませていた可能性もある。
それは彼女が時々見せる、セユンに対する異常ともいえる高圧的な態度からの推測だったが……たとえ幼馴染とはいえ、主従の間ではありえない物言いの仕方だったのに、セユンはそれに対して何も言い返さなかった。
セユンが持っていた強い劣等感、それはクロエから植え付けられたものだったのでは?
先程「全部ジェームズが悪い」と独善的なことを吐いていたクロエならありえなくもない。
そう疑いの眼差しでクロエを見れば、それが気に入らなかったのか、クロエが唐突に怒りだしたした。
「はっ! 何を言っているの! そんな自分を憐れませるために貴族籍を捨てるような愚かな人間がいるわけないでしょう!? そんなことで私になんのメリットがあるというの!? 貴族であることを捨てるくらいなら、恥なんていくらでもかいたほうがましじゃない!」
「本当にメリットありませんか? 貴方は新進気鋭のデザイナーという名誉を今、もらっていますよね。上流階級に顧客が多いブティックの経営者としても既に、今まで会うこともできなかった人たちと対等に交流できているのではないですか? 貴方の親が伯爵家の家臣だったということは、貴方の貴族としての元の身分はそれと同等もしくはそれ以下。逆立ちしても侯爵以上の人と交流できるものではないでしょう。なのにその上流貴族のサロンに出入りできているんですよ? 単なる一貴族でいた時より、平民だとしてもはるかに今の方がコネがついてると思いませんか? それに自由になるお金も。騎士として伯爵家の家臣として働くよりよほど多くもらえているはずですし」
貴族であれば信用がありお金が稼ぎやすい。
貴族であればお金を汚いものとみなして稼ごうとしなくなる。このダブルバインドが貴族の世界にはある。
しかし、セユンは貴族としての信用を持ち、それを自分で利用して自分で稼ぎ、才能を開花させて商売としても軌道に乗せつつある。
「名を捨てて実を取るという打算を働かせられれば、この方法は悪くないしょう。実際、セユンさんの才能に早い段階で目をつけて彼を囲って洗脳し、上手いこと働かせれば自分はいいとこどりできますよね。貴方が言っていた、彼は私がいないと何もできないという言葉は本当ですか?貴方は自分をプリメールに必要な人と言ってましたけど、貴方の存在は、本当に必要ありますか?」
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