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第27話 それが貴方でそこがいい 2
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独り言を漏らすかのように、ぽつぽつと話し続けるセユンの話を、私は黙ったまま聞き続けていた。
「こんなことを誰も求めていないんだよ。……父上が生きてらしたら、絶対に認めてもらえてない。今、俺がのびのびと楽しんで生きているのはあの人がいなくなってくれたおかげだ。そう考えると、自分のこの幸せは誰かの死の上にあるんだとなってしまって喜べないんだよ」
今まで、セユン自身が自分よりはるかに年上ということもあり、セユンの家族がどうとか考えたことはなかったけれど、この年齢で彼が伯爵位を継いでいることから、前伯爵がお亡くなりになっていることは予想していた。
父親のことを皮肉気に言う彼に、過去の親子関係がどうだったか少し垣間見えた気がした。きっと息子の趣味を認めず未来の伯爵たれ、騎士たれと厳しく育てられたのだろう。
しかし、彼は間違っている。
「それとこれとは別でしょう? セユンさんはお父様が生きてらした時もデザインされていたのですか?」
「ああ。隠していたけれどね」
彼が描いた絵は手馴れていて、年季を感じられた。きっと何かしら幼い頃からその創造性は現れていたのだろう。
「もしかしたら、今ならお父様はセユンさんの才能を認めてくださっていたかもしれませんよ? だって貴方は、やるべきことをやってきていたではないですか」
「やるべきこと?」
「騎士になり伯爵家をちゃんと導くということです」
「それは当たり前のことだよ。俺以外に伯爵家を継ぐ人誰もいないんだし。俺がやらなきゃいけなかったから……」
「それですよ。デザイナーになるために伯爵家を捨てるという選択肢を、貴方はとらなかったでしょう?」
「そんなの、できるわけないよ! 現実的じゃない」
セユンは首を振ると顔を手で覆った。爪が頭皮の生え際に強く食い込んでいて、見るからに痛そうだ。その手を緩めてあげたくて、私は手をそっと彼の頭に置いて撫でてみるが、その力は緩まない。
そのままセユンはうつむいたまま呟く。
「俺がそんな選択をしたら困る人が大勢いるんだ。この家門に繋がる家臣も領民も……俺がそこから外れるわけにいかないんだ。命あるかぎり」
「その責任の重さが分かって、ちゃんと跡を継いでいるでしょう? その上でブティックの仕事もしている。誰も貴方の努力を否定できませんよ。お父様が過去に貴方に厳しく当たったとしたのなら、家を捨ててその未来を選ぶかもしれない……それを恐れてのことだと思いますから」
才能があればなおさらのこと。一人しかいない後継者の中に別の道の才能を見出してしまったら、家に縛られている存在ならそれが息子だとしてもその道を潰すしかないと思い込むだろう。
息子が自分の存在を隠してでもそちらの道も突き進むほどに強い意志があると思わないだろうから。
「それに確かに貴方の体格は恵まれて、剣を振り回す才能もあるんでしょう。でも、見た目に似合う似合わないとか、家業が他のことだかって生まれ持っていた別の才能が潰されるなんてもったいないじゃないですか。貴方は全部がすごい人ですよ」
「レティエくん……」
「セユンさんは私にいってくれました。『そこがいい』と。今度は私がセユンさんに言いますよ」
「え?」
なんのこと? とセユンは首を傾げている。
私はふふっと笑いながら、あの時の会話を思い出していた。あの時もここでそう言われたのだ。初めて会った日に。
「女らしくなく、際立った魅力もない私なのに、それが私の魅力だと」
「え、そんなこと言ったっけ!?」
「クロエさんが言ったんですけどね。それをセユンさん否定しないで、肯定してましたよ?」
「ごめん! 考えなしだった! 違うんだよぉ!! そうじゃないんだぁ!」
青くなって頭を抱えだしたセユンに思わず噴き出した。いや、そこが大事なのではなくて。
「外見でその人の価値を決めるのがおろかだと、まぎれもなく貴方が私に教えてくださったんじゃないですか? 貴方が男でも伯爵でもなんでも、貴方がデザイナーとして才能ある人間なのは事実ですし、そこは欠点ではありません」
だからどうか、貴方が自分を卑下しないで。否定しないで。
「貴方が作ったドレスは今後は王都のトレンドになります。貴方はファッション界に革命を起こす人ですよ。その自分を信じてあげてください。少なくとも私はブティックプリメールの未来を信じています。」
「…………。そうだな、ありがとう」
彼は顔を起こすと私をまっすぐに見て……小さく頷いてくれた。
もう、セユンは大丈夫だろうか。
それは本人しかわからないことだけれど、私の言葉が彼に届いていたのならいい。
私はソファから立ち上がった。
「じゃあ、私は帰りますね」
「ああ、また。気を付けて帰って」
部屋を出る寸前に少し後ろを振り返れば暗い部屋の中、何かを考えるように彼はじっと動きを止めていた。
扉を閉めて、アトリエから離れてから生意気と思われなかっただろうか、と思ったりもしたけれど、でも自分のことをどう思われてもいい、と思い直した。
どうか、少しでもセユンが自信を取り戻しますように、とそれだけを祈りながら、私は帰路についた。
「こんなことを誰も求めていないんだよ。……父上が生きてらしたら、絶対に認めてもらえてない。今、俺がのびのびと楽しんで生きているのはあの人がいなくなってくれたおかげだ。そう考えると、自分のこの幸せは誰かの死の上にあるんだとなってしまって喜べないんだよ」
今まで、セユン自身が自分よりはるかに年上ということもあり、セユンの家族がどうとか考えたことはなかったけれど、この年齢で彼が伯爵位を継いでいることから、前伯爵がお亡くなりになっていることは予想していた。
父親のことを皮肉気に言う彼に、過去の親子関係がどうだったか少し垣間見えた気がした。きっと息子の趣味を認めず未来の伯爵たれ、騎士たれと厳しく育てられたのだろう。
しかし、彼は間違っている。
「それとこれとは別でしょう? セユンさんはお父様が生きてらした時もデザインされていたのですか?」
「ああ。隠していたけれどね」
彼が描いた絵は手馴れていて、年季を感じられた。きっと何かしら幼い頃からその創造性は現れていたのだろう。
「もしかしたら、今ならお父様はセユンさんの才能を認めてくださっていたかもしれませんよ? だって貴方は、やるべきことをやってきていたではないですか」
「やるべきこと?」
「騎士になり伯爵家をちゃんと導くということです」
「それは当たり前のことだよ。俺以外に伯爵家を継ぐ人誰もいないんだし。俺がやらなきゃいけなかったから……」
「それですよ。デザイナーになるために伯爵家を捨てるという選択肢を、貴方はとらなかったでしょう?」
「そんなの、できるわけないよ! 現実的じゃない」
セユンは首を振ると顔を手で覆った。爪が頭皮の生え際に強く食い込んでいて、見るからに痛そうだ。その手を緩めてあげたくて、私は手をそっと彼の頭に置いて撫でてみるが、その力は緩まない。
そのままセユンはうつむいたまま呟く。
「俺がそんな選択をしたら困る人が大勢いるんだ。この家門に繋がる家臣も領民も……俺がそこから外れるわけにいかないんだ。命あるかぎり」
「その責任の重さが分かって、ちゃんと跡を継いでいるでしょう? その上でブティックの仕事もしている。誰も貴方の努力を否定できませんよ。お父様が過去に貴方に厳しく当たったとしたのなら、家を捨ててその未来を選ぶかもしれない……それを恐れてのことだと思いますから」
才能があればなおさらのこと。一人しかいない後継者の中に別の道の才能を見出してしまったら、家に縛られている存在ならそれが息子だとしてもその道を潰すしかないと思い込むだろう。
息子が自分の存在を隠してでもそちらの道も突き進むほどに強い意志があると思わないだろうから。
「それに確かに貴方の体格は恵まれて、剣を振り回す才能もあるんでしょう。でも、見た目に似合う似合わないとか、家業が他のことだかって生まれ持っていた別の才能が潰されるなんてもったいないじゃないですか。貴方は全部がすごい人ですよ」
「レティエくん……」
「セユンさんは私にいってくれました。『そこがいい』と。今度は私がセユンさんに言いますよ」
「え?」
なんのこと? とセユンは首を傾げている。
私はふふっと笑いながら、あの時の会話を思い出していた。あの時もここでそう言われたのだ。初めて会った日に。
「女らしくなく、際立った魅力もない私なのに、それが私の魅力だと」
「え、そんなこと言ったっけ!?」
「クロエさんが言ったんですけどね。それをセユンさん否定しないで、肯定してましたよ?」
「ごめん! 考えなしだった! 違うんだよぉ!! そうじゃないんだぁ!」
青くなって頭を抱えだしたセユンに思わず噴き出した。いや、そこが大事なのではなくて。
「外見でその人の価値を決めるのがおろかだと、まぎれもなく貴方が私に教えてくださったんじゃないですか? 貴方が男でも伯爵でもなんでも、貴方がデザイナーとして才能ある人間なのは事実ですし、そこは欠点ではありません」
だからどうか、貴方が自分を卑下しないで。否定しないで。
「貴方が作ったドレスは今後は王都のトレンドになります。貴方はファッション界に革命を起こす人ですよ。その自分を信じてあげてください。少なくとも私はブティックプリメールの未来を信じています。」
「…………。そうだな、ありがとう」
彼は顔を起こすと私をまっすぐに見て……小さく頷いてくれた。
もう、セユンは大丈夫だろうか。
それは本人しかわからないことだけれど、私の言葉が彼に届いていたのならいい。
私はソファから立ち上がった。
「じゃあ、私は帰りますね」
「ああ、また。気を付けて帰って」
部屋を出る寸前に少し後ろを振り返れば暗い部屋の中、何かを考えるように彼はじっと動きを止めていた。
扉を閉めて、アトリエから離れてから生意気と思われなかっただろうか、と思ったりもしたけれど、でも自分のことをどう思われてもいい、と思い直した。
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