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第十話 姉の結婚話
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大分風が冷たくなってきた。
私の誕生日が過ぎれば、急速に秋が来るのが、この領地の特色だった。
ここよりもっと北寄りの、デュークの住むリントンの地は今、どんな感じなのだろうか。
今日は本を読まずに、朝から邸宅の敷地内の散策をしていた。
デュークからもらったロケットには何を入れよう。
今はただのペンダントでしかないそれ。
手にもってぶらぶらさせたロケットには、曲面に自分の顔が写っている。
「ん……?」
あまり人が来ないこの場所なのに、車輪の音がするのに気づいた。
なんだろうと伸びあがって見れば、見知らぬ家紋のついた馬車が門を通って、本館の方に向かっていったのが見えた。
お客様だろうか。それにしては見覚えのない人なのだろうけれど。
今日、誰が来るとか私の方に先触れが来てないのだから、自分には関係のない人だとは思うけれど、家用ドレスでふらふらしている姿をうっかりみられるわけにもいかず、慌てて邸宅の中に入る。
「メアリー! アリシア! お客様がいらっしゃってるみたいだから、着替えを! 本館の方だから関係ないとは思うけれど、念のためにね」
私の話にメイドたちが怪訝な顔をしながら、手伝ってくれる。着替えている間に、本館に様子をうかがいに行ってくれた者が、興奮気味に戻ってきた。
「当主様とヨーランダお嬢様にお客様でしたわ。結婚のお申込みにいらしたとか」
「お姉さまが結婚……?」
心臓の音がドクドクとうるさい。ああ、とうとうそんな日が、と緊張してした私の顔は、青ざめていたに違いない。しかし。
「お相手は、マクスルド卿だそうですよ」
思ってもみなかった相手の名前が出て、どっと疲れが出た。
「ちょっと待って」
だって、デュークは……? デュークじゃないの?
「マクスルド卿というと、モウト侯爵家の? デュークの従兄だったわよね、母方の」
名前を言われれば思いだせる。そういえば、あの紋は、遠目だし一瞬だけしか見えなかったけれど、侯爵家の紋だったような気がする。
「お客様がお帰りになったら、すぐに知らせてくれる?」
「もちろんですわ」
ヨーランダ様に突撃してお祝いを述べなくては、と好奇心旺盛で善意いっぱいなメイドたちが笑顔で言ってくれるが、自分はそんな温かい気持ちで姉と会おうとしているわけではないので、自然と心苦しい気持ちになってしまう。
そしていざ呼ばれてもやはり。
「お姉さま……」
私に恨みがましい目で見られ、姉は引きつったような笑顔を浮かべていた。
「なんで私にも教えてくれなかったの?」
「恥ずかしかったのよ。貴方に言うのは」
ごめんなさいね、と頭を撫でられても、なんとなくむくれてしまう。子供扱いされているようで。
私も背が伸びてほとんどお姉さまと同じ身長なのに、姉からすると自分はまだ子供のようなものなのだと思うと怒るに怒れない。
「デュークは知っているの?」
「もちろんよ。祝ってくれたわ。お祝いの品もいただいたしね」
その言葉で、もしかして自分が姉への誕生日プレゼントだと思っていたものは、婚約のお祝いの品だったのでは、と思えてきた。
あの二人で出かけた日、自邸に戻り、一緒に姉が戻るまで待ってプレゼントを渡してはどうかと提案したのに、デュークはそれには及ばないとそのまま別れて帰ってしまったから。
あの段階でもう、相手方から当家への正式な申し入れは秒読み段階だったのだろう。
デュークとお姉さまの仲はそれこそ、誰も入れないように見えたのに。
ただ、それは自分が口出ししていいようなものではないような気がして、言えなかった。
「デュークがもうお祝いしてるってことは、お姉さまがマクスルド卿とお付き合いしているのを知らなかったの、私だけだったのね……」
「デュークはあの方の身内だから、先に知ってただけよ。わざと貴方を仲間外れにしたわけではないのよ?」
「わかってるわよ、私だってそこまで子供じゃないわ」
そう強がっては言ってても、ちょっぴり拗ねてる気持ちが残っているのは内緒だ。
……デュークはどうしているのだろう。今、とてもデュークに会いたかった。
私の知らないうちにデュークとお姉さまの仲は破局を迎えていたのだろう。彼が最近、一人で家に来なかったのもそういう理由があったからか。
デュークと姉の様子がいつもと同じに見えたから、二人の関係が終わっているなんて気づかなかった。
こないだの誕生日のパーティーで、彼はどんな思いで姉と会っていたのだろう。
自分のせいで彼を呼ぶ形になってしまったのが、いまさら申し訳ない気分になった。
自室に戻ってベッドに寝転がるが、胸のもやもやが納まらない。
「私、何が気に入らないんだろ……」
なんとなく釈然としない気持ちがして、姉の婚約を祝福できない自分がいる。そんな気持ちになるのが複雑だった。
自分だけ姉とマクスルド卿がお付き合いしているのを知らなかったから?
お姉さまとデュークがお付き合いしていて、知らないうちに別れていたから?
そんなの姉の勝手なことなのに。そのことで自分が傷ついているなんて余計なお世話だろう。
デュークに自然と惹かれる気持ちを押さえ、諦めようと努力していたのに、それを蔑ろにされたような気がしたから、というのが近いかもしれない。
デュークを好きなら、彼がお姉さまと結婚しないのを喜ぶべきなのに……でも自分はあの二人の、どこか通じ合っているようなところを見ているのも好きだったのかもしれない。
自分の気持ちなのにわからなくなってしまった。
それよりも、今は。
「お姉さまがいなくなってしまうのね……寂しいなぁ……」
お兄様がいなくなって、今度はお姉さまもいなくなる。
大事だった家族が一人ずつ、自分以外の大事な人を見つけ、自分だけ残されていくようなのが寂しい。
それならば、お姉さまだけは絶対に幸せになってほしい、と手を祈る時のように組んだ。
デュークを選ばないで他の人を選んだのだから。
あんなに素敵なデュークに選ばれていて、その手ではなく、違う手を選んだのだから、誰よりも幸せになる義務がお姉さまにはある。
私の誕生日が過ぎれば、急速に秋が来るのが、この領地の特色だった。
ここよりもっと北寄りの、デュークの住むリントンの地は今、どんな感じなのだろうか。
今日は本を読まずに、朝から邸宅の敷地内の散策をしていた。
デュークからもらったロケットには何を入れよう。
今はただのペンダントでしかないそれ。
手にもってぶらぶらさせたロケットには、曲面に自分の顔が写っている。
「ん……?」
あまり人が来ないこの場所なのに、車輪の音がするのに気づいた。
なんだろうと伸びあがって見れば、見知らぬ家紋のついた馬車が門を通って、本館の方に向かっていったのが見えた。
お客様だろうか。それにしては見覚えのない人なのだろうけれど。
今日、誰が来るとか私の方に先触れが来てないのだから、自分には関係のない人だとは思うけれど、家用ドレスでふらふらしている姿をうっかりみられるわけにもいかず、慌てて邸宅の中に入る。
「メアリー! アリシア! お客様がいらっしゃってるみたいだから、着替えを! 本館の方だから関係ないとは思うけれど、念のためにね」
私の話にメイドたちが怪訝な顔をしながら、手伝ってくれる。着替えている間に、本館に様子をうかがいに行ってくれた者が、興奮気味に戻ってきた。
「当主様とヨーランダお嬢様にお客様でしたわ。結婚のお申込みにいらしたとか」
「お姉さまが結婚……?」
心臓の音がドクドクとうるさい。ああ、とうとうそんな日が、と緊張してした私の顔は、青ざめていたに違いない。しかし。
「お相手は、マクスルド卿だそうですよ」
思ってもみなかった相手の名前が出て、どっと疲れが出た。
「ちょっと待って」
だって、デュークは……? デュークじゃないの?
「マクスルド卿というと、モウト侯爵家の? デュークの従兄だったわよね、母方の」
名前を言われれば思いだせる。そういえば、あの紋は、遠目だし一瞬だけしか見えなかったけれど、侯爵家の紋だったような気がする。
「お客様がお帰りになったら、すぐに知らせてくれる?」
「もちろんですわ」
ヨーランダ様に突撃してお祝いを述べなくては、と好奇心旺盛で善意いっぱいなメイドたちが笑顔で言ってくれるが、自分はそんな温かい気持ちで姉と会おうとしているわけではないので、自然と心苦しい気持ちになってしまう。
そしていざ呼ばれてもやはり。
「お姉さま……」
私に恨みがましい目で見られ、姉は引きつったような笑顔を浮かべていた。
「なんで私にも教えてくれなかったの?」
「恥ずかしかったのよ。貴方に言うのは」
ごめんなさいね、と頭を撫でられても、なんとなくむくれてしまう。子供扱いされているようで。
私も背が伸びてほとんどお姉さまと同じ身長なのに、姉からすると自分はまだ子供のようなものなのだと思うと怒るに怒れない。
「デュークは知っているの?」
「もちろんよ。祝ってくれたわ。お祝いの品もいただいたしね」
その言葉で、もしかして自分が姉への誕生日プレゼントだと思っていたものは、婚約のお祝いの品だったのでは、と思えてきた。
あの二人で出かけた日、自邸に戻り、一緒に姉が戻るまで待ってプレゼントを渡してはどうかと提案したのに、デュークはそれには及ばないとそのまま別れて帰ってしまったから。
あの段階でもう、相手方から当家への正式な申し入れは秒読み段階だったのだろう。
デュークとお姉さまの仲はそれこそ、誰も入れないように見えたのに。
ただ、それは自分が口出ししていいようなものではないような気がして、言えなかった。
「デュークがもうお祝いしてるってことは、お姉さまがマクスルド卿とお付き合いしているのを知らなかったの、私だけだったのね……」
「デュークはあの方の身内だから、先に知ってただけよ。わざと貴方を仲間外れにしたわけではないのよ?」
「わかってるわよ、私だってそこまで子供じゃないわ」
そう強がっては言ってても、ちょっぴり拗ねてる気持ちが残っているのは内緒だ。
……デュークはどうしているのだろう。今、とてもデュークに会いたかった。
私の知らないうちにデュークとお姉さまの仲は破局を迎えていたのだろう。彼が最近、一人で家に来なかったのもそういう理由があったからか。
デュークと姉の様子がいつもと同じに見えたから、二人の関係が終わっているなんて気づかなかった。
こないだの誕生日のパーティーで、彼はどんな思いで姉と会っていたのだろう。
自分のせいで彼を呼ぶ形になってしまったのが、いまさら申し訳ない気分になった。
自室に戻ってベッドに寝転がるが、胸のもやもやが納まらない。
「私、何が気に入らないんだろ……」
なんとなく釈然としない気持ちがして、姉の婚約を祝福できない自分がいる。そんな気持ちになるのが複雑だった。
自分だけ姉とマクスルド卿がお付き合いしているのを知らなかったから?
お姉さまとデュークがお付き合いしていて、知らないうちに別れていたから?
そんなの姉の勝手なことなのに。そのことで自分が傷ついているなんて余計なお世話だろう。
デュークに自然と惹かれる気持ちを押さえ、諦めようと努力していたのに、それを蔑ろにされたような気がしたから、というのが近いかもしれない。
デュークを好きなら、彼がお姉さまと結婚しないのを喜ぶべきなのに……でも自分はあの二人の、どこか通じ合っているようなところを見ているのも好きだったのかもしれない。
自分の気持ちなのにわからなくなってしまった。
それよりも、今は。
「お姉さまがいなくなってしまうのね……寂しいなぁ……」
お兄様がいなくなって、今度はお姉さまもいなくなる。
大事だった家族が一人ずつ、自分以外の大事な人を見つけ、自分だけ残されていくようなのが寂しい。
それならば、お姉さまだけは絶対に幸せになってほしい、と手を祈る時のように組んだ。
デュークを選ばないで他の人を選んだのだから。
あんなに素敵なデュークに選ばれていて、その手ではなく、違う手を選んだのだから、誰よりも幸せになる義務がお姉さまにはある。
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