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第45話 傷
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クロエはまるで獣が吠えるかのように大声で怒鳴ってくる。
「もともとジェームズの才能は私が作り上げたのよ! 彼の才能が花開いたのも私が導いたから! 彼の弱さも私が守っていたからここまで来られた、全部私がいるからできたことなの」
「弱さ?」
「そうよ。私という隠れ蓑がいなかったら、ジェームズは何もできなかった。伯爵という肩書きに縛られて、なぁんにもしようとしない男だったのだから。外に発表できたのも、私がいたからよ!」
「……別に弱くもないし、何もしようとしない人ではないと思いますよ。彼は」
私は首を振る。セユンは父の死の上で自由にできている今に罪悪感を感じながらも、それでも作らずにいられないというジレンマと戦っていた。
誰に認められなくても動かずにいられない、作ることに魅入られた人だ。彼は悩み、自分で考えて色々な道を模索して最善を振るおうと戦ってきて、それを乗り越えもしてきていて。そのしたたかさを強いと言わずになんと言おう?
しかもブティックだけでなく本も書き、自分のためだけに出版社を作るような行動力だってあるわけで。
クロエは自分のおかげと言っているが、きっとクロエがそこにいなくても彼は同じことをしていただろう。
それが自分で分かっておらず、自分の功績のように誇るクロエの愚かさが……哀れだった。
「貴方がちゃんと守っていたなら、どうしてセユンさん……いえ、あんなに才能豊かなジェームズさんが萎縮していたのですか? 男のするデザインなんて誰も着ないと、根拠のないことに囚われて卑屈になっていたのはなぜですか? 彼の才能は非凡なものです。とても優秀で多彩でデザイナーをしていなくても他の事でも頭角をあらわしていたでしょう。そんなこと、誰の目にも明らかですし貴方だってわかっているでしょう? なぜ彼の間違いを正してあげなかったんですか?」
「黙りなさい!」
「いいえ、黙りません!」
今まで見せたことのなかった私の怒声に、クロエが明らかに言葉を失った。
「確かに今は貴族が表に出て働くのは卑しいと言われている時代ですが、それはいつかは変わるでしょう。それが今だったら? セユンさんがその旗印になれたら? 彼の才能を信じ、彼のことを思うのなら、そのように後押しするのがもっとも身近にいる、彼を支える役目の人間のすべきことでしょう? 私には貴方がセユンさんを支配下に置いて、搾取しているようにしか思えませんっ!」
「違う!」
今まで私はクロエから受ける悪意の意図が分からずにいてずっと怯えていた。何が正しいかわからなかったから自分が我慢する方が正しいのだろうか、とすら思った。
しかし、彼女の悪意のその理由が分かった今、怖いことがなくなった。
私は自分のためでなく、誰かの……セユンのためだったら戦える。
クロエは知らないだろう。私は誰かとこのような喧嘩をするのが初めてだということを。
彼女の言うように、私は貴族で誰かに守られてきた存在だ。
親や立場に守られていて、戦う必要なんて感じてなかった。
男爵令嬢なんて平民と変わらないといいながら、最後は誰かに守られているいいとこどり。それが当たり前だと思っていた傲慢ささえあったかもしれない。
気持ちを押さえて逃げても、最後は大きな権力が私を守ってくれるという侮りが無意識に持っていたきらいがある。
だって今まではこんな攻撃的な怒りを表に表す必要がなかったのだ。貴族社会は裏で駆け引きがあったとしても、表面上は和やかに生きていける世界だから。
でも私はここで戦うと決めた。そして絶対引かない。引いてやるもんか。
「言う事を聞いてくれない、愛を返してくれないから、相手を傷つけるとか、全てを壊すとか、そんな傲慢な思いは愛じゃありません。貴方はセユンさんを愛しているという言葉を隠れ蓑に、彼に自分の欲をぶつけてるだけです」
誰かの思いを否定するのはマナー違反。
歪んでいたとしても本人がそう信じるなら認めるべき。
どこかで私はそう思っていたかもしれない。
しかし、そうではない。
相手の幸せを願わない思いなんか存在しない方がいい。
「騎士のことだってきっとそうです。貴方は騎士にならなかったんじゃない。なれなかったんですよ。貴方は命を軽視する、自分の信条すら歪める、騎士道からもっとも遠い人ではないですか。逆恨みなんかするような騎士を誰が認めますか!?」
それまではどちらかというとたじろぐだけだったクロエだったが、私のその言葉に明らかに顔を歪めた。
「お前ごときが騎士を語るな!」
やはり騎士の家で育っていた人間にとって、そこを否定されることは痛いのだろう。
クロエは窓際の棚の上に放置されていた燭台を手にすると、火がついていない蝋燭を薙ぎ払い。
「死ねっ 死ねええええええ!!!!」
思い切り私にむかってそれを振りかぶり、叩きつけてくる。
私は後ろに身を大きくそらしたが、顔の右半分を燭台の尖った切っ先がかすめた。
そのままクロエは勢いよく私にぶつかってきて、タックルされた形になり床に叩きつけられる。
体勢を立て直すこともできていなかった私はそのまま頭から落ち、その衝撃で息ができなくなった。
右顔が痛い。熱い。
顔が切れ血が流れているのがわかる。
頭を打った衝撃で意識が朦朧としてきたが、私はクロエに必死に腕を伸ばした。
幸い燭台が重くて扱いきれなかったのか、クロエが新しく振りかぶろうとしても一瞬遅かった。
私の方が彼女より腕が長い。背が大きいということはそれだけでもリーチが長くて有利だ。
燭台を無理やり彼女からもぎ取ると、大きくスイングしてそれを遠くに投げ捨てた。
彼女がまた他の何かを得ようなどとしないよう動きを見張りながら、私は彼女に向かって不適にほほ笑んで見せた。
「もともとジェームズの才能は私が作り上げたのよ! 彼の才能が花開いたのも私が導いたから! 彼の弱さも私が守っていたからここまで来られた、全部私がいるからできたことなの」
「弱さ?」
「そうよ。私という隠れ蓑がいなかったら、ジェームズは何もできなかった。伯爵という肩書きに縛られて、なぁんにもしようとしない男だったのだから。外に発表できたのも、私がいたからよ!」
「……別に弱くもないし、何もしようとしない人ではないと思いますよ。彼は」
私は首を振る。セユンは父の死の上で自由にできている今に罪悪感を感じながらも、それでも作らずにいられないというジレンマと戦っていた。
誰に認められなくても動かずにいられない、作ることに魅入られた人だ。彼は悩み、自分で考えて色々な道を模索して最善を振るおうと戦ってきて、それを乗り越えもしてきていて。そのしたたかさを強いと言わずになんと言おう?
しかもブティックだけでなく本も書き、自分のためだけに出版社を作るような行動力だってあるわけで。
クロエは自分のおかげと言っているが、きっとクロエがそこにいなくても彼は同じことをしていただろう。
それが自分で分かっておらず、自分の功績のように誇るクロエの愚かさが……哀れだった。
「貴方がちゃんと守っていたなら、どうしてセユンさん……いえ、あんなに才能豊かなジェームズさんが萎縮していたのですか? 男のするデザインなんて誰も着ないと、根拠のないことに囚われて卑屈になっていたのはなぜですか? 彼の才能は非凡なものです。とても優秀で多彩でデザイナーをしていなくても他の事でも頭角をあらわしていたでしょう。そんなこと、誰の目にも明らかですし貴方だってわかっているでしょう? なぜ彼の間違いを正してあげなかったんですか?」
「黙りなさい!」
「いいえ、黙りません!」
今まで見せたことのなかった私の怒声に、クロエが明らかに言葉を失った。
「確かに今は貴族が表に出て働くのは卑しいと言われている時代ですが、それはいつかは変わるでしょう。それが今だったら? セユンさんがその旗印になれたら? 彼の才能を信じ、彼のことを思うのなら、そのように後押しするのがもっとも身近にいる、彼を支える役目の人間のすべきことでしょう? 私には貴方がセユンさんを支配下に置いて、搾取しているようにしか思えませんっ!」
「違う!」
今まで私はクロエから受ける悪意の意図が分からずにいてずっと怯えていた。何が正しいかわからなかったから自分が我慢する方が正しいのだろうか、とすら思った。
しかし、彼女の悪意のその理由が分かった今、怖いことがなくなった。
私は自分のためでなく、誰かの……セユンのためだったら戦える。
クロエは知らないだろう。私は誰かとこのような喧嘩をするのが初めてだということを。
彼女の言うように、私は貴族で誰かに守られてきた存在だ。
親や立場に守られていて、戦う必要なんて感じてなかった。
男爵令嬢なんて平民と変わらないといいながら、最後は誰かに守られているいいとこどり。それが当たり前だと思っていた傲慢ささえあったかもしれない。
気持ちを押さえて逃げても、最後は大きな権力が私を守ってくれるという侮りが無意識に持っていたきらいがある。
だって今まではこんな攻撃的な怒りを表に表す必要がなかったのだ。貴族社会は裏で駆け引きがあったとしても、表面上は和やかに生きていける世界だから。
でも私はここで戦うと決めた。そして絶対引かない。引いてやるもんか。
「言う事を聞いてくれない、愛を返してくれないから、相手を傷つけるとか、全てを壊すとか、そんな傲慢な思いは愛じゃありません。貴方はセユンさんを愛しているという言葉を隠れ蓑に、彼に自分の欲をぶつけてるだけです」
誰かの思いを否定するのはマナー違反。
歪んでいたとしても本人がそう信じるなら認めるべき。
どこかで私はそう思っていたかもしれない。
しかし、そうではない。
相手の幸せを願わない思いなんか存在しない方がいい。
「騎士のことだってきっとそうです。貴方は騎士にならなかったんじゃない。なれなかったんですよ。貴方は命を軽視する、自分の信条すら歪める、騎士道からもっとも遠い人ではないですか。逆恨みなんかするような騎士を誰が認めますか!?」
それまではどちらかというとたじろぐだけだったクロエだったが、私のその言葉に明らかに顔を歪めた。
「お前ごときが騎士を語るな!」
やはり騎士の家で育っていた人間にとって、そこを否定されることは痛いのだろう。
クロエは窓際の棚の上に放置されていた燭台を手にすると、火がついていない蝋燭を薙ぎ払い。
「死ねっ 死ねええええええ!!!!」
思い切り私にむかってそれを振りかぶり、叩きつけてくる。
私は後ろに身を大きくそらしたが、顔の右半分を燭台の尖った切っ先がかすめた。
そのままクロエは勢いよく私にぶつかってきて、タックルされた形になり床に叩きつけられる。
体勢を立て直すこともできていなかった私はそのまま頭から落ち、その衝撃で息ができなくなった。
右顔が痛い。熱い。
顔が切れ血が流れているのがわかる。
頭を打った衝撃で意識が朦朧としてきたが、私はクロエに必死に腕を伸ばした。
幸い燭台が重くて扱いきれなかったのか、クロエが新しく振りかぶろうとしても一瞬遅かった。
私の方が彼女より腕が長い。背が大きいということはそれだけでもリーチが長くて有利だ。
燭台を無理やり彼女からもぎ取ると、大きくスイングしてそれを遠くに投げ捨てた。
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